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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
運命の歯車
3/80

プロローグ

 世界は複雑な”コード”と呼ばれる不思議な力で構築されている。

 そのコードを扱う者を、人は”錬金術師”と呼ぶ。

 開幕の物語、これは異なる歯車が噛み合うまでの序章に過ぎず。

 ”彼”にとって、決して忘れる事のできない酷く歪な、辛い過去の記憶から始まる。


「……っ、」


 とある小さな村。

 怪しく光る金色の瞳、”バケモノ”が村の様子を仰々しく周囲を見渡し、血が滴る鋭い牙を剥いて次の獲物を探していた。

 現在この村は、多くの涙と叫びを溢れさせならがら呪いを綴っていた。


「きゃぁああああああああああああッ!!!」


 夕闇と鮮血が織り成す狂気。うら若き女性の悲鳴が響き渡れとも、誰も助けには来れない。

 正確には、助けに来れる状況ではないのだ。

 もはやこの村に生存者は殆どおらず。辛うじてバケモノから生き延びた人々は身を隠すのに精一杯だった。


「た、すっ、け……、」


 突然、女性の身体が強引に身体を引き寄せられ、首に鋭い牙が喰い込む。バケモノの怪しく光る金色の瞳はとても冷ややかで、まるで女性を人間として認知していないようだった。

 薄れいく意識の中、道端で無造作に転がる幾多の死体の山。自身の末路を彷彿とさせ迸る恐怖から、必死に身体を揺らして抵抗するが――――バケモノは予想以上に力で女性に一切の抵抗を許さなかった。


「ぁ、ぁ……」


 遂に生気を失い、バケモノは力尽きた女性を地面へと解放する。血の滴るそこで、他の死体と等しく横たわる女性の姿を金色の瞳で確認すると、血で染まった口元をローブの裾で乱雑に拭う。


「……ペッ」


 鉄の匂いと味が味覚と嗅覚に直接伝わってくる。これで何人目だろうか。


「くそ……ッ!!」


 大量に転がる死体を無視し、苛立ちに表情を歪めてがむしゃらに歩を進める青年。彼こそがこの村を襲ったバケモノ――――偽人ホムンクルスの青年だ。


「どうして……ッ、どうして、オレがぁ……ッ」


 普通の青年とその容姿は変わらず、ほぼ完璧に近い。

 錬金術が生み出したバケモノとしては最高傑作だろう。その偽人ホムンクルスが村中の人々をこうして喰い散らかし、地獄絵図を描いている最中だった。


「だれか……、オレを……、」


 銀髪で短いオールバックの髪型を血で濡らし、金色の瞳を泳がせながら青年は朦朧と燃え上がる村を徘徊していた。

 拭い落とせない程の赤黒くなった血を残す口元を歪ませ、全身を包む灰色の小汚いローブもすっかり人間の返り血で染まっている。

 バケモノと称すに相応しい容姿と成り果て、人間の匂いを嗅ぎ取ろうと鼻孔をひくつかせていた。


「ち……く、しょう……ッ!! まだかよ……ッ」


 抗えない呪いを悲観して必死に生き残りを探す。そうする他、この悪夢を終わらせる術が無いのだ。

 こうなる発端となった構築者、青年が父と呼ぶべき存在の声が脳裏に木霊する。


 ――――村人を全て喰い殺せ。


 その意図や目的が青年にはまったく見当もつかない。

 だが、身体は命令に従順で言う事を利かない。父の命令を全うするまでこの身体は止まらない。

 既に絶望へと蝕まれていた青年の後方から次なる犠牲者が飛び込む。


「貴ッ様ぁぁぁああああッ!!」


 涙を流し必死の形相で現れた一人の男性。

 猛獣用の猟銃を携え、全身汗まみれになりながら先程の女性の悲鳴を聞きつけ全力で駆けつけたのだ。

 だが、時既に遅し。

 ここに辿り着くまでの間に、男性の目には悪夢のような光景が広がっていた。

 最愛の妻の胴体と頭部は離れ、毎日酒を飲み明かした唯一無二の親友の亡骸。この村の知り合い全てが惨い姿を晒していたのだ。 


「殺ぉおおおすッ!!!!!」


 男性は涙を流し、表情を歪めて哀しみと怒りに満ちた叫びをあげ、確りと銃口を血塗れの青年へと狙いを定める。銃身と引き金に当たる指が沸き上がる哀しみと怒りで震えている。

