11話:悪夢の種
時は少し遡り、ドルスロッドから遠く離れた地。
そこでオプリヌスを巡る激しい戦いが勃発していた。
生い茂る木々が立ち並ぶ森、ギリスティア王都へと続く道の中央にはその行く手を阻むかのように、両手に赤黒い光を纏う青年がハイリンヒ達の前に立ちふさがる。
青年は漆黒のコートをなびかせ、質素な仮面の下では子供のように目を輝かせてハイリンヒに狙いを定めてほくそ笑んでいた。
「三英傑は甘くない、ですか。いやいやぁ、何ともワクワクさせてくれる台詞ですね。……でもね、”これ”が何か理解できていない貴方ごときが何を言った所でただの戯言、何も守れないとすぐに思い知る事でしょう」
澄んだ青年の声と、赤黒い光はその場に緊張感を醸し出し、その不気味さに呼応するように森がざわめきだす。
危険を察知した小鳥達の一斉に羽ばたく音がする中、リディアとオプリヌスを乗せた馬車を背にハイリンヒはただ一人、眉間にシワを寄せたまま青年から一切視線を反らさずにジッと見つめていた。
「この私が、……何も守れないだと?」
侮蔑の眼差しを、込み上げてくる怒りを言葉に乗せて向けようとも。
「……」
まずは冷静に相手の出方を伺う。
不思議な現象さえ起こす事が可能な錬金術師としては基本中の基本である。
だが、あの赤黒い光。
あれからは言葉では言い表しがたい何とも異質な気配をハイリンヒは感じ取っていた。
しかし、だからといって臆する事は無い。
何故ならばハイリンヒには今まで培ってきた経験と、確かな自信があるから。
「フン、貴様こそ戯言は大概にしておく事だ。貴様が一体何者かは大方の予想がついている。我らギリスティアにオプリヌス=ハーティスの情報を提供し、その連行を阻もうとしているようだが貴様の方こそ――――それは不可能だと思い知るが良い」
その瞬間。
ハイリンヒは力強く言い終えると素早く右手を真横にかざして青白い光を掌に纏わす。
「おっ……」
あっけらかんとした驚きの声と同時に、青年はすぐに自分の身に起きた異変に気づく。
僅かコンマ数秒にも満たないあの一瞬の内に、自身の身体が何か得体の知れないモノによって硬直された感覚に襲われ、その場から身動きがとれなくなってしまう。
錬金術が成功した事を確信したハイリンヒは両手を後ろで組み、一歩前へと出る。
「正義の名の下に、ギリスティアの王従士としてオプリヌス=ハーティス同様、貴様もこのまま連行する。この私の”拘束”から逃れられられるなどと浅はかな考えはせぬ事だ――――”狂人”よ」
正義、その言葉に青年は薄ら笑いを浮かべ。
「なるほど……正義ときましたか。ですが、正義を掲げるには貴方程度の実力では荷が重いのではありませんか? 所詮、力無き者が正義を掲げた所で力を持ち合わせていなければ虚しく悪に押しつぶされて消える運命にある」
今度はハイリンヒが青年の言葉にほくそ笑み、両手を後ろで組んだまま青白い光を両方の掌から発していく。
「フン。つまらん挑発だ。耳障りな貴様のその口も封じておくとしよう」
「っ……」
宣言通り、青年は口元に違和感を感じ、これ以上言葉を発する事ができなくなってしまった。
しかし見えない何かに縛りつけられ、確かに身動きを封じられているにも関わらず未だ余裕の表情を浮かべたままだ。
「時間が惜しい。貴様と今ここでこれ以上話す気は毛頭無い。続きは牢の中で聞いてやる」
足早に青年の元へ進むハイリンヒ。
「……」
だが青年はこの間。
この拘束された現状を、ハイリンヒが構築したこの錬金術について冷静に分析をしていた。
そして、その分析を即座に済ませ。
「……ッ!? この光……まさかッ!?」
青年の掌から放たれるのその光は先程見た赤黒く眩いその光。
あまりの眩さにハイリンヒは右腕で目を覆い身をたじろかせてしまう。
だがその一瞬が、青年に反撃のチャンスを与えてしまった。
「くっ、何だこの光は……っ!!」
視界がはっきりしないまま、ハイリンヒの耳に青年の声がすぐ近くで届く。
「視覚では認識できない物理的なもの、あるいは精神干渉による拘束……ってところですかね。中々に厄介な式ですけど――――”それでも僕には無意味なんですよ”」
