戦場にて
2013/4/12 設定変更に伴い一部修正。
2013/4/16 Arcadia版に合わせて一部改稿。
2013/4/18 一部追加
2013/5/6 一部修正
2014/4/19 細部修正
それはまったくの偶然だった。
双方ともに敵がいるはずがない所を移動していたつもりだったのだ。
ユーレンシア大陸の西方にあるリオネール平原の外れ、グランリア大魔法帝国の辺境、ティーナ諸民族共和国の最前線。
街道から外れた大森林地帯において、グランリア大魔法帝国辺境警邏部隊とティーナ諸民族共和国威力偵察部隊が接触、偶発遭遇戦となった。
しかし両指揮官に戦闘をする意思がなく、共に重大な損害はないまま終わった。
ユーレンシア大陸の東側2/3近くを占めるティーナ諸民族連合共和国偵察部隊は、即座に撤退行動へと移った。
共和国偵察部隊は、グランリア魔法帝国が定期的に行う大規模演習への隠密偵察として動いていた。そのため発見された時に即座に撤退を決めたのだ。
だが大陸のほぼ西半分を支配するグランリア大魔法帝国側は、それを蛮族の侵攻だと認識した。
その認識の違いが、その後の対応に大きく差が出た。
共和国側にとって不幸なことに、慌てた帝国辺境警邏部隊の統括本部が大規模演習中の帝国正規軍に連絡してしまったこと、さらに不幸なことに帝国正規軍指揮官が果断で知られるクレーベル・ティゲル将軍だったのだ。
将軍は共和国部隊の追撃を口実に、すぐさま実戦部隊に再編制して、行動を開始した。
帝国でも有数の精鋭部隊が津波のごとく動き出す。
敵戦力の殲滅、近郊の共和国側都市の破壊を目的として。
帝国の国是ともいえる言葉に〝魔法の使えぬモノは幸いである。神に愛される帝国民の庇護を受けて生きる、それこそが彼らにとって幸福なのだから〟というものがある。
その言葉はすなわち魔法の使えぬモノは帝国民の下であると明確に表していた。
そこには、外見上の様々な差異があることもまた理由であった。
肌の色が異なったり、独特な衣装や文化をであったり、動物の耳や尻尾をもっていたりなど。
彼らには、蛮族たちが対等の人間であるという認識はない。
家畜と同等、いや喋る家畜だという認識だったのだ。
ゆえに帝国軍は蛮族たちに対して容赦もない。
追撃によって敵戦力を漸減し、敵の逃走方向にある都市を占拠、破壊する。
帝国軍にとって蛮族を狩る、または捕獲することは定期的に行われている任務だった。
報告を受けたティゲル将軍はごく当たり前のように命令を下した。
命令を受けた帝国軍兵士たちもまた奮い立つ。
なにせ好きなように殺したり、略奪してよいのだ。
相手は蛮族なのだから何をしてもよいというのは共通認識だった。
略奪の対象はは金品のほかに蛮族そのもののこともある。
オスは反抗するので殺し、メス――特に若くて見栄えのするモノは結構な金額で取引される。最初に捕獲した者の持ち物になることが暗黙の了解だ。
中には結構な金額を稼ぐ兵士もいる。
見栄えのいい蛮族なら、帝国金貨数百枚――ごく一般的な家庭が数年暮らせる金額――で売れることもあって、競争は熾烈でさえある。
さらには帝国民の中流以上の家庭では、蛮族を飼っていることがステータスになりつつあることもあって、需要はとどまることを知らない。
それらの主な供給源は帝国軍の定期哨戒任務――通称"蛮族狩り"だった。
辺境を部隊単位で移動し、見つけた集落で略奪・破壊するのだ。
今回は敵部隊を追跡し、逃走する方向にある都市を占拠することになるかもしれない。
そうなれば定期哨戒任務より実入りは多いだろうと兵士たちは考えて、奮い立っていた。
動き始める帝国軍の大軍勢を確認し、目的を察した共和国側も悲壮な覚悟をもって近郊都市の部隊を集結させた。各都市の防衛を放棄して防衛部隊を出撃させ、修理中や、まだ製造途中の塗装もされていない兵器・武装までかき集めて戦力のほぼすべてを投入した。
その結果が帝国軍3万、共和国軍側が6万、合わせて9万もの戦力がこのリオーネル平原に展開した。
帝国軍に引く意思はない。
共和国側としても引くに引けない状況であったためめ、この戦力となってしまったのだ。
