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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
運命の歯車
16/80

13話:止められない歯車

 原点回帰リスタートを破壊し、オプリヌスを拘束してから数日が経とうとしていた。

 あれからヘルメスとリディアは災獣キメラの伝書鳩をすぐ呼び寄せ、一通の報告書を祖国ギリスティアへと送っていた。


「はぁ……まだ来ないのかしら? ねぇ、ヘルメス。あいつ……本当に大丈夫なんでしょうね?」


 数日前までオプリヌスによる悪魔スレイブナイト災獣キメラ、そして原点回帰リスタートと死闘を繰り広げていた研究施設。

 今ではヘルメス、リディア、オプリヌス、この三人以外は建物内に誰も居ない。

 そう、此処にジンの姿は無い。


「きっと……上手くいくさ」


 ジンがオプリヌスを殴り、気絶させた後。

 ヘルメスはジンにある提案をしていた。

 そしてジンはその提案を受け入れ、二人の前から姿を消していたのだ。


「ま、これ以上言うのも今さらね……。それに……こいつも大丈夫なのかしら」 


 リディアは一点先を見つめる。


「……」


 そこには鎖と手枷で厳重に拘束され、大人しく壁にもたれかかるオプリヌスの姿が。

 この拘束具はリディアが錬金術で構築したもので、オプリヌスは身動きが取れないでいた。

 何よりも。

 原点回帰リスタートを破壊され、ジンに現実を突きつけられた事でオプリヌスは失意のどん底に突き落とされ、抵抗する気配すら感じさせない。

 目覚めてからというもの、魂の抜け殻のように虚ろな瞳を浮かべ、一切何も話さない。

 ここ数日、一切食事も口にしないオプリヌスを、ヘルメスとリディアは心配していた。


「手段はどうあれ今までオプリヌスを動かしていた……大切な者を蘇らせるという唯一の行動原理が破壊されてしまったんだ、無理もないのかもしれない。同情の余地はあるかもしれんが……しかし、それでも。……オプリヌスはあまりにも多くの人々を犠牲にしてきた。その罪は償わねばな……」


 すっかりと抜け殻となったオプリヌスの姿は、とても居た堪れないものを感じさせる。

 それでも。

 オプリヌスはジンとは違う。

 狂気に堕ち、自らの意思で犯した数多くの非道は決して許されるものではない。

 王従士ゴールデンドールとしてヘルメスとリディアは、同情してはいけなかった。

 ヘルメスは残念そうに溜息を吐き、オプリヌスを見張りながら王従士ゴールデンドール達の到着を待っていた。


「報告書は既に届いているはずだ、もうそろそろ此処に到着する頃だろう。……あとは三英傑ゴールデンアナイトにオプリヌスを引き渡せば今回の任務は終了する。さて、誰が来るか……」


 三英傑ゴールデンナイト

 その単語を聞くと、リディアは唾を呑み視線を床に反らして緊張を見せる。

 すると、窓際から何やら物音が聞こえてくる。


「む。どうやら来たようだぞ」


「えぇ……」


 二人は急いでその様子を伺いに、窓へと足早に近づいていく。

 窓から、一台の馬車が研究施設の前に停まったのを確認する。


「……さて、誰が来たんだろうな」


 遂に王従士ゴールデンドール達がこの研究施設に到着した。

 ヘルメスは腕を組み、眼鏡越しに馬車を注意深く見つめる。

 すると、四人の人間が馬車から降りてきた。


「げっ」


 リディアは思わず顔をしかめ、青ざめてしまう。

 三人の王従士ゴールデンドールと一人の三英傑ゴールデンナイトの姿が確認できた。

 しかし、その内の一人はヘルメスとリディアが苦手とする人物だった。


「よ、よりによって”コルネリウス”じゃない……。最悪ね……何でわざわざ三英傑ゴールデンナイトのトップが来んのよ……」


「まぁ……オプリヌスは禁忌である原点回帰リスタートを構築しようとしていたしな。それにあの後、確認してみたんだが……悪魔スレイブナイトの中にはギリスティアの王従士ゴールデンドールも居た。その事からコルネリウス様が来られるのも妥当な判断だと思うが……」