いつの間にか、ハイリンヒの構築した錬金術によって奪われていた身体の自由が解けていた青年はそのまま常人では計り知れない猛スピードでハイリンヒのすぐ側にまで近づいていた。
そして。
「ぐっ、はァ……」
そのまま自分よりも高身長のハイリンヒの首に片手を回し、乱暴に持ち上げ仮面の下で楽しそう微笑む
。
「三英傑と言ってもやはり生身は脆いですね。僕も時間が惜しいのでこのまま終わらせてしまいましょうか」
「かっ……は、」
「~♪」
徐々に首を掴む手に力を込め、苦しむその様を愉しみながらハイリンヒの命を奪おうとする。
自分の腕を引き離そうと必死になって掴みかかって抵抗を見せるハイリンヒに、青年は上機嫌に鼻歌を奏でていく。
「……っ、…………ぞ、」
「はい?」
愉快に笑顔を浮かべる青年はハイリンヒが何かを告げようとしている事に首をかしげる。
だがハイリンヒは自分の首を掴む青年の腕をしっかりと両手で掴み、青白い光を発生させた。
しかし。
「無駄な足掻きですよ」
当然、ハイリンヒがこうして錬金術を発動する事など予想ができていた。
しかしこの状況を打破する錬金術をいくら構築しようとも、青年の力の前ではどのような式だろうと無意味なのだ。
”全ての式は彼の前では崩れ落ちていく”。
「さようなら、ハイリンヒ・コルネリウス――――」
「……だ、っ……」
非情なトーンで最後を告げる言葉を吐き、青年はハイリンヒが式を構築し終える前に掌から再び赤黒い光を発生させようとする、が。
「っ!?」
青年はようやくこの距離にしてもう一つの存在に気づきハイリンヒの首を掴んでいた手を急いで離し、すぐさま真横からこちらに向かう何かへと振り返る。
すると、そこには地面と同じ式で構築された大きな岩の拳が自分へと向かってきていた。
「ッ」
その大きな岩の拳を振り払うようにして赤黒い光をぶつけると、周囲に粉々に飛散していく岩の拳と砂埃が舞う。
「今度は一体……」
危機を回避したかと思えば今度はすぐ足元で青白い光が大きな輝きを放つ。
「けほっ、っ、勝利を確信して油断したか……愚か者めッ」
息を切らしながらも必死に言葉を紡ぎ、地面に両手を押し付けて青年を鋭い眼光で見上げるハイリンヒがそこに居た。
「――――なるほど、”彼女”の存在をすっかり忘れていましたよ」
青白い光は青年の身体を包むように輝きを増し、ハイリンヒによる錬金術によって青年の意識がもうろうとしてしまう。
それはまるで眠りに近い感覚。
「……はぁ、はぁっ、……――――リディア=エーデルソン。馬車の中で待機していろと命じたはずだ」
青年が突如として現れた眠気の中で目にしたのは、ハイリンヒの言葉にビクッと身体を反応させる小さな錬金術師の姿だった。
隙を突かれ、遅れを取ってしまった青年は成す術なくリディアの姿を見つめながらその場に膝をついて倒れていく。
「え、で、でも、って! コルネリウス様っ!! お、お怪我はッ!?」
手をあわあわと動かして明らかに動揺を見せるリディアにハイリンヒは深く溜息を吐いて目を伏せる。
そして砂埃が舞い、周囲が煙に包まれる中、ハイリンヒは息を整えながら馬車から降りてきたリディアの元へと向かう。
「私の身を案じるなど身の程を弁えろリディア=エーデルソン。馬車から降りてきおって……これは立派な命令違反に当たるぞ」
いつもの様に両腕を後ろで組み、すっかり息の整ったハイリンヒは冷ややかな視線をリディアに送って事の重大さを咎めていく。
「で、でも、ですが! あのままだとコルネリウス様も危なかったじゃないですかっ!」
「はぁ……。貴様ごときが案ずるまでも無い。この私を愚弄する気か?」
実際、ハイリンヒはリディアの姿をいち早く確認し、青年がその存在に気づいていない事がわかっていたからこそあの場はリディアに任せる事が妥当だと判断して利用しただけだったのだ。
もしも、あの状況でリディアが馬車で命令通りに待機していたとしてもハイリンヒならば簡単に打破できていた状況なのだ。