帝国軍が精鋭で名高い帝国近衛連隊を筆頭とする三個混成師団(魔法騎士および砲撃魔法士の混成部隊)および通常兵(簡単な魔法は使える)であるのに対し、共和国側は三個魔法連隊および普通機械化歩兵(二輪オートモービルおよび迫撃砲搭載三輪オートモービルの混成)が主力で、少数の対魔法士兵器群鉄槌騎士があるだけだった。
魔法騎士1名に対し3名をあてるのが普通の戦力計算では、共和国軍側は圧倒的に劣っている。
また鉄槌騎士を投入しようにも帝国でも有数の攻撃力・防御力を誇る巨人型魔法兵器魔装甲冑騎士の騎数が不明のため、うかつに攻撃を仕掛けられない。
一騎でも敵のほうが数が多ければ、その一騎が戦場を蹂躙する――戦場の蹂躙兵器、それが巨大人形騎士であった。
各国がしのぎを削って開発を進めているため性能的には拮抗しており、それを操る操騎士の腕によって優劣が決まるといってもよい。
そのため巨額の建造費のほかに操騎士の育成にも時間がかかり、数をそろえることは非常に大変だった。
一国で100騎前後を保持しているのが普通だった。
高価で貴重な兵器だが、敵より多くの巨大人形騎士を準備して、時期を見て投入することが戦局を大きく左右する。
だからこそ、まずは戦場に投入されるであろう騎数の読みあいになる。
帝国軍司令部であってもそれは同じだった。
非常に高価な魔装騎士は、一個魔法師団につき二騎、三個師団毎に補用機一騎が通常運用と定められていた。
今回においても通常規定騎数のみだが、それで充分だと帝国軍司令部は判断していた。
魔装騎士はもともと戦局打開のための蹂躙兵器であるため、帝国軍では積極的には運用しない傾向があった。 重要な局面に投入して、華麗に勝利することが理想とされているのもあるが、それ以上に個々の兵士たちの戦闘力が高いことのほうが大きい。一般兵士でも他国の兵士三人分と云われ、魔法騎士に至っては単体で一個小隊と互角以上に戦えるのだ。兵数にかなりの隔たりがなければ、魔装騎士を投入するまでもないのだ。
一方の共和国軍側における鉄槌騎士の運用は最重要課題だった。
対軍兵器であり、そして魔装騎士と互角に戦える現状唯一の兵器である。
もし一騎でも魔装騎士のほうが多ければ、共和国軍は全滅するまで蹂躙されることだろう。
今回は訓練機や予備機までひっぱり出してきて、予想数では上回っているいるが、それもどこまで通用するのかも不明だった。
増援も後方より移送してきているが、到着がいつ頃になるかもまだ不確定であった。
そのため、共和国軍からはうかつに動けなかった。
――戦端を切ったのは、帝国軍だった。
空を覆いつくすかのように展開された魔法陣――大儀式魔法<天地鳴動>
一個魔法大隊により詠唱されて起動するこの儀式魔法は、空より大量の轟雷を落とし、同時に大地を揺るがして局所地震を引き起こす。
直撃を食らえば人間などひとたまりもない威力の大戦術級魔法だ。
しかし、過去に何度も遭遇している共和国軍も対処法は心得ている。
大量のワイヤーを射出して避雷針とし、大地にしっかりと手足をついて人工地震に耐えながら、サイドカーに積まれた大量の迫撃砲で応戦する。
帝国側も砲弾防御のために、いくつもの直射砲撃魔法が空を飛び交う。
第一撃は双方共に目立った損害はなかった。
圧倒的な魔法火力で面制圧を行う帝国側にたいし、機械化車両や馬などによって軽快な機動力をもつ共和国連合軍。
帝国側が放つ大魔法は共和国軍の対策と機動力でほぼ効果がないうえに、反撃の砲撃で詠唱を妨害される。そのため小規模の対人魔法で応戦するしかなくなる。そして高機動力の共和国兵を狙い撃つのは至難の業だった。
共和国側も火力が不足していた。迫撃砲は迎撃される上に、激しく動き回る車両上では使用が難しく、主力火器の単発小銃では、交戦距離が200メートル以下となる。その距離では魔法もまた高精度・高威力となるため、うかつには近づけない。
結局のところ、戦場の各所で散発的な爆発とめまぐるしい隊形の変化があるだけで、双方ともに被害がじりじり増えるだけだった。
帝国の通常戦力で最高の攻撃力をもつ魔法騎士達も乱戦に持ち込まれると虚弱なため、うかつに切り込めない。
