13話:少女の過去と偽人の成長
再びこのドルスロッドを冷たい風が包み込む。
日は暮れ、辺り一面に静寂の夜が訪れていた。
アリスがお気に入りのマスキュアと呼ばれる美しい花が咲き乱れる何ともメルヘンチックな光景。
現在、夕食を終えたジンはそんなアリスの経営する病院の庭で一人くつろいでいる。
白いペンキで塗られた木製の椅子に腰かけ、同じく白塗りのテーブルに足を乗せて輝く夜空を眺めて感慨深い気持ちに浸っていた。
「何ともまぁ、平穏な毎日だぜ。……今までの生活からは考えられねぇぜ……ホントにな……」
これまでルルと旅を続けてきたジン。
体内にある賢者の石を巡る争いや、各地での紛争にルルと共に身を投じてきたジンとしてはこれ程までに平穏な日々を送るのは初めての事だった。
「……へへっ」
未だ失われたままの右腕に視線を送りながらも、自然とこうして笑みが零れてしまうのも全てはあの少女に出会えたからだった。
それに唯一この偽人の腕を構築できそうなアリスは相変わらずジンに協力的ではないが、それでもこうしてジンをこの病院に置いてくれている。
「でも……。このままじゃ駄目なんだ、絶対に……」
いつまでもこんな生活が続けば良いのに、すっかりそう願うようになっていたジンだが。
どうしても、脳裏によぎるあの存在がそれを邪魔してくる。
――――狂った錬金術師フェイクという存在が。
「フフ、ようやく見つけたぞ」
一瞬身体に鋭利な刃物が当てられたようにジンは背筋を凍らせて冷汗をかく。
瞳孔も大きく開き、尋常ではない恐怖が襲ってきたが。
「たっく、こんな所に居たのか? 随分と探してたんだぞジン。あと、そのようにテーブルに足を置くのは良くないぞ!」
タイミング的にジンは一瞬大きく驚いたがすぐにその声の持ち主に気づいて気を緩める。
決して逃れられない運命に気を重くしていたジンの背後から、まるで陰鬱とした全ての霧を晴らしてくれるとさえ思える程に澄んだヘルメスの声だったのだ。
「何だ……ヘルメス、か。ふぅ……。探してたって俺をか? 何の用だ?」
ヘルメスに注意され、テーブルに乗せていた足を下ろして複雑な気持ちのままヘルメスへと振り向く。
「やれやれ、何の用だじゃないだろう……。食後の後に渡したいものがあると言っただろ? まさか忘れていた訳じゃないだろうな……」
無尽蔵に食事を胃袋に収めてしまうジンの食事の量はそれはもう計り知れないもので。
その後片付けともなると、大仕事となる。
食事の片付けはヘルメスとエリーゼに任せ、ジンは食事を終えるとそそくさと部屋を退出してこの場で食後の休憩をとっていた。
「そういやそんな事言ってたな……。悪ぃ、ちょっと一人で考えてぇ事があったんだ」
ホッとして俯くジンの姿にヘルメスは首をかしげる。
「……まったく。そうやってジンが暗くなっている時はいつも過去の事だ。ずっと自分を信用しろと言っただろ? 悩み事は何でも自分に相談してくれ、自分はジンのお姉さんみたいなものじゃないか」
「へいへい……」
そうは言っても、ヘルメスに話した所でジンが抱えている悩みは解決しない。
だが、それでも健気にジンの手助けになれればとその手を差し伸べてくれる。
それが余計にジンを苦しくさせていた。
「しょうがないな。そんなジンにプレゼントを持ってきたぞ」
ずっと晴れない表情のまま黙り込むジンに見かねたヘルメスは手に持っていた小ケースを差し出して微笑む。
「……何だこれ?」
「フフ、開けてみてくれ」
あまりにも嬉しそうにするヘルメスに、ジンは浮かない表情のまま渋々とそれを受け取って開けていく。
「ん? おぉ、これは……」
小ケースを開くと、そこには蒼いカラーコンタクトが二つ入っていた。
「は、はは。随分と苦労したんだぞ?」
カラーコンタクトを見つめたまま微動だにしないジンにヘルメスは少し不安になってハニカんでしまう。
「何度も失敗してしまったからな……。自分が仕入れた素材だけじゃ結局足りなくなってしまったが、そ、そこは師匠の助力もあってようやく完成したんだ! ど、どうだ? ……少しは元気が出たか?」
