16話:殺意に満ちた猛獣達
ベッドの上で原点の式を出し続けるジンと、それを必死に偽人の腕へと変換していくアリスの二人。
外で時間を稼いでいる二人の少女が心配でその手にも焦りが出始め、中々上手くいかないでいた。
「ようやく麻酔が効いてきたか……。流石に静かになってきやがったな」
喋る事も困難になって無言で瞳を閉じるジンを見てアリスは構築を続けながら、ふと語りかける。
この先に不安を抱え、少しでもそれを紛らわそうと口走ってしまう。
恐らくこれが最後になる。
自分の後悔と想いを誰かに伝えておきたかった。
それがジンであろうと構わなかった。
「お前ぇが何をどう思ってるか興味はねぇが……この世には知らねぇで良い事なんて山程ある。むしろ忘れてぇ記憶なんてそれこそ幾つもありやがる……。こんな世界なんて――――ぶっ壊れちまった方が良いのかもな」
それはまさにフェイクを肯定するような発言にしか聞こえない。
「昔、俺はカミさんと娘を失った……。カミさんは娘を産むと同時に死んじまった……。難産だった……。だからこそ医者として確かな腕を持つ俺が執行したんだけどよ……どんだけ優れた医者でも親族を前にしちまうとビビっちまうもんなんだ。だから周囲は俺に猛反対して、俺もそれに納得して他の医者に任せたら……あのザマだった」
よくは見えないがその瞳には潤んだ光が。
「そりゃ後悔したもんだ……後悔しすぎて死んじまうんじゃねぇかって程にな。……あん時、俺が執行してればカミさんを救えたんじゃねぇのかって。……だが過ぎた事だ、もうどうしようもねぇ。別にあん時の医者だって恨んじゃいねぇよ。ただ、その後悔があったからこそ……娘が流行り病に犯された時はもう周囲の言葉に耳も傾けず今度は俺が執行した。……自分の腕を信じて俺なら治してやれるってな」
額の汗と一緒に目元を拭い、原点の式の変換を懸命に進めていく。
「だがその結果……今度は他人でもねぇ俺自身の手で娘を殺しちまった。現代の医学や錬金術、天才と言われた俺ですら救えなかった……。生きてればヘルメスと同じ歳だ……生きてれば、ヘルメスとも仲良くできたはずなのに俺がその未来を奪っちまった……」
後悔の言葉をひたすら並べ続けるアリス。
「誰も恨んじゃいねぇが……俺はこの理不尽な世界を恨んだ。俺の本当に救いたかった命が救えなかったこの世界をな……。で……大の大人が勝手に絶望して勝手に無気力になって自暴自棄になってた……そんな頃だ……」
あの日、アリスは光を見つけた。
「――――ヘルメスに初めて出会ったのは」
アリスは当時を振り返る。
「初めて会った日のヘルメスはガキのクセに他人の顔色ばっか気にするような奴だった。正直、胸糞悪かったぜ……。そんでいてずっと泣いて俺をイラつかせまくって第一印象なんてそりゃぁ最悪だったもんだ。でもな……そんなヘルメスと何度も会うようになって、未来に何の希望もなかった俺は徐々に立ち直る事ができたんだ。ヘルメスの……あいつの未来を信じ続ける純粋な心に助けられた。泣き続けながらもいつか明るい未来が待ってるはずだってヘルメスは何の疑いもなかった……へっ、根拠も自信も何もなかったってのによぉ……。でもよ、俺はそんなヘルメスに……空っぽになった心が満たされていったんだ」
原点の式を放出し続けているがもうアリスの言葉は耳に届いていない。
そう思ってアリスは自分にそのような昔話をしてきたのだろうか。
だが、しっかりと全て聞こえていた。
「……テメェ…………死ぬ、……つもり、……じゃ…………ろ、な……」
その問いにアリスは驚く事なく一瞬目を閉じて短く答えるのみだった。
「……馬鹿言ってんじゃねぇよ」
ジンとアリスが感じていた妙な胸騒ぎ。
それはこの病院を襲ってきた集団とはまた異なったものだった。
どんどんその気配は近づきつつある。
「だが……今度は俺がヘルメスを助けてやる番だ。その為にお前ぇには犠牲になってもらうぜ……。フェイクはお前ぇに黒い歯車を組み込んで利用していたが――――ヘルメスの為にも”俺がそうはさせねぇ”」
「……どういう、……意味、だ……」
アリスは最後に仕上げへと取りかかり、激しく青白い光を放っていく。
「今さら隠す事もねぇな……。目ぇ覚めたらお前ぇにまた頼みがある」