強固な防御魔法を使える魔法騎士と云えども、全方向からの攻撃に対処するのは難しいのだ。
また共和国軍側の最強戦力である鉄槌騎士もまた、帝国最強戦力である魔装騎士を警戒して投入できない。
同数までなら問題はない。だが、一騎でも相手側が多ければ、その一騎に通常戦力が蹂躙されるのだ。
うかつに出撃させることができない。
――かくして、戦闘は泥沼化した。
通常戦力同士で、じりじりとした消耗戦。双方ともに決定打に欠けたまま時間だけが過ぎる。
痺れを切らしたのか、一人の魔法騎士が身体強化魔法を発動、後塵を残して敵陣に切り込む。
共和国軍兵士が反応できないまま首を刎ねられ、小銃を空に向かってむなしく放つ。
だが同時に十字砲火が煌めく。
「見たか、蛮族め、おまえらなぞ我らの敵ではないわ、小賢しいっ!」
と高らかに笑っていた魔法騎士を蜂の巣にする。
それを見た帝国軍兵士たちが怒り、直射砲撃魔法をいくつも放つが機動力に優れる共和国軍兵士にはなかなか直撃しない。
砲撃魔法士の放つ曲射弾道砲撃魔法も効果範囲がそれほど広くなく、散開している共和国軍兵士にはほとんど効果がない。
また広域魔法を放てば、効果範囲を示す魔法陣の外にあっというまに逃れられてしまう。
共和国軍側もまた散発的に放たれる単発小銃では弾幕を形成するに至らず、火力が圧倒的に不足していた。
一進一退に見せて、徐々に共和国軍側の被害が増大していく。機動防御に徹していて火力集中が出来ないため、ほとんど帝国軍を倒せていないのだ。
痺れを切らしたのか、共和国軍側に変化が生じる。
それまで縦横無尽に動き回っていた部隊が、隊形を変化させていく。
隙間が大きく開いた横一線の陣形。
それは正面激突のためだと帝国軍司令部は判断した。
「ふ、バカめ。我が軍と正面激突を図るとはな。粉砕してくれるわ」
将軍は命令を下し陣形を変化させる。
各軍が三つの楔形に再編される。それぞれが一騎当千の魔法兵で編成された圧倒的な衝撃力の陣形。
開戦後1時間、双方の主力部隊の激突がついにはじまった。
☆★☆
「――勝ったな」
勝敗は決した。ティゲル将軍はそう思い、言葉を口にする。
すでに敵の正面部隊は潰走しつつある。無様に右往左往して、脱出を図り始めている。
防御力に優れた魔法騎士――1方向ならば強固な防御魔法を使用することが出来る――を外側に、内側を砲戦魔導士で固めた楔陣形〝帝国の鉄拳〟、その第一陣は蛮族の広く薄い横列陣形を突破し、反転包囲に入っている。
包囲網が完成すれば、あとはただ無慈悲に徹底的に蹂躙していくだけだ。それはもはや作業と変わらない。
この後は、近隣の都市を制圧することになる。
老将軍はそのための手順をすでに考え始めていた。
「報告! 敵騎馬隊およそ200が左翼、第二軍の後方から回り込むように本司令部へ接近中!」
戦場の外側で、全域を俯瞰している偵察部隊からの念話をもとに報告がされる。
「ふ、バカの一つ覚えの突撃か。第三魔法砲撃部隊に連絡、適宜対処せよ」
「了解、宛第三魔法砲撃部隊、こちら司令部、命令を伝達――」
念話で連絡を取る伝令魔法兵。
「念のため、他戦域も確認せよ。やつら最後の突撃をしてくるだろう、おそらくな」
蛮族どもは負け戦になると、死ぬための突撃を敢行してくることが多いからなと独り言を漏らす。
掃討戦には魔装騎士の投入も考えてもよいかもしれない。鉄槌騎士を警戒するあまり投入しなかったが、操騎士にストレスが溜まっていることだろうと考えていた。
と、そこに鈴の鳴るような声がかけられる。
「これで、終わりですか?」
「いいえ、姫殿下。まだです、蛮族どもに身の程を教えてやらねばなりませぬ。帝国に逆らうとどうなるかということを充分に躾けねば」
歴戦の武人である将軍が答える。
その答えを首をかしげて聞くのは、華麗な皇族軍装に身を包んだ、まだ幼さの残る可憐な金髪の少女だった。
「将軍、魔法も使えないという下等なモノたちなのでしょう? そんなモノのために兵の命をあたら失うような行為は……」
「姫殿下」
厳しい表情で、将軍が不敬にも遮る。
「姫殿下は偉大なるグランリア帝国、いと高き皇族たるお方でありますが、兵の指揮権は不肖この身にありまする。どうか、口をさしはさむようなことはお避けくださるように……」