錬金術において、ヘルメスの才能は絶望的だった。
だが、こうして手渡されたカラーコンタクトは見事なものだった。
これを構築するだけでも、どれ程の努力をヘルメスがしてきたのだろう。
ジンにはとても検討がつかない。
「ジン……?」
嬉しくて言葉が出てこない。
ただ小ケースを額に当てて俯いたまま、何とか溢れ出る感情を押し殺して呟く。
「何で、ここまで……してくれんだよ」
自分がこの金色の瞳を気にしている事をヘルメスは知っている。
だからと言って、それを解消してやった所でヘルメスには何のメリットも無いはず。
更に、どれだけ今まで必死に頑張ろうとも成功しなかった錬金術を、ヘルメスが自分の為にこうして頑張る必要なんてどこにも無いはずなのに。
「言ったろ? 自分は困っている偽人を放っておけない性質なんだ。それに……ジンは自分の命だけでなく大切な親友まで救ってくれた。こうして衣食住だって共にしてるんだ。ジンは――――もう自分にとって大切な家族みたいなものじゃないか」
家族。
その言葉に、ジンは酷く揺れ動かされていた。
「馬鹿じゃねぇの……」
動揺のあまりそう言う事しかできなかった。
だが、ヘルメスはそんなジンに満面の笑顔で答えるのだった。
「よく言われるよ。でもな、ジン。世界は広いんだ。フフ、こんな馬鹿が一人ぐらい居ても良いだろ?」
ヘルメスはそんな自分を誇りに思っていた。
それが正しいと信じて生きてきた。
だが、後悔など一度もした事はない。
自分にその素晴らしさを教えてくれたアリスがそうだったように。
「さて、と……」
未だ俯いたままのジンの横にヘルメスが静かに座り、星を眺めて口を開く。
「……エリーゼさんに聞いたぞ。ジン、何故君があんなに躊躇っていた事をいきなり話してくれたのかわかったよ」
月の光に照らされた庭は、マスキュアを美しく光らせ。
静寂なこの場を幻想的な世界へと変えさせていた。
それも相まり、星を眺めるヘルメスのその姿はいつも以上に美しさを増していた。
「フフ、もっと自分の事を知りたかったんだろ? ……まぁ、あまり人様に言う内容でもないからな。あまり自分から話す機会が無かったんだ」
ジンが度々聞いていたエーテル家の悲劇。
ヘルメスと長く共に時間を過ごす毎に、一体ヘルメスの過去に何があったのか知りたいと思うようになっていた。
そして先日、アリスのアルバムの中にあった一枚の写真をエリーゼと見てからというもの、その気持ちは増す一方だった。
そしてその気持ちに気づいていたエリーゼがそれをヘルメスに伝えていたのだ。
「……別に俺はあの女にんな事言ってねぇけどな」
せっかく考えないようにとしていた事をエリーゼにバラされ、ジンは小ケースを握ったまま不貞腐れた表情になってしまう。
エリーゼはジンがあの写真を見て何を感じ、何を思っていたのか既に勘付いていた。
「あぁ見えてエリーゼさんはかなり鋭いんだぞ? フフ、全てお見通しだったという事だ」
そして、午前中。
不安交じりで何かを決意したように見えたジンが台所でコーヒーを淹れていた姿を目にしたエリーゼは、ヘルメスの元から満足気に出てきたジンを見て確信に変えていた。
「自分がこのカラーコンタクトを構築し終えた時に、エリーゼさんがジンが何を気にしていたのか教えてくれたよ……。まったく、自分は鈍いな。中々気づいてやれなくて悪かったなジン」
ジンは自ら歩み寄ってくれていたのだ。
他でもないヘルメスの事をもっと知りたいと思ってくれていたのだ。
そうとも知れず、その気持ちに気づいてやれなかった事をわざわざ謝罪するヘルメスにジンは居た堪れない気持ちになってしまう。
「何も悪くねぇよ……。勘違いしてるみてぇだけどよ、あれは俺が勝手に話したくなったから話しただけだっての」
それでもヘルメスは星を眺めたまま綺麗な笑顔を月の光に照らして口にする。
「昔、自分は家族を殺した。自分のせいで家族を殺してしまったのだ」
