筆頭近衛騎士
フェテリシアの現在の身分が明らかに。
2013/4/16 Arcadia版に合わせて一部改稿
2013/4/18 一部修正
2013/4/20 設定変更にともない、所属と意匠変更
2013/5/09 一部修正
2014/04/22 誤字脱字ルビ修正
木々とまばらに草の生える草原が続く丘陵地帯の、ほとんど変わらぬ景色が続く街道を大型キャリアトレーラーが走行していた。
簡易舗装の道がそれほどよくないこともあって、早馬程度の速度だ。
『後方から高速で接近する車両があります。注意してください』
キャリアの運転室内で中性的な声が、運転している少女に注意を促す。
「ん~、なにか危険そうなの?」
『情報が少ないため、判断できません』
「ん、わかった、いちおう確認するか。こんな道で飛ばしたら危ないのに……」
少女はぼやきながら、バックモニタを確認する。
黒塗りの大型装甲リムジンが、もうもうと土埃を巻き上げながら接近してくるのが映っている。
「……あれ、帝国公用車両だよね」
『87%の確率でGKIAM社製帝国公用車モデル:グロリアス・インペリアル・ゴーストです』
「……それってさー、特注生産モデルじゃない?」
『ご存知でしたか。意外ですね、そういうことには興味がないかと』
「いーやー、べつに覚えてただけー。……なんか、すっごく厄介ごとのような気がする」
彼女は感情ひとつこめずにつぶやいた。
『車体の揺れ振動解析からすると、車軸関連に不具合を持つ可能性が84%、この先10km以内で故障・停止する可能性が74%です。どうしますか?』
「……ちょっと寄せて、スピードおとしてやり過ごそう」
キャリアの速度を落としながら街道の脇に寄せる。
「さぁて、このまま通り過ぎてくれればいいんだけど……イヤな感じ」
『なにか危険な兆候でも見つけましたか?』
「いーやー、女のカン~?」
心底どうでもいいような声色で幼い少女は返した。
瞳に真剣な光を宿しながら。
☆★☆
大型装甲リムジンは、可能な限りの速度で街道を飛ばしていた。
戦場となったリオネール平原から1kmでも遠ざかるために。
後に第四次リオネール平原会戦と呼ばれる戦闘において、帝国軍は甚大な被害を出した。
最終局面において共和国軍が投入した鉄槌騎士に対抗して、帝国軍側も魔装騎士を投入、同数だったために戦局に変化はないと思われた。
しかし、敗北しそうになった鉄槌騎士が自爆、魔装騎士もまた戦闘続行不能に陥る事態が続発し、全機が稼働不能となったことで一変する。
新たに戦場に現れた鉄槌騎士――共和国軍側はさらに四機用意していたのだ。
鉄槌騎士には下位魔法の火玉や雷槍は、その格子結晶装甲に阻まれてほとんど効果がない。
また上位魔法の詠唱時間を許すほどその制圧力は弱くなく、魔法騎士が近接戦に持ち込もうとも、その弱点である無装甲部――光学機器やセンサの集合体である頭部や関節部の裏面など――を狙うことを許すほど、共和国軍の随伴歩兵は甘くなかった。
高価な決戦兵器である巨人人形を自爆させるという常識外の戦術によって全ての魔装騎士を失った帝国軍側は為す術がなくなり、鉄槌騎士と従走歩兵による猛烈な対人掃討射撃やなぎ払われるフレイルの前に防御魔法すら撃ち抜かれはじめ、総崩れとなった。
クレーベル・ティゲル将軍は、鉄槌騎士4騎の出現の時点で、皇族たる"末姫"カーラ・ド・グランリアの後方待避を決めた。専属近衛騎士だけをつけた帝国軍最速を誇る皇族専用車単独での待避行動は、とにかく戦場からの離脱を優先したためだ。
将軍自身は、そのまま戦場に残った。
激しく揺れる車内には、二人の女性が向かい合って座っていた。
贅を尽くした内装も今は激しい揺れで用を成さない。
黒髪の近衛騎士服姿の女が金髪の少女――"末姫"カーラに頭を下げる。
「姫様、申し訳ありません。まさかこのような危険な目に合わしてしまうとは」
「良いのです。むしろ、わたくしのわがままで戦場に出たのですから、命を落とすことも覚悟しておりました」
「姫様……」
女騎士は黙って頭を下げる。
『アフィーナ様、運転席までお願いします』
「すぐ行く。――姫様、失礼いたします」
近衛騎士は車内スピーカからの声にだけ答え、簡易礼をして席を外す。
いよいよ振動の酷い車内で苦労しながら姿勢をとる。
