14話:目覚める光――――
昨日、ジンとヘルメスは互いの過去に触れ合った事でその絆を深くしていった。
そして現在。
昼食を終えて昼下がりのゆったりとした時間を病院でくつろいでいたヘルメスは、アリスの呼び出しである部屋に訪れていた。
「一体どうしたんです師匠? 今日は修行もお休みすると仰っていたではありませんか」
ここは昨日だけでなく、ヘルメスがアリスと共に錬金術の修行を行うにあたって使用する部屋だった。
「ふぅ、もう少しくつろがせろよクソジジイ。わざわざ呼び出して一体何の用だよ、ふざけた用件ならただじゃおかねぇぞ。おい聞こえてんのかクソジジイ、ついに耳も遠くなったのか?」
病院内なので、昨晩プレゼントされたカラーコンタクトをジンはまだ装着していない。
ヘルメスだけが呼び出されていたはずだったが、昼食を終えて暇を持て余していたジンはそのまま勝手にヘルメスについてきていたのだった。
そしてこの悪態である。
身体をわなわなと震わし、アリスは鬼の形相で叫ぶ。
「……っ、お前ぇはお呼びじゃねぇんだよッ!! 勝手にきやがったクセに好き勝手言ってんじゃねぇぞクソガキがぁッ!!! あんま俺様のヘルメスにベタベタしてんじゃねぇよクソガキッ!!!」
「はぁっ!? ベタベタなんてしてねぇよ!!」
ジンに掴みかかろうとするアリスを必死にしがみついて押さえるエリーゼがいつもの暢気な調子で言う。
「まぁまぁ~。マスターも発情期じゃないんですから少しは落ち着いたらどうですぅ~?」
「お、お前ぇもだエリーッ!! どいつもこいつも……俺様とヘルメスの憩いの一時を邪魔しやがってッ!!! 覚悟はできてんだろうなぁッ!! えぇッ!?」
壁にもたれるジンの側で、両腕を組んでその様子を静かに傍観していたヘルメスだが。
「師匠……一体、自分にどのようなご用だったんです? 特に何もないようでしたら日々の鍛錬をしようと思うんですが」
この状況に呆れ、目を閉じてそう告げたヘルメスはそそくさと部屋を退出しようとする。
アリスは歯軋りを立てながらエリーゼの腕を振りほどき、ヘルメスを何とか引き止める。
「ま、待てヘルメス……っ、実は昨日の件でヘルメスに伝えておく重大な事があったんだッ!」
「重大な事、ですか……?」
ようやくヘルメスが足を止めて振り返るのを確認すると、アリスは安堵の溜息を吐き。
ジンとエリーゼの顔を交互に見渡すや、今度は大きな溜息を吐く。
「まぁ……こいつらなら問題ねぇか。……ヘルメス、お前の”個有式”についてだ」
アリスの口から飛び出してきた個有式という単語に、この場に居る者全てが目を大きく見開いて息を呑む。
まず口を開いたのは当の本人、ヘルメスであった。
「い、一体何を言っているんです……? 個有式は優れた錬金術師がその分野において研究を積み重ねて開発する式じゃないですか……。そんなもの、自分にあるはずありません……」
ヘルメスを知る誰もがそう思っていた。
一番側でヘルメスを見てきたアリスですらそうだった。
しかし、
「ヘルメスは既に個有式を開発……とは違うが持ってる。……昨日、ようやくそれが確信に変わったぜ」
昨日、ヘルメスはジンにプレゼントするカラーコンタクトの構築を試み、何度も失敗していた。
だがそれは単なる失敗に終わったのではなく、ある変化が生まれていたのだ。
「まさかマスター……アレ、ですか?」
ここ数日のヘルメスの錬金術の成果を見てきたエリーゼには少し心当たりがあった。
しかし、それがそうとは予想だにしていなかった。
「あん? アレって何だよ? どういう事だよ、そりゃ確かにヘルメスは前より錬金術の腕が上がってんのかもしれねぇけどよ、固有式なんて錬金術師の中でもスゲェ奴らしか持ってねぇんだろ?」