ジンの表情を強張らせる。
「オプリヌスが言っていた事は全て事実さ。全ては自分の出来が悪いが為に招いてしまったんだ。家族を失い、名家としてのエーテル家の名にも泥を塗ってしまった……」
自分が家族を殺した。
そんな事を自分の口で言うヘルメスに、ジンはただ下を向いて耳を傾ける事しかできなかった。
「エーテル家は代々、その地位を引き継がせる為に子供が十歳になると当主となるべく試練を与えるんだ」
「試練……?」
笑顔を保ったまま、ヘルメスは目を閉じてその全貌を語る。
「実は自分もあまりその内容を詳しく知らないんだ。あろう事かその結末は実際にその場に居た師匠から教えていただいた事だ」
そう前置きを終え。
「エーテル家の当主を受け継ぐにあたって”ある儀式”が行われるんだが、その儀式の内容が……エーテル家の当主となるべく者だからこそ、常人では絶対に不可能とさせる膨大な式を解かねばならないんだ。世界最高峰の錬金術師と謳われるエーテル家の当主となるならばそれぐら当たり前なのだが……その式を解く事でようやく次期当主として認められるんだ」
まだ十歳の子供にそれ程の式を解かせる辺り、ジンもエーテル家の錬金術師が世界最高峰と謳われる理由がわかった気がした。
だが、一つ気がかりな事が。
「もしその儀式ってのに失敗したらどうなるんだ?」
俯いたままそう質問するジンだったが、すぐに後悔する。
ヘルメスの笑顔は崩れ、唇を噛み締めていたのだ。
もしもヘルメスの感情に哀しみが欠けていなければ、この少女は間違いなく泣いていた。
しかし、式崩しを構築するに過程で外部法則に触れたヘルメスにはもう哀しみの涙は流せなくなってしまっている。
泣きたい時に泣けない、それがどれ程に辛いのかジンには想像もつかない。
「変な事聞いちまったな。悪かった……」
「いや、構わんさ……。自分から話しておきながら変に気を使わせてすまないな……」
互いに視線は依然、空と地に向いたまま。
エーテル家の悲劇について話は続く。
「失敗する、それは有り得ない。あってはならないんだ……。だからこそ前にも話した通り、エーテル家は例え子が産まれようとも解読眼を持っていなかったり不出来な子が産まれれば、解読眼を持つ優秀な子を養子として迎え入れて当主となるべく厳しい教育を施すんだ。……だが、父様と母様は何故か最後までそうしなかった。自分のような不出来な娘に何かを期待していてくれたとも思えんがな……」
今となってはその真相を知る術もない。
ヘルメスはただ自分の知る過去と、アリスから聞いた内容をジンに伝える。
「そして――――自分が十歳の誕生日を迎えた時、自分はエーテル家の歴史を終わらせてしまったんだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――――その日、エーテル家の邸に複数の人物が訪れていた。
エントランスに集まったその全てがエーテル家の存続に命をかける者達ばかりだった。
「お迎えに参りましたヘルメス様。さぁ、こちらに」
一人がそう告げると、まだ幼いヘルメスを庇うようにして母リリアンが前に出る。
「お……っ、お待ちくださいッ!! あの人が……パラケルススがまだ留守なのですよッ!? 現当主であるパラケルススの居ぬ間に儀式を終わらせるというのは……ッ」
この時のヘルメスは激しく驚いていた。
日々、虐待を続ける母がこうして娘であるヘルメスを連れていかれまいと庇ったのだ。
リリアンの後ろで、八歳になる弟のカルロスとヘルメスは不安一杯の気持ちで手を繋いでそのやり取りを見ていた。
「実に残念ですが、この神聖なる日にパラケルスス様は王従士としての任務で国内におられません。しかし、だからと言って儀式の日を変更する事など許されません。これはエーテル家としての責務なのです。誰であろうと阻む者は許されない。例えパラケルスス様の奥方である貴女とて同じです。さぁ、大人しくヘルメス様をこちらに渡して頂きましょうか」
