3話:静かな幕開け
狂った錬金術フェイクに構築された偽人、ジンとヘルメスの出会い。
そしてフェイクの弟子であるオプリヌスの原点回帰を、ヘルメスが式崩しを構築して破壊した事。
ジンの右腕がヘルメスを庇う為に原点回帰で消えた事や、黒い歯車のせいで一つの村を滅ぼした事。
それら全てを聞かされていたアリスは真剣な表情で、重苦しい雰囲気を漂わせて口を開くのだった。
「――――よく聞けクソガキ。……確かに俺は禁忌、黒い歯車についてある程度の知識がある」
その発言に、ジンとヘルメスの表情が一気に晴れていく。
しかし。
「だが……いや、だからこそか」
元、ギリスティアの王従士であり、三英傑だったアリスの錬金術における知識は、他の錬金術師とは比べものにならない程なのだ。
禁忌に指定される黒い歯車についても、ある程度の知識は持ち合わせていた。
だからこそ。
アリスは知っている。
「あの馬鹿野郎、オプリヌスはフェイクの真似事で正義の鎧を改良して悪魔の鎧っつー式を新たに開発したみてぇだが……あれはそもそも黒い歯車とはまったくの別もんでなぁ」
先程叩かれた痛みを庇うように頭を両手で押さえて顔を伏せていたエリーゼも真剣な表情で顔を上げていく。
ジンとヘルメスは無言のまま息を呑んで、表情を曇らせながらアリスの言葉にひたすら耳を傾ける。
「超絶可愛いヘルメスの話と、俺の知ってる正義の鎧の特性から考えて……悪魔の鎧はあくまで鎧自体に人間の意思を操る式が組み込まれてやがる。直接、人間や偽人……生物を構築する式に刻まれる黒い歯車とは似て非なるもんだ。恐らく悪魔の鎧はその鎧を壊すか、外させる事で中の人間の意思を取り戻させる事も可能なはず」
だが、と。
少し間を空け、アリスは腕を組みながら静かに目を閉じ。
「……黒い歯車っつーのは存在そのものの式を崩さねぇように、緻密な計算や膨大な情報量を元にして無理矢理ハメるとんでもねぇ式だ。余程の錬金術師じゃねぇとまず構築すらできねぇ――――”それを外す事もな”」
アリスが一体何を言いたいのか。
ジンとヘルメスは不安が過ぎり、胸をざわめかせてしまう。
思わずジンは息を荒げ椅子から立ち上がり叫ぶ。
「ッ、……アンタ……凄ぇ錬金術師なんだろッ!? ヘルメスから聞いたぞッ!! あの三英傑だった程の実力持ってんだろッ!? なら……ならッ、そんなアンタなら黒い歯車も解けんじゃねぇのかよッ!!」
黒い歯車を解く方法を探し、一人で旅をしてきたジン。
いつ再びフェイクの従順な駒として利用されるかもしれないという恐怖と、今も黒い歯車のせいで犯した罪に苦しめられていたジンは。
オプリヌスから黒い歯車を解く方法を聞き出す事ができず激しく焦っていたのだ。
今となってはアリスという錬金術師だけが頼りだった。
「ジン……」
その緊迫した姿を見てヘルメスは何とかジンを沈めようと手を伸ばしてシャツの裾を掴む。
エリーゼも心配するように目を大きくさせていたが。
「無理だ。諦めろ」
目を閉じたまま、腕を組むアリスからジンの胸を抉る非情な言葉が短く告げられた。
「……ッ!!」
アリスは何も悪くない。
ジンもそれはわかっている。
だが。
それでも、ジンはどうしようもない絶望感からアリスを激しく睨みつけて歯軋りを立てていく。
その姿に見かねたヘルメスは表情を強張らせてシャツの裾を軽く引っ張り首を静かに横へと振る。
「……一旦冷静になれ」
「……っ、くそ……っ」
何とか込み上げてくる感情を抑えながら、ジンはヘルメスに促されて乱暴に椅子に座るのだった。
