17話:運命を歪めし者
時は数日前へと遡る。
ギリスティアへと続く森も今では見る陰もなく。
式崩しを操る一人の青年によって森一辺は見るも無残な姿へと変貌していた。
大地は裂かれ、美しい緑は褐色となる始末。
世界の滅びを思わせるこの光景にハイリンヒとリディアは息を荒げて戦慄していた。
「はぁ、はぁっ」
その戦いは数時間にも及んでいた。
式崩しを操る仮面の青年に対し、ハイリンヒを個有式を使う事に戸惑いながら何とか応戦していた。
「どうしました? すっかり息も上がってますがまさかもう終わりじゃないですよね?」
枯れ果てた砂漠と化したこの場所で、ハイリンヒは背後に居るリディアと馬車の中のオプリヌスを守りながら戦い続けていた。
しかし、流石に数時間による強者との戦いはハイリンヒの身体を酷く困憊させているようで先程から錬金術の精度が徐々に落ちだしている。
「どうやら限界が近いようですね……。苦肉の策とは言え簡易式に頼る始末ではもう僕に勝つなど不可能じゃないですか?」
膝をつくハイリンヒを庇うように肩に手を当てて青年を睨みつけるリディア。
その足元には大量の試験瓶が蓋が開いた状態で散乱している。
「コルネリウス様……私ならまだ精度の高い式が構築できます。わ、私が前に出た方が――――」
前へ出ようとするリディアをハイリンヒは片腕で制止する。
「馬鹿者が。……貴様が前へ出た所で状況は変わらぬ。何よりも奴ならば貴様を殺す事など造作もないはずだ」
その言葉にリディアは顔面を蒼白させて身体を小さくして萎縮してしまう。
そう、青年の実力はハイリンヒが身を持って感じている。
しかしそれでも勝算が無いわけではない。
「無駄な相談は終わりました、かッ!!!」
青年が両手を後ろに素早くこちらに駆けてくる。
「う、こ、こっち来んなぁっ!!」
「……」
リディアは自分と等身大ぐらいの突起物をいくつも地面に構築して猛スピードで駆ける青年の行く手を阻もうとするが。
「あはは……この程度なら式崩しを使うまでもないですよ」
青年は躊躇う事なく素手のまま次々と岩で構築された突起物を砕き進む。
それは常人から逸脱した力だった。
「ひぃぃぃぃ」
両手で頭を抱え、無様に喚くリディアに見かねたハイリンヒは再び立ち上がった。
「鼻から貴様の力なんぞ当てにはしておらん。大人しく馬車に戻ってオプリヌスと隠れていても構わんのだぞ」
「そ、そんなぁ~っ」
いくら抜け殻状態となっていようとも不気味な雰囲気のオプリヌスと二人きりというのがリディアは恐かったのだ。
それ以上にこの敵襲を受ける中、馬車でじっとしてもいられない。
「ならば私の後ろから離れるでないぞッ」
全てを薙ぎ払い突き進む青年にハイリンヒは両手をかざして狙いを定める。
リディアはハイリンヒのコートをギュッと掴んで離れないように必死にしがみつく。
「私が限界だと……フン。笑わせる。ならばその身体に刻んでやろう。ギリスティアの王従士がいかに優れた錬金術師なのかをなッ!!」
青白い光がハイリンヒとリディアを纏っていく様子に青年はうすら笑みを浮かべていた。
「そう来なくては……でなければ面白くありませんからねッ」
今までの錬金術より膨大な式が構築されていくのがリディアでも肌で感じ取れる程だった。
ハイリンヒはこの一撃に全てをかけるつもりなのだ。
「……ごくり」
解読眼を持たない者にとってハイリンヒがどれ程の式を構築しているのかわからない。
だが青年もその尋常ではない強大な力を感じ取っていた。
「目を閉じていろリディア=エーデルソン。絶対に私の許可なく目を開ける事は許さぬ、これは命令だ」