 ギリスティアの王従士ゴールデンドールを束ねる存在、三英傑ゴールデンナイト

 その中でも最も権力を持つのが”ハインリヒ・コルネリウス”と呼ばれる男性だった。

 ハイリンヒは王従士ゴールデンドールでありながら、慈愛王ミストレア=サールージュの側近にまで上り詰めた程の存在。


「まさかここで一番のハズレが来てしまうとは自分も運が無いな……仕方無い。リディア、コルネリウス様達をお出迎えしてきてくれないか?」


 窓際から腕を組んでリディアに振り向くヘルメス。

 しかし。


「な、何で私なのよ!!」


 それに対してリディアは、身体をビクッとさせて意を唱える。


「……自分が行っても無視されるのが関の山だろ。あの方は昔から自分の事が嫌いなようだからな……」


 国を第一に考えるハイリンヒは、ギリスティアにとって国宝と呼ぶべき現代のアンチスミスと称されるヘルメスの父を失い、その責任がヘルメスにあると知るや風当たりを強くしていた。

 ミストレア=サールージュがヘルメスを王従士ゴールデンドールへ迎え入れようとした時など一国の王にすら猛講義を唱えていた。


「う、うぅ、わかったわよ……」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「この部屋か、リディア=エーデルソン」


「は、はひっ! こ、こ、こちらでございや、ますっ!」


 過度な緊張により、噛み噛みで受け答えするリディアが、ハイリンヒを誘導して部屋の前に訪れていた。

 ヘルメスとオプリヌスの居るこの部屋の扉が開かれる。


「ごほん」


 外から聞こえるハイリンヒの重苦しい声に、ヘルメスも部屋の中で姿勢を正して緊張している。

 そして、扉は静かに開かれ。

 先陣を切って入ってきたのはハイリンヒ。


「……」


 三英傑ゴールデンナイトのみ着用を許された純白を基調とした金色装飾が施されたコートを羽織い、冷たく鋭い眼光でヘルメスに視線を向ける。

 厳格な雰囲気を漂わす三十代後半の男性。

 過度なストレスで後退した白髪を綺麗に七三に分けている。

 ハイリンヒはいつものように眉間にシワを寄せてとても不機嫌そうだった。


「お、お久しぶりでございますコルネリウス様。えと……あの、他の王従士ゴールデンドール達は一体どこへ?」


 後ろで手を組んで、足を僅かに開いて深々とお辞儀するヘルメス。

 しかし、部屋へ入ってきたハイリンヒと、その背後で緊張するリディアの姿しか確認できない。


「……ふん」


 だが、ヘルメスの問いに対してロクな返答は帰ってこなかった。

 ヘルメスの言葉は軽く無視され。

 そのままハイリンヒは両腕を後ろに組んで、ブーツを規則正しく鳴らしてオプリヌスの元へと移動していく。

 こうしてヘルメスが三英傑ゴールデンナイトであるハイリンヒと直接会う事は滅多にない。

 最後に会ったのはもう数年前の事だ。

 