黙ってその様子を静観していたアリスは再び続けていく。
「悪魔の鎧程度なら俺でも簡単に解けるだろうよ。だが、黒い歯車ともなると話は別だ。アレは構築者によって式がまったく別のもんになる。この世にまったく同じ式で構築された生物が存在しねぇのと一緒でな。いくら解読眼を持った超天才の俺様でも不可能なんだよ。……テメェの黒い歯車を解けんのはこの世にただ一人。狂った錬金術師フェイクしか居ねぇ」
ジンに刻まれた黒い歯車を解けるのは狂った錬金術師フェイクのみ。
未だ尚、ジンはフェイクの呪縛から逃れる事ができない。
アリスの発言にジンは、眉間にシワを寄せ今にも泣き出しそうな程に表情を歪めていき。
「ちっきしょう……っ、結局……俺はあいつから永遠に逃げらんねぇのかよ……っ」
下を向いて恨めしそうにズボンの太もも部分を力強く掴んでいくのだった。
「でっ、でもマスタ~っ! 黒い歯車が解けなくてもマスターならジン君の腕ぐらいは簡単に構築してあげれますよねぇ~?」
エリーゼの発言に、目を閉じたままピクッと眉を動かして反応するアリス。
「そうだ……! 黒い歯車は解けなくても、師匠ならジンの腕は構築できますよね!? ジン! 腕を早く構築してもらって別の方法を何かまた考えれば良いじゃないか! いつまでも落ち込んでいては何も解決しないぞ?」
「……ヘルメス」
そう、ジンとヘルメスがアリスに会いにきた第一の目的は消えた右腕を新たに構築してもらう為。
偽人の研究もしていたアリスならばそれも可能なはずだとヘルメスも意気込んでいたのだ。
ヘルメスがジンの肩に手を回すと、ジンも徐々に顔を上げていく。
「確かに……俺様程の超天才錬金術師なら偽人の腕の一本や千本、余裕で構築できるけどよぉ……」
だがアリスは青筋をどんどん浮かばせて身体を震わせ。
目をカッと見開き。
「だが断るッ!!! 何が悲しくてこの俺がこんなクソガキの腕なんて構築しねぇと駄目なんだよッ!!! いい加減俺のヘルメスから離れやがれこの蛆虫がぁッ!!!!!」
「あんッ!?」
テーブル越しに、凄まじい殺気を放ってジンに掴みかかろうとするアリスだが。
「ちょ、師匠! またジンに乱暴する気ですか!」
「おほっ」
ジンを庇うようにしてぎゅっと頭を抱きしめるヘルメス。
心地良い胸の谷間に顔を埋められ、頬を赤くしながらその感触を愉しむジンの姿に。
「こ、このクソガキィィイイイイイイイイ」
アリスは目を血張らせてジンを殺そうと拳を大きく振り上げるが。
「はいはい~、駄目ですよ~マスタ~」
そんなアリスの腰に両手を回し、エリーゼは恍惚の笑みを浮かべてアリスの背中に頬ずりをしながら制止させる。
流石にエリーゼを突き飛ばすわけにもいかず、アリスは目の前の恨めしい光景に血涙を流して心の底から叫ぶ。
「おい離せエリーッ!! クソ……ッ!! よくも俺のヘルメスをたぶらかしやがって……ッ!!! 絶ッ対ぇテメェの腕なんで構築してやんねぇからなッ!!!!!」
黒い歯車が解けない挙句、このままではジンの腕まで構築して貰えなくなりそうになってしまう。
ヘルメスがジンを抱きしめながら口を開けてうろたえていると。
「お、おい、ジン……?」
ジンは今までのアリスを観察し、何となくその人間性を理解していた。
ヘルメスの胸の感触をもう少し味わっておきたい気持ちを何とか抑え、ヘルメスの手を押し退けて立ち上がり。
「ケッ! いい歳こいて、ガキみてぇにさっきから泣き喚きやがって……恥ずかしくねぇのかよクソジジイ」
「んだとゴラァッ!?」