つまりそれはハイリンヒが個有式を発動させるという事だった。
「はいっ」
リディアは急いで目を閉じてハイリンヒの背に顔を埋める。
「……」
それを確認したハイリンヒは目前に迫る青年に両手から凄まじい光を放つ。
「……”鎖繋がれし――――」
ハイリンヒは固定式の名と何かを囁いていたようだが、リディアにはそれを全て聞き取る事が出来なかった。
だが青年は――――
「馬鹿なッ!? 何故、それを貴方がッ!?」
青白い光がこの地を包み込もうとするのを阻止すべく、青年も両手から赤黒い光を大きく発生させてぶつける。
周囲は青と赤、その二色によって覆われていく。
荒れ狂う突風に吹き飛ばされないようにハイリンヒのコートを掴み目を閉じるリディアが踏ん張る。
目を開けたその先で一体何が起きているのだろうか。
だが目を開ける事は許されない。
「うぎぎぃぃ」
あまりの突風に飛ばされそうになるがリディアは何とか堪えて見せる。
その間、ハイリンヒと青年の激しい口論らしきものが聞こえてくるが突風のせいでそれも聞き取れない。
「――――は必ず――――る、正義の名の下にッ!!」
ハイリンヒの叫びが終わると同時にようやく突風は止み、リディアは力尽きてその場に崩れ落ちてしまう。
かろうじてまだハイリンヒのコートは掴んでいるが完全に疲れきっていた。
「目を開けろリディア=エーデルソン。賊を排除し終えた。奴を見つけ拘束した後、ギリスティアへ急いで連行してフェイクに関する情報を洗いざらい吐かせるぞ。まぁ、生きていればの話だがな」
「ぅ、ん、」
許可が下りたリディアは座り込んだまま目をようやく開ける。
しかしその視界にはおぞましい傷痕が。
「こ、これは……」
抉れた大地に、飛び散る木々の残骸。
周囲を見渡すと一望できる程に森は跡形もなくなっていた。
大きな嵐が訪れたとしてもこうまではならない。
ハイリンヒの固定式の残した強烈な傷痕に全身を震わせて凍りつくリディア。
「あの、敵はどこへ……?」
「だから言っているだろう。これから見つけるのだ。抑えていたつもりだが、式崩しに邪魔され完成こそしなかったがこの現状では奴もきっと無事ではあるまい」
よく見るとハイリンヒはすっかり衣服をボロボロにさせ、口元から血まで垂らしている。
これ程の猛威を振るっておきながらも、錬金術は完全には構築できなかったと語り、リディアを更に恐怖に貶めるのだった。
「さぁ、何をモタモタしている。早く奴を見つけだせ」
「ひゃいっ!!」
舌を噛んで返事をし、あまつさえ腰が抜けて立ち上がる事もできず盛大に転ぶリディアの姿に、ハイリンヒは失望したとばかりそのままリディアを放置して捜索を開始しだす。
「こ、コルネリウス様~っ、私、た、立てないんですけど~っ」
不甲斐ない部下になど目もくれずハイリンヒが身体をよろめかせて辺りを散策していると。
大きな轟音が鳴り、残骸を盛大に宙に舞う。
砂埃の先には、ヒビの入った仮面から目を怪しく光らす存在が確認できた。
「……っ、まだ息があたか」
「ちょ、そんな嘘でしょ!? こ、こんなんなってもまだ生きてんのっ!?」
地面から動けないでいるリディアが今にも泣きそうな表情でいると、ゆっくり身体をよろめかせながら青年は二人へと近づいてくる。
「驚いたぞ、まだ立てると言うのか。……よもや不死身などとふざけた事は言うまいな」
「あはは、そうだと僕も嬉しいんですけどね……。はぁ、このコート気に入ってたんですけどねぇ……」
仮面の下半分はもう崩れており、何とか笑みを保つ青年の口元が見える。
青年の纏う漆黒のコートも随分とボロボロとなって一部から肌を見せ、そこから血を滲ませていた。