辺境警邏隊、帝国軍および帝国近衛軍の三軍合同演習「オーヴァーロード」に観覧されたのは、美しさで名高い皇位継承権第7位"末姫"カーラ・ド・グランリアだった。
今は華麗な宮中ドレス姿ではなく皇族軍装に身を包み、髪を結いあげているが、それでも可憐な美しさは衰えず、まさに評判通りと本部勤務の兵の間でうわさされていた。
「ごめんなさい、将軍。余計なことをいいました」
羞恥に顔を赤らめて、歴戦の将軍に謝罪する。
「こちらこそ、帝国の至宝たる姫殿下に不敬なことを申し上げましたこと、お許しください」
将軍もまた深々と頭を下げる。
「――ゆるします」
少女はまだ慣れない固さを残してぎこちなくゆるす。
ほほえましいものを見る目だが、まじめな顔をした将軍は少しだけ場を和まそうとした。
「ですが、先ほどの言につきましては、兵にも伝えましょう。姫殿下のお優しき御心、きっと感激いたしましょう」
「まぁ……」
青い瞳の少女は口元を手で覆って顔を赤らめた。
☆★☆
第三砲撃部隊に所属している女性魔導師六人が、高速魔法言語を詠唱する。
《偉大なる光よ、わが眼前の全ての敵をその威を持って――》
詠唱と共に平面魔法陣が足元に展開し、敵へと向けた魔導杖に収束する。
《滅せよ》
魔導杖から光の柱が直進し、駆けてくる敵の騎馬隊をなぎ払う。
大爆炎が発生して土砂がまき散らされる。魔法砲撃だけでは考えられない爆発に、自爆用の爆薬でも積んでいたのかと指揮官は思いながらも指示を続ける。
「第二段、詠唱開始せよ――戦果確認どうだ?」
「まだ不明ですっ! っ! あれは――」
若い士官が目を凝らして、それを視認する。
もうもうと立ちこめる土埃の中から現れる巨大な人型――直線で構成された鋭い造形の人型兵器。
「敵、鉄槌騎士の姿を確認っ!」
「――こちらも魔装騎士を要請しろっ! 砲撃魔導師部隊を下げろっ! 全力退避っ!」
第二波の砲撃魔法が鉄槌騎士に投射される。詠唱されていた魔法が対人用のため、鉄槌騎士の格子結晶装甲で弾かれて効果はないだろうが、少しでも時間を稼ぐためである。
電気仕掛けの騎士はそのことを予想していたかのように、網目状の盾を放り投げた。
それらはいくつもの破片に分解して、ワイやーでつながった破片は不規則な動きをして砲撃魔法を妨害する。
砲撃魔法が直撃し、粉砕されていく破片が爆発、細片となって魔導師部隊を襲う。
「ぎゃぁっ!」
破片を受けて悲鳴を上げて逃げ惑う魔導士達
魔導被膜が施された戦闘衣といえども、身体を完全に覆っているわけではない。また物理衝撃を完全に防ぐわけでもない。
肌の剥き出し部分に命中したり、大きな破片が直撃したりして魔導師や兵士たちに混乱が起きる。
その間に鉄槌騎士は恐ろしい速度で砲撃魔導師部隊に迫る。
鎖でつながれた鉄球がいくつもついた巨大なフレイルを振り上げながら、その名の由来である鉄槌を敵に下すべく。
「砲撃部隊、はやく撤退しろっ! 第一、第二部隊からの支援はどうしたっ! 魔装騎士はっ!」
「駄目です、ほかの部隊にも鉄槌騎士が出現しているもよう!」
「なんだとぉっ!!」
☆★☆
「あー、ありゃ大損害がでるね」
『騎馬隊が幻影であることに気がつかなった時点で、帝国軍の敗北要因が加算されました』
双眼鏡で戦場を見渡しながら少女がつぶやいた。少女の耳元についている器具から中性的な声が聞こえている。
戦場から外れた位置にある大木に、ぶらぶらとゆれる脚がある。
長い黒髪をポニーテールにした少女が太枝に腰かけて、マントの裾からでている脚をぶらぶらさせている。
「幻影を投影して鉄槌騎士を隠ぺい、騎馬突撃を装って対人魔法に誘導すると。面白い戦術を考えた人がいるんだね」
『共和国側はあらゆるものが日進月歩しています。指揮官や戦略・戦術教育なども進歩しているのでしょう』
「まぁ、それはどうでもいいんだけどさぁ」
帝国軍が混乱していくのがレンズ越しに見える。
「帝国軍に負けられると、この周辺が騒がしくなるよね。めんどくさいなぁ、もう」
『戦闘に介入しますか?』
「出来ないし、やらないってわかってるくせに」
『冗談のつもりでしたが』