運転席では深刻な顔をしている運転手が小声で報告する。
「アフィーナ様。駄目です、車軸が限界のようです、これ以上の高速移動は……」
車内は騒音も振動も激しい。床下から軋むような音まで聞こえる。
高速移動で酷使され続けた大型リムジンのサスペンションと車軸が悲鳴を上げているのがわかる。
「なんとかならんか」
「さすがに、この装甲リムジンは魔法ではいかんともしがたく……」
悲観的な見込みにアフィーナも考え込む。その前方に巨大な車両の影が見えてきた。
「む、前方になにやら大きな車両がみえるが、なんだ?」
「あれは大型輸送トレーラーですね。どこの商会か……コンテナではないようですし、何を積載しているのか……?」
揺れる視界の中で、その黒色の大型トレーラーは方向指示器を点滅させて右に寄った。
「ちょうどよい、あれを徴発しよう。前に回り込んで車を止めよ」
「わかりました」
☆★☆★☆★
黒髪の少女は、リムジンから出てきた黒髪の女性を見て、わずかに目を見張った。
『おい、そこのトレーラーっ! それは我々帝国近衛軍が戦地徴収するっ! 速やかに引き渡せっ!』
大型キャリアの運転席に外部マイクが拾った音声が流れる。
『帝国魔法騎士の制服ですね。なにかバカなことを云ってますが――マスター?』
「……」
少女は窓の外の女性を凝視したまま何も言わない。
『マスター、どうかしましたか?』
「ああ、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。さて、どうしようかな……もうめんどくさくなる展開しか思いつかないよ」
フェテリシアがぶつぶつつぶやく。
外では、何も反応を見せない大型キャリアにアフィーナがいらいらしていた。
「さっさとでてこんかっ! 帝国民の義務をはたせっ!」
『帝国民ではありませんので、その要請には従いかねます』
感情のこもらない少女くらいの声がキャリアから響く。
幼い感じの声に内心驚きながらも、アフィーナはちょうどいいと思った。
「帝国民でないなら、そうか、蛮族か!! よし、荷物はすべて置いて、さっさとどこかに行くがいい。格別の慈悲だ、命だけは助けてやる」
キャリアから流れてきた回答を聞いて、アフィーナは喜色を浮かべて愛剣に手をかけて引き抜く。
刀身に描かれた魔法文字が輝きだして、魔法剣"斬岩魔法剣百式"が起動する。
『はぁ……いま、外に出ますので、キャリアを傷つけるのはやめてください』
あきらめた声色が聴こえ、操縦室側面のハッチが開いた。
姿を現したのは黒色のフード付マントを羽織った小柄な人物だった。
フードを深くかぶり、顔はみせていない。キャリアの側面の階段を下りて地上に立つ。
「子供……? まぁ、どうでもいい。まったく最初から素直に出てくればいいのだ。よし、キーを渡せ。ああ、それとその服もおいていけ」
アフィーナは至極当然のように命令する。悪くない質のマントに見えたので、使い潰すのにちょうどいいとアフィーナは思ったのだ。
しかしマント姿の人物は従う意思など微塵もない。
「何を勘違いされているかわかりませんが、お断りいたします。きちんとお断りするために姿を見せただけですので」
「は? なにをいっている、蛮族ごときが。貴様らに断る権利などあるものか。トレーラーを渡す褒美に、特別に命だけは助けてやるといってるのに、その命もいらぬというのか?」
アフィーナは不思議そうに云う。
戦場で斬った者か、命乞いをする蛮族しか見たことのない彼女は、命がいらないという蛮族を初めて見たのだ。それならばいつもどおり斬ればよいかと、軽く考えた。
「はぁ、帝国騎士様にはそこの紋章がお見えになられていないのですね?」
あきれたため息をつきながら、少女は背後の上の方、操縦席の真下あたりを指差す。
そこには「天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾」を意匠化した紋章が描かれていた。
「なにぃ……っ!! 『天塔騎士』の紋章だとっ!」
「ご存知ですよね。そういうわけですので……」
その紋章が意味することは理解できるだろうと思って、会話を打ち切り運転席にもどろうとした。
「貴様っ! こんなものをどこで盗んできた、この盗人めっ!」