「…………」
そう告げ。
アリスは黒い歯車を解除する事ができない以上、ジンに新たな腕と”抗う力”を加えていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マスキュアが美しく咲き乱れる庭。
だが、つい数分前からその美しい光景は荒れ果てた無残な姿へと変わってしまった。
そして。
「ぅ……っ、……ここ……まで……とは…………」
先程まで優勢かと思われたヘルメスだったが、リーダー格の男は枷が外れたヘルメスを相手に完膚無きまでにねじ伏せたのだった。
「式崩しを構築しないのであれば貴様は我々とあまりにも相性が悪すぎる。……だからこそ我々が選出されたのだがな」
「もうあちらの娘も限界が近いようですね」
エリーゼも自身のダメージを消す為に固定式を過度に使用し過ぎたせいで既に立つ事も困難な状況となっていた。
「っ、ぐ、……」
病院の玄関から遠く離れた場所には。
多くの血を流して地面に這い蹲るヘルメスとエリーゼの悲惨な姿があった。
「ふん、少しは出来ると思ったがやはりまだまだのうようだ」
二人を見下ろす人一倍大きな身体を持つリーダー格の男の背後に他の三人も集結していく。
「例えアリス=テレス今更出てこようとも動きを封じられそうですね」
「拍子抜けにも程がある。わしは殆ど何もしていないと言うのにもう終わりか」
「ケッ! このクソ女共……ッ! ……ヘルメスを吐かせるのは僕に任せてくれよ。……じっくりと……苦しめ……死にたくなった所で最後にぶっ殺してやるッ!!」
集団が各々発言をする様をヘルメスとエリーゼはただ黙って地面で聞く事しかできなかった。
「偽人については誤算だったが、それも含め既に報告へ向かわせた。これで後はヘルメス=エーテルを連れていけば我々の今回の任務は終了だ」
五人の集団で行動していた彼らは、自身のみ完全に気配を一時的に遮断する固定式を操る者を今朝この病院内へ進入させていた。
そしてこの病院内に偽人が居る事を知り、そして賢者の石がある事を確信した彼らは主の号令によって行動を開始したのだ。
一人は既に集団の本拠地へと先程知り得た情報を報告するべく帰還している。
「っ、……貴様達の目的はやはり賢者の石、なのか、……」
虫の息と思われるヘルメスの問いに、リーダ格の男は無視してヘルメスの頭を踏みつける。
「ぐっ……」
「ッ!? ッ、ヘルメス、様……ッ」
いつでも殺せると言わんばかりに集団が余裕を見せ、今回の任務の達成感の無さに落胆していく。
「若き錬金術師達よ。我らの輝かしき未来の礎となれる事を誇りに思え。……しかし、弟子達がこれではアリス=テレスも噂通りの錬金術師とは思えんな。……今ではこのちんけな病院でのうのうと隠居生活をしていると聞く。もはや我々の敵ではあるまい」
「あはっ、かもねー。どうせ噂だけで大した男じゃないんじゃない? だって弟子のこいつらがこんなんだしねー。何なら僕がアリスもぶっ殺してやっても良いぜー?」
その言葉に、二人の少女は地面にうつ伏せになったまま歯軋りをあげていた。
「訂正、し、っ、ろ……」
大好きな人を、自分達にとって大切な人を侮辱され、激しい怒りに包まれる。
「くぅ……ぅ」
「……ぅ、っ、……」
大量に血を流し、あれから何度も攻撃を喰らいもう立ち上がる力など無いはずなのに。
ヘルメスは唇を噛み締めて自分の頭を踏みつけるリーダー格の男の足を何とか立ち上がろうと押し退けていく。
「むぅ……?」
エリーゼも同じく青筋を立て、歯を食いしばって必死に立ち上がっていく。
アリスを侮辱する者は、誰であろうと許さない。
二人の少女はどれだけ巨大な力で屈服させられそうになっても、必死に立ち上がろうとする。
集団はまだ諦めようとしない少女達の気迫に唖然としていた。
「師匠、を、何も、知ら……ない、貴様達、がッ――――」
「……マス、ター、を、貶す、事はッ――――」
少女達は叫ぶ。
「「絶対に許さないッ!!!!!」」
その瞬間、ヘルメスは持てる力の全てを使いリーダー格の男の足を完全に押し退けた。
「ま、まだこれ程の――――」
そしてエリーゼは錬金術で素早く集団の足元を泥沼へと変えた。
「オイオイ!? これってさっきの――――」
