15話:――――を覆う闇
ドルスロッド、最後の朝。
それはあまりにも唐突に訪れたのだった。
「師匠……ほ、本当ですか……!? しかし急にどうしたんです!?」
ヘルメスが偽人の腕を構築しようと試みて何度も失敗してジンを殺してしまったいつかの病室。
そこにはヘルメス、ジン、エリーゼの三名。
そして、
「あんま何度も言わせんじゃねぇよ……。今から”腕を構築してやる”ってんだよ。……俺様の気が変わんねぇウチにとっととクソガキもベッドに寝転がれ……」
とても暗い表情で両腕を組んでアリスは壁にもたれていた。
らしくない覇気の無い声でそう指示し、ジンに顎でベッドの上に早く寝ろと誘導している。
「急にどうしたんだよ……。テメェ何を企んでやがる……」
「そ、そうですよマスター! あんなにもジン君に腕を構築してあげるのを嫌がってたじゃないですか~!! いきなりどうしたんですぅ~!?」
アリスの呼びかけに一同は驚きを隠せないでいた。
ジンの腕を構築してやればヘルメスは自分の元からまた離れてしまうと思ったアリスはそれをずっと拒み続けていた。
しかし、それが朝を迎えると唐突にジンの腕を構築してやると言ってきたのだ。
「師匠その前にお尋ねしたい事があります」
ヘルメスはアリスの前に立ち、眼鏡を光らせる。
それは王従士としてのヘルメスが見せる表情だった。
「つまりジンの腕を構築し、自分と共にギリスティア王都へと来て頂ける……そう思って宜しいんですね?」
今回、ヘルメスがこのドルスロッドへと赴いた理由は三つあった。
黒い歯車を解く手掛かりを知るやもしれないアリスからそれを聞き出し、更にジンの失われた右腕を構築してもらう事。
そして――――
「精神が不安定になったオプリヌスを治療し、話せるまでに回復させて頂ける……それをご了承して頂けたんですね?」
ハイリンヒに命じられた任務はアリスをギリスティア王都へと連れてくる事だった。
だが、アリスは目の前のヘルメスから視線を逸らして窓を見つめて期待外れな返答をする。
「……勘違いするなヘルメス。俺は王都に戻らねぇ。ふん、ミストレアの為に働いてやる忠義も今更持ち合わせちゃいねぇ」
「……っ、師匠ッ!! 陛下やギリスティアだけではありませんッ! 世界に脅威を与えるフェイクの行方を突き止め、一早くそれを止めねばならない事ぐらい師匠にだってわかっているはずではないですかッ!!」
「……」
フェイクの話題にジンはバツの悪そうに目を伏せる。
今どこで何をしているのかジンは知らない、それでもあのフェイクならばきっと想像だにしないことを企てているに違いない。
「っ、おい。ヘルメス止めろ……」
ヘルメスは怒りに満ちた瞳でアリスを睨んで襟を掴んで力強く壁に押し付けていた。
狂った錬金術師フェイクがどれ程まで世界を混沌に貶めているのか。
どれ程の国や人々がその被害にあっているのか。
そして、それを慈愛王ミストレア=サールージュがどれだけ嘆き苦しんでいるのか、その全てをアリスは知っている。
しかし、
「俺の行動理念、それは全てヘルメス――――お前の為だけだ」
そう告げ、自分の襟を掴むヘルメスの手をいとも簡単に離してみせる。
そのままヘルメスを無視してベッドへと歩き出す。
「マスター……」
そのいつもと様子の違うアリスの姿をエリーゼが不安そうに見つめていると、ジンはアリスの前へと踏み出す。
「ちょ、ちょっとジン君!?」
只ならぬ気配を漂わせ、今にもアリスを襲ってしまいそうな雰囲気のジンにエリーゼは両手で口を覆って驚きを見せるが。
「おい、クソジジイ……」
自分を呼びかけるジンにアリスはしばらく無言のままサングラス越しの鋭い瞳でジンを見下ろす。
「”あん時、俺が言った頼み”、忘れちゃいねぇだろうな……」
ジンはアリスのその言葉に、妙な胸騒ぎが本物だったと確信する。
「この村に来てから感じてた妙な視線……やっぱり何か心当たりがあったんじゃねぇか……ッ。テメェがそんな風になっちまう程の奴らなのかよッ! 一体どんな連中なんだッ!?」
声と息を荒げるジンにエリーゼは一体二人が何を言っているのか理解できず、ただ不安になって二人を交互に見つめるだけだった。
しかし、ヘルメスはアリスの背後からその肩をがっしりと掴んで問いただすのであった。
「師匠、このドルスロッドで一体何が起ころうとしているのですか。……っ、きっと……ジンが感じていたという妙な気配と何か関係があるんですね。何故、……何故、それを自分にも黙っていたんですかッ!? 答えてください師匠ッ!!」
