9話:予定外の出来事
「ん……どこだ、ここは……」
ある日の昼下がり。
ヘルメス達と昼食を終えたジンはいつの間にか眠りについてしまい、目が覚めるといつものコートを羽織るヘルメスが心配そうにジンを見つめていた。
「すまないな、ジン。自分は必死に止めたんだがどうしても師匠が……」
「……あん? おいヘルメス、どういう事だ――――っ!?」
申し訳そうに視線を泳がせるヘルメスを見て、ようやくジンは自分の置かれているとんでもない状況に気づく。
身体が何かに拘束され動けないのだ。
「ちょ、おい待て待て何だこの状況!? 何で鎖で俺をベッドに固定しやがんだ!? な、何するつもりだテメェ!?」
「お、落ち着いてまずは話を聞いてくれ」
「う、うっせぇ! こんな状況で落ち着いてられるかよっ! ふっ、ぬぅぅぅ」
ジンは身体中に巻きついてベッドに固定している何重もの鎖を自力で破壊しようとするが。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「あまりそう興奮するなジン。それは師匠が構築した特別頑丈な鎖らしくてな……物理的に破壊するのは至難の技だそうだ」
「こ、こんなもんまで用意、して……俺をどうしようってんだよテメェら……」
何度も全力で力を入れたはずだが、ジンの常人を遥かに凌ぐ力を持ってしてもこの鎖は一向に壊れる気配を見せない。
何故このような物を構築し、それで自分を拘束しているのか理解できないままジンがすっかり息を切らしていると扉が開き、アリスが大きな欠伸をしながら登場する。
「ふぁ~ぁぁぁ、おいおいもう目覚めやがったのか? たっくよぉ、どういう構造してやがんだ。ぜっかく永眠させてやる気で致死量レベルの睡眠薬を盛ってやったってのに無駄に終わらせやがって」
悪びれる素振りなど一切見せず、アリスは人差し指で頬をかいてつまらなさそうな表情で無事に目を覚ましたジンを見下ろす。
「な、なんて事をしようとしていたんですかっ! 大人しくさせる為に少し眠らせるだけって言ってたではないですかっ!」
まさかアリスがジンを殺そうとしていた事など思いもしなかったヘルメスは、アリスの胸ぐらを掴んで何度もその巨体を乱暴に揺らしていく。
「す、すまん、ヘルメス! つい、つい、遊び心、で、ぐふっ」
その瞬間ヘルメスの拳がアリスの顔面に直撃し、そのまま巨体を宙に浮かして壁へと激突してしまう。
呆気に取られていたジンだがこうしてはいられない。
何とか自分も文句を言わないと気が済まないのだ。
「ざ、ざっけんじゃねぇぞ!? 遊び心でそう殺されてたまるかっ! とにかくテメェら俺を放置したまま争ってんじゃねぇっ! 早くこの鎖をほどきやがれっ!」
二人の争いの中、壁にもたれて倒れるアリスに何とか叫ぶ事ができたジンだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくしてようやく三人は落ち着きを取り戻した。
アリスは俯きながら床に正座させられている。
「実はだな、自分が以前に比べて錬金術について理解できているかもしれないと師匠に言ったのが発端なんだ。そこで実際に試してみようという事になったんだ」
ヘルメスは腰に手を当て、未だベッドに拘束されたままのジンの顔を近くで見下ろしてこうなった経緯を説明する。
見下ろす姿勢でヘルメスが少し屈む事で金色の長髪が垂れてとても良い匂いがすぐ近くで漂ってくるが、ジンはこの状況ではそれも満足に楽しめない。
「まったく説明になってねぇよ。何でその流れでこうして俺が拘束されてんだ? おかしいだろ……。もういい加減解放してくれよ……」