「ほ、他の王従士ゴールデンドールにはこの研究施設を見張らせたり探索させているそうよ……」


 扉の近くで止まっていたリディアが、頭を下げたままのヘルメスに近づいて小声でそう告げる。

 この研究施設にはオプリヌスの研究資料も山のようにあり、それを全て押収するらしい。


「ヘルメスの事を無視して……ホント、むかつくわ、あのジジイっ」


「あ、あはは……」


 姿勢を正したまま、顔を上げてリディアに苦笑するヘルメス。

 昔からヘルメスへの風当たりを強くし、偉そうな態度をとり続けるハイリンヒがリディアは気に喰わなかった。

 ハイリンヒの死角を利用し、舌を出すリディアの肩を優しく掴んでヘルメスはそれを止めさせる。


「……久しいなオプリヌス=ハーティス。貴様がギリスティアから姿を眩まして以来だな」


 ハイリンヒは侮蔑を込めた瞳でオプリヌスを冷徹に見下す。

 だが、やはりオプリヌスは虚ろな瞳のままハイリンヒを前にしても反応を示さない。

 腰をゆっくり下ろし、ハイリンヒはオプリヌスと目線を合わせる。


「ふん、ずいぶん淀んだ目をしている。これが悪魔に魂を売った人間の目か。何とも滑稽だな、こうはなりたくないものだ。しかし……いつまで、だんまりを決め込んでいるつもりだこのクズめ……ッ」


 乱暴にオプリヌスの髪を掴み上げ、ハイリンヒは鋭い眼光で睨みつけながら拳を振り上げた。

 それを見たヘルメスは慌てて口を開く。


「あ、あのお言葉ですがコルネリウス様! 今、オプリヌスはとても会話ができる状況では――――」


「黙れ、ヘルメス=エーテル」


 背を向けたまま、ハイリンヒの重苦しい声はヘルメスに放たれる。

 その一言で、ヘルメスの言葉は遮られてしまう。

 あまりにも威圧的なその声に、リディアは泣き出しそうになりながらヘルメスの腰に両手を回して隠れた。

 ヘルメスはまるで自分ごときに発言権は無いと宣言された、そんな気持ちだった。


「申し訳……っ、ありません……っ」


 両手の拳を強く握り締め、歯を食いしばりながら、俯いてその顔を隠すヘルメス。


「……ふん」


 一切反応を示さず、苦痛の声すら洩らさない今のオプリヌスはまるで人形のようだった。

 ハイリンヒもこれ以上は無駄だと判断し、オプリヌスを乱暴に床に投げつけて静かに立ち上がり。

 そして二人に背を向けたまま再び腕を後ろに組み直す。 


「あの報告書に目を通したが……リディア=エーデルソン。あの式崩しを構築して原点回帰リスタートを破壊したというの事実なのか?」


 あくまで式崩しを構築したヘルメス本人に質問するのでなく、ハイリンヒはリディアに対して質問を始める。

 その態度が気に入らないものの、リディアはヘルメスの顔を伺い、ヘルメスが無言のまま頷くのを確認すると代わりにその質問に答える事に。


「は、はい……確かにヘルメスが式崩しを構築しました。原点回帰リスタートの破壊はヘルメスの解読眼デコードで確認もしました」


 何とか噛まないように頑張り、更にヘルメスの功績である事を強調するリディア。


「……式崩しを構築したなど俄かに信じがたい事だが、まぁ、今は良い。それよりも――――」


 今回の任務、それはオプリヌスの逮捕及び、原点回帰リスタートの完成を阻止する事。

 そして――――


「賢者の石はどこだ」


 ギリスティアの王従士ゴールデンドールも、原点回帰リスタートの完成にはその核となる賢者の石が必要である事はわかっている。

 ならば、原点回帰リスタートを完成させようとするオプリヌスが、何らかの手段で賢者の石を手に入れている可能性が高いと見ていた。


「……」


 賢者の石といえば伝説の錬金術師、アンチスミスの遺産。

 全ての原点であるコードを無限に生み出す永久機関、その使い道は多用であり。

 オプリヌスのように、悪しき錬金術師に利用されればその存在は一気に世界の脅威となりうる。


「世界の平和だけでなく、我がギリスティアの更なる発展の為にも賢者の石の回収は絶対だ。さぁ、どこにあるんだ、早く答えろ」


 ヘルメスとリディアの額から汗が零れ落ちる。

 当然、賢者の石の所在について追求される事は予想していた。

 しかし、ヘルメスはジンを信じてある提案をしていたのだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 時はジンがオプリヌスを気絶させた頃に遡る。


