筆頭近衛騎士と皇姫殿下
某所で感想をいただいたし、気分がノったので続きを投稿
またいろいろ修正はするでしょうけど。
2013/4/20 設定変更に伴い所属名と意匠を変更
2013/5/09 一部修正
2014/04/22 誤字脱字ルビ細部修正
「天塔騎士だと……!?」
アフィーナは絶句した。目の前の小娘――妹より少し幼いくらいの少女――それが、天塔騎士の第八位を名乗るというのが信じられなかった。
もう一人居た妹のことなど、まるで思い出さなかった。それは家族の中では完全になかったことになっている。
帝国貴族の中でも代々宮廷魔術師長を輩出するゴルド侯爵家に、魔法が使えぬ子供が出るはずがない。
家族全員がそう強固に信仰していたために、思い出すことはない。
「なにをバカなっ……蛮族の小娘ごときが吹かすな、その名はそれほど軽いものではないぞ?」
「これ以上、愚弄するならばその言、正式に報告させていただきますが。グランリア魔法帝国近衛騎士さま?」
フェテリシアはめんどくさくなって権威を持ち出す。
(元姉さまって……こんなにバカだったの? 実力差も読めないどころか、なんにも見ていないのはダメダメでしょう……)
正直に云って、フェテリシアは元姉が愚かだと思ったことがない。
いつも気高く、かっこよくて強い姉さま。幼いころからの印象をずっと持っていた。
見捨てられ、助かった直後くらいは『たかが魔法が使えないくらいで』と家族全員を憎悪した。
強くなろうとしたのは間違いなく復讐が原動力だった。
でも、遥かに強くなり、世の中のいろんなことを知った今ならば――そんな単純なことじゃなかったと理解していたつもりだった。
大帝国を支える名門としての重責を考えれば、汚点となる子供を見捨てるのも仕方がなかったのかな――もちろん許す気は微塵もないが、かといって何かをする気もない――と思わなくもなかったのだ。
いまのいままで。
だが、それが違った。
こいつらは、ただ単に魔法が使えるか否かだけで人間を差別している。そんなの、ごく一部だけだろうと思っていたのに。
フェテリシアは自分の考えの幼さを自覚した。そう――世の中は残酷なことのほうが圧倒的に多い。
ろくでもないことにしかなりそうもない未来図に、フェテリシアは暗澹たる気持ちになる。
(ああ、やっぱり関わりたくないなぁ……)
「なおも天塔騎士であると言い張るならば、その実力を示すがいい」
アフィーナがせせら嗤う様に云う。そんなことができるはずがない――目が、表情がそう云っている。
「……紋章では納得できないと?」
(というか、いままでの攻防はなんだったの? 本気でわかんないの!?)
フェテリシアは内心びっくりしているが、アフィーナはそこまで無能ではない。
鍛え上げられた騎士の本能では届かぬ遥か高みにいると解っているが、それでも認めるわけにはいかないのだ。
帝国近衛騎士でも有数の実力だと自負する自らが、魔法も使えぬ 蛮族に手も足も出ないなどということは。
帝国において、魔法が使えないものは人ではない。人でないものに、帝国の騎士が負けることなどないのだ。
あったことをないことにするために全ての事実が捻じ曲げられる。ゆえに論理も何もない妄言を平気で吐ける。
そして、そのことに気が付けない。
他国では"帝国病"と呼ばれている独特の精神構造が上から下まで根付いている。ゆえに帝国は非常に強固な国家体制を築いている。
「はっ、紋章だけならいくらでも騙れる。剣すらも繰れない者が天塔騎士などと、片腹痛い!」
アフィーナは胸を張って持論を展開する。
「……宣告はしました。これ以上の攻撃を受けたら、反撃します」
(はぁ……めんどくさい……だるい、もういいや)
本当にめんどくさくなったフェテリシアは、くるりと回ってキャリアに戻ろうとする。
アフィーナが勝利したと思ったのか、せせら笑って挑発する。
「どこへ行く、この騙り者めっ! 本当に天塔騎士だというのならば、その実力を見せてみるがいいっ!! 実力があればの話だがなっ!!」
いまだ実力差を彼女の理性は認めていなかった。
〝帝国近衛騎士は天塔騎士など歯牙にもかけない真の世界最強の騎士団である。〟
アフィーナが幼いころからそう教えられてきた〝真実〟は揺るがない。先ほどのは、なにか薄汚い手管でごまかされただけだと根拠もなく確信していた。
それほどに〝真実〟は重かった。
――フェテリシアも、かつて信じていたからその重さは判っている。