「もうすこし精進して。あ、魔装騎士が出てきた」
鉄槌騎士の近くに同じくらいの大きさの巨大甲冑騎士が現れて戦いを挑む。
巨大な剣と鉄球がぶつかり合い、盛大な火花を散らす。
甲冑騎士の盾部分に魔法陣が現れ、魔法弾が雨あられと射出される。
鉄槌騎士の盾を持った左腕に直撃して大破するが、同時に甲冑騎士の表面に大量の火花が飛び散り、装甲が削られていく。鉄槌騎士の肩部にあるガトリング銃が大量の弾丸を浴びせているのだ。
盾を持ち上げて機銃弾を防ぎながら大剣をふりかぶる。鉄槌騎士は鉄球を魔装騎士の右腕に打ち付けた。装甲が窪み、歪んだ関節部から潤滑油が飛び散る。
巨人たちはともに椀部に損傷をうけて、示し合わせたように一度引き下がって仕切りなおす。
巨人同士の戦闘は一進一退、それを退屈そうに眺めながら少女はぶつくさ云う。
「うーん、見たところ鉄槌騎士が7騎に魔装騎士も同数か。他のところに隠していなければ、五分五分だね。どーでもいいけど」
双眼鏡を下して、はぁとため息をつく。少女はちょっと憂鬱なのだが、表情が変わっていないせいでいつも通りにしか見えない。
「うー、帝国首都なんか行きたくないなぁ……この戦闘が伝わったら、ぜったい大混雑しているよ」
『帝国首都に行くのは任務のためです。正当な理由なき任務放棄は罰せられます』
「わかってるよ。でも、気分乗らないのだから愚痴ってもいいでしょう?」
『聞くだけは聞きます。わたしは貴女のパートナーですから』
「うん。いつもありがと」
無表情な少女が投げやりに感謝の言葉を返すが、それは単に照れているだけだとパートナーであるそれは判っていた。
『どういたしまして』
「じゃ、行こうか」
身体を後ろにたおして、頭から下に落ちる。そのままくるりと空中で一回転して、とんっと軽やかに着地。
露わになった濃紺のメイド服の上に、舞い上がっていたマントがふわりと舞い降りてくる。
左腰に緋色の鞘が佩かれているのが見えた。
昇っていた大木からすこし離れた街道の脇に、巨大な箱型の物体が鎮座していた。
全長10mを超す黒色に塗られた大型輸送キャリアである。彼女の身長よりも大きな車輪が10軸もついており、荒地走破性も高そうに見える。
彼女は慣れた様子で側面ハッチの電子ロックを解除した。通路を抜けて操縦室に入る。
3、4人入ればいっぱいになりそうな部屋にいくつものモニタ、操作パネルと運転席がある。放り出された毛布や下着、携帯食料のパックがあふれ出たゴミ箱、付箋の張られた紙のマニュアルなどなど。
ここで過ごす時間が長いせいか、けっこう汚れている。
少女は、周辺の地図をばさっと広げながらパートナーと相談する。
「戦場を大きく迂回して、こっちの街道に入り込めば混乱は少ないんじゃないかな?」
指でさして云うと、赤いレーザーポインタが何か所かを指し示す。
『判断材料がありません。しかし、こちらのルートですと帝国軍の撤退に巻き込まれる可能性があります』
「うーん、一日で敗走するほど弱くないでしょ。いちおう世界最強を名乗ってるんだし。それに日暮れまであと4時間、こちらはのんびりしても80kmは進めるだろうから」
『わかりました。方位ナビゲータをセット。各部チェック実行中……完了。異常なし。発進準備完了』
「ん、じゃ、いこうか」
運転席に座ってミッションをドライブモードに入れ、アクセルをゆっくりと踏む。
車輪部の超伝導モーターの唸り音が高まり、巨大な車体がゆっくりと震えながら、魔法で表面の土を焼き固めただけの簡易舗装がされた街道を走り始める。
地上高3メートルの操縦席では、流れる風景もゆっくりだ。
街道幅の半分近くを占める大型輸送キャリアをのんびり走らせながら、彼女はふと先ほど見た光景を思い出した。
(……なんか、皇族旗が見えたような気もするけど、ま、こんなところにいるわけないし)
戦記物風ではじめましたが、戦争シーンはたぶんここだけです。
少女の名前が出てきましたが、フルネームは次回。※2014/4/19修正で次回に持ち越し
彼女の部分だけ、用語の使い方が違うのは仕様です。
次回はお約束の邂逅です。1stバカをおちょくって、ざんこくに遊びます。




