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滅国の少女騎士 ~ボク、とってもざんこくなんですけど?~  作者: 森河尚武
第四章 黒髪少女の休息と帝国の憂鬱
32/49

巨星、墜つ

お久しぶりです。

待たれていた方々には申し訳ありませんでした。




神造兵器(カイザーリンブルグ)が――っ!! あ、ありえない、ばかなっ! 」

 尻もちをついたエールゼベトが震えながら喚き散らす。

「なんだ、なんなのだ、貴様っ! ありえぬ、ありえぬありえぬーーーー!!!」

 ねこみみメイドはエールゼベトを一瞥もしない。

でゅふふと気持ちの悪い声をあげ、手をわきわきとうごめかしながら、鎖で磔にされているフェテリシアににじり寄っている。

「な、なんですか、その手の動き! うねうねして気持ち悪いんですけどっ!」

「にょほほほっ! ほ、ほぉおお! ほぁあああああ!」

「人類語しゃべってくださいよっ!」

 二人の人外は、エールゼベトのことなどまるで見ていない。

注意を払う必要もないと、態度で示している。

相手にもされていない――そう感じたエールゼベトは激高する。


「貴様らっ! 帝国最強たる私を舐めるのもいい加減にしろぉおっ!!! 《雷こ――》っ?!」


 エールゼベトは瞬時に魔法構成を編み上げ――られなかった。

練り上げた魔力が構成をする端から霧散していき、魔法を形作れない。

まるで初めて魔法を使ったときの様に。

ありえない、子供が失敗するような失敗を、この自分が――っ!?