自分だって、かつては帝国近衛騎士団に入りたくていっしょうけんめい剣術を習っていたのだから。
でもいまは、それが虚像だということもわかっている。
だが、それを突きつけることは――すごく残酷に見えて、実は優しさなんじゃないかとフェテリシアは思った。
自分で気が付かなければいけないことなのだ。
そうでなければ、この世界はたやすく牙を剥いてくるのだとフェテリシアは身に染みてわかっていた。
一方的に捨てられて無関係となったが、それでも血のつながった姉だ、少しくらい優しさをみせてもいいかと、圧倒的な差を見せたのだが。
それが理解できないほどのバカだったとはさすがにフェテリシアも呆れた。とてもやる気が起きない。
もー、キャリアに返ってベッドでゴロゴロしたい。運転はウィルにさせればいいし。
それがフェテリシアの本音だった。
「……実力を示してボクになんのメリットがあるんですか?」
でも口撃ならちょっとしたことだし、それくらいならつきあってあげよう。
それくらいは、むかしかわいがってもらった恩返しだよ、元姉さま?
「は、おおかた見せる実力もないのだろう、この騙り者が!」
「あー、〝弱い犬ほどよく咆える〟ってことわざありますよね」
「――なんだと?」
「強者はいちいち強さを誇らないんですよ。自分が強いことは判っているんですから、大きく見せる必要なんてないんです、わざわざ誇示なんてしません。逆に弱いやつほど大きく見せようと大声になるものです」
「――つまり、私が弱いと、そういいたいんだな?」
「ボクに手も足も出なかったじゃないですか。それで強いなんて云うなら、おなかでお湯沸かしてみせますよ」
言い捨てて、運転席に戻ろうと背をみせる。
わざと見せた隙、誘いだということに、怒り狂ったアフィーナは気が付かない。
「――死ね」
ひゅっと風切り音が生まれる。
超身体強化魔法を起動、十メートルの距離をわずか二歩。
全身の筋力を余すことなく剣に伝え、空を斬り裂き音を後に従える超々高速斬撃。
空を音もなく斬る極限の斬撃……5000年を超える歴史をもつと云われる イスーンシー流剣術を極めし者が使う瞬息無音の攻撃。
それは流派の歴史上でも有数の天才と呼ばれた彼女が、3年もの時をかけて会得した絶対の切り札。
〝会えば剣聖とて斬ってみせよう〟――そう豪語するまでに練り上げた武の技。
その剣先は時速300kmを超え、無防備なフェテリシアの背中を斬――れなかった。
少女は振り向きもせず、左手だけをすいっと無造作に動かした。
それだけで極加圧された拳圧が生まれ、空気に界面が生じて斬撃となる。
〝真空斬り〟
天塔騎士ならだれでも使える技である。
フェテリシアの放った真空斬りに抗することもなく超振動魔法剣が半ばくらいから斬られて。
手応えなく剣は揮われて、剣先はがらんっと地に落ちて跳ねた。
剣を振りきった姿勢で止まっているアフィーナ。長さが半分になった魔法剣があった。
「ば、バカなっ! オリハルコン製の刀身がっ!!!」
「――不良品だったんじゃないですか? たかだか〝真空切り〟で斬れるオリハルコンなんて聞いたことないですけど……」
《破砕音周波数から推測すると、超々硬度スチール鋼にダイヤモンドコーティングを施したもののようです。オリハルコンは商標かなにかではないでしょうか?》
《ふーん、まぁいいや》
一般の騎士にはできないことをやったフェテリシアだが、特に感慨もなかった。
出来て当たり前のことをいちいち気にしない。せいぜい弾く程度で、切れるとは思っていなかったが。
「こ、こんなことをしてタダですむと思うなよっ!」
「――ボクからは先に手出ししていないんですけど?」
「わが帝国の魔法剣を破損しておいて、なにを云うかっ!」
「それだって、後ろから斬りかかってきたから迎撃しただけですよ。わかります? 名誉も誇りもある騎士様が剣も抜いていない者に対して後ろから斬りかかるなんて、不名誉どころか帝国の威信を失墜させるような出来事じゃないんですか?」
「蛮族など、どのように斬ったところで騎士の名誉には関わらぬっ!」
「だから天塔騎士だっていってるでしょうが……はぁ、言葉が通じていない」
つくづく話がかみ合わない人だなぁ、もー泣きたいなぁなどとフェテリシアは内心でぼやく。表情には出ていないが
(もう三回も攻撃されているし、もういいかなぁ。というか、上から目線すぎたかなぁ?)
