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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
歪みの戯曲
26/80

8話:疑惑と困惑

「さぁ~っ! お待ちかねのショッピングターイムっ! しっかーし……っ! うら若き乙女達が向かった先はお洋服店やアクセサリーショップではなくっ! ……何ともまぁ、辛気臭い錬金術専門店なのでしたっ! やれやれ……非情に残念っ!」


 流石は医者の助手という所か。

 先程の事など一切引きずった様子は無く、エリーゼは一人ハイテンションになって店内をぐるぐると徘徊して大盤振る舞いしていた。

 すると、カウンターの奥で青筋を立てて座っていた店主の怒鳴り声が店内に響き渡る。


「てめぇは、いつもいつも……辛気臭い店で悪かったなッ! 嫌なら出てけ糞ビッチッ!」


 とても客に対する態度ではないが、懐かしいそのやり取りにヘルメスは笑顔でカウンターへと向かって声を弾ませる。

 

「”ベル”爺さん、久しぶりだな。フフ、いつも通りの寂れ具合に安心した。相変わらず元気そうでなによりだ」  


 頑固で名高いベルと呼ばれる老人が営む錬金術専門店。

 いくつもの木製の棚がズラリと並んだ壁には、青い液体と様々な色の結晶が入った透明の試験瓶、大量の簡易式インスタントコードが飾られている。

 他にも店内には錬金術に使用する鉱物や木材等がテーブルやガラスケースに取り揃えられており、品数だけで言えば相当なものだが。

 何故か客はヘルメスとエリーゼの二人きりだった。


「っ、久しぶりに来やがったかと思えば……っ! アリスんとこのガキ共は礼儀ってもんがまるで成っちゃいねぇっ!! くそっ!! あいつはどういう教育してきやがんだっ!」


「うわ~……私に対してだけじゃなくてヘルメス様にまで~。今の発言、マスターが聞いたらさぞ怒り狂う事でしょうねぇ~? それに、そんな風にお客さん皆に噛みついてばっかりだから売り上げがどんどん下がっちゃうんですよぉ~?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて詰め寄るエリーゼに、ベルはアリスの名を出されてごくりと喉を鳴らし、額から冷や汗を垂らしてしまう。


「てめぇロクな死に方しねぇぞ……。チッ、まぁ、今日はカモ――――っと、ヘルメスを連れて来やがったから大目に見てやんよ」


「カモ、ですか……。あはは~、言い返せないのが悔しいですねぇ~……」


 エリーゼが、カモことヘルメスに視線を向けると。

 ヘルメスは眼鏡を光らせ、黙々と材料を見て回り始めており。

 集中しているせいで、どうやら先程の二人の会話は聞こえていなかったらしく、真面目に材料を選んでいた。


「カラーコンタクトを構築するとなると……確か、樹脂が必要になるな。ふむ、どれぐらい買っておけば良いのやら。とりあえず大量に買っておくか……。色はやはり蒼が好まし――――むむ!? な、何故これがここまで値上がりしているんだ!? ……えーと、師匠から頂いたお小遣いが大体……」


 いつにも増して真剣な表情で材料を選ぶヘルメスの姿を見て、ベルはエリーゼを手招いて耳打ちをする。


「……おい、ちったぁヘルメスの奴は錬金術の腕上がってんのか?」


「……いえ、恐らく以前のままかと」


 コソコソとカウンター側で二人は思い出す。

 これまでヘルメスが錬金術の失敗で無駄にしてきた材料の総合金額はあのアリスも首を捻る程だった。

 この店一番の上客と言っても過言ではない。

 多少、錬金術の腕が上がっている事を恐れていたベルはエリーゼの発言にとても上機嫌になっていく。


「ふ、ふふふ、なら……在庫処分、おっと、しっかり営業していかねぇとな」


「……貴方もロクな死に方しないと思いますよぉ~?」


「黙ってろ糞ビッチっ!」


 席から嬉しそうに立ち上がったベルは、在庫処分の為に必死のセールストークを始めようとヘルメスに近づいていく。

 だが、エリーゼはそれを阻止できないでいた。

 材料選び等については修行の一環として、口出しするなとアリスに口うるさく禁じられていたからだ。

 エリーゼはカウンターもたれ、不貞腐れた表情でヘルメスがベルに押し売りされて余計な物まで買わない事を祈るだけだった。


「ふむ、困ったぞ。一重に樹脂と言っても様々なものがあるな……。一体どれが一番適しているのだろう? しかも全体的に値上がりをしているようだ……そこまで経営難だったのか。というか簡易式インスタントコードの値上がり方が尋常ではないな。これでは簡易式インスタントコードの購入は諦めるしか無いか……。今後も必要になるだろうし買い置きをしておきたかったのだがな……」 