 その様子を見た青年も、同じく涙を流す。

 しかし、止まらないのだ。

 自身に刻まれたコードが、この男性を、全ての村人を喰い殺せと身体を強制的に動かすのだ。


「わり、ぃ……オレ、から、に、げ……ッ」


 そう警告すると。

 猟銃を向ける男性を喰い殺すべく、大きく口を開き牙を覗かせて襲い掛かる。


「クソォッ!!!」


 男性の脳裏には、最愛の妻との思い出が走馬灯のようにいくつも蘇っていた。

 そして、自分の妻の命を奪った悪魔に対し、己の悲しみと怒りをぶつけるべく何度も続けて発砲を繰り返す。


「クソォッ!!! クソォッ!!! よくもッ!!! 死ねッ!! 死ねぇッ!!!」


 銃口が激しく火を噴き、弾丸が何発も放たれたが――――


「な……っ」


 恐るべき身体能力をも秘める偽人ホムンクルスの青年にとって、この程度は生温いものだった。

 本能に駆られる獣のように弾丸を避けていき、凄みを帯びた恐ろしい面構えで男性との距離を詰めていく。


「くっ……、クソオオオオッ!!」


 二人の距離が、手の届くあと僅かにまで差し迫ると。


「がふぁッ!?」


 男性の猟銃から放たれた一発の弾丸が、青年の腹部を見事貫通してみせた。その勢いで青年は僅かに宙へと浮かび、無残にも地面へと吹き飛ばされてしまう。


「まだだッ!!!」


 倒れ込む青年に気を強くした男性は素早く駆け寄り、苦痛に表情歪ませるその顔を力強く踏みつけ。弾が切れるまで撃ち続けていく。一発、また一発と青年の身体を反動させ破裂させていた。