「いくら僕でも骨が折れますよまったく……」
仮面の下から口元に血が垂れてくるとそれを舌で舐めとり、不気味な笑顔でゆっくりと近づいてくる。
ハイリンヒも強がってはいるがそろそろ身体の限界が近づいている、だがこの青年はここで止めておかねばならないと魂が叫んでいた。
一歩、また一歩とハイリンヒも青年にトドメを刺すべく歩き出す。
「貴様……一体……」
互いに血を流し、疲労した身体に鞭を打ち二人。
よもやリディアが介入する余地など無かった。
だがそれも間もなく終わりを向かえる。
「こ、コルネリウス様ッ!!」
青年は片手から赤黒い光を放ってハイリンヒへと最後の勝負に臨む。
リディアの叫びに耳も貸さず、走りくる青年に対してハイリンヒも青白い光を発して迎え撃つ。
両者は高く飛び上がり、空中で己の力をぶつけ合う。
「終わらせてやろう貴様はここまでだ」
そして光と光は衝突し、小規模の赤黒い光と青白い光は激突した。
だが、青年は式崩しでハイリンヒの式を全て崩してしまう。
「あはは……学習しない人ですね。僕と真っ向からこうして戦った所で勝ち目なんてあるはずないでしょうに」
当然の結果だと言える。
だが、それでも。
自分の式を崩されていこうが――――ハイリンヒは勝利の笑みを浮かべていた。
「実に浅い。この私が今更、式崩しを扱う貴様と真っ向勝負に挑むと思っているのか? ――――否ッ!!!」
式が崩れようとも、それを囮にしてもう片方の手で青年の仮面に手をかける。
「しまっ……」
「ようやく掴んだぞ……ッ」
そしてそのまま青白い光を発し。
「さぁ、愚かな賊の顔。しかと拝見させてもらうぞッ!!」
光の出力を上げてそのまま青年の仮面を粉々に粉砕していくが。
「っ、そぉッ!!」
「むッ!? ぐふっ……、き、貴様……」
その瞬間、青年はハイリンヒの腹部に鋭い蹴りを放って距離を取ったのだ。
両者共にダメージを受けて地面へと後ずさりしていく。
「だ、大丈夫ですか!? って、凄い汗じゃないですか!!」
腹部を押さえて表情を歪ませるハイリンヒの肩を両手で押さえるリディア。
限界までに身体を酷使していたようで息をするのも精一杯のようだ。
そんなリディアを片手で引き離し、これ程までに苦しんでいるというのにハイリンヒは不気味な笑みで視線を前方へと向けた。
それと同時にリディアも視線を向けるとそこには。
「はぁ、はぁ……っ、ふ、それが狂人の素顔か、」
仮面を破壊され、素顔を晒す青年が恨めしそうにこちらを睨みつけていた。
「え……?」
しかし、その姿にリディアはハイリンヒの背後から目を大きく見開いて驚愕していた。
どことなく、ジンの姿が脳裏に浮かぶ。
「そんな……まさか、」
無理も無かった。
「あんた……」
煌く金色の髪、苦痛の表情を浮かべるその顔を――――リディアは知っているからだ。
「でも、何で……」
それは、かつてよく遊んでいた。
とてもリディアにとっても縁のある幼き少年の面影を残した顔だった。
「だって、あんたは……」
だが、彼はもうこの世に居ない。
そう聞かされていたのだ、それで親友がとても苦しんできたのだ。
だからこそ言いたい事は山のようにあるが、まずは身体と声を震わせ。
彼の名を叫ぶ。
「――――”カルロス”、なの……ッ!?」
親友のヘルメスと共に遊んでいた記憶が一気に蘇ってくる。
この青年は、幼い頃の面影を持ち、そのまま成長したかのような姿をしているのだ。
「……ふぅ」
困惑するリディアに、青年は仮面を壊された事で額に外傷を負って血を垂らしながら、あの頃と変わらないあの笑顔で告げた。