ジンの知る錬金術師は数少ない。
しかし、個有式が並大抵の錬金術師では発見できない事ぐらい知っている。
それをヘルメスが持っている、にわかに信じがたい事だった。
思わず壁にもたれていた背を離して前のめりになると、アリスが神妙な面持ちでこの場に居る全員に告げる。
「俺だって信じらんねぇ。けどよ、普通は錬金術に失敗すりゃ何も構築できねぇ、ただ失敗して終わんだ。だが……最近のヘルメスの場合は違う。明らかに検討違いのもんが”構築できちまってんだよ”。これは普通じゃねぇ……異常な事態だ」
そう、アリスはヘルメスと今回の修行を始めてすぐにその異変に気づいていた。
しかしそれがどうして起こっているのか、アリスにすらわからなかった。
「……何せ失敗する時はいつも通り失敗すんだからよ。確証には至らなかった。だが……あれを見てみろ……」
アリスの視線の先に一同が一斉に振り向く。
そこには、あらゆる武器、日常品、雑貨が山のように積まれていた。
一人首を傾げるヘルメスを差し置き、ジンは目を点にして絶句する。
「全部……カラコンを構築しようと思って出来たもんなんだぜ? あり得ねぇよ」
ジンは驚きの表情でヘルメスに振り向くが、事の重大さに気づいていないのかヘルメスは頭をかいて恥らうのみだった。
アリスは呆れた表情でテーブルに腰掛け、真剣な表情で自分の見解を伝える。
「……ったく、あの野郎。パラケルススの奴、ヘルメスにどういう教育してやがったんだか。――――まったく検討違いのモンが構築できちまう……それがヘルメスの固定式の正体だ」
自分の意図していないモノが構築できてしまう。
その恐るべき式にまっさきに反応したのは、ジンだった。
「おい待てよ……」
ヘルメスとエリーゼはアリスの元へと歩き進めるジンに視線を向ける。
額から汗を垂らし、困惑した表情でアリスの前に立つジンは額を押さえてヘルメスが構築したモノをもう一度見てから告げる。
「カラコン構築しようとしてたんだよな……明らかに素材とか何かもう色々と無視してんよな……」
ヘルメスが最初に出会った夜に教えてくれた錬金術という原理からして、それはあり得ないのだ。
驚きを隠せないでいるジンに、アリスは視線を床に逸らして口にする。
「ヘルメスの個有式ってのは本来の式を無視し、更に既存の構築の式すら完全に無視してやがる。言っちまえば……まったくの別の式にランダムで書き換えてるとも言える。そんな方法、錬金術は俺も今まで見た事ねぇよ。いや、少し違うのかもな……。誰も辿り着けなかった、と言うべきか……。本当はできるモンも、未だ誰もそれに気づかねぇからできなかった……。それを見つけちまうのがこの式の本質なのかもしんねぇな……」
自分にそのような凄まじい力が宿っているのか。
ヘルメスは両手に視線を落とし、疑問に思いながらも静かに呟く。
「何故、自分にそのような事が……」
その言葉に、ピクリと眉を反応させるアリス。
そして立ち上がり、ヘルメスの構築物を黙って見つめるジンとエリーゼを他所にヘルメスの元へと近づいて肩に手を置く。
「あの絵本もそうだ……。パラケルススは……あいつは不器用な奴だったさ。だがなぁ……。ヘルメスが気づいてないだけで、確実にお前に何かを伝えてたんだろうよ。”大切な娘”に、な」
無意識ながらも、何故ヘルメスがそのような式を扱えたのか。
アリスだけは妙に納得したかのように微笑んでいる。
父からの愛情をあまり感じられていなかったヘルメスのようだが。
パラケルススは、確かにヘルメスを愛していたのだ。
「で、でもですよマスター? それって凄っい事なんじゃないですかぁ~? いくらヘルメス様がその固有式を理解せずに使ってるとはいえ……既存の構築の式とは別の式で構築できるなら今の錬金術が更に発展するきっかけになるじゃないですかぁ~っ!」