エールゼベトはありえない事象に驚愕し、思考が停止する。知らずに言葉をこぼす。


「魔力が、魔法が使えない……?」

「にゃんだ、気が付いていなかったにゃ? ここはワタシの劇場化法則世界だから、お前らの“魔法(笑)”は使えないにゃ?」

「な、ん……だと?」

 エールゼベトは呆然としながらつぶやく。


『あれはまったく気が付いていなかったみたいですね』

「ちょっと気を配っていれば気が付くと思うんだけど。魔力(NM)が支配されているの」

『まだ原因も判っていないみたいですし、本当に帝国最強の魔導師なのでしょうか?』


 周囲の雑音すら聞こえないほど、エールゼベトは呆然としていた。

半身たる魔法が使えない。それは彼女に激しく動揺させた。


「あ、ばかな……そんな、ばかなっ! 魔法を封じる!? そんなことが出来るはずがぁああっ!!」

「あーあー、もうーうるさいにゃ」

 ねこみみメイドが、どうでもいいように言い捨て、ぱちんっと指を鳴らす。

エールゼベトの直上に大量の光弾が出現。


「っ!!!!!!」


 魔力微震すらなく出現したそれに、エールゼベトは反射的に防御魔法を展開しようとして


「っ?!!!」


当然のように失敗した。

凍り付く彼女の直上から、光弾が暴風雨のように降り注ぐ。

エールゼベトは魔法を放とうとしたために、反応が遅れる。


「ぉおおおおーーーーーっ!!! っ!!!」


 エールゼベトは迫り来る光弾を鍛え上げた武技で回避する。

大量の光弾が地に着弾して炸裂する。

次々と地をうがち、土煙を舞いあげ、衝撃波がエールゼベトを叩く。

いくつもの光弾をかすらせながらも華麗に回避していく。

数百発の光弾が全て着弾して、静寂が戻る。

着弾点は数百カ所にも及ぶミニクレーターで地形が変わっていた。


「はっ、こんな弾幕なぞ、魔法が使えなくてもっ!」


 光弾がかすり、いくつもの血筋を流しながらエールゼベトが咆える。

「当たらないように散らしたのに、なんで当たりに行くかにゃぁ? 外れるように調整するのちょっとめんどくさいにゃ……」

「――っ!?」

 ただの威嚇であったため、当たらないように射出された光弾は、エールゼベトが動いたためにむしろ交差軌道になってしまったのだ。


「はぁ。静かにしてもらうかにゃぁ……」


 ねこみみメイドがめんどくさそうに、肩越しにエールゼベトの方へと顔を向ける。


「――っ!!」


その瞬間、エールゼベトの身体が凍り付いた。

 バイザー越しに見える眼窩の奥、その漆黒の瞳は――何も映していない。

深淵のようにただただ深く、思考も感情もなにもかもが抜けた、そこにあるだけのなにか。

それは殺す意思すら欠けている。

戦う者の眼ではない。

気にも留めていない。

ゴミ箱に放り込こむといった程度の意思すら欠けている、それ。

 エールゼベトという()など見てもいない――。


意思よりも先に肉体が知ったのだ。

コレ(・・)には絶対にかなわない(・・・・・・・・)


冷気が背筋を駆け巡り、上半身がガクガクと震える。脚もまた無意識にガクガクとひざが揺れる。

それは――肉体の本能が感じる恐れ。

絶対強者を前にして、本能が認めてしまったゆえの反応。

だが、人間は理性が本能を抑えつけられる唯一の動物だ。


(私が怯えている!? 帝国最強たる私が――そんなわけがある、かああああああっ!!!)


ゆえにエールゼベトの理性はそれを乗り超えた。


 気を奮い立たせ、無理矢理に身体を動かす。


体内魔力を巡らして肉体を活性化し、身体強化を発動――成功!

(はっ! 魔法を使えなくしたなど云うのはただのウソかっ!!。攻撃魔法が使えなくなった程度なら、何とでも出来る――!!)

 身体強化を禁断の十倍にまで加速させ、ただの一撃の下に、あのにやついた素首を叩き落として――?!