「そうやって俺にわざわざ聞いてくる辺り嫌な予感しかしねぇんだけど……何考えてんだアンタ」


 ヘルメスはジンの今後について聞いていた。

 本来ならば王従士ゴールデンドールとして、賢者の石を媒体として狂った錬金術師フェイクに構築された偽人ホムンクルスなど問答無用で国に連行すべきなのだが。


「フフ、いや、実はな……君に恩返しがしたいんだ」


「……は?」


 とてもジンには理解できない発言だった。

 ヘルメスはゆっくりとジンに近づき、ジンの肩に両手を乗せて凛とした表情で言う。


「もしもジンに出会えていなければ原点回帰リスタートの破壊や、オプリヌスの逮捕はできなかったかもしれない。それに自分やリディアは無事では済まなかったはずだ……」


 会ったばかりの自分達に協力し、助けてくれたジンに、ヘルメスは心から感謝していたのだ。


「式崩しもそうだ……ジンの言葉がきっかけで自分は父様の言葉を思い出す事ができた」


 ジンは戸惑っていた。

 肩に感じる温もりに。

 そして、自分に感謝するヘルメスに。


「……結局アンタが勝手に構築しただけじゃねぇか。……俺は何も関係ねぇよ」


「フフ、そうか? ……それに、ジンは右腕を犠牲にしてまで自分を守ってくれたじゃないか」


 ヘルメスは申し訳なさそうに、ジンの右腕があった部分に視線を向ける。 

 式崩しを外し、絶望して動けなかったヘルメスを原点回帰リスタートから庇う為にジンが失った右腕。

 本来なら賢者の石によってすぐに再生されるはずだが、原点回帰リスタートのせいでジンの右腕はもう再生しない。


「ケッ……これぐらい。消えた部分の根元だけは再生されたみてぇだしもう血も出てねぇ、痛みもとうに消えてるっつーの」


 それでも、ジンの右腕はヘルメスのせいで失った事実は変わらない。

 ヘルメスは王従士ゴールデンドール以前に、一人の人間として責任を感じていた。


「……王従士ゴールデンドールとしてその行動が間違っていたとしても、結果的に陛下を裏切る事になっても――――自分は困ってる人間、偽人ホムンクルスも放っておけない性質なんだ」


 そう、それがヘルメス=エーテルという少女。

 とても強い信念を秘めた瞳でジンを見つめ、微笑むヘルメス。


「フフ、自分の信条は曲げる事ができない、……そんな不器用な女なんだ自分は」


 ジンはこの恩人にとても雰囲気が似ている少女に、呆れされてばかりだった。

 だが、何故か悪い気はしない。

 そして、ヘルメスはジンの肩から両手を離し。

 くるりと回って、背を向けて提案する。


「ジン。――――自分と一緒に師匠の所まで来い」


 それはあまりにも一方的な提案だった。


「……はぁ!? な、何で俺がアンタの師匠とやらの所まで行かなきゃならねぇんだよ」


 手を後ろに組んで背を向けるヘルメスに、ジンは慌てて説明を求める。


「前にも言ったかもしれないが自分の師匠は生物に関するコードに長けている。師匠は災獣キメラ偽人ホムンクルスの研究もしているからジンの右腕もきっと何とかしてくれるはずだ。……というか拒否するなよ? このままでは自分の気が済まないんだ。フフ、どうしても嫌だと言うならばこのままギリスティアに連行するぞ?」