脈絡の無いヘルメスの説明にすっかり面倒臭くなっていたジンはただ早く解放される事のみを願いっていた。
長時間に渡って拘束されてしまい身体の節々が痛くなっていたのだ。
「だからだな……その、」
「もういいヘルメス。こっからは俺がこのクソガキに説明してやる」
ヘルメスの言葉を遮り、アリスは床からそっと立ち上がると両手をズボンのポケットに仕舞ってニヤリと不気味な笑みを浮かべだす。
ジンはとても不安な気持ちになって必死にもがき鎖を解こうとするがそれも無意味な行動だった。
「まぁ、落ち着けよクソガキ」
「ぐぅっ」
ジンの腹を力一杯抑えてアリスは不気味な笑みを浮かべたまま嬉しそうにしていた。
「お前ぇらは腕を構築して欲しいんだろ?」
ヘルメスは苦しむジンの姿を見守りながら静かに立ち尽くす。
だがジンは嫌な予感しかしなかったのでアリスに動きを抑えられようと反抗的な態度を続ける。
「っ、何だよ俺の腕を構築する気でもなったのかよっ! その前にまずこの鎖を解けってんだよクソジジイッ!」
「この俺様がお前ぇの腕なんて構築してやるわけねぇだろバーカ」
「ぐぐッ、テ、メェ……ッ」
「ごほんっ!」
舌を出し、精一杯ジンを小馬鹿にする表情で煽るアリスに手も足も出せないジンは怒りでおかしくなりそうになっていた。
青筋を立てて歯軋りを鳴らすジンの姿にヘルメスは大きく咳払いをしてアリスを無言の圧力で止めてみせる。
「……わぁったよヘルメス。……まぁ、久しぶりに会ったヘルメスの錬金術の腕がどこまで成長したのか俺も気になってた所だ。調度良いからヘルメスにお前ぇの腕を構築させてみようと思いついたってわけだ」
「あん……? って、んなもん無理に決まってんだろ! あのヘルメスだぞ!? ふざけんのも大概にしろよクソジジイ! ヘルメスに偽人の腕なんてもん構築できるわけねぇだろ!」
「さらりと自分を馬鹿にするのは止してくれ……」
偽人の一部であろうと、ヘルメスを知る者ならば誰もが口を揃えて構築は不可能だと言うだろう。
だが、それでもアリスはヘルメスにそれをさせようとしていた。
「なぁに、ヘルメスには既に大雑把に俺の持つ知識は叩き込んである。後はそいつを上手く実践で試すだけだ、最初から成功するなんて俺も思っちゃいねぇ。だが挑戦しない事には始まらねぇからな。失敗すんのは当たり前だ、とりあえずやっちまえば良いんだよ」
「馬鹿か!? 大雑把な知識なんかで失敗されちまったら溜まったもんじゃねぇよッ! いくら死なねぇ身体つってもなぁッ! 痛ぇもんは痛ぇんだよクソジジイッ!」
「はっ、お前ぇがそう拒否するだろう事は容易に想像がついた。だからこそ昼飯にわざわざ睡眠薬を盛ってこうして頑丈に拘束してんだっての。がははは、諦めろクソガキ」
高らかに笑い声を上げるアリス、そして顔をすっかり青ざめたジンがヘルメスに助けを求めようと視線を向けてみると。
「きっと大丈夫だジン。自分も少しは成長しているつもりだ。何せ自分は式崩しを構築した錬金術師だぞ? ジンの腕は自分が何としても構築してやるから少しばかり大人しくしていてくれ!」
「うっ、どっからそんな自信がくんだよ……」
たまにヘルメスはこのように根拠の無い自信が沸いてくる。
だが、両手の拳を胸部分に置いて目を輝かせて自信たっぷりの表情で自分の顔を覗き込むヘルメスの熱意にジンは表情を引きつらせながらも頑張って信じようとしたが。
「やっぱどう考えても無理だろ!?」
ヘルメスの熱意に思わず呑み込まれそうになったがすぐさま冷静さを取り戻したジンだった。
「うぅ……」