付き合ってあげようと思ったのが失敗だったと反省する。
そもそも斬っちゃえばなにも問題なかったのだ。
遺体は森の奥にでも放り込んでおけばいいし、リムジンは解体して素材にしちゃえば、ばれないだろう。
監視はないし、そもそもこれだけ殺そうとしてきているんだから正当防衛だよね、そうしようかなと思い始める。
まだまだぎゃーぎゃー好き勝手を云っているアフィーナの言葉を流して、フェテリシアは物騒な考えを実行しかけて
「お待ちください、騎士さま」
鈴の転がるような声がフェテリシアをとめる。
(わー、もうなんだか……聞き覚えがあるような声だよ、嫌だなぁ、もう……)
内心でそんなことを思いながら、フェテリシアはいやいや振り返る。
そうするとリムジンの分厚い耐防爆ドアを開けて、美しい金髪の少女が外に降りてきていたのが目に入った。
「ひ、姫さまっ!? 危険です、お下がりくださいっ!」
(もーいちいちつっこみどころしかないんだけど。いいの、姫様だってばらしてホントにいいのっ!?)
もしかして精神攻撃を受けているのかと思うくらい、フェテリシアの精神ががりがり削られていく。
素性を勝手に明かしていいのか、なにか重要な任務に就いていたのではないのか、そもそも護衛が危険を増やしてどうするのか、守りきれるのかエトセトラエトセトラ……
ぐるぐる思考を回しながらそれでも、礼儀には礼儀を返すと決めているフェテリシア。
そのため、まずは出方を見る。
「わたくし、グランリア大魔法帝国 第七姫 カーラ・ド・グランリアです。騎士さま、お名前を教えていただけますか?」
「お初にお目にかかります。ボクは永世中立機関ユネカ所属 天塔騎士団 第八位 フェテリシア・コード・オクタと申します」
最敬礼ではなく軽く頭を下げるだけにする。凄まじい殺気が横からこぼれてきているが、さすがに斬りかかってこない。
(ああ、あいかわらずきれいだなぁ。むかしよりもっときれいになったかも)
元 幼馴染の成長した姿にフェテリシアは感嘆する。だが、その中身は……
「きれいな響きのお名前ですね。フェテリシア様とお呼びしても?」
「様は必要ありません。ボクのことはフェテリシアと呼び捨ててくださいませ」
「まぁ、では私のことはカーラと呼んでくださいませんか?」
「たいへん光栄ながら、ボクの立場ではその意に沿うことはできません。カーラ様とお呼びいたしますことをお許しくださいませ」
フェテリシアは一線は引いておく。政治的駆け引きの領域に入っているのだ、うかつなことはできない。
「そうですか……残念です」
カーラはすこしがっかりしたような顔つきになる。しかし、それは擬態だとフェテリシアは感じていた。
改めて、カーラが頭を下げて謝罪の言葉を発する
「此度はわが近衛騎士が勘違いでフェテリシア殿にご迷惑をおかけいたしました。主として代わりに謝罪いたします」
「――謝罪を受け入れます、カーラ様」
「カ、カーラ様っ! このような蛮族に頭を下げることなどありませぬっ! 御身が穢れますっ!」
アフィーナが驚いて慌てて静止するが遅い。
フェテリシアは穢れるってなんだよもーとは思うが、口には出さない。本当にめんどくさくなればみんな斬っちゃえばいいし、と思い直してもう少しだけ付き合うことにする。
「アフィーナ。あなたが、天塔騎士様に非礼なことを行ったのですよ。ならば謝罪するのは当然のこと」
「この者が本物であるかどうかわかりませぬっ!」
ここに至ってもアフィーナは負けを認めていない。
「いい加減にしなさい、アフィーナ。不敬ですよ?」
「ひ、姫さま?」
不意に叱責したカーラにアフィーナは驚く。滅多に声を挙げたりしないカーラだが、今は真剣な顔をして怒っているのが判る。
「フェテリシア殿、わが騎士にはよく言って聞かせますゆえ、どうか……」