 ぶつぶつと独り言を漏らし、しゃがみながらショーケースの中身を難しい顔で見つめるヘルメスの肩にベルの手が触れる。

 だが、熱心に品定めをしているヘルメスは振り向こうとしない。


「むぅ~……どうしたベル爺? 悪いが色々と考え中なんだ。奥様の愚痴なら他を当たってくれいないか」


「っ!? だ、誰が女房の愚痴聞けっつたよッ!」


 やれやれ、とヘルメスは立ち上がってから眼鏡のズレを修正し、商品が全体的に値上がりしている事に対して苦言する。


「何故ここまで値上がりをしているんだ? やはり閉店――――」


「しねぇよッ!! ったく、……てめぇ一応ギリスティアの王従士ゴールデンドールだろうが。そのクセに何も知らねぇのか?」


 首を傾げ、腕を組んで考えてみてもヘルメスには何の事か見当もつかなかった。

 それもここ数週間というもの、ヘルメスはオプリヌスの行方を必死に追っていたので今のギリスティアがどうなっているのかもわからない。

 すると、カウンターの方でつまらなさそうに簡易式インスタントコードを弄くっていたエリーゼが口を開く。


「ここ一ヶ月ぐらいですかね~。急に簡易式インスタントコードが増税されたんですよぉ~」

 

「お、おま、それ高級品だぞッ!? 買う気がねぇなら不要に商品触んじゃねぇッ!! アリスに請求すんぞッ!!」


 慌ててエリーゼから簡易式インスタントコードを取り上げようと戻るベル。

 そして、ギリスティアが簡易式インスタントコードを増税したと聞かされたヘルメスはアリスの言葉を思い出していた。


 俺は今のギリスティアが……ミストレアの考えがどうしても気に喰わねぇ。


 何故かアリスは王従士ゴールデンドールを抜ける少し前から自分達の国に、王に不信感を抱いていた。

 そして、今回の簡易式インスタントコードの増税。


「ギリスティアは……陛下は一体どういうおつもりなんだ?」


 エリーゼの軽やかな身のこなしに翻弄され、ベルはすっかり膝に手をついて息を荒げていた。

 そしてヘルメスは口元に手を置き、簡易式インスタントコードの増税について考えていた。


「”刻印石”ならあと数百年は持つという話だったはず……。なのに何故、陛下は簡易式インスタントコードの増税に踏み切ったんだ……」


 刻印石とは簡易式インスタントコードに使われる結晶の事。

 遥か昔、天から降ってきたとされる巨大な黒い隕石の欠片である。

 刻印石はコードを記憶するという不思議な性質を持っており、それを錬金術師達は利用して簡易式インスタントコードを開発したのだった。

 

「なにやら錬金術の更なる発展の為らしいですよぉ~? 錬金術の研究には莫大な経費や時間がかかりますからねぇ~。ま、仕方無いと言えば仕方無いんですけどねぇ~」


 カウンターの上に腰を下ろしてあっけらかんとするエリーゼだが。

 ヘルメスはどうしても気がかりな事がありエリーゼに視線を向ける。


「しかし、簡易式インスタントコードは今となっては生活の必需品ではないですか。その簡易式インスタントコードが値上がりしてしまっては多くの人達が困ってしまうのは簡単に想像がつく……。自分は、あのお優しい陛下が国民を蔑ろにするような政策を実行するとは思えないのですが……」


 自分が忠誠を誓った慈愛王が、国民の生活を苦しめるような政策を実行するはずがないとエリーゼに訴えていると。

 ようやく呼吸が整ったベルが、ヘルメスの側に近づいてくる。


「ケッ、てめぇがどう思ってようが勝手だけどなぁ、実際こうして簡易式インスタントコードは値上がってんじゃねぇか。それに肝心の姫さんは数年前からまったく表に出てきやがらねぇ、どうなってんだよ……」


 ミストレア=サールージュはとても慈悲深く、まだ王としては幼いが国民の目線に立ち、実際に王城から離れて国民達と直接触れ合う事で、四大国家としてギリスティアを導いてきたのだ。