暗い表情を浮かべてヘルメスは部屋の隅で小さく丸くなってしまう。
それを見たアリスはすぐさまジンの顔を片手で掴み、目元に影を作ってドスの効いた声で脅迫する。
「……おいおい俺様の愛しいヘルメスが信じられねぇってのか? あぁん?」
「ぐぎぎ……お、おいクソジジイっ、てめ、抵抗できねぇ事を良い事に好き勝手してんじゃねぇぞ……ッ」
凄まじい腕力とその態度にジンの怒りは爆発寸前だった。
「どうせ死にはしねぇんだ、少しぐらい付き合ってやったらどうなんだ……? えぇ……?」
「ふざ、け、んな、よ……ッ!!」
理不尽なアリスの物言いに堪えかねたジンは遂に片手から原点の式の塊を放出して鎖を破壊しようと試みるが。
「無駄な足掻きしてんじゃねぇ。あんま手間かけさせんじゃねぇっての」
「あぁんッ!?」
アリスがジンの頭を掴むその手から青白い光を溢れさすと、原点の式の塊をぶつけようとも鎖は破壊される事なくそのまま維持された。
いくら頑丈に構築されているとは言え、一切傷の付いていない鎖にジンは目を大きく見開いて驚くが――――
「いてぇっ、ちょ、いてぇってっ」
アリスの怪力によってジンはそれ所ではなくなってしまう。
このままでは本当に頭が潰されてしまうと危機を察知したジンは大人しく抵抗する事を止めて叫ぶ。
「わぁった、わかったって!」
ギブアップの申告にアリスは満足気な表情で徐々に手の力を緩めていく。
「ケッ。馬鹿な野郎だ。最初から大人しくしてりゃ最小限の痛みで済んだものの」
アリスはジンの頭から手を離し、部屋の隅で丸くなったヘルメスの元へと歩み寄る。
「良かったなぁヘルメス~、クソガキの許可も出た事だこれで思う存分やれるぞ~」
「……む!? おぉ、本当かジン!?」
「っ、もう好きにしてくれ……」
嬉々として顔を上げてこちらを見つめるヘルメスに、ジンは観念して瞳を閉じて溜息を吐く。
ヘルメスはジンが自分を信じて了承してくれたと勘違いをして目を輝かせて拘束されたジンの元へと素早く駆け寄り。
「師匠から事前に一時間程にも及ぶ偽人の構築についての講義も既に終わっている! 後は師匠の教え通りに自分が構築に挑むだけだ、ジンは大船に乗ったつもりでリラックスしてくれれば良い!」
胸を張って得意気になるヘルメスからジンは視線を逸らして呆れた表情で言う。
「大船って……たった一時間程度で偽人について理解したってか? テメェどんだ呑み込み早ぇんだよ」
「フフ、あまり自分を褒めると調子に乗ってしまうぞ?」
ジン的には皮肉のつもりで放った発言だったがヘルメスはそれを真に受けて頭に手を回して照れくさそうに笑っていた。
「よぉし、その意気だヘルメス! がっはっはっは!」
「はいっ!」
豪快にアリスはヘルメスの肩に手を回し、気分良く師弟は笑う。
それと引き換えにジンはもう何も言う事なく二人から顔を背けて腹を決めていた。
ヘルメスの無謀な挑戦に付き合う覚悟を。
「どうせ成功しやしねぇ……。数回挑戦すりゃぁヘルメスも諦めるだろう……」
二人に聞こえないようにそう呟くと不穏な発言が飛び込んでくる。
「良いかヘルメス? 数回失敗したからって絶対諦めんじゃねぇぞ?」
「当然ですっ、自分は師匠の弟子として不屈の根性を持って何度でも挑んでみせますっ」
一気にジンの血の気は引いていく。
「お、おい!? 時には諦めってのが肝心なんだぞ!? つか、俺をどんだけ殺すつもりなんでよテメェら!?」
拘束され逃げる事も、抵抗する事も叶わないジンは怯えた表情で身体を震わせていたが。
「がはは……大人しく偽人の素材となる原点の式を差し出してもらおうかクソガキ……」