「おぉ、自分が錬金術の発展に貢献できるんですか!?」
伝説の錬金術師アンチスミスを始め、現在に至るまで錬金術を発展させてきた歴史上の偉人達。
そこにヘルメスが加わる事も夢ではないと、鼻息を荒げるエリーゼ。
更に父の想いを汲み取れないまま、エリーゼの発言に思わず嬉しそうに顔を向けて反応するヘルメスだが。
「んなもん、無理に決まってんだろ」
いつの間にか椅子に座り、つまらなさそうにテーブルで肘をつくジンが背を向けてそう断言する。
「そうだな、そりゃ無理だ」
次に腕を組んで首を縦に振るアリスに、ヘルメスとエリーゼはすぐに詰め寄ってその理由を問い詰める。
「た、確かに自分は優れた錬金術師とは言えませんが、そのような凄い個有式が扱えるなら少しは役に立てるのではないでしょうか!」
「そうですよぉ~! あれだけ新しい式が見つけられる今のヘルメス様ならきっと歴史に名を刻む事も可能なはずですよぉ~!」
両手の拳を握って明るい未来を語る少女二人を一旦押し退け、アリスはそれを否定する。
「あのなぁ……。俺だってお前らと一緒に舞い上がって喜んでやりてぇのは山々だがよぉ……」
目を輝かせて興奮するヘルメスとエリーゼの姿に現実を言うのが億劫になってしまうアリス。
だが唯一、アリスと同じ考えを持っていたジンが代わりに大きく溜息を吐いて現実を突きつける。
「ヘルメス……。あれ全部の構築した時の式覚えてんのか?」
「む……?」
ヘルメスとエリーゼはジンの発言に動きが止まってしまう。
「……ヘルメス様?」
「あ、あはは……」
恐る恐る、自分の顔をゆっくりと覗き込むエリーゼに、ヘルメスは引きつった笑みで視線をこれまたゆっくりと逸らしていく。
覚えているはずがなかったのだ。
本来ならばカラーコンタクト等を構築しようとしていたので、意識せずまったく別物のモノへと構築してしまったヘルメスはその過程における式などまったく覚えていない。
「そういうこった……。あくまで無意識で構築しちまうが故にヘルメスがその新しく発見した式を誰かに伝える事なんてできねぇ。オマケに意図したもんが構築できねぇ以上……厳しい言い方だが今の段階ではその利便性はかなり薄い」
誰かに新たな式も伝えられず、自分の意図したものが構築できないヘルメスの個有式は他の錬金術師の持つものと比べるとあまりにもお粗末なものだった。
うなだれて落胆するヘルメスの背を優しく擦って慰めるエリーゼの姿に、ジンも苦笑するしかなかった。
せっかくヘルメスの努力が報われ、扱えるようになっていた固有式がそれではジンも哀れみの感情が沸いてくるというもの。
「がはは、良いじゃねぇか。誰が何と言おうとそりゃヘルメスのれっきとした固有式に変わりねぇ。何と言ってもその異質な性能はいずれヘルメスの武器になるかもしれねぇ。ここはビシッとその性質に合った名前を付けてやらねぇとな」
そう言ってアリスは満面の笑みでその個有式に名を与える。
「――――”聖鳥の卵”ってなどうだ」
聖鳥の卵、その名にどのような意味が込められているのか。
アリス以外にはわからない。
だがこうしてヘルメスが固有式を扱えた事実も発覚し、無事その名も決まったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現代の錬金術を更に発展させる力。
その可能性が自分に秘められている、ヘルメスはそう舞い上がっていたが。
「うぉ~!? アリス先生超はやっ」
「み、みんな全力で逃げろーっ!!」
「キャー」
「がーはっはっはっ! この俺様から逃げられると思うなよガキ共! テメェら全員捕まるなんて造作もねぇぜっ!!」
