静かなる憎しみ編2
旦那は会社の付き合いだからとゴルフを始め、休日は家にいない日々が続いた。
それだけならまだしも、家の貯金を卸し、高価なクラブを私に内緒で購入していたのだ。
堪り兼ねて私は旦那に言った。
「私は節約して、家計を遣り繰りしてるんです。少しは自重なさったら?」
「俺が稼いだ金だ。俺がどう使おうと勝手だろ!」
旦那の返しに、呆れてものも言えなかった。
ドラマみたいなことが、現実にもあるのだと……。
このことがあってから、余計に夫婦の溝は深まった。
『もう死にたい……。人生なんてこんなものなのか』
私は徐々に笑顔を忘れ、人と接するのが億劫になっていった。
今思えば、軽い鬱 状態だったのかも知れない。
しかし、鬱が認知されていないこの時代、私はひたすら自分のことを責め続けた。
それでもやっていけたのは、長男正弘がいたお陰である。
◇◇◇◇◇◇
正弘が五年生の時、授業参観があった。
ただの一度も、出たことのない旦那に出てはどうかと聞いてみた。
「その日はゴルフの接待なんだ。お偉いさんの付き合いだ。どうしても外せん、悪いが、お前が行ってくれないか?」
いつだってそう。自分のことばかり考えて、家族のことは二の次。
そんな思いが参観日に発表した正弘の書いた作文にも表れていた。
『僕のお父さん 僕のお父さんは、たいてい家にいません。仕事がいそがしからじゃなく、ゴルフばかりしているからです。
自分は遊んでばかりいるのに、僕には勉強しろ勉強しろと、うるさく言ってきます。そんなお父さんが僕は大きらいです』
私は父兄の前で、恥ずかしさより、悲しさの方が大きかった。
子供は子供なりに見ている、私は自分の不甲斐なさに肩を落とした。
家に帰ると正弘は私に何か言われるのではと、ビクビクしていた。
本来なら『何であんな作文書いたの!』と叱る所だが、私は正弘を抱き締め『ごめんね』と涙を流しながら何度も謝った。
そんなやり取りを息子としていると、険しい表情をしながら旦那が帰ってきた。
「お帰りなさい」
私がそう言っても旦那は無言のまま、リビングにあるソファーに腰を据える。
どうやらスコアが良くなかったらしい。ムスッとした態度の時は大抵そうだ。
実に分かりやすい。
私は虫の居所が悪い旦那から逃げるように、キッチンに避難した。
「何だ、それは! 見せてみろ」
キッチンからリビングを覗くと、正弘の持っていた作文を見せろと言っている旦那の姿が見えた。
私は背筋が凍るような感覚に陥り、リビングへ戻った。
「イヤだ、見せたくない」
正弘は必死に抵抗し、作文をぐちゃぐちゃに丸めた。
「親の言うことが聞けないのか!」
旦那は正弘に向けて、拳を振り上げようとしていた。
「あなた、落ち着いて。それは失敗した作文らしいの。だから、私も見せてもらってないわ」
旦那の拳は徐々に力を緩め、腕は定位置に戻ろうとしていた。
「お前がそう言うなら、仕方ない」
私の咄嗟の嘘で、その場は切り抜けた。
もし、作文が旦那の手に渡っていたら……考えただけでもゾッとする。