「いえ、かまいません。近衛騎士としての本分 を尽くされているだけと理解しておりますので」
その皮肉に気が付いただろうか? 人のことを蛮族だの騙りだの貶め、相手の実力もわからず、後ろから斬りかかるなどの行為を近衛騎士の本分だと云ったのだ。
すくなくともアフィーナはなにも気が付いていない。
そして、カーラのほうも表面的にはなにも反応しておらず、無視している。
(ああ、これは望み薄だな)
これからの任務を考えると、先行き真っ暗だとフェテリシアは暗くなる。
「それで、厚かましいと思うのですが、フェテリシアにひとつお願いしたきことがあるのですが」
「ボクに出来ることであれば伺いましょう」
恭しく頭を下げて、視線をそらす。
「実は、このリムジンが調子が悪くなりまして、出来れば我が首都グランリアまで送っていただきたいのですが」
「――わかりました。ボクも依頼にてそちらへ伺う予定でございました。少々のご不便があるかと思いますが、わがドール・キャリアにご招待申し上げます」
☆☆
「どうぞ、こちらへ」
キャリアの側面ハッチを開き、二人を招き入れる。
電子式認証ロックを興味津々で眺めていたカーラ姫が行こうとすると、それを制してアフィーナが先に入ってくる。
リムジンの運転手はここに残ることになった。リムジン回収まで誰かが居ないといけないからだ。
《ウィル、HIFを居間によこして》
《はい、モードはどうしますか?》
《対人接待で。言葉禁止ね》
《了解です》
機密回線でウィルに指示を出して、ヒューマノイド型I/Fを準備させる。
「こちらは運転席につながるドアですので、乗務員以外は立ち入り禁止です。こちらが手狭ですが、居間と寝室になります」
そういってキャリア後方側のドアを開けて、電気をつける。
ほとんど装飾のない白い部屋だった。
5人も入ればいっぱいになりそうな大きさで、中央に応接用の小さなテーブルとソファが並んでおいてある。入って右手のほうにガラス窓がはめられているが、今は装甲シャッターが閉じられているために外が見えない。
また部屋の隅に、お湯を沸かしたりする簡単な調理器具が設置されている。
「こちらが寝室です。一人用ですので、たいへん狭いです」
入って左側に設置された小さな寝室のドアを開ける。そこにはほとんど部屋いっぱいのベッドが設置されているだけだった。
「シーツのほうは、あとで交換いたしますので少しお待ちください……ああ、きたきた」
入り口の近くにヒューマノイド型I/Fが一機来ており、新品のシーツ一式を抱えてノックをしている。
「な、なんだっ!?」
アフィーナが警戒してカーラを後ろにかばう。
「だいじょうぶです。これはゴーレムのようなもので、メイドロボといいます。簡単な身の回りのお世話が出来ます」
ヒューマノイド型I/Fは外見は170cm位の女性型で、顔部分は口のない仮面で覆い、目の部分にスリット型バイザーをつけている疑似有機部品を使用したアンドロイドだ。
通称はなぜかメイドロボ。標準制服が濃紺のドレスに白いフリルエプロンのメイド服で、はるか昔からの伝統だとフェテリシアは聞いている。
「あら、随分かわいらしいゴーレムさんね。お名前はなんていうのかしら?」
ゴーレムは通常4~5メートルのサイズで作られることが多く、このような小さい物は珍しい。
「あー、アインといいます。言葉はしゃべれませんが、意思疎通は可能ですので、なるべく断定的に単語ごとに指示してください。――アイン、しばらくこちらに滞在される方々だ。ご挨拶を」
テキトーに名前を付けてフェテリシアがした命令に、それはすっとスカートのすそをつまんで、カーテシーをする。
「あらあら、ずいぶん礼儀正しいこと。これ、いただけないかしら?」
「ここにあるものは機関の備品です。残念ながら贈答や販売などはしていないんです」
