3.日下部さんは女性に人気があるよね…
3.日下部さんは女性に人気があるよね…
隣の座席には幕の内弁当とお茶が積まれている。ボクは一人で弁当を食べている。向かい側には若いアベックが座っている。ボクの方を見てヒソヒソ話をしながらクスクス笑っている。
「良かったらどうですか?」
ボクは弁当を勧めてみる。
「いえ、けっこうです」
そりゃそうだ。ボクは仕方なく弁当を3つ食べた。けれど、それ以上はもう無理だ。
今回の温泉旅行のメンバーは9人。少し遅れて後から電車に乗った僕と雫さんのために、先に電車に乗った他のメンバー達は乗ると同時に4人掛けの席を二つ確保してくれていた。つまり、8人分の席は確保してくれていたということだ。けれど、メンバーは9人。弁当を買いに行かされたボクだけが別席になった。
後ろからは楽しそうな会話が聞こえてくる。既に宴会が始まっているようだ。ボクは腹がいっぱいなのと、精神的に少し疲れたのとでしばらくゆっくりしたいと思った。一人で違う席に座ったのはかえってありがたかった。
いつの間にか眠ってしまったらしい。ボクは肩を叩かれて目を覚ました。
「ねえ、そこの荷物、網棚に上げちゃわない?」
雫さんだ。缶ビールを両手に持っている。ボクは弁当を網棚に上げると、席を移った。雫さんはボクの横に座ると、缶ビールを1本ボクに寄越した。
「お疲れ!」
ボクは雫さんと缶を合わせると一口ビールを口にした。
「さっきの弁当代は後で回収してやるよ」
「いいですよ。気にしてないですから。それに、3個食べちゃったし」
「へー、日下部さんはお金持ちなんだね」
「そんなこともないですけど」
「電車の旅っていいよね」
「そうですね」
「ねえ、このまま二人だけでどこか行こうか?」
「えっ?」
「冗談だよ。日下部さんって、どれだけ真面目なの?」
「雫さん!」
ボクが窘める様に言っても雫さんからは返事がなかった。いつの間にか静かに寝息を立てている。この旅行のために無理して仕事を片付けたのかもしれない。
前のカップルが小田原で降りると、そこにまゆさんと香穂里さんが移って来た。
「あれっ?」
ボクが驚いた表情をすると、まゆさんが言った。
「賑やかで楽しいんだけど、あの二人にはついて行けないわ。ちょっと気分転換したくて」
「そうなの。私もあまりお酒を飲める方ではないので」
香穂里さんも同じように気分転換したかったのだと言った。二人が抜けたところには美子さんが座っているようだ。
「今日はどんなところに泊まるんですか?」
まゆさんに聞かれてボクはホテルのパンフレットを取り出した。
「わあー!素敵なお宿ね」
「どれどれ」
香穂里さんもパンフレットを覗き込む。
「部屋割りはどうなってるの?」
「一応、男女別だよ」
「そんなの当り前よ」
まゆさんが真顔で突っ込む。
「たぶん、このメゾネットタイプの5人部屋が女性の部屋。ボクたちはこの離れの部屋だと思う。食事は別席になるので、その後の部屋呑みはボクらの部屋の方になると思う」
「部屋呑みって…。私たちはしないわよ」
「うん。まあ、普通はそうだね」
「りったんが心配?」
「いや、律子さんよりもむしろ…」
ボクはそう言いながら、後ろの席を気にするそぶりをした。
「河さん?確かにお酒は好きそうだけれど」
「それから…」
ボクの肩に寄り掛かって眠っている雫さんをチラッと見た。その仕草で雫さんは目を覚ました。
「あれっ?みんなどうしたの?」
「うん、ちょっと幹事さんに色々と聞いていたのよ。今日のホテルのことだとか」
「そうか!そう言えば私も日下部さんに任せっきりで何にも知らないや。それで、私と日下部さんのお部屋はどこ?」
「雫さん!」
「はい、はい。冗談ですよ」
「日下部さんは女性に人気があるよね…」
ボクと雫さんのやり取り見ていたまゆさんがぼそりと呟いた。