加速され、周囲がゆっくりと動く世界で、ねこみみメイドは、口元を動かしている。


めんどくさい……


けだるそうに普通の速度(・・・・・)で手を向け、指をぴんっと弾いた。


エールゼベトが豪快に転倒した。猛然と踏み出した脚に凄まじい衝撃を受けてもつれたのだ。

通常の十倍の速度で転がって土まみれになったエールゼベトがふらふらしながら立ち上がろうとする

「ぐぉ、いったいなに、が……」

「指を弾いて空気圧縮して、ぶつけただけにゃ」


 頭上から声が降りてくる。転がるように下がって立ち上がり、槍を構える。

「くそ、自分は魔法が使えるとは卑怯なっ!!!」

「魔法(笑)ではなくて武技にゃ。鍛えれば誰でもできるにゃ?」


 ぴん、ぴんと無造作に指を弾いて空気圧縮弾を適当に飛ばして地面を穿つ。

 威力はたいしたことはない。


「ちっ、だが、来ると判っていればそんなもの――!! ぉおおおっ!!」


 超加速する。蹴り出しで地面を次々に爆発させながら方向転換、距離を詰めて魔導槍を神速で突き――穂先が弾かれた。


「っ!?」


 姿勢を崩したエールゼベトはとっさに跳んで、脇をすり抜けて後方に着地した。

 人差し指で弾いたねこみみメイドは追撃しなかった。


「……まだやるにゃ?」


ねこみみメイドは振り向きもせずにめんどくさそうにたずねる。実力差が判っただろうといいたげにして。

しかし、それはエールゼベトのプライドを刺激しただけに終わった。


「舐めるなぁああっ!!」


 再度超加速したエールゼベトは咆えながら神速の三段突きを放とうとした瞬間、目の前にすたすたと歩いてきたねこみみメイドが無造作に腕を伸ばした。

――エールゼベトの肩口にちょんと小指を触れさせた。

破滅的な衝撃で、エールゼベトは吹っ飛ばされて地面に叩きつけられながら転がっていく。

「ぐ、ぐぉ……な、にが……」

何が起きたかも判らないまま、腕をついて立ち上がろうとして、無様に転けた。

肩口に異様な熱がある。

目の前に転がる魔導槍。

それを掴んでいる見覚えのある腕。見覚えのある手指。


「あ゛、…!!!!! う、うでが、うでがぁああっ!!」


それは肩口からちぎれた彼女の腕だった。


「うるさいにゃぁ、いま治してやるからわめくにゃ――『治れ』」

 ねこみみメイドが拾った腕をエールゼベトの砕けた肩口に押しつけると、ぐじゅりと傷口が接合して元に戻る。

不可解なことに戦闘衣もまた元の形に戻る。


「問題なく動くだろ、まったく、これくらいで騒ぐにゃ、うっとおしい」

 ねこみみメイドは心底からめんどくさそうにぶつぶつつぶやく。


「き、きさま、いったい、な、にをした……」

「あん? 治したことになんか文句あるのか?」

「ばかなっ! 治癒魔法で、ここまで迅速に治るはずがっ!! な、なにをしたっ!」

「お前らの魔法(笑)などと一緒にするにゃ。うちらの技術は、かつて宇宙や次元を自在に駆け巡り、星を滅ぼし、太陽や生命さえも造りだした、総合科学アルティメットテクノロジーにゃ」

「科学などおとぎ話をっ!! そんなもの実在するわけがないわっ! ふざけてるのかっ!」

「はっ、見たことがないから実在しないってか? 違うにゃ、お前は見ているだろう、たったいま(・・・・・)。片鱗の片鱗の片鱗そのまた片鱗だけどにゃ」

 向けられている水晶玉のような瞳は、ぽっかりと空いた眼窩を幻視させる。

底の見えない、深淵を覗き込んでいるような原初の恐怖を連想させた。


「くっ……!」


 恐怖をねじ伏せるかのように身を奮い立たせて、跳び下がりながら槍を拾い上げ、揮って構える。

魔導槍の穂先が展開し、内部機構が最大速度で回転を始め、発光する粒子が放出される。

慣れ親しんだ魔法の感覚が戻ってきたことにエールゼベトは自信を取り戻す。

身体制御加速、そして超高速移動魔法を構築――多少不安定だが発動に成功


(――なら一撃で殺してやるっ!!!)


「死ね――!!」


 高周波音が高まり、背より強烈に発光する粒子を大量に噴出。

ドンッ!!!!!