 良き王として圧倒的な支持を得て、皆に愛されていた。

 しかし、数年前からミストレアは一切その姿を国民達の前に現す事がなくなっていた。


「陛下は容態が悪化して、外に出る事もままならないと自分は聞かされていたが……」


 元々、病弱だったミストレアだった。

 最近は特に寝たきりになる事が多いとヘルメスは聞かされている。

 それでも何とか側近のハイリンヒの力を借り、王として日々政治を行っていた。


「ま、今さら増税どうので文句言ってても仕方ねぇ、なんせ国民の義務だからな。――――と、言う訳だっ! 別に俺の店だけが値上がりしてる訳じゃねぇんだよっ! ほれ、文句言ってないでとっとと馬鹿みてぇにどんどん買ってけっ!!」  


「ば、馬鹿みたいにとは失礼な! というか、そんなに要らん!」


 稼ぎのチャンスが到来したと、こぞとばかりに大量の材料を手にするベルをヘルメスは両手で押しやりながら困った表情を浮かべていると。

 エリーゼがカウンターから降り、ヘルメスの横でベルに苦言する。


「あのですねぇ~……、ヘルメス様が何を買おうが私は止めませんけどぉ~、明らかに不要なモノを押し売るのは商売人としてどうなんですかぁ~?」


 すると、ベルは手に持った大量の材料をテーブルに置いて目をカッと開き。


「うっせぇッ! こちとら生活がかかってんだよッ!! てめぇこそ医者の助手のクセして毎回毎回、患者の肌を卑猥な目で見てんじゃねぇよ糞ビッチがッ!」


「なっ、当たり前じゃないですかっ! 合法的に裸が見れるからこそ私はナースになったんですからっ!」


 二人が言い争いをしている間にすーっと移動し、店内の商品を改めて見て周るヘルメスだった。

 エリーゼがどの材料を買えば良いのかを教えてくれない以上、ヘルメスは今までアリスに教わってきた知識を頼りに自力で選ぶしかないのだ。

 その表情はどんどんと真剣さを取り戻していた。


「む、おいベル爺。これは何だ?」


 そして、ヘルメスの視線を射止めたのはショーケースの中に飾られた派手な柄をした複数の試験瓶だった。


「あぁっ?」


 エリーゼといがみ合っていたベルが面倒くさそうにしてヘルメスに振り向いた。

 そしてショーケースの中に入った試験瓶の説明を求められていると気づくと、何故か腕を組んで得意げになっていく。


「へっへ、簡易式インスタントコードも増税しちまったからな。少しでも売り上げを伸ばす為に俺も必死に試行錯誤したのさっ! 風の噂じゃ最近、若い女錬金術師達の間じゃ可愛い試験瓶なんてもんが流行ってるって聞いて昨日仕入れたばっかの新商品だっ! どうだ、ついつい買いたくなるだろっ!」