歯軋りを立てながら拒絶の反応を見せるリリアンに、集団が徐々に身構えていく。
すると。
「ねぇ、おじさん達」
リリアンの後ろから、黄金に輝く金髪の少年が一歩前へと出た。
「だ、だめだカルロス、母様達がお話中だぞ! かってな真似はしちゃだめだ!」
「大丈夫だよ姉様」
カルロスはヘルメスにとても愛らしい笑顔でそう答え、繋いでいたその手を離してまた一歩と前へ出ていく。
「カルロス……貴方、一体何を……」
リリアンは大きく目を開き、我が子の唐突な行動に激しく動揺を見せていた。
周囲の人間、皆がカルロスへと注目の視線を浴びせていく。
「……カルロス様。一体どうされたのですかな。大変失礼ではありますが今回の件にカルロス様が関与する予知など一切無いのです」
冷静な口調でそう告げる男だったがそのトーンは確かな苛立ちを含んでいた。
「おじさん達は次期当主が、エーテルが世界最高峰であり続けて欲しいだけなんですよね……?」
あまりにも少年らしくないその言動に、三人の前に立つ男も思わず呆れてしまうが。
しかし、リリアンだけは身体を震わせて幼いカルロスを抱きしめて止めていた。
「カルロス……ッ。貴方何を言うつもりなのッ!? 良い子だから、お願い……ッ、馬鹿な事は言わないで頂戴……ッ!?」
すると。
いつの間にかカルロスは両方の掌を横に向けて青白い光を放っていた。
「まさか……ッ」
「お、お止めくださいカルロス様ッ!!」
「直ちにカルロス様を取り押さえ――――っ!?」
「……」
「……」
「なるほど、これ程までとは……」
三人の前に立つ男を残し、周囲の大人達は瞬時にその場へと倒れこんでしまう。
「ッ……カ、ル、ロス……っ」
「申し訳ございません母様……」
リリアンはカルロスの突然の行動に成す術も無く、ただその場へ驚きの表情を浮かべて静かに倒れていった。
そして残された男の額からも汗が零れ、床へと落ちる。
一瞬にしてまだ幼い一人の少年によって引き起こされたこの異常事態に戦慄する。
「姉様じゃなく……僕を連れていってください」
カルロスが口を開くと男はビクッと身体を反応させた。
「……やれやれ正気ですか? しかし、これは悪戯の範囲をとうに超えておりますぞ」
果敢と動いたカルロスだったが。
やはりまだ少年なのか。
その声は震えており、身体も震えて完全に怯えきっていた。
それに反応したのは、意識の残っていたヘルメスだった。
「カルロスっ!」
怯える弟を強く抱きしめ、ヘルメスはその名を叫ぶ。
「姉様……」
ヘルメスの髪に顔を埋めると甘く心落ち着く匂いがする。
パラケルススとリリアンと同じく、大好きな家族。
ヘルメスに抱きしめられた事で徐々に振るえが収まっていくのが自分でもわかる。
そして、最後の確認を優しく口にする。
「ねぇ、姉様……儀式は成功しそう?」
「わ、わからないっ」
自分の服をギュッと掴んで不安そうにするヘルメスの頭をカルロスは優しく撫でる。
いくら解読眼を持っていたとしても、自分がよく知っているヘルメスがエーテルの当主となるべく与えられる試練に成功するとは思えなかったのだ。
そして、パラケルススから儀式について知らされていたカルロスはその幼い心に確固とした決意を刻んでいた。
「だよね……でも大丈夫……」
そう短く告げて涙を浮かべるカルロスは、ヘルメスの頭を撫でるその掌から青白い光を発生させた。
「あ、あれ……カル、ロス……?」
ヘルメスは意識が遠くなっていき、不安そうに歪ませていた顔が徐々に穏やかな表情となってその場に崩れていく。
「大好きだよ、姉様……」
ゆっくりとヘルメスを傷つけないように静かに床へと寝かせる。
これで現在、意識の残る者はカルロスと男のみとなった。
「このような神聖な日だというのに少々所の話ではありません。お戯れが過ぎますぞ、カルロス様」
自分よりも倍以上ある背丈の大人に正面をきり、勇気を振り絞ってカルロスは宣言する。
「僕は、僕はエーテル家の当主になりますっ……。母様や姉様を……父様をこれ以上、貴方達に……絶対に傷つけさせやしないっ」