アリスの病院の庭。
マスキュアが咲き乱れるこの美しく大きな庭でアリスと村の子供達が追いかけっこを繰り広げていた。
「あのジジイ……全力じゃねぇか。嬉しそうにはしゃぎやがって、良い歳こいて大人気ねぇ……」
「あは~、マスターはお子様相手でもいつもあんな感じですよぉ~。ねぇヘルメス様~?」
「フフ、そうですね。師匠は誰であろうと全力で応えてくれる……だからこそ皆が慕って側に居たくなる。自分もそうです。ジンは意外に思うかもしれないが、あぁ見えて師匠は特に子供から絶大な人気を誇っているんだぞ?」
ヘルメスの個有式についての話が終わると直ぐ。
ドルスロッドに住む子供達がこの病院に訪れたのだった。
以前から遊び相手の約束していたアリスはそれをすっかり忘れていたのか、ヘルメス達を置いて慌てて庭へと走り出し、こうして子供達の遊び相手として大の男が今では夢中に自分も楽しんでいた。
「わっかんねぇ……。あんなイカツイ見た目してんのによくガキ共もビビらねぇな。傍から見たらチンピラがガキ共追い掛け回してるようにしか見えねぇぜ?」
「そうか? フフ、確かに師匠は誤解される事も多いが一度話せばすぐにわかってくれる。師匠はとても心が綺麗で魅力的な方だからな」
現在、三人は木製の白いテーブルに着いてその光景を眺めて談笑していた。
「そ・れ・に・し・て・も。ジン君その瞳、とても綺麗でお似合いですよぉ~♪」
両肘をテーブルにつけ、ジンの瞳をにんまりとして覗き込むエリーゼにヘルメスもとても嬉しそうに微笑む。
「う、うっせぇ。あんま人の顔ジロジロ見てくんじゃねぇよっ」
子供達が来た事もあり、ジンは昨晩プレゼントされたばかりのカラーコンタクトを初めて付けてみたのだ。
見事に構築された蒼のカラーコンタクトは、偽人特有の金色の瞳を隠して人間の瞳と変わらないものにしている。
エリーゼから顔を背けて恥ずかしがるジンにヘルメスは本当に嬉しそうに頬を緩めて尋ねた。
「どうだ? 付け心地は悪くないか? 目は痛くないか? 不備があればすぐに言うんだぞ?」
弟を心配する姉のようなヘルメスにジンは頭をかきながら短く答える。
「別に何ともねぇよ……ありがとな」
そう礼を言うジンにヘルメスは満面の笑みで頷く。
すると、アリスと追いかけっこをして捕まった子供の一人が三人の前へと近づいてくる。
「む? フフ、どうしたんだ?」
「おっやおや~? もしかして綺麗なお姉さん達にも遊んで欲しいんですかぁ~? そうですねぇ~……ではまず服を脱ぎましょぶふっ」
「バカ言ってんじゃねぇよ……アンタ、ガキでもそんなんかよ」
全力ではしゃぎながら駆けるアリスの変わりに、ジンに思いの他強く頭部を殴られテーブルに沈むエリーゼ。
ヘルメスは椅子から立ち上がって子供に寄り添い、その場にしゃがんで目線を合わせて微笑みながら首をかしげて男の子の言葉を待つ。
「ねぇねぇー、何でそこのお兄ちゃん右腕ないの? 変なのー」
「……」
いくら金色の瞳を人間と同じ蒼色に隠した所で、やはり右腕が無い状態では大人でも何か思う所がある。
男の子は純粋な瞳でジンの現状を見て思った事をそのまま口にしたのだ。
「……」
あまり面と向かって人と接した事の無いジン。
ただでさえ、ジンは子供が大の苦手だった。
過去の記憶を連想させ、暗い表情で黙り込んでしまうジンを背にしてヘルメスは。
「お姉ちゃんと、お姉ちゃんの大事な友達を守ってくれたからだよ」
とても澄んだ心地の良い声でそう言う。
男の子の頭を優しく撫でるヘルメスに続くように、エリーゼも椅子に座ったまま男の子に微笑みながら。
「お兄ちゃんはアリス先生や私の大事なヘルメス様を守ってくれたんですよ♪」
そう続ける。
「……」