「やれやれ……遅くなりましけど、お久しぶりですリディアさん……」
だが、いくら成長したと言っても決定的に当時のカルロスとまったく違う箇所があった。
それは――――
「あんた……その、目……」
”金色の瞳”でリディアを見つめて笑顔を振りまく青年。
この戦いはすぐに終止符が打たれた。
そしてオプリヌスは無事、ギリスティア王都へと護送されたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は現在に戻る。
絶体絶命のピンチに立たされていたヘルメスとエリーゼ。
しかし、救世主の二人がようやく駆けつけ何とか二人は命を引き止めた。
「うっ、頭がまだ……」
アリスに優しく抱えられたヘルメスは頭痛を押さえながらゆっくりとジンを見つめる。
そこには両腕の揃ったジンの姿があった。
「良かった……」
それを確認してボロボロになった身体で目を閉じて安堵の笑顔を見せて礼を言う。
「ありがとうございます師匠……。フフ、このご恩はどうお返しすれば良いのか検討もつきませんよ……」
サングラスを外しているアリスは、朱色の瞳でヘルメスの現状に複雑そうな表情を浮かべて静かにその場へと降ろしていく。
「俺の方こそヘルメスには返しきれねぇ恩があんだ、これぐらいで礼なんて言ってんじゃねぇよ。それに――――”娘が親父に対して”恩がどうのなんて気にすんじゃねぇ。さぁ……”もう自分で立てるな?”」
ヘルメスはその言葉を受け、アリスの想いに応えるべく自分の足でその場に立つ。
「はい……」
そう決め、自らが選んだのだから。
そしてエリーゼを地面に寝かさせ、両腕の揃ったジンがヘルメスの前へと静かに歩み寄って新たな右腕を改めて見せてくる。
「ヘルメス、テメェには感謝しきれねぇよ。おかげで……この通り右腕が手に入った」
「フフ……自分は何もしていないさ。それは師匠が構築してくれたものだろ? お礼なら師匠に言ってくれ」
今のヘルメスは、綺麗な髪と肌を鮮血で染め上げ、肩で息を荒げて足取りもおぼつかないでいる。
少し押しただけで倒れてしまいそうな程に衰弱しきったその姿にジンは徐々に眉間のシワを寄せていく。
「いいやッ、ヘルメスのおかげだッ」
そう言ってジンはリーダー格の男と女性に振り向いて両手から原点の式を放出していくが。
「おいコラ、クソガキ。お前ぇちゃんと俺の話し聞いてたのか」
やる気満々で息巻くジンの頭をアリスは呆れながら殴るのだった。
「ってぇなクソジジイッ!! まずはテメェからやってやろうかッ!?」
「ちっ、舞い上がってんじゃねぇよ。段取り忘れたのか? ……さっき言ったろ。ここは俺様に任せて早く二人を連れて消えちまえ」
ここに来るまでにジンは腕が完成すると同時にこれから迫る”更なる危機”について聞かされていた。
だが実際に傷つけられたヘルメスの目の前にすると、”恐怖”よりまずこの怒りが勝ってしまっていたのだ。
「だけどよぉッ」
鋭い牙を剥きながら必死に思い止まるそんなジンに、エリーゼの肩に腕を回して立つヘルメスが不安そうな顔で尋ねてくる。
「……ジン、消えるとは一体どういう事だ? あの、……師匠?」
そして今度は不安一杯にアリスを見つめるヘルメス。
自分に不安一杯の眼差しを向けてくる愛おしい娘の頬を、アリスはとても暖かい手でそっと撫でながら。
「……悪いなヘルメス。もう俺じゃどうしようもねぇぐれぇ深刻な事態になってやがる。――――ギリスティアから逃げろ、良いな?」
アリスの言っている意味がまるでわからない。