ギリスティアを、ミストレアを捨てたアリスに。
自分を信用せず、この村に訪れつつある脅威について何も話してくれなかったアリスに。
ヘルメスは声を震わせて溜まっていた怒りを放出していく。
「……」
ヘルメスの手に加わる力が徐々に強くなっていくのを感じ、アリスは一瞬表情を曇らせて口を開く事を躊躇うが。
随分、見ない間に成長していた愛弟子に。
久方ぶりに会えた愛娘に口元を緩ませて告げる。
「ヘルメス。もしもお前が愛していたモノ全てが裏切り、牙を剥いてお前の全てを奪おうとしてきても――――お前はそれでも戦い続ける事ができるか?」
口元だけ笑みを浮かべているが、アリスはとても悲しそうな表情でそうヘルメスに問いかける。
「……一体それはどういう意味でしょうか」
「俺は逃げる道を選んじまった――――答えてくれヘルメス。俺の質問を理解する必要なんてねぇ。ただお前が感じた俺の問いに対する答えを聞かせてくれ」
もう引き戻せないかもしれない。
だが、今なら間に合うかもしれない。
アリスは最後の覚悟を決める為に、踏ん切りをつける為にどうしてもヘルメスの答えが聞きたかった。
そこにはいつものヘルメスに対する優しさなど無く、ただ厳しい顔つきでヘルメスを見下ろすその姿勢。
エリーゼとジンまで無言でアリスと共にヘルメスの答えを待つ。
「……」
質問の意味などわからない。
だが、ヘルメスは静かに瞳を閉じ。
「……正直、想像しただけで心が折れそうな質問ですね。自分のように脆い人間にはとても耐えられないでしょう……」
三人が見守る中、ヘルメスはそう答える。
アリスはその返答に激しく落胆させて眉間にシワを寄せてしまう。
だが、
「ですが――――そんなもの関係ありませんッ」
力強くアリスを睨みつけてそう言う。
「自分にはまだ大切なモノが残されています。それをこれ以上失わないように……これからどれだけ自分が傷つこうと、困難が待ち受けていようと自分はもう絶対に逃げないッ!! 決して諦めたりなどしないッ!! いつまでも過去に囚われ続け、師匠に守られるだけの子供ではありませんッ!! どんな大きな壁にぶち当たったとしても必ず蹴散らしてみせますッ!!」
ヘルメスがそう捲し上げて叫ぶ姿にジンは面白そうに鋭い牙を見せて大きく笑みを浮かべ。
その答えに満足したのかアリスも吹っ切れたように満面の笑みでヘルメスを見つめる。
「やれやれ、とんだお転婆さんに育ったもんだぜ。間違いなくヘルメスはパラケルススとリリアンの子供だ。だがなぁヘルメス」
ようやくいつもの優しいアリスに戻り、ヘルメスの頭にその大きく重い手を置き。
「お前は俺の愛する娘でもあるんだぜ? ……だからもう少しだけ親父面して面倒見させてくれよな」
エリーゼはようやくアリスの意図に気づく。
俯いたまま無理に笑顔を作ってゆっくりとアリスの元に歩き寄り、その白衣の裾を掴んで健気な笑顔でアリスを見上げる。
「マスター、私をお忘れですよぉ……」
「フ、そうだったな……。エリーの場合は偉大なる俺様の助手だが……まぁ、確かに娘みてぇなもんでもあるな」
エリーゼの頭にも手を置いて優しく微笑むアリスの姿はまるで二人の娘に対して後生の別れを告げる父親のようにも見えた。
妙な胸騒ぎがして緊張感漂う雰囲気を醸し出すジンの方向に、アリスは二人の頭に置いた手を離し、真剣な表情に戻って改めてジンと向き合う。
「さて……これからお前ぇに腕を構築してやる。偽人を構築するには賢者の石が必要不可欠だ。偽人の原材料、すなわち原点の式が必要なわけだが」
「ですからっ! まだ自分は師匠から納得のいくお答えを頂いてませんっ!」
何か先程から言いたそうにしていたヘルメスがアリスの言葉を遮る。
すっかり背を向けているアリスから、まだヘルメスは答えを貰っていないのだ。
納得のいかないヘルメスは未だ不服そうに顔をむすっとさせている。
「良いだろう。まず、もう一度言おう。悪いが俺は王都には行かねぇ。単純に気に喰わねぇってのもあるけどよ……それ意外の要因もあって行けねぇかもしれねぇって言った方が正しいな」
「それは……先程からジンと師匠が言っていた不穏な者達がドルスロッドに訪れているからですか?」
妙な胸騒ぎ、それは時間が経つ毎にどんどん増していく。
だが、ジンは尋常ではない恐怖すら感じるようになっていた。
言葉数も少なくなっていくジンの姿を見てアリスはその原因の一つについて語る。