「え?」
マント姿の人物はさすがにその斜め上の論理展開を予測できなくて、踵を返しかけていた身体を停めてしまう。
「天塔騎士を騙るとは、呆れたやつめ。あれらは我ら帝国近衛騎士に遥かに劣るとはいえ、それでも屈指の実力の持ち主。盗人めがその名を騙るとは、片腹痛い」
「うわぁ……そうきますか……」
云っていることがめちゃくちゃだった。
世界でも有数の実力をもつ天塔騎士からどうやってこんなものを盗むのか。
というか、このキャリアはセキュリティが厳しい上に"ウィル"までいる。
それを抜きにしても、そもそも盗んでどうするのか。
こんな紋章の入ったモノを売れるわけがないし、最先端をぶっ飛ばしすぎてオーバーテクノロジーになっているこれは売買ルートがすぐにばれる。そもそも天塔騎士が地獄の底まで追ってくるのは目に見えている。
もうツッコミどころが多すぎて、なにを云えばいいのか判らない。
実際のところ天塔騎士は戦場に姿を現したこともなく、噂しか流れていない。
帝国や周辺国では、天塔騎士筆頭である剣聖が朧影騎士を伴って定期周回していることが知られているに過ぎない。
そのため実力や実態を正確に知っている者のほうが少ないということを少女は知らなかった。
――いろいろとめんどくさくなってきた。いっそのこと斬って埋めちゃおうかな~。
そうすれば証拠隠滅……そうしようかなぁ……。
少女がそんな物騒なことを考えていると
「盗みは大罪だが、ここまで運んで来、そして我らの役に立つのだ。格別の慈悲をくれてやろう。一撃で殺してやる、大いに感謝して死ぬがいい」
アフィーナは剣を大上段に構えて、目にもとまらぬ速さで振り下ろす。
身体強化魔法を使っていないが、それでもその剣筋は何人もの蛮族を斬ってきた実戦剣だ。
合理的で無駄がなく、確実に命を絶つ――
「――っ?!」
アフィーナは目を見開いた。
まったくの手ごたえを感じず、だが剣は振りきっている。
そしてマントローブの人物は、一歩も動かいていない。
単に刃を避けて姿勢を戻しただけなのだが、アフィーナにはそれがまったく見えなかったのだ。
少女はあきれていた。まさかこうも短絡的に剣を揮ってくるとは思っていなかったのだ。
「確認もせずに軽々しく剣を揮うとは、随分と考えなしですね」
「なんだとっ!」
アフィーナは激昂して、瞬時に身体強化魔法を発動、一切の手加減なく首筋を狙う。
ガンッとした手ごたえ。
「――な……っ!!」
アフィーナは信じられない光景に思わず呻いた。
マント姿の少女は、刀身を手でつまんでぴたりと止めていた。
魔法剣を素手でつかむことなど、およそ不可能。魔法剣同士で打ち合うだけでも削っていく超震動力場が肉体など一瞬で破壊するのだ。
「あ、しまった。これ……どうしようかなぁ……?」
心底困った声色で少女がつぶやく。
「ば、かな! どうやって超振動を防いでるっ!」
「敵対しているのにネタばらしするわけないじゃないですか。バカなのですか?」
「貴様っ」
アフィーナが剣を力一杯引き抜こうとしたため、少女はあっさりと手放す。
アフィーナは一足で跳び、リムジン近くまで後退、剣を構える。
ここに来て、彼女はようやくこの人物の戦力評価を改める。
これは危険だ、ここで仕留める――!
アフィーナは本気になった。
身体強化魔法をフルブースト、筋力と神経反応速度が通常の5倍にまで拡大される。
その強化された力で十メートルの距離をわずか3歩で走破、大上段からの一撃をお見舞いする。並みの騎士でも反応しきれない疾さ。
――何の手応えもない。目標は少しだけ頭を下げて、あっさりと避けている。
しかしアフィーナにとってそれは織り込み済み、手首の返し動作だけで剣に組み込まれた七番目の魔法陣が発動、逆方向にベクトルを変えてさらに高速度で切り返す。
それもマンローブの少女は一歩も動かず、身体の捻りだけで避けている。
剣筋を完全に見切っているのだ。
(く、これを避けるとはっ! ならば出し惜しみはなしだ、わが秘剣技で斬るっ!)
「ぉおおおおおおおっ!」
アフィーナは吠えながらさらに深く踏み込み、回転三連撃。下段、上段、薙ぎ払いを高速で切返す。
それまで一歩も動かなかった少女も回避のため、アフィーナの右側に回り込んだ。
(かかったっ!)