何故、ギリスティアの王従士である自分がギリスティアから逃げなければいけないのか。
「師匠! ギリスティアは今どうなって――――」
「早くヘルメス達を連れて行けクソガキッ!!」
ヘルメスは自分の頬に触れるアリスの手を重ねて離さず反発しようとするが。
「マスター……」
ヘルメスに担がれていたエリーゼが、ヘルメスの手を掴んで首を横に振る。
「行きましょう、ヘルメス様……。マスターどうかご無事で……」
「エリーゼさんっ!? 貴女まで、一体どうしたと言うんですっ!?」
何も理解できないまま事が進んでいく中、ヘルメスだけが状況を呑み込めないままでいた。
だが、もう悠長にいつまでもここに居る訳にはいかない。
刻一刻とより強大な危機が迫っているのだ。
ジンは無言のままアリスに視線を送ると、アリスは初めてジンに対してニッと笑みを浮かべ。
「ケッ、俺様との”約束”。くれぐれも忘れんじゃねぇぞ……”ジン”」
「チッ、何で……俺なんだよチクショウっ!!! 死ぬんじゃねぇぞ”アリス”ッ!!!」
約束を再確認させた。
ジンは最後までこの場に残ろうとしたがアリスの意思と覚悟を汲み取る。
「は、離せッ! 何をしてるんだジンッ!! このまま師匠一人残して逃げるつもりかッ!? 自分もッ!! 自分も残って戦うッ!! 頼む……ッ、降ろして……ッ」
ヘルメスとエリーゼを両腕で強引に抱え上げ、ヘルメスの頼みには耳も貸さず猛ダッシュでこの病院から離脱を図る。
ヘルメスの叫びは、ジンの心を痛いまでに突き刺していた。
だが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。
「おいおい……僕らを……無視してんじゃねぇぞ隠居ジジイがァッ!!!」
「ヘルメス=エーテルを逃すなッ!! 今奴に逃れられれば我らの計画も失敗に終わるッ!! 何としても阻止しろッ!!!」
「ぬぅ……逃すかッ!!!」
気体となった男と液体と化した少年が二人の少女を抱えたジンへと一斉に襲い掛かるが。
「……お前ぇらの相手は――――このアリス様だってんだろぉがァッ!!!!!」
「ふぐぉぁぁ、ま、ま、ぁたぁああああ」
「なん、だ、とぉぉぉ」
勢いよく飛び、アリスは二人の男の頭をわし掴みにして乱暴に地面へと叩きつけて押さえ込む。
その凄まじい威力によって僅かな地鳴りを起こし、二人の男から大量の血飛沫を上げさせる。
さながらの鬼のような圧倒的な力を見せつけるアリスの姿にリーダー格の男は沈黙したままその場から動かないでいる。
女性はといえばひたすら動揺してその場で硬直してしまっていた。
「行けェッ!!! こんな雑魚共、俺様一人で十分すぎんぜェッ!!!」
振り返る事なく走り続けるジンに抱えられながら、ヘルメスとエリーゼは唇を噛み締めてアリスを不安そうに見つめていた。
それに気づいたアリスは満面の表情で。
「おうッ!! 愛してんぜお前ぇらっ!! すぐ迎えに行ってやっから良い子で待ってんだぞっ!!! リリアンの事も心配する必要ねぇからなぁっ!!!」
まるで後生の別れを思わせるその台詞にヘルメスは何とも言えない感情に苦しむのであった。
何度も自分を抱えるジンに抵抗してみせるが今のヘルメスの力ではジンを止める事もできず、そのままアリスからどんどん距離を離れていってしまう。
「ってぇ……あ、あり得ない……僕がこんなに何度も……っ!!」
身体を液体化させる固有式を持つ少年が頭を押さえつけられたまま、この謎めいた現象に身体を震わせていた。
同じく身体を気体化できる屈強な男までもがアリスに押さえつけられたままだった。
「なるほど……どうやら噂通り滅茶苦茶な男のようだな、アリス=テレス」