「……果たしてどんな連中なのか俺も知らねぇ。このクソガキと同じで俺もつい先日から複数の妙な視線を感じて村中調べ上げたがその尻尾が掴めねぇままだった。日に日にその気配は強まる一方だったわけだが結局今も見つけられずに居る。ケッ、この俺様から逃げおおせてる辺り連中相当やりやがるぜ」
視線を感じ、すぐにその場所に向かうもそこには誰も居ない。
そんな出来事が多々あったのだった。
「なぁ……やっぱそいつらの狙いは賢者の石じゃねぇのか? 俺とヘルメスがこの村に来てからなんだろ? そうとしか考えられねぇ……」
拳を握り、賢者の石のある自身の胸元に視線を向けて申し訳なさそうに表情を歪めるジンにアリスは更に続けていく。
「賢者の石がお前ぇみてぇな偽人の中にあるなんて普通想像つかねぇよ。だが、それでもお前ぇの言う通り恐らく連中の狙いは賢者の石だろうぜ。……ハイリンヒによると今回のオプリヌス逮捕と言い、その居場所をギリスティアにわざわざ教えにきたって胡散臭い奴が現れたようだが……俺はそいつが賢者の石についての情報を連中に流したか、もしくは仲間なんじゃねぇかと思ってる。それだとお前ぇの中に賢者の石があるのを知ってるのも辻褄が合う」
そこで、ジンは思い出す。
数ヶ月前、ジンの前にも仮面を付けた謎の青年が現れた。
その者の導きによって実際にオプリヌスの居たヴァンクへと向かっていたのだ。
妙な雰囲気のしたあの青年の事を思い出しているとヘルメスがジンの側へと移動してくる。
「大丈夫だジン。誰が相手だろうと必ず自分がジンを守ってやる、心配するな」
賢者の石の器である自分のせいでヘルメスやこの平和な村へ争いを持ち込んでしまった事に憤りを感じていたジンに、ヘルメスは凛々しく心強い言葉を送った。
「そうですよぉ~! ここには腕っ節自慢のお二人も居る事ですし何も心配いりませんよぉ~♪」
同じくジンの側に近づき、ヘルメスの腕に勢いよく抱きつくエリーゼ。
あくまで自分を戦力には入れず、二人に任せていれば何も心配無いと程良い胸を張って自慢気に宣言するエリーゼに、今だけはジンも少し気が紛れる思いだ。
「本当に腹の立つクソガキだ……テメェに腕なんて構築してやりたくねぇが――――」
その瞬間。
病院の外から大きな轟音が響き出す。
それは終わりの始まりの合図のようだった。
「今回に関しては特例だァッ!!! せいぜい俺様の慈悲に感謝しやがるこったァッ!!!!!」
アリスは両手から青白い光を発生させてその凄まじい範囲で病院全域を一瞬のうちに包み込んでいく。
「ま、まさかこれがその者達の襲撃ですか!?」
膝をついて地面に両手を這わせるアリスの姿を見て一早く部屋から飛び出したのはエリーゼだった。
「……行ってきます」
その表情はいつものお調子者の顔ではなく、とても殺気に満ちた刃物のように鋭く冷たさを感じさせる。
「エリーッ!! クソガキの腕が構築できるまで時間稼ぎしてろォッ!!! いくらお前ぇでも今回ばっかは気ぃつけんだぞォッ!!」
そしてそれに続くように飛び出すヘルメス。
「後程、師匠には詳しい事を全て聞かせて頂きますからねッ!! 逃げないでせいぜい待っていてくださいッ!!」
アリスは渋々ヘルメスにも念を押す。
「っ、魔銃は使っても絶対ぇに式崩しなんて構築しようなんて考えんじゃねぇぞォッ!!! あくまで時間稼ぎに徹してくれぐれも無茶すんじゃねぇぞォッ!!!!!」
あくまでこの戦闘はアリスがジンの腕を構築するまでの時間稼ぎなのである。
ジンもそれを承知の上でアリスと同じタイミングで外の異変に気づいておりながら、じっと堪えてその場で歯軋りを立てて待機していた。
無言でジンを守る戦いに一目散に飛び出した少女二人にそれぞれ警告の叫び終えたアリスがジンの左腕を強引に掴んでベッドへ寝かせる。
「何ボサっとしてやがんだァッ!! これでヘルメスとエリーが死んでみろォッ!!! 俺がお前を絶対に殺してやるッ!!!!!」
「あいつが死ぬわけねぇだろうがッ!!! 良いからとっとと始めやがれッ!!! テメェこそ間に合わなかったら絶対ェ喰い殺してやっからなァッ!!!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃、病院の外では黒いローブを纏う四人の集団が待ち構えていた。
爆風と共に放たれた砲弾がヘルメス達の居た部屋へと確かに直撃されたはずだったが。
「おいおーい……マジかよ。オッサンさぁ……ちゃんと当てたんだろうな? 全然ビクともてないじゃんかよー……」
黒いローブを纏う少年がその奇妙な光景を見つめていると。