「……人聞きが悪いですな。我々は更なるエーテル家の繫栄を誰よりも望み、お守りしているだけだと言うのに――――」
「黙れっ!!」
カルロスの叫びに男は不機嫌そうに口を閉じる。
「僕は……っ、僕は皆が笑っていてくれればそれで良いんだ……。僕が式を解く、それで文句無いでしょっ!?」
カルロスもエーテル家の当主たるパラケルススの実の息子。
エーテル家としては極めて珍しく、養子でないにも関わらずその才能も類稀な事をこの男も知っている。
確かにいずれはパラケルススと同等、それ以上に成長するやもしれないとその片鱗を常日頃から見せていた。
しかし。
「まず、カルロス様はまだ八歳ではないですか、年齢をまだ満たされていない。それにカルロス様がいかに優れた錬金術だとしても、”その目”で儀式を成功させるなど不可能です。……エーテル家の儀式は解読眼なくして成功は有り得ないのです」
「そんなの……っ、解読眼を持ってても姉様じゃ結局失敗するじゃないかっ! おじさん達は次期当主が欲しいんでしょ!? 僕らが失敗したらそれこそ――――」
「次を用意すれば良い。ただそれだけです」
それは幼い少年にはあまりにも残酷な一言だった。
「我々は無駄な犠牲を出さないようにと、再三パラケルスス様にご忠告していたのです。それなにの……ッ、あのパラケルスス様をどうそそのかしたのやら……ッ。そこの売女を見ていると本当に虫唾が――――」
男が話している途中で突然その頬に風を切る音が走る。
すると男の頬を何かが掠ったのか、傷口から血が零れだす。
「っ!?」
咄嗟に振り向くとその先の壁には一本の青白い光を帯びた剣が突き刺さっていた。
「……母様の苦悩を知らないおじさん達が、母様をけなす事は、家族をけなす事は僕が絶対に許さないッ!!! ……さぁ、僕を早く儀式を行う場所へ連れていけ――――これは命令だ」
到底、幼い少年とは思えない尋常な殺気と雰囲気を醸し出すカルロス。
そして――――
「こ、ち、ら、で、す、」
自分の意思で抗う事のできなくなった男はまるで操り人形のように、先程までの同一人物とは思えない程、素直に命令されるがままカルロスを案内していく。
男の後ろをついていくカルロスはその去り際に、床で眠るヘルメスへと潤んだ視線を向ける。
「……安心してね姉様。僕が全部終わらせるよ。目が覚めたらまたリディアさんと三人で遊んでね。大好きだよ、姉様……」
ヘルメスの身代わりとなるべく儀式に挑んだカルロスだったが。
――――解読眼を持たないカルロスは儀式に失敗した。
儀式を必死に止めようと駆けつけたパラケルススとアリス、そしてリリアンだが。
目の前の光景は地獄そのものだったと言う。
自らの命を投げ出して戦う二人の男を嘲笑うように、儀式はエーテル家に悲劇を運ぶ。
儀式は失敗に終わり、その代償としてカルロスとパラケルススはその命を失い。
リリアンは心を失い、生き延びたアリスは幼いヘルメスの足元で何度も懺悔を繰り返し。
邸は何者かに焼きはかれ、残された家族は心を失った母一人。
ヘルメスは、こうして家族を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……自分に良くしてくれる人は皆こう言ってくれるんだ「ヘルメスのせいじゃないよ」「ヘルメスは何も悪くないよ」ってな……――――そんなはずないんだろッ!? 自分がッ! もっと自分が死に物狂いで錬金術に励んでいればッ!! カルロスは自分の身代わりにもならず父様や母様だってこうはならなかったはずなんだッ!!! 不出来だとかそんな事で許されるはずもないッ!!! 全部ッ、全部、自分のせいなんだッ!!!!!」
ヘルメスは自分の過去の結末を言い終えると頭を両手で押さえ怒り叫んでいつまでも自分を責めて続けた。
今のヘルメスの姿に、ジンは静かに椅子から立ち上がり。
そして――――強くヘルメスの頭を殴った。