 笑顔で振り向き、そう強要してくるヘルメスにジンは開いた口が塞がらなかった。

 そして、ヘルメスは急に申し訳そうな表情になって続ける。


「それに……結局、手掛かりは掴めなかったんだろ?」


「う……っ」


 オプリヌスは狂った錬金術師フェイクの居場所をどうやら知らないようだった。

 それに、スレイブ歯車ギアを解除する方法を知っていたとしてもあの様子ではそれを聞き出す事はとても難しく思えた。


「師匠なら……もしかするとスレイブ歯車ギアについても何か知っているかもしれない。来て損は無いと思うんだが……どうだろう?」


 確かに元、三英傑ゴールデンナイトだった程の錬金術師ならばスレイブ歯車ギアについて何か知っているかもしれない、ジンもそう考えてしまう。


「アンタ……本当に俺を連行しなくて良いのかよ」


 ズボンのポケットに手を仕舞い、真剣な口調で聞いてくるジンに。

 ヘルメスは後ろで組んでいた手を解き、ジンに握手を求めるように手を差し伸べる。


「フフ、何度も言わせるな。自分は命の恩人である君に恩返しがしたいんだ。ただ……もし腕が直ってスレイブ歯車ギアが解除できたら一度、ギリスティアに来てくれないか……? 決して悪いようには自分が全力でさせない。もしそうしてくれるとオプリヌスを逮捕し、原点回帰リスタートを阻止し、賢者の石を回収するという命令も達成できて自分も非情に有難いんだが……。まぁ、どうしても気が進まないようなら途中で自分を気絶させて逃げてくれても良いぞ……」


 何故そこまでしてくれる。

 ジンには理解できなかった、だが。


「わーったよ……」


 ヘルメスの差し出す手を握り締め、その提案をジンは了承した。

 この少女なら信じられれる、既にそう思わせてくれていた。

 ギリスティアに行く事は抵抗を感じるものの、それはまた後で考える事にする。

 だが、今は。


「フフ」


 もう少し、このヘルメスと行動を共にする事でジンは恩人の懐かしさに浸っていたかった。


「流石に腕一本無ぇと色々面倒だしな……。俺としてはスレイブ歯車ギアが解除できりゃ何でもいい。それにアンタの料理もまだまだ喰い足りねぇしな」


「あぁ! 任せてくれ! ありがとうジン!」


 こうしてジンは、オプリヌスとリディアが目を覚ますより先にこの研究施設を逃走したという形で一旦、ヘルメスと別れて去って行った。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「あの、賢者の石ですが……それが、その。オプリヌスは持っていませんでした……。賢者の石が一体今どこにあるのか自分達にはわかりません……」