「ぬぅ――――」
「た、退避――――」
足元が泥沼になりきる前に三人は飛び退き、リーダー格の男はすぐに体勢を立て直す。
しかし、ヘルメスは魔銃を構え集団に次々と発砲していきエリーゼは固定式を発動して自身へのダメージを消していく。
「再び大人しくしてもらうぞ……ッ!?」
体勢の戻ったリーダー格の男は真っ先にその卓越した身体能力の高さで素早くヘルメスに近づき、拳を向けるが。
「まだ、だッ!! 自分を見くびるなよ……ッ!!」
「なにっ!?」
ヘルメスはリーダー格の男の顔面に始めて一撃を喰らわせる事に成功する。
「くぅっ」
女性の個有式によってそのままダメージはエリーゼへと流されるがそれでもリーダー格の男は遠くまで吹き飛んでしまう。
だが、エリーゼは個有式を発動しているのでヘルメスの繰り出したダメージをその身体に受けようと今は無事で済んでいる。
「もう少しだけ我慢してくれエリーゼさん! もう少しで……師匠達がきっと来てくれるはずだ!!」
「うっふっふ~っ! 私の個有式、”被虐快楽園”なら耐え抜いてみせますよぉ~っ!! どれだけ攻撃されても一時的にそのダメージを跳ね除けてしまいますからぁ~っ!! ……暴力という名の愛、快楽っ!! なるべくそれを長く味わう為にマスターの元で研究し続けてきた甲斐がありましたよぉ~っ!!」
動機やその活用目的に、この危機的状態にも関わらずヘルメスは苦笑してしまう。
だがエリーゼの持つ個有式はこうして実践でも役に立つ。
アリスの助手となり、この病院でナースを勤めるエリーゼは人体に関する式を学び続けていた。
そして被虐快楽園という固有式の開発にまで至っていた。
「ふざけた式ばっか使いやがってこのクソ女ァッ!!!」
液体と化した少年が膨張したその大きな身体で二人にのしかかって襲おうとするが。
すぐにヘルメスはエリーゼを抱えてその場を飛び退いて難を逃れた。
二人の確保に失敗して液体を飛び散らせる少年を他所にどこからか屈強な男の声がする。
「どれだけ貴様らが強かろうと……気体となるわしには関係ない事よ」
ヘルメスがエリーゼを降ろすとその後方から先程まで姿を消していた屈強な男が現れる。
それはまるで透明人間が突如としてその姿を現したようだった。
二人は明らかにそれがこの男の固有式だと認識しつつもそれに対処できずにいた。
それでも。
「ヘルメス様伏せてくださいっ!!」
すぐさまエリーゼが地面に手を這わせてリディアのように地面を大きな拳を構築して必死に反応していく。
ヘルメスがその場で屈むと構築された大きな拳は屈強な男へぶつかっていくが。
「くっ、また消えられてしまったか!!」
屈強な男はまたもや気体となって物理的な攻撃を回避してみせた。
気体なのでその姿が認識できなくなってしまうが。
「解読眼ならばその存在も視えているッ。だが……物理的な攻撃が通じないというのは困ったものだ。一体どうすれば……」
「あの軟体少年と言い、そこの女性と言い……面倒な方ばかりですねぇ~。恐らくもう簡易式程度では通じないでしょうし……」
そう感想を呟いてる暇もない。
今度はリーダー格の男と液体となった少年が戻り、同時に襲いかかってくる。
「その不屈の精神は褒めてやろう、だが――――」
「それだけで僕らを止められると思ったら大間違いだってのっ!!」
咄嗟の判断でエリーゼは分厚く大きな壁を構築して二人の攻撃から身を守ろうとするが。
「そんな壁ごときでこの一撃、阻めると思うなエリーゼ・カピラ」
腕の筋肉に力を加え、岩をも砕く一撃を放つ。
「そ、そんなっ!?」
エリーゼの構築した数センチもあろう分厚い大きな壁を、リーダー格の男は嘲笑うように拳一つで木っ端微塵とする。
「もう逃げらんねぇぞクソ女共ォッ!!!」
「クッ!? ……仕方あるまいっ!」
少年の嬉々とした声と共に二人の目の前には二人を取り込もうと膨張した液体が差し掛かる。
このままでは二人共この液体に呑み込まれてしまう。
するとヘルメスは最後にリーダー格の男だけでも距離を離そうと、崩れる岩ごとそのまま強烈な蹴りをお見舞いした。
そして。
「後は頼みましたよ……ッ」
、エリーゼの身体を遠くまで突き飛ばす。