申し訳なさそうに頭を下げるが、ちょっとまずいことになったかもしれないとフェテリシアは思った。
「そうなの……残念です」
「おい、貴様、カーラ様がご所望されているのに拒否するとは無礼なっ!」
「備品を許可もなしに贈れるわけないでしょう。貴方は国から貸与されている装備を他国の貴人に勝手に贈呈するのですか?」
「ぐっ……」
アフィーナが睨むが、フェテリシアとしては当たり前のことを言っているだけだった。
「では、あと三分ほどしたら出発いたしますので、揺れにお気をつけ下さい」
礼をしてフェテリシアは出ていく。
分厚いドアが締まり、部屋が静寂に包まれる。
ゴーレムが寝室へはいってドアを閉じたことを確認して、カーラはなにかをつぶやきながらソファに座った。
布製だが、ふかふかで、腰かけた身体を深く沈みませながら優しく包んだことにカーラは少し驚いた。
豪華ではないが、上質なものなのだろうと見当をつけた。そう考えると、豪華さは無いが、この室内にある物はどれもこれも高度な技術で作られているのが判る。
テーブルにしても、なんと分厚いガラスの一枚板だった。ここまで歪みのない分厚いガラス板だと制作も大変で、途方もない金額になる。
カーラがちょっと感心して室内を眺めていると立ったままだったアフィーナが膝をつき、カーラに謝罪する。
「姫さま。申し訳ありません。あの蛮族を罰することがかないませんでした」
「……そうね」
「また姫さまのお手を煩わしたこと、万死に値します。この道中では命と引き換えにしてもお守りいたしますゆえ、偉大なるグランリアに戻りましたら、この身の処分をお許しください」
それは、自死を望む決死の表明だった。だが、カーラが望む答えではない。
「……アフィーナ。あなたはとても強いけど、政治的駆け引きには向いていないのですね」
「それについては自覚はありますが」
アフィーナはひたすらイスーンシー流魔法剣技に明け暮れてきた半生だ。礼儀作法以外は貴族としての勉強はさほどしていない。
「あなた一人ではあの者を倒すことはできなかった、そうでしょう」
「決してそんなことはっ!」
「事実でしょう? 受け止めなさい。そしてなかったことにしなければならない 」
「姫さま?」
カーラの言葉がよく判らなくて、アフィーナは不審そうにする。
「そう、なかったことにしなければならない。近衛騎士が、蛮族ごときに敗けたという事実を」
「わたしは敗けてなどいません! あれはなにか卑怯な手でわたしを罠に陥れたのですっ!」
「ええ、わかっています。あなたはわたくし付きのなかでも最強クラスの騎士です。負けたなどという事実はあってはならない。だけど、一方であの蛮族を倒せず、このドール・キャリアに同乗させてもらっていることも事実」
「は……」
アフィーナは悔しそうに唇をかんで苦悶する
「わたしの魔法がもう少し威力が弱ければ、あなたを援護できたでしょうが……」
「歴代でも有数といわれる姫様の魔法をこのようなことに使われることは考えられません。その御力は、蛮族どもの殲滅のためにあるのです!」
「そうね……それはいっても詮無きこと。だけど、あれ を倒せなかったことは我がことのように悔しいわ」
「は……」
「もしかしたら本物の天塔騎士かもしれない。でもたとえ……」
カーラは華やかに笑う。
「たとえ本物だとして、天塔騎士がいくら強くても、帝国騎士団と帝国魔法師団全てを相手に出来るわけもないでしょう?」
「それは……」
背筋に冷たいものを感じてアフィーナの声が震える。
「囲んで武装解除してしまえばよいのです。そうすればこのキャリアも、積んであるだろう人形騎士もすべて帝国の物。もし問い合わせがあったとしても『そのような者は来なかった』で通せばいい。帝国の内側ならばいくらでも揉み消せます」