すると男の子は背を向けて黙って椅子に座り続けるジンの元に走っていき。
「お兄ちゃん、すっげぇカッコイイなっ!」
両手の拳を握って目を輝かせてそう言った。
ジンはそんな男の子に顔を向けてその姿を見て、どう対処したら良いものかと複雑そうな表情で黙り続けていると。
「あぁっ!? そいつがカッコイイだと? ふざけんじゃねぇっ!! 真にカッコイイ男ってのは……このっ!! アリス様みてぇな男の事を言うんだっ! がーはっはっはっはっはっ」
そこに現れたのは、四人の子供達を両腕で抱えたアリスだった。
「げっ、アリス先生!? 皆!? くっそぉ!」
大人気ない野太い笑い声をあげて勝ち誇るアリスの姿に、男の子が歯を食いしばってとても悔しそうにしている。
ヘルメスとエリーゼはアリスの容赦の無さに眉を潜めるが、あまりにアリスが嬉しそうにしていたので自然と笑みを浮かべてしまう。
ジンも呆れて引きつった笑みを浮かべていた。
「さぁっ!! テメェら!! 男の中の男、アリス様が約束通りとことん付き合ってやるっ!! 次は何して打ち負かされてぇっ!? 俺様はいかなる勝負でも受けると同時に完全な勝利を見せつてやろうっ!! ヘルメスも俺様のその雄姿をしっかり目に焼き付けとけっ!! がっはっはっはっ」
自分が圧勝する事を宣言し、次の遊びを提案して子供達と勝負を続けていくアリス。
時には、ヘルメスとエリーゼもその輪に入って遊びに参加して楽しい一時を過ごしていた。
しかし、頑なに参加を拒否してジンはその光景をずっと眺めているだけだった。
「あいつら……よく飽きねぇな」
いつしか日も暮れ始め、解読眼の朱色にも似た美しい夕焼けがドルスロッドを覆う。
「はぁ、はぁ、お子様っていうのは元気ですねぇ~……もう私はクタクタですよぉ~。き、今日はこれぐらいで勘弁しといてあげますぅ~……」
とことん子供達に敗北し、子供達からは完全にナメられていたエリーゼが髪の毛をボサボサにさせ、肩で息をして前屈みになってジンの元に戻ってくる。
その後ろにはヘルメスも居た。
「フフ、自分はまだまだ元気ですけどね。しかし……師匠に一度も勝てなかったのは悔しいですがそろそろ日も暮れてきましたし今日はもうお終いですね」
余裕の涼しい顔のヘルメスではあったが、全力で挑んだにも関わらずアリスに一度も身体を使った遊びで勝てなかった事に悔しがっていた。
その全てを眺めていたジンが二つの椅子を引いて労いの言葉をかけてやる。
「……お疲れさん。まぁ、座れよ。しっかし、あのジジイは元気すぎんだろ。ヘルメスが一回も勝てねぇとか”バケモン”すぎんだろ……」
身体能力がモノを言う競技が何度もあったが、ヘルメスは結局アリスに尽く敗北して一度も勝利せず終わっていた。
偽人のジンですらヘルメスの身体能力の高さにはかなり驚かされていたが。
それでも、アリスはヘルメス以上の力をここぞとばかりに発揮させてはジンと子供達をドン引きさせていた。
「フフ」
「……何だよ。何がおかしいんだよ」
すっかり疲れ果ててテーブルにうつ伏せになって倒れるエリーゼを他所に。
ヘルメスはアリスに対する感想を漏らすジンに得意げに腕を組む。
「ただ日々の鍛錬をこなしているだけだ、よくリディアにもそう言われるよ。自分と師匠は”バケモノ”だ、ってな」
とても嬉しそうに、そう告げるヘルメスにジンはようやくそれに気づき。
あまりの驚きに口を開けて止まってしまう。
とても自然に。
今まで自分が言われ、深く傷ついてきたはずのその言葉を口にしてしまっていたのだ。
「何度も言ってたじゃないか。何も心配する必要など無いんだ。ジンはもう自分にとって家族みたいな特別な存在なんだぞ? ジンは確実に変わってきている、変わろうとして頑張っているんだ。……自分もそうさ。だから、今みたいな時ぐらい一緒に遊んだって構わないんだぞ?」