「無論だ。見ていたのならばわかるだろう。わしがこの距離で外すわけもない。しかし、こうも簡単に防がれてしまうとはいささか驚きを隠せんな……」
構築した地面に固定された質素な大砲の横で腕を組み、体格の大きい男が重苦しい声でそう告げた。
砲弾が直撃したにも関わらず、病院の外壁には一切の傷はついていない。
砂埃舞う中、それを見つめる黒いローブを纏う集団のうちの一人である女性が一歩前へと出る。
「最初からこの程度で片がつくとはこちらも思っていません。最近の彼の行動からしても驚くに値しないでしょう。ここは彼が経営する病院なのです、当然この病院が襲われる事も想定済みなでしょうね。何かしらの式が事前に病院全体に施されているはず――――っ!? ……ほぅら、来た。皆、気を引き締めて速やかに終わらせるわよッ」
猛獣のように全速力でこちらに向かってくる二つの気配に気づいた女性が声を荒げると。
「……っ、何なんだこの集団は……」
「……どうやら彼らがマスターのおっしゃていた不穏な気配の正体と言うわけですね」
病院の扉を蹴破り現れた二人の少女。
ヘルメスとエリーゼが黒いローブを纏う集団の前に姿を現す。
それに一早く動いたのは人一倍大きく、屈強な身体をした大柄な男だった。
集団の先頭へと歩き出し、他の者達は静かに道を開いていく。
どうやらこの男が集団のリーダー格のようだ。
「……ヘルメス=エーテルだな。ようやくこうして対面する事が叶った。それにわざわざ出迎えご苦労、少しはこれで手間が省けた。では早速だが――――我々に協力してもらうぞ」
「……っ? 貴様達は何者な――――」
ヘルメスの問いに答える前に。
一瞬にして。
「ヘルメス様ッ!!」
「むっ!?」
その大柄な身体からは想像もできない程の速さで地面を蹴りだしてヘルメスの前へと襲いかかる。
あまりの速さにエリーゼも動く時間もなく、一瞬のうちに重い拳が腕を伸ばしてヘルメスの眼前へと近づくが。
「ほぉ……」
ヘルメスは自分の顔面へと向かう腕を片足で蹴り上げる事で回避してみせたのだった。
素っ気無い反応をする男に、ヘルメスはいきなりの行動に涼しい顔で睨みつける。
「貴様達が敵である事は明白のようだ。それにどうやら相当な達人と見受ける。ならば……手加減は必要ないようだなっ!!」
お返しとばかりに今度はヘルメスが渾身の一撃を男にぶち込むが。
「――――接続完了」
リーダー格の男の後方から青白い光を発して静かに女性の声が響く。
するとヘルメスの拳が男の胸に打ち込まれた瞬間。
「ぐ、ぎゃ、ぁぁぁ、かはっ、ぁ、」
何故か男の叫び声ではなく、その場でエリーゼが全身に走る痛みを必死に堪えて地面に崩れ落ちていった。
「エリーゼさんっ!?」
ヘルメスは倒れ込むエリーゼに視線を向け、この異常な事態に戸惑っていると。
「この最中、私から目を背けるとは随分と余裕ではないか」
一瞬の隙にリーダー格の男は今度こそヘルメスの顔面を拳で捕らえ、鮮やかな血と共に容易く壁へと叩きつける。
「ッ、ぐはぁぁぁッ、」
いきなりの強打で思わず意識を持っていかれそうになる。
「……その程度かヘルメス=エーテル。アリス=テレスの弟子である事と数々の情報から少しは期待していたのだがな。ふ、失望させられたぞ……」
壁にもたれて静かにするヘルメスをリーダー格の男は冷ややかな視線を送り、怪訝な表情をしていると後方から少年の声が聞こえてくる。
「ふぅー、後はこいつを連れてけば僕らの任務も終了だね。あんだけ慎重に行動してたってのにホント拍子抜けって感じだよ」
「さぁ、早く戻りましょう。あの壁を見てごらんなさい……。流石はアリス=テレス、只者じゃないわ」
女性の言う通り、やはり壁は崩壊する兆しも見せず、ヘルメスが血を流してただ無残に崩れ落ちるだけで一切傷も無かった。
その様子を見てリーダー格の男は納得する。
「なるほど。アリス=テレスめ、この建物全体に何かしらの錬金術を施して鉄壁の要塞のようにしているのか。……これ程の範囲と強度ともなるともやはり腐っても元三英傑と評価せざるを得んな。どうやら余程この建物に大切な”何か”があるようだ」
「中にはアリス=テレスが偽人の腕を構築しようとしていますが……この病院を隅々まで調べましょうか?」
女性の提案にリーダー格の男が沈黙のまま考えを巡らせていると。
「っ、く、」
集団の卓越した実力の前に膝をつかされた二人の少女。
ヘルメスは額から血を流し、壁を背にずっと機会を伺っていた。
そして遂に――――
「っ、そぉッ!!」
「ぅぅ……」
声を荒げ、地面で腹を押さえて身体を丸くするエリーゼをすぐさま抱えて男から距離を離す。