地面に男二人を押さえつけたままのアリスは、リーダー格の男へと無言のまま視線を向ける。
「だが、既に我らの同胞が組織の本拠地へと今回の報告に向かっている。例えここで我らを始末しようとヘルメス=エーテルはもうどこへも逃れられぬ。この勝負は初めから我らの勝利なのどぅはぁああああああああああっ」
リーダー格の男は成す術なく、話の途中でアリスの一撃によって大量の血を吹かせて遠くまで殴り飛ばされてそのまま意識を失ってしまう。
あまりに一瞬の出来事に周囲の集団は唖然と目を見開く事しかできなかった。
あっさりとリーダー格の男を倒したアリスが大量の青筋を立て、目に影を作って集団に告げる。
「お前ぇら薔薇十字団っつたか……? お前ぇらがもしも生き残れたら主とやらに伝えておけや……。――――ヘルメスに手ぇ出した事、後悔させてやる。俺様一人でぶっ潰してやるから覚悟してろってな」
恐怖に震えていようとも、組織名を口にしたアリスに節操を変えて少年と屈強な男が一斉に襲いかかろうとする。
「な、何故、僕らの組織名を……っ!!」
「生かしてはおけんっ!!!」
女性も瞬時にアリスと少年を見えない糸で繋ぎ、アリスの攻撃を防ごうとするが。
「……そういやお前ぇ、俺様を隠居ジジイだとか抜かしてたか?」
アリスは青筋を立て、口元をひくつかせて殺意に満ちた解読眼で少年を睨みつけて威嚇する。
「ひぃっ!?」
液体となった少年の身体には物理攻撃も効かず、女性の個有式によって少年へのダメージは全てアリス本人に流されるはずなのに。
それでも少年は尋常ではない恐怖に一瞬、動きを止めてしまい。
「お前ぇらごときそんなもん何のハンデにもなんねぇんだよォッ!!!!!」
青白い光を発し、そのままアリスは少年の腹部であろう部分を貫くかのように拳を放つ。
「かは、っ」
何故か少年へのダメージはアリスに流れる事なく、その全ては少年へと向けられ、液体化も解除されて白目を剥いてドス黒い血を吐いて遠くに吹き飛ばされてしまう。
すると屈強な男はその隙をついて身体を再び気体化させ、アリスから距離を取る。
少年の散り際を困惑した眼差しで見つめ、いつまでも姿を現さない。
「よぉし……かくれんぼだな。がっはっはっはー、解読眼でお前ぇの姿なんて丸見えだっての……。悪ぃが、こちとらお前ぇらごとき相手してる暇はねぇんだ。とっとと終わらせてもらうぜ?」
いくら気体となって姿を消そうが、解読眼を持つアリスにとって居場所を突き止める事など造作もなかった。
「……さぁて」
屈強な男は無駄だとわかっていながらも、こうしてただ怯えて遠くの方で身を隠す事しかできないでいる。
女性も自分の個有式が効かないアリスに、ただ恐怖してその場ですっかり腰が抜けて動けないでいると。
「な、に、貴、様……っ!?」
突如、気体と化した屈強な男が全身から血飛沫をあげて姿を現したのだった。
女性がそちらの方に視線を向けると、そこには屈強な男の背後でもう一人の人物がそこに立っていた。
「やっぱり来やがったか……ッ」
アリスは改めてその存在を視認すると、大量の汗を噴出す。
怒りに満ちた感情が湧き出る。
視線の先にはアリスと因縁を持つ、一人の人物が立っている。
その名を、アリスは侮蔑と憎しみを込めてこう叫ぶ。
「よぉ、今更何の用だ――――フェイクッ!!!!!」
貴族を連想させるような漆黒のフォーマルなスーツを着こなし、これまた奇妙な漆黒の杖を片手でつき。
「――――久しいなアリス」
青白い髪の、モノクルを付けた一人の青年が怪しく朱色と赤黒い瞳でアリスを見つめていた。




