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一日二日一話

14/01/20 あの世の薬局で

作者: 熊と塩

 総合風邪薬がおよそ百種類、頭痛薬が六十種類、水虫の塗り薬がおよそ三十種類。他にも湿布薬やらニコチンパッチやら、シリアルやら生活雑貨やらが、棚にずらりとひしめき合っている。

 若い男がやって来て、商品棚の並ぶ店内を見渡しながら真っ直ぐ会計カウンターへ向かい、スマートフォンを弄っていた店員に尋ねた。

「どうして薬局が?」

 訊かれた方の男性店員は画面から目を離し、お前は何を言っているんだとでも言いたげな仏頂面で男を見返した。

「薬を売るためですよ」

「いやそうじゃなくて。だってここは、ほら……あの世でしょ?」

 そう、ここは死後の世界である。男も先頃、仕事からの帰宅途中にスクーターで転倒し、運悪く縁石に頭を打ち付けて、つまらない死に方をしたばかりなのだった。

 店員は呆れた様子でスマートフォンを投げ出して、カウンターに両手を突いた。

「そうですが、『あの世』というのは生前の観点での話であって、今はここが『この世』ですよ」

「いやだからね」

 そういう事を訊いているんじゃないのだと、男は頭を掻き毟った。

「死んだ人間も病気になるのかって事をね」

「病気の気は気持ちの気です。気持ちがあるんだから病気にもなりますよ。ご生憎ですが気持ちを盛り上げる薬は取り扱っておりません。落ち着けたいなら向かいのタバコ屋にどうぞ」

 ああもう、と男は地団駄を踏んだ。男はやや短気な性質で、早く帰りたいが為に右折時にスピードを緩めなかったのだから、文字通り命取りになった訳だ。

「じゃあ何? 死んでも病気になるなら、腹も減るし小便もするし、最後はまた死ぬって事?」

「生がイチで死がゼロなら、死人が死んだらマイナス・イチですか。それってどんな状態です? まあ、気持ちの問題です。病気だと思えば病気だし、薬が効くと思えば効きます。プラシーボ効果みたいなモンです。だから病院は無いけどカウンセラーは居ます。紹介しましょうか?」

「……正直欲しいけど結構。天使に精神鑑定されるなんて気が狂いそうだ」

 男はカウンターに突っ伏し頭を抱えた。店員は眉をしかめる。

「彼は天使なんかじゃありませんよ。生前しっかりした免許を取ったプロです。九十二歳で老衰死したものでたまに何を言っているのか解りませんが」

「おいちょっと待てよ」

 男は顔を上げて、店員のバッジを指差した。そこには大きく薬剤師と書かれている。

「じゃあ何だ、あんたも死人?」

「いいえ? かと言って、天使でもなければ仏でもありません」

「じゃあ何なの」

「まあ、死後の世界の何かしらのアレです。ここ、第三無宗教者用死後世界なので」

「何それ」

「各宗教毎に別にあるんです。でないとすぐ人口過密に陥るし、戦争が起きてマイナス・イチが大量発生する事になりますから」

 ちなみに無神論者は世界規模で見るとマイノリティーなので、専用の世界はまだ少ないのだと補足した。

「頭が痛くなってきた……」

「頭痛薬はあちらです」

 店員は棚の方を指差してから、またスマートフォンを手に取った。

 男はとぼとぼと棚に向かい、ついでに近くにあった栄養ドリンクを取って戻った。

「じゃあこれをくれ」

「どうぞ」

 店員は会計を始める素振りも無く、スマートフォンを弄っている。男は暫く待ってみたが、何も無い。そしてとうとう怒鳴った。

「おい、何なんだよ、いくらだ」

「ですから、どうぞお持ち下さい」

「金はかからないのか」

「そういうシステム、無いので」

 男はうんざりした。しかし、無宗教者があの世のアレに天使や仏様の様な優しさを求めるのは些かおかしな話であると思って、諦めた。

「じゃあさ、他にも何かある?」

「ご覧の通り沢山ありますけども。何をお求めです」

「そうだな……じゃあコンドームは?」

 別に何の気無しに尋ねた。ただ退廃的な気分だったのである。けれども店員は即答した。

「ありますよ」

 カウンターの下に手を伸ばし、細長い箱をとんと置く。

「おい、おいおい。あるのかよ。まさかあの世でも妊娠するのか」

「する訳ないでしょう。死人の間に出来た子供をどう解釈すると言うのです?」

「ああ、そうだろうね。だったら避妊具なんか必要ないだろ」

「気持ちの問題です。着けてしないと落ち着かないというお客様もいらっしゃいますし、妊娠した気になってしまう事も──」

「待て」

 男は手を出して店員の言葉を止めた。

「まるで妊娠が病気みたいに言うじゃないか」

「違いますか? リスクだと捉えて回避しようとするなら、病気でしょう」

 男は溜息を吐き、未だに倫理や慈愛を期待していたのが愚かだったと後悔した。

 頭痛薬と栄養ドリンクとコンドームとをひったくり、出入り口に向かって行った。だがふと足を止めて振り返った。

「さっきから何やってるんだ」

「ツイッターですが? いい夜を」

 男はまるで強い酒でも呷った様な顔をして薬局を出ると、その場で頭痛薬を一箱分飲み下していった。

 男が去った後で、店員はニヤリと笑った。別に男をからかったのではなく、猫の画像のリツイートを見たからだ。

 そこへ新しい客が来店した。若い女である。女はカウンターに歩み寄って尋ねた。

「妊娠検査薬はある?」

 店員は無表情に即答した。

「ありますよ」

一日二日一話・第十五話。

「あの世は年寄りばっかりで退屈だろうな」と思って、熊さんの思う面白いあの世を書いた思い付き。


ちなみに第八十四まであるキリスト教用あの世では宗派の違いによる争いが社会問題化していて、

最後の女の死因は男にフラれたショックでの服毒自殺。

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