「えっ!? ……いっ、っ、……え!? へ、ルメス様っ!?」
地面に転がるエリーゼが目の当たりにしたのは、液体に取り込まれ、もがくヘルメスの姿だった。
「あっははー、まずは一匹確保だー」
液体の中で息もできず酸素を求めて必死にもがくヘルメス。
液体となった少年の中では上手く動くことも出来ず、このままでは溺死してしまう。
更に事態は最悪な事になってしまう。
「ぅ、っ、がぁぁぁぁッ!!!!!」
被虐快楽園で一時的に跳ね除け蓄積されてきたダメージがここにきてエリーゼを一斉に襲いだす。
今まで受けてきたダメージはエリーゼのような常人では耐え難いもの。
そのままエリーゼは地面に転がり、残酷な叫びをあげてもがき苦しんでいく。
すると気体となっていた屈強な男が姿を現し、苦しむエリーゼの頭を掴む。
吹き飛ばされたリーダー格の男もすぐに戻ってきて告げる。
「もう終わりだ。所詮、貴様達ごときで我らから逃れるなど不可能だったのだ。それはアリス=テレスが来た所で同じ事。ヘルメス=エーテル以外は我らに必要のない者だ、無駄な抵抗は止めて――――大人しく死ね」
「ぁ、っ、ぁああああああッ」
エリーゼはただ悔しさと身体の痛みで涙を流して叫ぶ事しかできなかった。
まだ。
まだ、アリスに何一つ恩返しできていないというのにここで死ぬ。
アリスが救ってくれたこの命が、ここで。
「……っ!? ごふっ、っ!!」
液体の中に囚われ、ロクに身動きもできず酸素を取り込む事すらできないヘルメスもエリーゼの危機を感じて何度も抵抗を試みるが。
「んー? あはっ、ムダムダー。僕の中で大人しくあのクソ女が死ぬ様でもじっくり鑑賞しときなって。ま、お前を溺死させりのは全て吐かせてからだけどねー」
「……あくまで拘束に留めなさいよ。ヘルメス=エーテルを殺す事は許しません。せいぜい意識を失う程度にしておきなさい」
自らの手を汚さず、指揮を執る女性がつまらなさそうに苦しむ少女達の姿を冷たく観察していた。
命の危機が迫るエリーゼ、だがヘルメスは今の状態で助ける事もできない。
それどころか酸欠によって自身の意識すら薄くなっていく。
いつしか抵抗していた身体も一切動くこともなくなっていた。
「……ぁ、……ぁ」
エリーゼもまた屈強な男に頭を掴み上げられながら、遂に限界が来てしまったのか叫ぶ力すら残されていない。
両手も宙ぶらりんとなって抵抗する素振りが見られなくなしまっていた。
「今までの奮闘は認めよう。しかし、それだけでは我らには届かない。貴様達ごときが必死に足掻こうがこの世界の行く末はもう止まらない。そして新たな世界の頂点に立つのは”我れらが主”だ」
ヘルメスとエリーゼは薄れいく意識の中、それぞれの想いに打ちひしがれていた。
大切な人を守るには自分達の力では及ばない、抗えないと告げられ、自分達の無力さを思い知らされた。
だが、それでも――――
無駄ではなかった。
少女達の想いは、奮闘は。
確かに、確かに届いていた。
「え……? ――――ほぎゃあああああああ」
液体と化し、物理的な攻撃が一切効かなかったはずの少年が情けない悲鳴と共に吹き飛んでいく。
「な――――貴様はぐ、ふ、ぅあああああああッ」
エリーゼの頭を掴み上げていた屈強な男も情けない叫び声を上げて吹き飛んでいく。
「……来たのか」
液体の中から解放されたヘルメスをしっかりと抱きかかえ、鬼のような形相をした白衣の男。
そして意識もうろうとなったエリーゼを”両腕で”抱きかかえ、鋭い牙を剥く銀髪の青年。
「アリス……テレス、偽人……ッ」
殺意を振りまく二人の男の気迫に、思わず女性は足をすくめてしまう。
それでも冷静に二人の男の出現に物怖じずに両腕を組むリーダー格の男に、殺意と怒りが入り混じった言葉が向けられる。
「……うちの愛娘達が随分と世話になったみてぇだなぁ――――」
「テメェらが何者かは知らねぇけどよぉ――――」
薄れゆく意識の中、二人の少女は先程までの痛みなどまるで吹き飛んだかのように微笑みだす。
「「生きて帰れると思うなよクソ共がァッ!!!!!」」
少女二人とは異なり、凄まじい殺気の帯びた猛獣二匹の咆哮は周囲に激しい振動を与え震撼させた。
偽人の青年ジンと、元三英傑の男アリスがようやく戦地へと駆けつけた。