何とかエリーゼを抱えて距離を取る事に成功したが依然、危機的状況に変わりない。
とにかく嫌な汗を流しつつ全力で走り抜けるしかない。
「うっへぇ、アレでまだ立てるなんて流石はバケモンの弟子だけあるじゃん」
「……無駄口は止めなさい。あの中には偽人も居るのよ? 恐らくアリス=テレスはこれだけ大掛かりな錬金術を発動さながら偽人の腕まで構築しているから当分は出てこれないでしょうけどね。とにかくアリス=テレスが出てくる前にヘルメス=エーテルを必ず手中に収めるわよ!!」
「へいへーい。んじゃ、とっとと終わらすか~」
女性に急かされると少年は口元を歪ませて両手から青白い光を発生させていく。
「貴方はこのまま外にも気を張って砲台を打ち続けてください。いくら頑丈に守った所でいつかは突破できるかもしれません」
「心得た。いざという時の事を考えればわしはあまり手を出さん方が良いだろう。おぬしもわしの心臓……くれぐれも奪われるなよ」
「えぇ。任せて頂戴」
体格の大きな男は静かに頷いて少年と同じく錬金術の発動に入る。
そして少年とリーダー格の男は、体格の大きな男と女性をその場に残して二人を追う。
集団の次の行動に備えて全力で走るヘルメス、そして抱えられたエリーゼがようやく口を開く。
「も、っ、申し訳ございませんヘルメス様、ご迷惑おかけしました、も、もう大丈夫です」
ヘルメスに抱えられながら素早く自分の腹に片手を押し当てて青白い光を発生させてエリーゼはそう言うが、どうしてもヘルメスは”この後”が心配だった。
「はぁ、はぁ、エリーゼさん……、しかし、はぁ、あの錬金術は一体どういったものなのでしょうか……。っ、気になりますね……少しお待ちください、」
ヘルメスは急いで眼鏡を外してコートの内側に仕舞い、エリーゼを見つめると目を大きく見開く。
「何か、はぁ、糸のような式が先程の男とエリーゼさんが繋がって、っ、いますよ? 恐らくこれが原因なのでしょうが……くっ!! ……ダメですね、外せそうにありませんっ」
解読眼でのみ認識できるその糸は、ヘルメスが両手で物理的に外そうとしても空を切るだけで見えない糸は一向にエリーゼから外れる気配がない。
「流石はヘルメス様ですぅ~! 私一人じゃ気づけなかったですよぉ~、いやぁ~……いつの間にそんなものが……。なるほどぉ~……何となく察しが付きましたけど私達が予想している内容だとすれば、そこまで複雑な式だと私じゃどうしようもないですねぇ~……ま、きっと何とかなりますよぉ~!!」
「そうは言いますがエリーゼさん……いくら”貴女の固定式”でもそう何度も今のような事が起きれば後で大変な事になるじゃないですか。……自分の固定式は恐らくこの局面では役に立たないでしょうし事態は芳しくないようです」
すっかり元気になっていたエリーゼを降ろしてヘルメスはその元気な姿を見つめて副作用について心配していた。
「えぇ~!? 私みたいに薄汚いメス豚ごときを心配してくださってるんですかぁ~? きゃ~っ♪ ヘルメス様ってばおっ優しいんですから~♪ 惚れ直しちゃいます~♪ ぜひベッドで今すぐ私を滅茶苦茶にしてくださいまし~♪」
先程のダメージを一瞬にして消したエリーゼはヘルメスに飛びついてその豊満な胸の間に自分の顔を挟み、何度も顔を横に振って擦りつけては呑気な態度を見せていた。
「ちょ、え、エリーゼさん! 今はそんな事をしてる場合ではっ!?」
すると。
「――――やっほー、あんま遊んでると姉御に怒られちゃうんだ」
突如、地面からヘルメスとエリーゼの前に現れたのは――――澱んだ緑色の言葉を発する少年サイズの液体だった。
「お、固定式!? くッ……」
「きゃ~♪ ヘルメス様ってば乱暴なんですから~♪」
血を流して既に身体への負担を大きくさせていたヘルメスはひっつくエリーゼを突き飛ばし、素早くコートの内側からホルスターに入っていた魔銃を手に取り液体に発砲するが。
「あっはっはー、そんなボロボロな身体でまだ抵抗すんのかよ。大体そんなんで僕が殺せるとでも思ってんの? あっはっはっはっ、バカはこれだから面白い~」
何度も発砲された銃弾はそのまま液体を貫いたが。
「っ、銃が効かないとは……」
致命傷を負わす事もできず、人を見下したような不愉快な笑い声をあげるだけだった。
「なるほどぉ~……自分の身体を液体化させる固定式って所ですかねぇ~……いやぁ、厄介な錬金術師ですねぇ~」
突き飛ばされて地面で膝をついていたエリーゼは服についた砂を払いながら立ち上がり、冷静にそう分析していつの間にか試験瓶を取り出していた。