 しかし――――


 この程度では青年を殺せない。


 例え、偽人ホムンクルスであろうと人間に近い存在である以上、死という概念が存在する。だが、この青年は偽人ホムンクルスの中でも特別な存在。

 この世に一つしか存在しない賢者の石と呼ばれる永久機関を媒体として構築された偽人ホムンクルスなのだ。


「クソッ!!! クソォッ!!!」


 何度も銃声を鳴らし、放たれる弾丸の全てが青年の身体を貫通させ、瀕死の傷を負わせてきた、が――――

 男性は焦っていた。

 少なくとも青年は言葉にならない悲鳴をあげていた。弾が撃たれる度に、確かにその身体は反動で跳ねながら大量の血飛沫をあげている。

 だが、それでもまだ叫んでいる。

 死なない。いや、死ぬ気配がまるで見られない。

 どれだけの弾丸を放とうとも、ただ悲痛の叫びが続くだけ。


「な、何なんだ……コイツッ!!!」


 男性も既に気づいていた。

 この青年が生半可な攻撃では殺せない事を。異質な存在である事を。

 しかし、それでも無駄だとわかっていても撃たずにはいられなかった。最愛の妻の仇を取らない限り、止まれなかった。


「グッ!! ッソオ!!!」


 銃声がようやく止む。猟銃に込められた弾丸の数も決して無限ではないのだから当然だろう。

 ついに弾が切れたのだ。

 ようやく、青年も苦痛から解放され静かになる。


「……」


 すると、青年はその場からゆっくりと立ち上がろうとして、それを見た男性は恐怖で足をすくませて尻餅をつきながら倒れ込む。


「そ、んな……馬鹿、な……何、で……」


 その青年の姿に、異常な現象に、男性は激しい後悔と絶望の淵に立たされていた。

 何度も与えてきたはずの瀕死の傷が、既に癒えていたのだ。いや、再生していると言った方が正しいのか。

 不可解なこの現象は、青年という一つの偽人ホムンクルスを構築する際に織り込まれたコードの一部による影響だった。


「……わ、りぃ、な、……ほん、と……」


 涙と血を流しながら男性に近づく青年。だが、逃げたり抵抗する様子を男性はもう見せない。

 無理もなかった。

 自分ではこの偽人ホムンクルスを殺せないのだ。そう悟ってしまい、戦意を失ってしまったのだ。

 そして、恐るべき身体能力を持つ青年から逃げ果せる事もできず。諦めて覚悟を決める事にしたのだ。

 男性は最愛の妻の笑顔を思い出していた。絶望の中、早く妻の元に向かいたい、そう思ったからだろう。


「アリア……俺も今……行くよ、……一人になんてさせない、……ずっと一緒だ……」


「……」


 男性の言葉を、青年は無視をして手を伸ばす。

 自身の行動を止める事も、かける言葉も無かったからだ。


「あぁ、ッ」


「……」


 無言のまま男性の身体を押さえつけ、血肉に飢えた獣のように、ただひたすら貪る。

 この村を訪れてからの何度目の行為だろうか。諦めの表情を浮かべる男性に馬乗りなり、凄まじい腕力で自由を奪う。

 両腕を押さえつけ、大きく口を開けて。一思いに首を喰い千切る。

 男性の断末魔は村全体に響き渡り、最後には大量の血飛沫と共に男性は妻を想いながらこの世を去っていった。


「……くそ。……まずい、……まずいッ!!」


 青年は、加害者だ。

 それでも苦しんでいた。

 自身を構築するコードに織り交ぜられた、”一つのコード”によって自分の意思とは関係なく人間を喰う事に嘆いていた。


「……ちッ」


 こうして村を襲い、村人全てを喰い殺しているのも、全ては生みの親である”狂った錬金術師”の命令。

 逆らう事などできない。この村を壊滅させる、それまで青年が止まる事はない。


「……まだ、いるのか……ッ」


 すぐ近くの小屋に人の気配を感じた。それも、二つの小さな気配だ。嫌な予感が過ぎる。

 既にあらかたの村人は喰い殺している。

 どうやら自分の魔の手から何とか逃れた者が馬小屋の藁に隠れているようだ。

 直ぐに馬小屋へと入り、藁を足蹴に払えば残された村人二人を発見する。嫌な予感は的中し、その姿に青年は表情を思わず強張らせてしまう。


「……ッ!! ……こども、か」 


 身を潜めて懸命に隠れていたようだが、簡単に見つけてしまった。

 小さな少年と少女、二人が身を震わせ抱きしめ合っている姿が妙に心を揺さぶってくる。

 これで何度目だろうか。非常に胸糞が悪い気分になってしまう。


「お、お兄ちゃんッ!!」


「う、ううッ、お、俺に任せろ!」


 どうやら兄妹らしい。あとこの村に残るのはこの二人だけだろうか。

 恐怖によって、互いに涙を流し抱きしめ合う兄妹の姿はとても辛いものだった。

 それでも喰い殺さなくてはならない。自分の意思とは関係なく、命令が身体を動かすのだ。


「……くそがッ!!」


 幾多の人間を食い殺した口を、歪ませる。

 どうしようもない。無力な自分はこうして親の命令に従うしかない。

 誰も自分を止められない。

 それでも幼い少年は妹を守る為に勇気を振り絞り、精一杯の力で青年の前へと立ち塞がった。


「お、お、俺はいいから!!!  い、い、妹には手を出すな!!!」


「や、やだ!!! やだよお兄ちゃん!!!」


 兄の勇姿に、幼い少女は必死に手を伸ばして叫び続けるが。この二人の行動は無謀かつ無意味な行為だった。


「……」


「おにいちゃあああああああああああああん」


 青年は無言のまま幼い少年に近づくや、首元を喰いちぎり、その場に放り捨てた。その死体に駆け寄る幼い少女。

 一瞬の出来事だ。幼い兄の雄姿も最期はあまりにも呆気ないものだった。

 青年は苦痛に表情を歪ませ、兄の死体にすがる幼い少女を見下ろす。

 幼い少年との約束。妹には手を出さない。それを思い出す。


「……むりだ……ッ」


 勇気ある幼い少年との約束を守ってやりたかった。

 本当ならば誰も殺したくない。

 だが、この身体に流れる呪い(コード)がそれを許さない。

 妹だけは何とか見逃してくれと懇願した兄を、泣き崩れたまま力強く抱きしめる幼い少女。


「ぐッ、ギギッ……」


 青年は必死に歯を食いしばり、喰う事を我慢するが――――


 結局、手にかけてしまった。


 こうして、偽人ホムンクルスの青年によって小さな村は生存者を一人も残さず壊滅させられた。

 血塗れと炎に包まれた村。幾多の死体の山。

 その中、青年は一筋の涙を溢して叫び続けていた。


 そして、その願いを叶うようにして――――運命の歯車デウス・エクス・マキナが動き出す。

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