エリーゼに腰を抱きしめられ、テーブルに乗り出したアリスを見下ろすようにして安い挑発をしだすジン。
今のアリスは目と声だけで人を殺せるのではないかと思えるまでに殺意に満ちている。
しかしジンはそれでもお構いなしに続けていく。
「自称天才錬金術師を名乗った所で、黒い歯車も解けねぇみたいだしなぁ? 実際、アンタ大した事ねぇんじゃねぇの? どうせ偽人の腕だって構築しねぇんじゃなくて、できねぇだけだろ?」
ジンはこうしてアリスに自分の腕を構築させようとしたが。
その安い挑発に、アリスの顔に浮かぶ大量の青筋から一筋の血飛沫が吹き出していき。
それは逆効果で終わってしまう。
「言葉には……気ぃつけろや……蛆虫。……テメェもテメェでいつまで俺に抱きついてやがんだぁッ!!!」
すると、アリスの両手から青白い光が溢れだす。
「れ、錬金術……!?」
恍惚の笑みを浮かべて涎を垂らしていたエリーゼがその瞬間――――壁へと急に吹き飛んでしまう。
「……へ? ま、マスター!? ぶげへぇっ」
加減はされていたようだが、アリスが瞬時に構築した錬金術によってエリーゼは情けない声をあげて壁へとぶつかり、丈の短いナース服から下着を露出させ、何故か恍惚の表情を浮かべたまま意識を失ったのだ。
「し、師匠いきなり何を――――な、」
怒り狂うアリスを止めようとヘルメスも立ち上がろうとするが。
「う……動け、ない」
アリスの両手から再び青白い光が溢れたかと思えば。
ヘルメスは身体が見えない何かに捕えられたように、椅子に座ったまま一切動けなくなってしまう。
「おい、ヘルメス!? ……クソジジイっ、妙な錬金術使いやがって! 一体お前ぇ何しやがった……」
いきなりの事態にジンが困惑していると。
「……この俺が……実際、大した事ねぇだぁ? ……よぉし。ならテメェごときでも理解できるようにじっくりと教育してやるよ。どうせ何回殺したとこで勝手に生き返んだろぉ? がはは、好都合だ。――――治してやる手間が省けるからなぁッ!!!」
アリスは拳をボキボキと鳴らしながら、顔を上に傾けて威圧的な視線でジンを見下ろす。
その殺意は尋常なものではない。
一般人ならばとっくに意識を失っているであろう。
「くっ、逃げろジン! 師匠は本気だぞ! というか二人とも止めろっ!」
身体が動かせないまま、冷や汗を垂らすヘルメスに。
ジンも応戦する気満々なようで身体を構えていき。
「へっ、心配すんな。こんな口だけジジイに俺は負けねぇよ!!」
目的をすっかり忘れてしまっているジンはギラついた表情で左手から、無数の原点の式の塊を一つの球体のように凝縮して出現させてヘルメスに微笑む。
ジンも本気でアリスを叩き潰すつもりらしい。
「がはははッ!! 安心しろ、世界の宝ヘルメスッ!!! ガキ相手に本気出すなんて大人げなくねぇ真似はしねぇよ。錬金術なんか使わず男同士、拳で語り合うだけだ。そう、これは教育だッ!!! 失礼なこのクソガキにちょっとばかし礼儀っつーもんを教えてやるだけだッ!!!」
只ならぬ殺気を放つアリスにどこがちょっとばかしなんだとヘルメスは心の中で呆れてしまう。
「ジンも師匠も争うのを止めろっ、ここで暴れる意味なんて無いではないか……。無益な争いなど自分が許さんぞっ」
殺し合い、真剣勝負を始めようとする二人の気迫はまさに本物。
だがアリスの構築した錬金術によってヘルメスの身体はピクリとも動かない。
このままでは、本当に二人は先程のように殺し合いをしてしまう。
そして遂に。
「上等だぁッ!! あんま俺をナメてんじゃねぇぞクソジジイッ!!!!!」