「エリーゼさん!! 後ろからまた攻撃が来る!! どうにかできないだろうか!?」
後方からいくつもの砲弾まで飛んでくる始末。
銃で撃たれようとも平然な態度を取り続ける液体を前に、ヘルメスは男から受けたダメージで表情を歪めたまま、後方から飛んでくる砲弾に視線を向けて急いでエリーゼに指示をする。
「あっは~♪ まぁ、アレぐらいなら私でも対処できそうですねぇ~♪ ……と、その前にぃ~」
エリーゼは試験瓶の蓋を開けるとそれを液体へと投げつける。
「んー? あぁ、簡易式か。んなもんで僕を倒そうなんて無駄――――」
蓋の開いた試験瓶はそのまま青白い液体を宙にぶち撒け、中の赤い宝石が空気に触れた瞬間。
「おいおいまさかッ!? くそぉッ!!」
先程まで余裕の笑みを零していた液体の少年は急に慌しく地面へと潜り逃げ去っていく。
「どうやら私の見解は的中だったようですね♪ 液体の身体ですから大きな火には弱いみたいですねぇ~」
「で、ですが砲弾もすぐそこまで来てますよエリーゼさんっ!!」
焦るヘルメスにニッコリと微笑んだまま次は両手を素早く地面に押し当て余裕の表所で青白い光を発動させるエリーゼ。
「伏せてくださいヘルメス様っ」
「むっ!?」
そして空気に触れた赤い宝石は瞬く間に大きな光を輝かせ、灼熱の炎を広げていく。
「って、これどうするんですかっ!? このままでは自分達まで丸コゲですよ!?」
燃え上がる炎が液体の少年だけでなくヘルメスやエリーゼにも飛び火してくるが、地面から出現した分厚い岩の壁が炎だけでなく砲弾まで次々と防いでいった。
「おぉ……、凄いじゃないですかエリーゼさん! あの一瞬でここまで対処しきるとは!」
「えっへん! これでも私もマスターの助手ですからねぇ~♪」
爆風が荒れ狂う中、その衝撃に頭を両手で押さえて耐える二人の少女。
何とか危機を間逃れて安堵するヘルメスとエリーゼだったが。
「エリーゼ・カピラァ……ッ、やってくれたな……ッ」
不気味な液体の身体を持つ少年が再び二人の前に立ち塞がる。
「でもやっぱりバカ共みたいだな! 後ろの退路無くしてどうすんだよ! さっきは不意を突かれたけどもう同じ真似は効かないぞ!」
液体の積量を不気味な動きで徐々に拡大させ、簡易式による炎など丸呑みにでもしてしまう程に膨れ上がる。
「あらぁ~こんなに膨張しちゃって……そんなに興奮なさったんですかねぇ~?」
「言っている意味はよくわかりませんが、何度もバカと言われるのは良い気がしませんね」
大きく膨れ上がった液体の身体は二人の頭上までに差し掛かり、怪しい影で二人を包み込む。
しかし、ヘルメスは痛みに耐えて口元をニヤリとさせて反撃の姿勢を取り始める。
「フフ。……後方からの砲弾が防げればそれで良い。まずは厄介そうな貴様の動きを止める! 頼んだエリーゼさんっ!」
「って、私ですか!?」
「しょ、しょうがないじゃいですかっ。この者は自分とは相性が悪すぎるんですから……」
「やれやれですぅ~……」
「無駄口なんて叩いてる暇あんのかよ! ほらもっと怯えろ! 喚け! 僕に恐怖しろ! あっはっはっは――――……は?」
エリーゼは恍惚の表情を浮かべて地面に両手を押し当て、青白い光を発して何かしらの式を構築させた。
「ではイキますよぉ~♪」
すると。
「っ!? な、なんだこりゃーっ!?」
液体となった少年の足場が突如、白濁とした泥沼へと変換されたのだった。
泥がその身体に絡みついて上手く動けなくなってしまう。
「クソッ!! どうなってやがるッ!? 何だよこの泥ッ!?」
突然の事態に驚き、この場から離れようと必死にもがくが更に事態は悪化していく。
粘着性のある泥沼がどんどん身体の自由を離していくのだった。
「助かりましたエリーゼさん」
「いえいえ~この程度、朝飯前ですぅ~♪」
二人の少女がハイタッチをして舞い喜んでいる姿に、液体の少年は怒りふつふつと腹を煮えさせていた。
「くっそぉ……っ、この僕が……っ、こんなバカ共にぃぃぃいいい」
蠢く液体の憎悪の叫びにヘルメスはエリーゼを引き連れてこの場から再び離れだす。
「よしっ、ここからすぐ離れますよエリーゼさん! 奴がどこまで体積を伸ばせられるかはわからんが、必ず限界があるはずだ! 注意しながら届かない範囲まで離れますよ!」
「はい~♪ どこまでもお供させていただきますぅ~♪ ではでは~♪ 軟体生物とは恐れ入りましたっ! とっても素っ晴らしい趣味ですね~、大変参考になりましたぁ~♪」