「何故、貴様に私が待機していろと命じたのか……その意味をまったく理解できていないようだな」
「え、えと……もしかして私ってば足手まといって事ですかね……?」
呆れたとばかり片手で両眼を覆い俯くハイリンヒに、リディアはその意図を汲み取れず焦りの表情を見せていた。
ギュッとスカートを掴むリディアに、ハイリンヒは両腕を後ろに組み直して溜息交じりに説明をしてやる。
「……優れた錬金術師という者は誰しも、幾多の努力を積み重ねてきた研究の成果、集大成となる式がある。錬金術師にとって自身という存在の全てと言っても過言ではない。何故ならばそれを知られればいつか自身の命すら脅かす恐れもあるのだ。それをそう易々と他者へと公表するものでは無いのは当然。だからこそ貴様には馬車で待機するよう命じ、私の錬金術を見せないようにしていたのだ……」
リディアにはこれといって特別利益を生みだしたり、戦闘の最中における奥義のような式はまだ開発できていない。
だが、ハイリンヒの言っている事は理解できた。
ギリスティアの王従士、その中でも上位三名に入る三英傑にしてそのトップに立つ男、ハイリンヒの集大成となる式。
ほぼ末端に位置するリディアにはハイリンヒの錬金術がどのようなものかまったく検討もつかないが。
思わずゴクリと喉を鳴らして自然と汗を額から流して深々と頭を下げる。
「す、すみませんでした……。勝手な判断で馬車から飛び出て……」
両手をフラフラさせ、目を泳がせて自分から視線を反らして反省するリディアの姿にハイリンヒはそれ以上、口を開く事はなかった。
しかし。
「この気配……まさかあの男まだ――――」
背後からけたたましい音と共に赤黒い光がこの周囲に放たれる。
ハイリンヒが表情を凍りつかせ、急いで背後へと振り返ると。
「あはは……なるほど。流石は三英傑と言う所ですね。この僕がこうも簡単に”拘束”されてしまうなんてね」
先程まで周囲を包んでいた砂埃が晴れていくと、そこには意識を失い倒れ込んでいたはずの青年が立ち上がっていた。
普段から冷戦沈着なハイリンヒだが、この時ばかりは背に汗をかいていた。
「貴様……。私の式は完全に構築され、発動したはずだ。しかし……何故、再び立ち上がる事ができた……」
あの赤黒い光もそうだが、ハイリンヒの式がこうして破られた事など今まで無かったのだ。
未知の体験を目の当たりにし、もはやリディアの手前だからと言って奥の手を隠してはいられない状況になってしまった。
意識しないまま拳を強く握り締め、眉間に今まで以上にシワを寄せて注意深く青年を観察する。
「あはは、ようやく本気になってくれたんですか? ……じゃあ、僕も少しだけ本気になってあげようかな」
仮面越しではその表情はわからないが明らかに余裕を見せる青年に、ハイリンヒは無言のまま掌から青白い光を発生させた。
そして青年に狙いを定めたまま背後のリディアに荒々しく退避を命じる。
「リディア=エーデルソン! 離れておけ!! 貴様まで巻き添えに……、」
あまり大声をあげないハイリンヒに対して無言のまま何も反応を示さないリディアを不審に思い、ハイリンヒが背後のリディアへと振り向くと、
「っ、何をしているリディア=エー――――!?」
全身から汗を噴出し、自分の身体を抱きしめて激しく震えるリディアの姿がハイリンヒの目に映り込む。
リディアはあの赤黒い光りを目にしてからずっとこの状態だったのだ。
何故ならあの光は。
「何で、何で、あいつが”アレ”を……」
「”アレ”だと?」
リディアの肩を揺さぶり、正気を取り戻させようとするハイリンヒだったがリディアのその言葉が妙に気がかりだった。
「しっかりしろリディア=エーデルソンッ! ”アレ”とは何だッ! 貴様、”アレ”に見覚えがあるのかッ!!」
ハイリンヒの式を解いたのは恐らくあの尋常な気配を帯びた赤黒い光に十中八九間違いなかった。
あのような光をハイリンヒは今まで見た事などなかった。
ましてや、あの光が錬金術によるものなのかすらわからない。
しかし、リディアはあの光の正体を知っていた。