 ヘルメスは嘘を何一つ吐いていない。

 オプリヌスは賢者の石を持っていなかった、ジンは後でヘルメスと合流するが今どこに居るのかはわからない。

 だが、ハイリンヒはこのヘルメスの返答に怪訝な表情を浮かべていた。


「……本当なんだろうな、リディア=エーデルソン」


 鋭い眼光がリディアに向けられ、思わずビクッと身体を震わせてしまう。

 リディアはヘルメスがジンを一旦逃がしたいう気持ちを渋々受け入れたが、ここにきて激しく後悔してしまう。

 今、自身に向けられるハイリンヒの疑心の目はとても恐ろしいものだった。

 だがここで親友の気持ちを無下にする事もできず、必死にその恐怖と戦う。


「は、はいっ! へ、ヘルメスが言う通りオプリヌスは賢者の石を持っていましぇ、いませんでしたっ!!」


 最後の方を少し噛んでしまったがそれも仕方ない。

 そして、ハイリンヒは鋭い視線をヘルメスの瞳に合わせる。


「……」


 ヘルメスはハイリンヒから決して目を反らさず、凛とした表情を保っていた。

 二人の間にしばらく沈黙が流れると。


「ふん……やはり、直接このクズに聞くしかあるまい。仕方無い、リディア=エーデルソン。貴様は今回の重要参考人として今すぐ私とギリスティアに帰国してもらう」


 今の現状ではオプリヌスはとても喋る事すら出来ない状態だった。

 すぐにギリスティアに帰国し、ハイリンヒは精神関係に優れた王従士ゴールデンドールにオプリヌスを治療させ、賢者の石などについて尋問するつもりなのだ。


「り、了解ですッ……って、あれ? あの、重要参考人って、もしかして……私だけですか?」 


 自分の顔に指を差し、驚くリディアだった。

 しかし、ヘルメスは安堵していた。

 これで任務が終わったヘルメスは、ジンを連れて師匠の元に行けると。

 だが、


「黙って早く帰国の準備をしろ、リディア=エーデルソン。それと――――ヘルメス=エーテルには新たな任務を言い渡す」


「な、も、もうですか!?」


「……ふん、この様な状況だからこそ事を急ぐのだ。ただでさえ狂った錬金術フェイクの捜索で人員不足だ。休んでいる暇なんぞ無いと思え」


 新たな任務。

 まさかここまで早く次の任務を与えられるとは思いもしなかったのでヘルメスは焦っていた。

 これでは真っ直ぐ師匠の元に行けなくなってしまう。

 だが、ハイリンヒから与えられる新たな任務はヘルメスにとって好都合なものだった。


「これから我々はギリスティアに帰国し、このクズの口が利けるようにする。だが万が一の事を考え、貴様の師匠……”アリス=テレス”の力が必要になるやもしれん。奴をギリスティアに連れて来い」


 ヘルメスの師匠。

 アリス=テレスは人間を構築するコードに精通している。

 ハイリンヒはもしもの事を考え、オプリヌスの治療にアリスの力を利用しようとしていた。

 

「師匠を……ですか?」


「何度こちらから通達を試みても一向に連絡が無い、……貴様が仰げばあの大馬鹿者も動くやもしれん。……何を呑気に隠居生活に浸っておるんだ奴は。……良いか、必ず連れ戻せ。行くぞ、リディア=エーデルソン。……ただでさえ人員不足だといのに奴ときたら……」


 ぶつくさ文句を呟きながらハイリンヒはオプリヌスの肩に手を回して持ち上げ、そのまま部屋を後にしていく。

 二人はハイリンヒの姿が見えなくなるとようやく緊張が解け、深い溜息を吐きだす。


「……いくらあんたの頼みでもあの人が王従士ゴールデンドールに協力するとは思えないわね」


「あぁ……師匠は今のギリスティアや王従士ゴールデンドールに不満を抱いているからこそ王従士ゴールデンドールを抜けたからな……」


 新たな任務は今回以上に大変なものになるかもしれない。

 ヘルメスは肩をすくめて困った表情を浮かべていた。


「ま、でも良かったんじゃない? これで予定通りあいつを連れてテレスさんの所に行けるわけだし?」


 ヘルメスの背をポンと叩いて激励するリディアに。


「何をしている早く来いリディア=エーデルソンッ!!」


「は、はい、ただいまッ!!!」


 部屋の外から聞こえるハイリンヒの叫びに、ピンと背筋を伸ばして大きく返事をするリディア。

 そして、すぐに後を追いかけようとヘルメスにしばしの別れの挨拶をする。


「じ、じゃあ私はギリスティアに帰国するけど……あんたも早く戻ってきなさいよねっ」


 災獣キメラに追われていた時のような形相で、慌てて部屋から出て行くリディア。


「あぁ、今回は同行してくれてありがとうリディア。本当に助かったよ。ギリスティアに帰国したら何か礼をさせてくれ!」


 その言葉に、一瞬リディアの身体が硬直する。


「お礼……? ぐふ、うふふふ、た、楽しみにしてるわ! じゅるりっ、じゃ、じゃぁね」


 リディアは緩みきった表情で、何故か涎を垂らしていた。

 腕の裾で涎を拭って、ヘルメスとの別れを名残惜しそうにして、リディアもこの部屋を退出していった。

 微笑みながら手を振ってその姿を見送り、ヘルメスもジンと合流すべく動き出す。


「……さて、自分も行くか。……あ。し、しまった! ……馬車に乗るお金が……くっ!! ……あ、あのコルネリウス様っ!? け、経費の事でご相談がっ!!」


 必死に部屋を飛び出したヘルメスは、何とかハイリンヒから片道分のみの金を経費として貰う事に成功したが。

 ヘルメスが必死に頼み込む姿を見て、リディアはとても切ない気持ちになったという。

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