そこに回り込ませるような剣筋だったのだ、そしてここまでが秘剣技の準備段階、あとは蜘蛛が獲物を絡め取るように牙で閉じ込める。
回避機動を誘導して死角をつくりだし、必殺の攻撃をする。
彼女の家門が生み出した門外不出の秘剣技『双竜顎斬』――この技を見た者は、一族以外にいない。見た者は必ず殺すからだ。故に必殺の秘剣。
柄に添えただけだった左手に超加速魔法を発動、腰に佩いている祖先伝来の古代遺物光剣を掴んで相手の死角から右脇腹を貫き、そのまま逆袈裟斬を――
「ああ、これはさすがにあぶないや」
「――っ!」
手ごたえがない。
そして勝利を確信していたアフィーナは絶句した。
見覚えのある光剣が少女の手にぶら下がっている。
左手にあるはずの光剣がたしかにない。奪われていた。
(この私に気づかれずに光剣を奪っただと……?)
アフィーナは戦慄した。
「えっと、こういうときはなんていうんだっけ……ああ、そうそう『天塔騎士には一度見た技は効かない』だ。やーなんか恥ずかしいセリフだよね。師匠、恨みます……」
なぜか照れるような仕草でフェテリシアが無表情に言うことなど、アフィーナにはどうでもよかった。
まったく気がつかぬうちに、光剣を奪われるなどあり得ない。なにかの手品だ――そう思い込もうとしたが、無理だった。
ようやくアフィーナは絶望的なまでの実力差があることが判った。
自身も一流の魔法騎士だからこそ、判ってしまった。
だが、それは認められない。認めてはならない。
今まで感じたことのない屈辱、魔法師の名門に生まれ、たゆまぬ努力によって実力で近衛騎士にまで上り詰めた彼女にとって、魔法も使わず剣すらも抜かない得体の知れないモノに負けたなどと。
認められない。認めてはならない。
姫殿下の筆頭近衛を努める自分が、魔法も使えぬ蛮族に劣るなどということは、あってはならない――こいつは殺す、絶対に殺すっ!!
実力差を見せても戦意が衰えるどころか、極大の殺意を発し始めた女魔法騎士に、少女はため息しか出ない。
(なんで殺意が増えるのかなぁ……実力差の演出が足りなかったのかな? ……めんどくさいなぁ、もう……)
そうとう投げやりな気分になってきた。
厄介事は嫌いなのにと思っているが、彼女は厄介事に好かれている、愛されているといってもいい。
彼女は断じて認めないが
「もう止めませんか? 別に争いたいわけではないので、ボクをこのまま行かせてもらえればそれだけでけっこうですので」
「貴様が、こちらを襲わぬ保証はないっ!」
「いえ、べつに興味もありませんし。襲わないと約束しますから」
「名も名乗らぬような輩を信じられるかっ!」
「あー、自分も名乗っていないのはいいのか……まぁ、そういう人たちだってのは判ってたし」
少女のつぶやきは小声だったので、アフィーナには届かない。
はぁ、とため息をつくとばさりとフードを外して素顔をさらす。
まだ10歳を超えたくらいの少女だった。
長いポニーテールにした黒髪、少し日焼けした肌。均整のとれた目鼻立ちは可憐というよりは凛々しい。そして、恐ろしく澄んだ緋色の瞳。
我知らず息を呑んだアフィーナなど無視して
「えーと、帽子、帽子はどこだ……あ、あった。ぎゃー、しわになっちゃってる~」
少女はマントの内側から白い兎の耳を模した帽子をとりだして、しわを伸ばしながらかぶる。
一見して隙だらけのようにみえるが、アフィーナは踏み込めなかった。
斬れるビジョンがまったくみえなかったのだ。
それがまた残酷なまでの実力差を感じ取らせて、殺意を増大させる。
そんなことに気が付いた様子もなく、少女は帽子の角度を決めてから、マントを外した。
その下から現れたのは、白いフリルが施されたエプロンと濃紺の侍女服。
肩とエプロンに『天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾』の紋章と八角形を組み合わせた意匠が施されている
そして、左腰に佩いている緋色鞘の刀を外して、柄に施された紋章を前にした。
「永世中立機関ユネカ所属天塔騎士団 第八位 フェテリシア・コード・オクタです。お名前をお伺いしてよろしいでしょうか、グランリア帝国近衛騎士様」
皮肉をたっぷり込めて、少女は無表情に自己紹介した。
というわけで、とてもざんこくなお話でした。
ええ、実力差が子猫とフル武装の米軍兵士くらいあるんです。
FSS的に云えば、強天位と騎士警察ぐらい。
なお剣聖クラスは別にいます。出番はないでしょうけど。
これでストックが終わりましたので、次回更新は未定です。
書きたいとこは少し書いたのでなんか満足してるし、このまま放置かな?
読んでいる人もそんなにいないみたいですし。
パクスバニーさんも書きたいので。