「さぁ……ジンの為にも自分に協力してもらうぞ……」
まさに悪人面と言うべきか、目を怪しく光らせ、口元をつり上げる二人の姿にジンは思わず背筋を凍らせてしまう。
そして自分に向かって伸びる手が近づくにつれ、この後どうなってしまうのか想像してしまったジンは目から自然と涙が溢れだし。
「よ、よせ!? や、やめろおおおおおおおおおおお」
まるで注射を嫌がる子供のように泣き叫んで病院内にその声を響かせるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘルメスがジンの腕を構築し始めてから既に数時間が経過していた。
もはや何度目の死を迎えたのかジンにはわからない。
ただ、一つ言える事がある。
一日にこれだけ死んだのは生まれて初めてだという事。
「はぁ、はぁ、次こそは……っ」
眼鏡を外したヘルメスは朱色の瞳を潤ませ、額からも汗をかいていた。
錬金術を扱うには集中力を要する、休憩も挟まず懸命にジンの腕を構築しようと何度も試みていたヘルメスはすっかり疲労困憊して肩で息をしている。
そして。
「そ、その台詞は、聞き飽きたんだよ……。も、もう、勘弁してくれ……」
案の定、ヘルメスの錬金術は成功する兆しもなく悪戯にジンを破壊して殺してしまうだけだった。
自分の血で白いカッターシャツを真っ赤にさせ、未だベッドの上で厳重に拘束されていたジンは心の底から止めるよう懇願する。
「ふぅー、もうこんな時間か。そろそろ気晴らしも済――――っと、そろそろ晩飯の支度もしねぇといけねぇ。しゃぁねぇ、ヘルメス。今日はここまでだ」
何度も苦しむジンの姿に満足したのか、サングラスを外して見守ってきたアリスは椅子にもたれかかったまま、壁に飾られた時計に視線を送って二人に終わりを告げる。
これでようやくこの地獄から解放される、涙を浮かべて安堵するジンだったが。
「いえ、まだです……っ。ようやくコツが掴めてきた所なんです、あと一回だけやらせてくださいっ」
「はぁッ!? 冗談じゃねぇぞまだ続けるってかッ!! もう無理だってわかっらろ!? いい加減諦めろよもう……」
張りつけにされた状態で首を激しく振って暴れようとするジン。
しかし、それでもヘルメスは頑なに挑戦を止めようとしない。
「あと一回だけだ……。原点の式を出してくれ……頼む、ジン」
ヘルメスを何度も信じて原点の式を提供してきたジンだったが、流石にもうヘルメスの言葉は信じられなかった。
既に精神的にもかなりやられているのだ。
しかし。
「頼む……ッ! もう一度だけチャンスをくれッ!」
「……」
先程から一向に成功する兆しを見せる事無く失敗を繰り返してきたヘルメス。
だが今の真剣なヘルメスの瞳と雰囲気はどこか、式崩しを構築したあの時を思い出させる。
「おい……まさか……」
ジンはヘルメスがまた外部法則を無意識に使ってしまうのではと危惧し、アリスに視線を向けると。
「……大丈夫だ、心配いらねぇよ。と言うか、今さら一回ぐらい死んでも一緒だろ。最後にやらせてやれよぉ」
「テメェ、後で絶対ぶん殴る」
イラッとしつつ、ジンはヘルメスが外部法則に手を出そうとしているわけではないと安心するが、アリスから大雑把かつ僅かな時間で偽人について教えられていたヘルメスは失敗を重ねてきた事により、掴めるはずの無いコツを掴んだ気になってジンを困らせる。
「もうジンを殺したりしない……自分を信じてくれ」
あまりにも真っ直ぐなその瞳に、ジンは眉をひそめて非情に困った表情になりつつも、性懲りもなくヘルメスを信じてやりたくなってしまっていた。
「……はぁ」
深い溜息。