かつて喰い殺してきた、特に幼い兄妹の顔が忘れられないジンは子供がすっかり苦手になってしまっていた。
そして、何も危害を加えていないにも関わらず。
今日のように子供達と触れ合う事に罪悪感で悩み苦しむようになっていた。
だが、ヘルメスはそんなジンの気持ちを察していた。
だからこそ無理に輪に入る事を強制もしなかったし、ジンが望めば手を引いて共に輪に入れようとも考えていた。
「誰かと、一緒に楽しんだって良いじゃないか。もうジンは昔のジンじゃないんだ。フフ、だろ?」
そう言って手を差し伸べてくれるヘルメスはとても輝いていた、そしてジンは救われていた。
ジンは少し心の闇が晴れたのか、口元をニヤリとさせ。
「まぁ、”バケモン”同士ならそりゃ気なんて使う必要なんてねぇよな。……へへっ」
すると、うつ伏せになったままのエリーゼがゆっくりと手を挙げ。
「あの~……私は一般人なんですが~……。お三方に合わせてたら私の身体が持たないんでぜひお手柔らかにお願いしますねぇ~……」
余程遊び疲れているのかその声にはいつものような覇気も無く。
ヘルメスとジンはエリーゼの姿に苦笑しながら夜を迎えるのだった。
子供達を外まで送り終えたアリスにも、ヘルメスとジンの会話は聞こえていた。
「家族みたい、ねぇ……」
ヘルメスの言葉に、何かを想っていたアリスだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜も更け、夕食と片付けを済ませたジンとヘルメスとエリーゼの三人はすっかり部屋で就寝していた。
だが、一人。
深夜だというのにまだ起きている男が居た。
「……ふぅ、もう夜なんだぜリリアン? いつまで起きてるつもりなんだ?」
ヘルメスの母リリアン、そしてここは心が壊れたリリアンを錬金術で厳重に隔離して閉じ込めている部屋。
リリアンの身の回りの世話は全てアリスが引き受け、この部屋に自分とヘルメス以外誰も立ち入れないようにしている。
「……」
昔、ヘルメスが幼い頃に構築したパラケルスス、リリアン、カルロスに似せた人形を今も大事に抱きしめてベッドの上で窓の外を呆然と眺めるリリアン。
その横顔は月の光に照らされ、娘と同じくとても魅力的な美貌を発揮させていた。
だが、それとは別でこの部屋の惨状はとても酷い。
「がはは、これまた今日も派手に暴れやがって……相変わらずお転婆さんだな」
今はこうして大人しくしているリリアンだが、突如発狂しては暴れてこの部屋を滅茶苦茶にしてしまう。
生活用品に似せた大量のオモチャが床に散らばり、机や椅子などは倒れ、まるで強盗が逃走した後のような光景だ。
その一つ一つをアリスは文句も言わず笑って片付けていく。
壊れたものがあれば錬金術で直していくが、リリアンはそんなアリスの行動にすら反応せず窓を眺めたままだった。
「ねぇ、あなた?」
アリスが片付けをしていると、ふとリリアンがそう口にした。
「……どうした、リリアン」
リリアンはたまにアリスをパラケルススと認識して会話する事が多々ある。
もうアリスはそのやり取りに慣れていたのでパラケルススとして反応を示す。
時にはカルロスとして扱われ、ヘルメスと認識されてリリアンから罵声を浴びせられたり暴力を振るわれる事もあった。
「ごめんなさいね。私、あなたに迷惑かけてばかりね……ごめん、なさい、ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
先程まで静かだったリリアンはいきなり号泣して謝罪の言葉を永遠と続けていく。
だが、アリスは何も言わずに部屋の片付けに没頭する。