「簡便してくれよ、こっちも気が滅入ってた所だっての。気遣わせてんじゃねぇよ……俺の落ち込む暇がねぇだろうが」
ジンに殴られた事で冷静になったのか、ヘルメスは暗い表情で沈黙してしまう。
わかっていたはずなのに、こうして改めて過去を他人に話すとどうしても感情が抑えられなかった。
だが、ジンはお構いなしに言う。
「俺だってそうだっての……。取り返しのつかねぇ事なんてそりゃ色々やらかしまくったもんだぜ。んなもんトラウマだらけだってのっ! 挙句にまだ黒い歯車は残ったまんまでフェイクの存在に怯えて毎日過ごしてんだぞっ! 正直、ビビりまりだってのっ!! そんでいてルルに出会えてなかったらと思うとゾッっとすんぜっ!! ――――……でもよぉ、それでも俺はこうやって昔よりだいぶマシになってんだよ。ルルだけじゃねぇ……それもヘルメス、アンタにも出会えたからだ」
「自分、に……?」
舌をまくし立て、言いたい事をただひたすた口にするジンにヘルメスがようやく顔を上げる。
「おうっ! そりゃお前ぇ、今まで俺に……や、優しくしてくれる人間なんてルルしか居なかったんだぞっ!? ルルが死んでよぉ……確かに自暴自棄になりそうだったぜ……。でも、ルルは俺に”自由に生きて、幸せになって欲しい”っつったんだっ!! そう願ってくれたんだ……ッ!! だから……、だから必死に約束守ろうとして今もこうして黒い歯車を解く方法だって必死に探して――――」
顔を真っ赤にさせ、もう自分でも何を言っているのかわからない。
何故ここまで必死になってヘルメスに気を遣っているのかもジンにはわからない。
なのでテンションに身を任せ、言い切ってしまう。
「へ、ヘルメスの側にだって居てやってんだろッ!!!」
ルルはジンに自由に生き、幸せになってくれる事をその命が尽きる最後まで願っていてくれた。
その約束を守ろうとジンは、張り裂けそうな程の寂しい気持ちを抑えながら黒い歯車を解く方法を探す旅に出た。
そして、今ではヘルメスの側に居る事が幸せだと思えるようになっていた。
ヘルメスの側に居る事こそ自分の幸せだと感じているのだ。
その告白にヘルメスは暫く目を見開いて再び黙り込んでしまう。
「お、おい……?」
顔を高潮させるジンの呼びかけにヘルメスは目を細め、妖艶な笑みを向けたかと思えば。
「……フフ、本当にジンは可愛いな」
いつもの様に優しい声で微笑んでくれる。
それがどのような解釈から来るものなのかはわからない。
ただ、カルロスもきっとそうだったのではないだろうか。
ジンもヘルメスにはいつまでもこうして笑っていて欲しかった。
「これ、ありがとよ。……そ、その、す、すっげぇ嬉しいぞ!」
ヘルメスが自分を想って構築してくれたカラーコンタクト。
恥ずかしさで死んでしまいそうになるが、顔を背けたままぶっきらぼうに素直に感謝の気持ちを伝える。
「ジン……」
このドルスロッドに着いてからヘルメスはジンに言ってくれた。
だからこそどうすれば良いのかを考えたのだ。
ジンは確かに変化していた、ヘルメスとの出会いで変わっていた。
だからこそ、今度はヘルメスにその言葉を言う事ができる。
「……人は変わろうと思えば変われる、アンタ言ってたろ。正直まだ俺だって自分の事で拭い去れねぇ事ばっかだ。……でもそんなモンだろ? そう簡単に忘れたり前に進めんなら苦労しねぇよ。でも、それも全部ひっくるめて背負って進もうって決めたのは自分じゃねぇか」
ヘルメスに言う形で、その内心はジンが自分にそう言い聞かせていた。
だが、ヘルメスにも確かに伝わっていた。
過去と決別する事はできないが、向き合うと決めていたのだ。
その気持ちを今一度強く思い出す。
「フフ。……そうだな。ジンの割りにまともな事を言うじゃないか」
「ケッ、うっせぇ」
こうして人に気を遣うまでに成長を遂げていたジン。
錬金術師の少女と偽人の青年は、いつかの荒野で見た景色と同じように。
美しく輝く一面の星空を静かに眺め、絆を深くしていった。