「なるほど、さすがでございます。しかし、ここは敵地です。そのような話をされてはどこで聞かれているかわかりません」
「ふふ、ちゃんと風魔法で結界をひいているわ。ここでの会話は決してこの部屋の外にはもれないわ」
「さすが姫さまです。感服いたしました」
☆★☆
「……でも丸聴こえなんだよねー」
『なんです、あの人たち。ものすごく胸糞わるいんですけど』
フェテリシアは二人が居る室内の様子を見ながら運転席でぼやく。
監視カメラとマイクによる映像と音声だ。そもそもメイドロボもいるし。
魔法的に閉じられていても、物理閉鎖空間でもないかぎり電子機器は有効である。
「まぁ帝国での認識はあんなものだよ」
のほほんとした声でフェテリシアは云う。
『システムチェック完了。いつでも出発できます。――マスター、怒らないのですか?』
「んじゃ、行こうか。……なにに対して怒るの?」
ギアをドライブモードにいれて、ゆっくりと車体を動かし始める。
あまりスピードは出さない。性能を知られてもめんどくさいからだ。
『あれだけバカにされているのですよ?』
「やだなぁー、ウィル。怒るわけないじゃん。ばかばかしい」
『なぜです?』
「いつでも斬れると思えば、あんがい心は広くなるもんだよ? ボクとウィルだったら、帝国を滅ぼせるじゃないか」
『そうですね。許可は下りないでしょうけど』
「許可が下りたら滅ぼせばいいじゃない。どうせなにかバカやらかすよ。今回の事案だって、ある意味大バカにしかできないからね」
『そうですね。どうやって算出されたのかは不明ですが、『勇者召喚が行われる可能性:78%』というのは無視できませんから』
「そそそ。勇者召喚されて、〝堕ちたら〟、間違いなく全力戦闘の許可出るでしょ」
『もしかして事前に止める気がないのですか?』
「いーやー? 止める気はあるけど、たぶんできないよ」
『それは、なぜです?』
「うん、どうせボクは帝国で投獄されるよ」
『その根拠は?』
「姫様が云ってるじゃない。そりゃー近衛騎士ぶっ飛ばしたし、見た目か弱そうな少女が天塔騎士の装備をもってのこのこ現れるんだから」
『帝国上層部が強制徴収をするというのですか?』
「なにかの理由をつけるだろうけど、姫さまもああ云ってるし、ほぼ確実にやるんじゃないかなぁ。天塔騎士は他国だったらそれなりに尊敬を集めてるけど、帝国では大した扱いじゃないみたいだしね」
『しかし、それはさすがに国際問題になるのでは?』
「普通ならそう考えるだろうけど、まぁ『帝国の常識は世界の非常識』だから。ボクだって追い出されるまではしらなかったよ。まぁ、いいや。なるようになるでしょ」
そういってフェテリシアは会話を終わらす。彼女がその口癖で会話を終わらした場合は、高い確率で何かを考えているため、ウィルも邪魔をしないように黙り込む。
運転席にはモーターと路面から伝わる振動だけが響く。
停まる前と同じような森を切り開いた街道の風景が後方に流れていく。その速度はいつもより少しだけ遅い。
しばらくして、フェテリシアは思い出したようにつぶやいた。
「……そういや、一言も『魔法が使えない』なんて云ってないんだけどなぁ」
――それから二日ほど走って、帝国首都グラン・ド・グランリアへと入った。
というわけで、VS実姉戦でした。相手にも成っていないですが。
姉はまじめな努力家で、帝国でもそうとう上位にいる実力者です。
でも、すでにフェテリシアが地平の彼方まで行ってしまっているので全く届かないという踏み台にも成らないキャラに。
ゲスですけど、これが帝国ではデフォルトですので、彼女がおかしいわけではありません。(帝国では)
ちなみに帝国は魔法の実力が幅をきかせる社会なので、男女は全くの同権利を有していて男女差別はほとんどありません。
体力差も身体強化で埋められるので問題にもなりません。