そしてある程度、片付けが終わるとリリアンの口から許せない一言が飛び込みアリスの手を止めさせる。
「ヘルメスなんて産んで……っ、ごめんなさい……っ」
すぐにリリアンの元まで駆け寄り、両手で顔を覆って号泣するリリアンの腕を力強く掴む。
「……ッ、」
だが号泣するリリアンの顔を見ると、何も言えなくなってしまう。
絶対に許せない発言だったが、しかしリリアンは何も悪くない。
憎むべきは、エーテルという呪われた一族なのだ。
アリスは恐怖に怯えるリリアンの腕をすぐに解放し、困り果てた表情でベッドに腰掛て昔話をしだす。
「ヘルメスが産まれた時よぉ……お前ぇどんだけ喜んでたんだよ、それも忘れちまったのか?」
乾いた涙の跡を残してリリアンは視線が定まらないまま無言で抱えた人形を持つ両手に力を込める。
「エーテル家の誰よりも、ヘルメスの出産を願っていたのは……リリアン、お前ぇじゃねぇか」
リリアンにとってヘルメスは希望だった、そして。
「誰よりもお前達に喜んでたのは……パラケルススじゃねぇか」
感情の起伏をまったく見せなかったパラケルススだったが。
当時、リリアンと結ばれる為に初めて自分の意思でエーテル家の反対を押し退け。
国すらも相手に戦ったパラケルススが見せたあの表情をアリスは決して忘れなかった。
「ヘルメスが産まれる時、俺達はお前ぇの出産に立ち会う為に死に物狂いで駆けつけたんだ……。覚えてるだろ? ズタボロだったあいつの姿……。全身から血流して傷ついてるクセによ、俺の言葉に耳も貸さずロクに止血もしねぇで駆けつけたパラケルススの姿を……」
何も反応を示さないリリアンに、アリスは目を静かに閉じて告げる。
「……リリアン。例え錬金術の才能があろうがなかろうが、エーテル家がどうとか関係ねぇんだろ? お前ぇとパラケルススが必死になってようやく見つけて守った希望は、ヘルメスは間違いなく大切な存在だろ? ……そんな風に言うもんじゃねぇよ」
そしてアリスは最後に、床の隅に放り投げられていたズタボロになったヘルメスに似せた人形を手に取る。
「どんだけ傷つけようと、こいつを捨てきれない理由はなんだ? ……何で、こうなる前にそれをヘルメスに伝えてやらなかったんだ。あいつはお前ぇの為に必死の思いで王従士にまでなって……今でも原典を本気で見つけようとしてんだぞ」
日々、リリアンからの虐待を受けていたヘルメスだが。
それでもヘルメスは今もリリアンの壊れた心を何とか救おうとしている。
母の嘆きに気づいていながら、それに報いる事のできなかった自分を責め続けていた。
「絶望の底には最後の希望が残ってる……。お前ぇもまだ諦めんのは早ぇんじゃねぇか? まだ全部終わっちゃいねぇよ。聖鳥の卵。パラケルススはヘルメスを信じて確かにその希望を残してくれてたぜ……」
そう言い残し。
呆然とベッドの上で大人しくするリリアンに背を向けてアリスは静かにこの部屋を退出する。
いつか、必ずパラケルススの残した希望の卵が孵化する事を祈って。
「いつまでもこのままで居られねぇか……チッ、俺もそろそろ腹くくらねぇとな」
ヘルメスが久々に自分の元に訪れてからというもの、いつまでもヘルメスを自分の元に置いておきたいと強く思うと同時に。
それが叶わないであろうという”嫌な気配”も感じていた。
だからこそヘルメスがその全てを吸収できないであろうという事は承知で、少しでも錬金術における知識を吸収させてやろうともした。
そして遂にヘルメスの固定式が発覚し、アリスはある決意を胸にする。
「……安心しろパラケルスス。お前ぇが愛した女と娘は俺が命をかけて絶対に守り通してやる」
全てはヘルメスの為に、まだまだ安心できない愛娘を守る為に。