そしてリディアの口から出たその正体に、にハイリンヒは納得すると同時に戦慄する事となる。
「何で”アレ”が、式崩し……ッ!!」
確かにハイリンヒの耳にそうハッキリと聞こえた。
先刻、あの原点回帰すらを打ち消し、ヘルメスが構築したとされる不可解な構築物。
式崩し、と。
だが、あの赤黒い光の招待に気づいた所で既にもう遅い。
「あはは、貴方達の最後を飾るに相応しい最高の舞台を作りましょう――――さぁ、絶望の中で終わらせてあげますよ」
ハイリンヒが青年の声に慌てて振り返ると。
「これが……あの式崩しだと言うのかッ!?」
青年の掌から雷が荒れ狂うように赤黒い光が森を大きく包み込んでいき、その現象が起きる。
この周辺一帯の地面に亀裂が走り、凄まじい地響きが起こり。
木々は次々と無残に朽ち倒れ、森はその姿を崩壊させていく。
あまりにもおぞましいこの光景はまさに天変地異そのものだった。
「――――崩界。僕は終わりを告げる者、世界を破壊する者。さぁ、華やかな最後を飾ってください」
一人の青年によって一瞬のうちに自然豊かな森は、荒れ果てた地獄の大地へと変貌を遂げたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まだ日が昇りきる前の早朝。
夜の冷えが残るドルスロッドにて、男女入り乱れる黒いローブを纏った五人の集団がとある場所を遠くから眺めていた。
「現在、あの病院に居るのはヘルメス=エーテル含め五人のみで間違いないな?」
望遠鏡でアリスの経営する病院を監視しつつ、リーダー格と思われる大柄の男が野太い声でそう確認する。
すると、背後で待機していた小柄な女性が手に持っていた何枚かの報告書を読みながら強張った声と共にゆっくりと頷き返す。
「ええ、間違いありません。今更ではありますが今回、最も我々の任務における障害となるであろうギリスティアの元王従士にして三英傑であった男……アリス=テレス。そしてその助手を務めるエリーゼ・カピラと言う女。当然と言うべきでしょうかこのエリーゼ・カピラと言う女も錬金術の腕は確かなようです。あとは……」
女性が一瞬戸惑った様子を見せていると、隣に居た小柄な少年が両手を頭の後ろで組みながら続けていく。
「なんかさぁ、銀色の髪したみょうちくりんな男があの病院に居るぜ。確かドルスロッドまでヘルメス一人で向かってたみたいだけどさ……いつから一緒に行動しだしたんだろうね。僕がこの村で待ち受けて時にはもう一緒に居たんだけど」
「銀髪の男だと……? 確かに事前に渡された資料にはそのような者は一切記述が無かったな。……一体何者だ?」
不可解な存在へ懸念を馳せ、リーダー格の男が望遠鏡から顔をゆっくりと離し、残る四人へと振り返る。
「邪魔する者は誰であろうと排除する。ただそれのみだ」
重苦しい声でそう告げるそこそこ体格の大きい男に呼応するように、細身の男が不気味な笑みを浮かべて手をわなわなと気持ち悪い動きを見せている。
「へ、へへ、正義はこちらにある……ヘルメス=エーテルは悪、ならば断罪するのは我らの使命です……それを阻む者も同じく断罪対象になる。へへ……解読眼所持者の死体が二体も手に入ると思うと私興奮してましたよ……へっへっ」
「相変わらず良い趣味してるよホント。まぁ、死体はくれてやるから殺すのは僕に任せてくれよー?」
「あくまで”例の物”を手に入れるまで勝手な真似は許さないわよ。くれぐれもヘルメス=エーテルは一旦、生け捕りにするという事を忘れないで頂戴」
もうすぐ日が昇る、朝日が輝きを放とうとしているとリーダー格の男が更なる懸念を口に出す。
「銀髪の男然り我々の邪魔立てを企てている危険分子が居る事を忘れるな。今回の任務が成功した暁には――――」
リーダー格の男の言葉に四人全員が一斉に口を閉じる。
「我らが主の悲願が達成される。即ち我々”薔薇十字団”の目的が達成される事を決して忘れるな」
太陽は昇り、今日もまたドルスロッドに朝がやってくる。
この村で過ごす残り少ない貴重な朝が。