ジンの瞳には懸命な少女の姿が映り込んでいる。
ヘルメスはジンの為を想って懸命に頑張ってくれているのだ。
あまりにも純粋で、諦めの悪いこの馬鹿で優しいヘルメスだからこそ。
ジンはそんな少女の事がいつの間にか――――。
「っ!? ……ありがとうっ! 今度こそ必ず成功してみせるっ!」
無言のまま、ジンは原点の式を出現させ、それをヘルメスへと差し出していた。
心がもやもやしながらも、ジンはヘルメスならもしやと思えてしまう。
「……頼むからこれっきりにしろよ」
「あぁ、これで最後にしてみせる……いくぞッ」
ジンの左手に出現した原点の式にヘルメスは両手を這わせ、慎重に解読眼で式を観察して変換を行っていく。
椅子にもたれたまま、アリスも同じく解読眼でその様子を静かに観察していたが。
ここで妙な異変に気づく。
「あん……? 何だあの式は……」
ヘルメスには適当に偽人の腕を構築する式を教えていたので、今まで原点の式が何らかの変化を示す事はなかったが。
「おいおい……どういう事だ。こりゃぁ――――」
アリスの解読眼にはヘルメスが、原点の式で何かを構築していく様子が視えていた。
呆気にとられつつも、驚きのあまり勢い良く椅子から立ち上がってしまう。
そして青白い光を発生させるヘルメスはそのままジンの右肩へと両手を押し当て。
「これで、……どう、――――だッ!!!」
ジンとアリスは大きく目を見開く。
明らかに今までとは違い、錬金術が失敗してジンの身体が壊れる気配が無いのだ。
それどころか。
「お、おぉっ!? おいおいもしかしてっ!?」
まったく痛みも感じず、ジンは新たな腕が構築されていく予感がしていた。
「嘘だろ……俺が教えてやった式はまったくのデタラメだぞ……」
ヘルメスが錬金術を成功させていく光景にアリスは驚きを隠せないでいた。
「あと、少し……ッ、くぅっ!!!」
青白い光がジンの右肩からどんどん伸びていき、間もなく構築は完了していく。
集中力を必死に保ち、今度こそヘルメスは錬金術を成功させようと歯を食いしばる。
「ん?」
だが、ここでアリスは目を細めて更なる違和感に気づく。
ヘルメスが構築しているのは偽人の腕ではなく。
「これで、どうだああああッ」
青白い光は激しさを増していきヘルメスの叫びが終わると同時に、輝かしい光の破片となって散っていく。
錬金術が成功したのだ。
「はぁ、はぁ、」
息を荒げ、集中力の切れたヘルメスはそのま地面に崩れ落ちていくが。
「……大したもんだぜ」
素早くアリスは崩れ落ちていくヘルメスを後ろから抱きしめるようにして支えた。
そして、愛情のこもった優しい笑みをヘルメスに見せて強く抱きしめていく。
「……まさか、あのヘルメスが錬金術を成功させるなんてな。流石は俺のヘルメスだっ!!」
「フフ、師匠のおかげです……。本当に良かった……。今度こそ自分は錬金術師として誰かの為に役立てたんですね」
自分を抱きしめるアリスの両手に手を添え、その温もりを感じつつヘルメスは疲れきっていたが満足気な表情を浮かべる。
瞳を閉じ、自分が錬金術を使えた事や誰かの役に立てた嬉しさを噛み締めていた。
「いや、それなんだが……」
アリスがヘルメスを抱きしめたまま、背後から何故か申し訳無さそうに告げてくる。
「どうしたんです……?」
少し違和感を感じ、瞳を開いたヘルメスがジンに視線を向けてみると。
「なっ!?」
ジンは眉間にシワを寄せ、口元を歪ませてヒクつかせていた。
必死に構築したジンの右手と呼べるべきそれは――――何と豚のような手だったのだ。
「ぶふっ、ぶはっはっはっはぁっ、もう堪えらんねぇっ!! 最高だぜヘルメスっ!! 流石は俺の弟子だっ!! 良くやった!!!」