「くたばれクソガキがぁッ!!!!!」
「だ、だから止めろと言っているだろうがっ」
二人はこの居間で激しい戦闘を繰り広げてしまう。
ヘルメスはそれをただ見ておく事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぜぇ、はぁ、これで、丁度百回目だクソガキ……ま、参っただろッ」
宣言通り錬金術を使わずにアリスは既にジンを百回殺していた。
「ぐっ、はぁ、はぁ、まだまだ……そろそろジジイの身体にゃ厳しいんじゃねぇか、ぜぇ、」
そしてアリスはと言えばジンの凄まじい身体能力の餌食となり。
全身青あざを作り、足をガクつかせて立つのもやっとだった。
今のアリスの顔はとても見れたものじゃない。
「ヘルメス様~、媚薬入りの紅茶が入りましたよ~♪」
「ふむ、普通の紅茶に変えてください」
「えぇ~? とっても気持ち良くなれるんですよぉ~? 相変わらずヘルメス様はつれないですねぇ~……ちぇ~」
「だから昔から言ってるじゃないですか……。自分はそういったものは苦手だと……」
ヨロヨロの状態で戦い続ける二人の男達を背に。
目を覚ましたエリーゼと、アリスの錬金術が解けたヘルメスはすっかり午後のティータイムを嗜もうとしていた。
「はぁ、はぁ、少しは、やる、ようだな……だ、だが、へ、ヘルメスは、渡さ、ねぇ……ぞ、」
「だか、ら……、だ、誰も、んな、事、……言って、ね……」
そして、遂に疲れ果てた二人は同時に倒れ込む。
「あら~? ようやく終わりましたねぇ~。お二人ともお疲れ様ですぅ~♪」
媚薬入りの紅茶を普通のものに変えてこようと、カップを手にしたエリーゼは床に倒れて息を激しく荒げて汗まみれの男達に満面の笑みを向ける。
そして、そのまま居間を退出していくのだった。
「まったく……。二人共、もう気がすんだだろ? さぁ、まずはこの部屋を早く片付けてくれ」
姿勢を綺麗に正して、椅子に座るヘルメスはそんな二人に目も向けず溜息を零して呆れるのだった。
眼鏡を外し、エリーゼが用意してくれた眼鏡拭きでレンズを綺麗に拭いていると。
「はぁ、はぁ、そういや……ヘルメス」
呼吸がまだ整っていないアリスが、身体を大の字にして床に倒れた状態でヘルメスを呼びかける。
「……今度は何です?」
尊敬すべき師匠に、一切視線を合わせようとせず淡々と眼鏡のレンズを拭き続ける。
アリスはそんなヘルメスの態度に涙が溢れそうになってくるが。
「せ、せっかく帰ってきたんだ……挨拶ぐらい、しとけ。今なら……寝てる時間だろうが、声、かけてやれ、ぜぇ……」
その言葉に、思わずヘルメスはレンズを拭う動きを止めて表情を曇らせてしまう。
「そう……ですね。……無駄だとは思いますが。……少し、行ってきます」
明らかに様子がおかしいヘルメス。
その異変に気づいたジンだが、アリスと同じく息を荒げて床に転がったまま動けないでいた。
居間から自分を凶暴な中年男と一緒にして去るヘルメスを見送った後に、ふと口を開く。
「ぜぇ、おい、ジジイ……、ヘルメスは、はぁ、どこ行ったんだ?」
アリスは天井をジッと見つめ、ジンの質問に対してとても悲しそうに呟く。
「……”母親”んとこだよ」
ジンはそのアリスの言葉に疑問を抱き、天井を見つめたまま眉間にシワを寄せていく。
ヘルメスの話では、エーテル家の悲劇という事件によって家族を失ったと聞かされていた。
しかし。
「母親……?」
それはおかしな話だった。
ヘルメスが言っていた事と、ヘルメスの母親が生きているという事は辻褄が合わないのだ。