ヘルメスに手を引かれてその場から急いで離脱するエリーゼは最後に、液体の少年にウィンクをして親指を立てて敬意を表して走り去っていく。
「ちきしょーっ!? 何だってんだよ……これェっ!? クソッ……待てごらぁぁああッ!!」
身体中に粘液が絡まりロクに動けなくなってしまい、怒り狂いながら手を伸ばすかのように細く伸ばした液体を届かせて二人を捕獲しようとするも。
「フフ、一つお姉さんからのアドバイスだ……」
ヘルメスは目を細め、血と汗を流すの顔でウィンクを送り。
「そうやって自分達を見下すのは構わん――――だがそれで足元を掬われては元も子も無いぞ?」
細く伸びる液体を何発もの銃弾で貫き、本体から分離させる事に成功させた。
「フフ、予想通りで助かったよ」
分離した液体は地面に落ちると、そのまま本体までゆっくりと地面を這いずって戻っていく。
「ぐ、っそぉぉっ!!! クソ錬金術師のクセにッ!!! ナメやがってぇぇぇッ」
少年の叫びに一切反応する事なく二人は走り続ける。
「やはりあの液体の身体は分離してしまえば別れて動く事はできないみたいですね。成功して良かった……」
「あはは~、随分とお勉強した甲斐がありましたねぇ~♪ って、おぉっと!?」
喜ぶのも束の間。
最初にヘルメスに襲いかかってきたリーダー格の男が上空から二人の前へ再び立ち塞がってきたのだった。
着地と同時に凄まじい音が鳴り響く。
その横には女性の姿もあり、ヘルメスは先程の現象を思い出して息を呑む。
「エリーゼさん、あの男と貴女はまだ見えない糸で繋がったままです……。どうします……? 恐らく女性の方の固定式は……」
ヘルメスも何となく予想できていた。
先程あの男を殴る瞬間に、女性はエリーゼと男を見えない糸で繋いでいた。
「そうですねぇ~、多分あそこの人と今の私は痛覚が同化していると言うよりも……全部そのダメージが私一人に押し付けられちゃってる感じですねぇ~……」
それにあの男、単純な身体能力の高さならヘルメスと並ぶとすら思える。
二人がそれを理解して冷や汗を流すその様を、女性は愉しそうに微笑んで余裕を見せつける。
「どうやら少し利口のようですね」
そして自分の固定式の性能に気づいた様子のヘルメスとエリーゼに女性は鼻を鳴らして告げた。
「フ、流石は彼の元で錬金術を学んでいるだけはある。式崩しを構築したという話もやはり事実なのか?」
「な、何故貴様がそれをっ!?」
リーダー格の男はローブで覆われたその奥から鋭い眼光を女性に浴びせて黙らせる。
「……あまり無駄口を叩くな」
「す、すみません……」
式崩しをヘルメスが構築した。
それを知っている者は数少ない。
だがこの女性だけでなく、それは恐らくこの集団全員に知らされている。
ヘルメスの中で、とても言い表せられない大きな不安が募っていく。
そして身体への負担によって苦痛の表情を浮かべながら、ヘルメスは額から流れる血で目を霞ませながら女性に銃口を突きつけて問う。
「何故……貴様達がそれを知っている……っ。き、貴様達の狙いは一体何だッ!! 何故このドルスロッドにやってきたッ!! 誰からの指示で動いているんだッ!!」
その問いに男は不気味に微笑んで見せる。
「よく喋る女だ。知れた事よ……。――――貴様自身がよく知っているだろうヘルメス=エーテル!!!」
「っ、エリーゼさんッ!! 気をつけてくださいッ!!」
勢いよく前へ飛び出す男とその場で待機する女性を解読眼で捕らえて迎撃しようとするが。
「しかしこれでは……っ」
このまま男を攻撃してしまうと不思議な糸で繋がれたままのエリーゼにそのダメージが全ていってしまう。
「ヘルメス様っ!!」
男の拳はあまりにも重く、その一撃一撃がまるで大砲のようだった。
地面を無残に抉り、風を斬るかのような鋭さを持つ。
「まずッ!?」
ヘルメスの頬に男の拳が掠る。
その傷口から少量の血が頬から流れたがヘルメスはそれでも何とか避けて耐え抜いていく。
「ほぉ……まだ避ける余力はあるか――――だが、それもいつまで持つ? 貴様はそこの娘のせいで反撃できないのだろう? 大人しく捕まれヘルメス=エーテル」
ひたすら男の猛追を避け続ける事しかできないでいる。
だが男の動きは徐々に速さを増していき、このままでは避けるだけではいつか追いつかれて真っ向からの攻撃を喰らってしまう。
先程から反撃に戸惑う姿勢のヘルメスにエリーゼは――――
「私の事はお気になさらず一発かましてやってくださいッ!!」
ヘルメスの闘志を鼓舞させるようにそう叫び、両手から青白い光を発生させて覚悟に満ちた表情でニコっと笑って胸を張った。