ジンの右肩から生えた二つに裂けたヒヅメを見てアリスは大爆笑で床に笑い転げる。
「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねぇッ!! 何だぁこれッ!! 昨日の犬豚みてぇな手じゃねぇかッ!!!」
「な、何故、フェアリードッグの腕が……」
確かな手応えがあったはずだが、ヘルメスがジンに構築したのはフェアリードッグと呼ばれる災獣の腕だった。
「うっ……頭が……」
あまりのショックにヘルメスは気が遠くなり、アリスに抱かれたまま意識を失ってしまう。
「余程ショックだったみてぇだな……。しっかりしろヘルメスッ!!!」
「これ……どうすんだよっ!? ふっざけんじゃねぇよチクショォォォォォ」
薄れ行く意識の中、ジンの悲痛な叫びにヘルメスはあれはあれで可愛いからアリかもしれないと無責任な感想を述べていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん……ここは……はっ!?」
意識を取り戻したヘルメスは、先程までジンが拘束されていたベッドの上に居た。
「ふぅ、焦ったぜ。ようやく目ぇ覚ましたか……」
そのすぐ側には、アリスが腕と足を組んで椅子に座っていた。
アリスはヘルメスが意識を戻すまでずっとこうして側に付き添っていた。
「情けない……、自分は一体どのくらい意識を?」
上半身を起こして病室の窓を眺めると、既に外は真っ暗になっている。
「かれこれ五時間ぐらいか。エリーとクソガキならもう晩飯済ませたぞ。ヘルメスも食ってこい、今日はもう疲れただろ。飯食ったらちゃんとゆっくり休むんだぞ?」
「お手数かけました……本当に申し訳ないです」
アリスは頭を掻きながら。優しい笑み向けてヘルメスを安心させようとする。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。ヘルメスは俺の娘も同然だ。……”大抵の親”ってのは世話のかかる子供ほど可愛いもんなんだよ。気にすんな」
両親の愛情をあまり知らないヘルメスに気を使っているのではなく、それはアリスの本心からくる言葉だった。
ヘルメスはそれをしっかりと理解している。
初対面の人にはその風貌や言葉使いで誤解されがちだが。
アリスは、本当はとても優しく、心が綺麗なのだ。
だからこそヘルメスは、そんなアリスの事が大好きだった。
「……それはそうとヘルメス。起きたばっかで悪ぃんだが……飯の前にちょっといいか? 大切な話があんだ」
少しトーンの下がった口調のアリスを、ヘルメスは真剣な眼差しで見つめて首を縦に振る。
口を開く事を躊躇しながら、それでもヘルメスにも伝えておかなくてはならないアリスは真剣な表情でゆっくりと口を開いていく。
「”パラケルスス”がヘルメスに読み聞かせてた絵本の内容は……まぁ、覚えてんだろ?」
パラケルスス、それはヘルメスの父、パラケルスス=エーテルの事である。
ヘルメスがまだ幼い頃、毎晩パラケルススが読んでくれた絵本の内容についてアリスが問う。
「今でもはっきり覚えてますよ。……何せ毎晩読んでくれましたからね」
式崩しを構築する際、最初のヒントとなったその絵本の内容についてヘルメスはすぐ思い出す事ができた。
「式崩しを構築する時……奇妙な体験をしたって言ってただろ。……俺はそいつに少し覚えがあるんだ」
外部法則について、アリスはヘルメスに説明していく。
世界の理から外れた力である事を、普通はそれに手を出す事すらできない事を。