 エリーゼも興味が湧いてきたのかショーケースに近づき、それがどんなものかヘルメスと一緒に試験瓶を眺めてみるが。


「うわぁ~……」


 ハートやドクロなど、必要以上にビーズでデコレーションされたそのド派手な試験瓶にエリーゼは思わず引きついた声を出してしまう。

 こんなものを好むのはほんの一部の若い女性のみで、エリーゼにはこれが流行っているとはとても思えなかった。

 流石にヘルメスもこれは買わないだろうとエリーゼが視線を向けてみると。


「おぉー……これが乙女達の間で流行っているのか、ふーむ……」


 若い女性錬金術師の間で流行っているという発言に、可愛らしい乙女に憧れを抱くヘルメスはすっかり心を鷲掴みにされていた。


「よし、……買っておくか」


「お、お気は確かですかっ!? それにヘルメス様っ! ちゃんと値札も確認しましたかっ!?」


 エリーゼが慌てて値札を指差し、それを見たヘルメスは目を見開いてどんどん表情を青ざめていく。


「高っ!?」


 思わず叫んでしまうヘルメス。

 よく値札を見てみると普通の試験瓶のおよそ十倍程もする。

 ヘルメスが錬金術に何度も失敗する事を想定し、カラーコンタクトを構築する材料は余分に買う必要があるのだ。

 そうなると派手な試験瓶を買う余裕は無く、ヘルメスは渋々諦めて籠から金貨と札の入った小袋を取り出す。


「くぅ~……ッ」


 目を閉じて必死に葛藤し、ジンの顔を思い出すとヘルメスは意を決して小袋を勢いよくベルに差し出す。


「ベル爺……悪いがこれで買えるだけの樹脂を各種と蒼のペイント液を一缶くれ。あと、簡易式インスタントコードも少し欲しいな」


「チッ、何だよ買わねぇのか……。しゃーねぇ、用意してやるから大人しく待ってろ」


 ヘルメスが派手な試験瓶を買わない事に舌打ちをし、ベルは小袋を受け取っておもむろに材料を準備し始める。


「結局、選ぶというか……全部買ってしまうんですねぇ~……」


「ま、まぁ良いではないですか、はは……」


 構築する物に合わせ、ベストな材料を見極めるのも錬金術師にとっては大切な事だが。

 それすらままならないヘルメスにエリーゼは苦笑してしまう。

 エリーゼの視線が痛かったヘルメスは眼鏡の縁に手をやって視線を背けてしまうのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 結局、ヘルメスとエリーゼはカラーコンタクトを構築する材料を買っただけで真っ直ぐ帰宅したのだった。

 お使いと買い物を済ませた二人は、もうアリスの病院へと戻ってきている。

 大量の材料が入った紙袋を軽々と両手で抱えるヘルメスをまず出迎えてくれたのは、庭で象の形をしたジョウロで花に水をやっている最中のジンだった。


「ようやく戻ってきたのかテメェら」


 ジョウロを傾けたまま、不機嫌そうに短く言葉を口にするジン。

 だが、その姿は中々様になっていた。


「ん? あぁ、そうか師匠のお手伝いをしているのか。フフ、偉いじゃないか」


「うっせぇっ!! あのクソジジイが働かねぇと飯喰わせねぇって脅迫してきやがるから仕方なくしてるだけだっつーのっ!!」


 それでも素直にアリスの言う事を聞くジンが、ヘルメスは少し可愛く思えていた。

  

「なるほどぉ~……食事と引き換えにすればジン君に何でも言う事を聞かせる事ができると……。う、うふふ、これは耳寄りな情報をゲットしましたっ!」


 エリーゼの不穏な発言に、何故かヘルメスは眉を潜めてムッとしてしまう。

 まただった。

 よくわからない感情がヘルメスを戸惑わせてくる。


「おいヘルメス! そこの危ない痴女何とかしろ! また夜襲われてテメェに殴られんのは勘弁だぜ……」


「だから人を暴力女のように言うのは止めてくれと……。やれやれ……、エリーゼさん。あまりジンに――――」 


 自然とそこから先が出てこなくなってしまう。

 それは自覚していないからなのか、今のヘルメスにはわからない。

 一体、何を言おうとしたのだろうか。


「――――……ジンをからかうのは止めてください?」


「な、何故に疑問系? いやぁ~、からかってはいないんですがぁ~……」


 エリーゼは静かに微笑む。

 薄っすらと頬を染めて視線を地面に向けるヘルメスの姿が、とても愛おしく感じていた。

 

「……まぁ、私も自重しておきましょう。さてっ! ジン君、マスターは今おられますかぁ~?」


「クソジジイならどっか出かけていったぞ。”用事”があんだとよ。俺は水やりで忙しいんだ、急ぎなら自分で探せよな」


 あえて深く触れてこようとしないエリーゼに、ヘルメスは地面に視線を向けたまま、両手に抱える紙袋を握る手に力が入ってしまう。

 自分の行動が理解できていなかった。


「用事、ですか~? はて……今日は特に用事なんてなかったはずなんですけどね。ふむぅ~……マスターが今おられないなら仕方ないですねぇ。では、お先に私は部屋に戻っておきますぅ~」


 陽気な声と共に大袈裟に敬礼してからエリーゼは病院の中へと入っていく。

 そしてジンは鼻歌を交えながら再び水やりに勤しむ。

 今まで花に水をやった事の無いジンは、本当は先程から何気に楽しんでいた。


「ジンも花を育てるのが好きなのか? 思いのほか楽しそうじゃないか。それに何だその歌は?」


「う、うっせぇよ! 気ぃ散るからお前ぇも早く戻ってろよ! ……いつまでんな荷物抱えたまま突っ立てるつもりだ?」


「あ、あぁ、そうだな。うむ、では自分も戻っているから引き続き頑張ってくれ」


 ジンと顔を合わせようとせず、ヘルメスはそそくさと病院の中に入っていく。

 少し様子のおかしいヘルメスを心配しつつ、ジンは鼻歌を再開させてアリスの育てた花に次々と水をやる。

 何かを壊すのではなく、育てるという行為にジンは気分を良くしていた。

 だからなのか、ルルに昔教えてもらった思い出深い歌を自然と口ずさんでしまうのだった。

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