「後から私がどうなろうと構いませんっ! マスターの言葉を忘れたんですかっ!? 今は全力で反撃しちゃってくださいっ!! きっといつもみたいにマスターが何とかしてくれますからっ!!」
「……エリーゼさん」
「血迷ったかあの娘……」
「……」
その言葉を受け。
ヘルメスは何とか迷いを捨て、アリスを信じて今一度強く拳を握り締めて魔銃を持つ手にも力が篭る。
「……どうした? そこの女がせっかくその命を差し出すと言っているのに。貴様は肉弾戦なら少々やれるという話だったのだがな。それに式崩しを何故使わない、まさかこのまま我々を倒せると思ってもいまい。……ふん、まぁ良い。貴様一人捕らえるのに錬金術を使うまでもない。そろそろ終わりだヘルメス=エーテルッ!!」
リーダー格の男は今まで以上に力を込め、確実に叩き潰すべくヘルメスの頭上へと渾身の一撃を放つが――――。
「ぬぅ……ッ!?」
男の拳はヘルメスの拳と合わさり止められてしまった。
拳に凄まじ力を込めてぶつけ見事それを止めたヘルメスは、ローブを纏ってよく顔が見えないリーダー格の男を睨みつけ。
「自分はもう迷わない……そう決めていたはずだったがまだまだのようだ。ふぅー……調子に乗りすぎだぞ貴様達ッ!!」
「く……っ」
リーダー格の男の顔に汗が一筋流れ、初めて焦りを見せる。
そしてそのままヘルメスは拳を押し上げ、男を盛大に吹き飛ばす。
その光景に女性は大きく口を開けて吹き飛ぶリーダー格の男の元へと走るが。
「貴様達には全て吐いて貰うぞ」
「早いっ!?」
女性がリーダー格の男の元に駆けつけるよりも先にヘルメスが颯爽と着地点に到達する。
「でぇえええい」
「ぐふぁあああああああ」
そしてそのまま落下するリーダー格の男の顎にめがけて拳を力強く押し上げた。
地面に大きな音を鳴らして横たわるリーダー格の男に女性は動きを止めてしまう。
驚きもあるがそれ以上にヘルメスから漂う怒りに満ちたその雰囲気に恐怖を覚えていた。
「立て……。この程度で済むと思うなよ」
「ふっふっふ……。ようやく……こちらも本気で戦えそうだな」
口元の血を片手で拭い笑みを浮かべるリーダー格の男。
怒り募らせ仁王立ちしているヘルメスの姿に心踊り、ゆっくりと立ち上がる。
エリーゼも女性を対処すべく行動に移り始め、二人の少女はアリスとジンを信じてようやく反撃の狼煙を上げ始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、病院内部では。
「おいクソジジイ……一つ良いか?」
外で騒音が鳴り響く中、ベッドの上でジンが頭をボーっとさせながら質問をしていた。
「ゾウさんもぐっすりの麻酔使ってんだぞ? まだ喋れんのかよクソガキ、たっく呆れるぜ……」
左手から原点の式を出し続けるジンの問いに、それに両手を這わせ、解読眼でしっかりと見つめて構築に集中するアリスが呆れながら返事をする。
「フェイクには二人の弟子が居る……」
唐突なジンの言葉にアリスは無言のまま式の構築を続けていく。
「でもよ……もう一人の弟子についてどうしても”思い出せねぇ”んだ……」
かつて狂った錬金術師フェイクに賛同し、その元で錬金術の研究を行っていた二人の弟子。
その一人がオプリヌス。
だが、ジンはもう一人の弟子についての記憶を失っていたのだった。
無言のアリスにジンは少しずつ意識が失っていく中、その胸に抱き続けていた疑問をようやく口にする。
「原点回帰を研究し続けてたオプリヌスと……もう一人の弟子は”永劫回帰”の研究をしてた事だけは覚えてる……」
その言葉に一瞬、アリスは眉をピクリと動かした。
「……黙って原点の式を出し続けてろクソガキ。んな事、気にしてる余裕なんてねぇんだよこっちは。……ヘルメスとエリーゼが心配だ」
偽人を、その腕だけの構築と言えどその成功は偉業として語り継がれる程の行為。
今まで人体や災獣、あらゆる生物だけでなく偽人についても研究を重ねてきたアリスは、今までに培ってきたその全てをぶつけて構築に挑んでいた。
いつになく真面目な表情で身体中から汗を流すアリスの姿に、ジンはそれ以上何も口にする事なく目を閉じていく。
「……」
だが、ジンは感じていた。
かつてルルから聞かされていた永劫回帰とは、全てを永久に留める式。
そして先程、砲弾がこの病院に打ち込まれた時。
アリスの錬金術が発動したおかげで病院は無傷で事なきを終えていた。
まるで、永劫回帰が発動したかのように。