音の壁を一瞬で突破、ヴェイパートレイルの尾を引いて、敵に迫る。

人には絶対に対応できない速さ。超音速で迫る。エールゼベトですら、周囲を認識しきれない超加速の世界の中。

 ねこみみメイドはろくに見もせずに一歩だけ横に歩いた。それだけで攻撃範囲から外れた。

それがかろうじて見えたエールゼベトは軌道修正をしようとするが、間に合わない。

直近を通り過ぎるエールゼベトにねこみみメイドは優しく、そっと蝶をつまむかのように優しく、人指し指を彼女の小型盾にちょんと当てた。

それだけで、爆発するかのように砕け散った。

エールゼベトの左腕ごと。


「――ぎゃぁあああああっ!!!」


 跳ね転がりながら、エールゼベトは突如生じた激痛に絶叫する。


「あー、うるさいにゃ、ババァの汚鳴なんか聞きたくないにゃ、《治れ》」

キーワードと共に、エールゼベトの腕が再生する。小型盾はばらばらのままだ。


「あ、ひぃっ!! な、治ってる……!? あ、あああ……」


 いきなり引いた痛みにおそるおそる見下ろすと、吹っ飛んだはずの左腕がある。


「ひ、はッ! ば、化け物っ!!」」

 エールゼベトは転がるように後ずさりながら、なおも槍を向ける。


「し、死ねぇええええあああああっ!!!」

 恐怖の底が抜けたエールゼベトが吶喊する。技も何もなく力任せに駆けるが、普段の彼女よりもはるかに遅い。


「はぁ、まだやるのかにゃ……めんどくさいにゃ」


 豪速で揮われた魔導槍の穂先を、無造作に受けとめ――そのまま握りつぶした。

砕かれた魔導槍にエールゼベトは驚愕した。

「っ!! 神代絶対金属(オリハルコン)が――っ!?」

 ねこみみメイドはやれやれと云わんばかりに肩をすくめるだけ。

 多少堅い金属であろうとも複雑な機構を組み込まれて分割されているのだ、強度は当然落ちる……のだが、それでも人間の握力程度では歯が立たないのも事実。

単にねこみみメイドのパワーがダンチなだけだった。

ねこみみメイドが手首を返すと、槍ごと回転しそうになったため、エールゼベトは自分から跳んでくるりと回転、着地と同時にハイキックを繰り出し――その足首を掴まれた。

 ねこみみメイドがめんどくさそうに無造作に手首を返した。

「っ!!!!!」

みしびちびちっと肉の断裂音をあげながら膝から下がねじ切られていく。

あまりの激痛に、悲鳴すらあげられない。

つま先が270°ほと曲がるとぽいっと捨てた。


「ーーーーー!!!」

 エールゼベトは脚を押さえて地面を転がり回る。

「《治れ》――もういいにゃ? これに懲りたら邪魔を……」

ねこみみメイドが一言つぶやくと、時間が巻き戻るように元に戻る。

「あ、あ…ああ……」

エールゼベトが呻きながらふるふる震える手で脚を撫でる。元のように動く脚。

「ああああああっ!!!」

 叫びながら、エールゼベトが斬りかかる。

壊れた魔導槍を縦横無尽に振り回す。

鋭い薙ぎ払い、唐竹から袈裟斬り、遅滞のない技のつなぎは、一呼吸で四度の斬撃を繰り出せる。

しかし、ねこみみメイドはそれらを少し身体を捻るだけで回避し、手首をくっとふるうと、圧縮された空気の砲弾がエールゼベトを直撃する。

「っぁああああ!!!!!!」

 エールゼベトは一撃で手足を叩き折られて、空中を舞いながら地面に叩きつけられ、怪我が再生する。

 治ると同時に、エールゼベトは絶叫しながら飛掛かる。

それをねこみみメイドはべちこーんと地面にたたきつける。

背骨がぼぎゃりと折れて、一瞬で治る。

「がぁあああああっ!!!!」

痛みを忘れたかのようにエールゼベトはなおも立ち向かう。

腕から血飛沫をまき散らしながら、壊れた槍を突きこむ。肉体の限界を超えた加速が、毛細血管を破裂させているのだ。

そこまでして揮っている槍は、だが届かない。

 ねこみみメイドがぽーんと適当にエールゼベトを蹴りあげる。

エールゼベトが地面に頭からぐじゃりと落下し、ヤバい方向に折れ曲がるが、それすらも何事もなかったかのように元のカタチに戻る。

痛みが引いた瞬間、彼女は跳ね飛ぶように起き上がり

「るらぁあああっ!!!!」

咆えながら、豪速の蹴り。

ねこみみメイドがでこぴんで蹴り脚を弾くと、身体ごと縦回転して勢いよく地面にたたきつけられる。

「がぁああああっ!!」

それでもなお起き上がり、顔面を血まみれにしながら、今度は豪速の拳。

捻りを効かした螺旋直打コークスクリューブロー

 ねこみみメイドが指でとんっと叩くと拳がねじ切れるように余計に回転して、ひじ関節が破壊されたエールゼベトが絶叫する。

しかし、そんな怪我も一瞬で治る。


「ぉおおおっ! この程度の攻撃で倒れると思ったかっ! 舐めるなぁ、小娘ぇええええっ!!」


ねこみみメイドがめんどくさいので自動再生治癒にしているのだ。

そんなことは知らないエールゼベトは、すぐさま次の攻撃を、必殺の剛拳を繰り出す。


「ぬぅううっ! はぁあああっ!」


息をつかせぬ豪速の拳打、蹴撃、コンビネーション。――届かない。


それはまるで物語の場面、最高潮に達した最終章のそれ。

あまりに強大な敵に、我が身を省みず立ち向かうエールゼベトの姿は、悪しき皇帝に一騎打ちを挑む英雄、魔王を討ち果たさんとする勇者のそれと重なる。

まったくの無意味という点を差し引いても。


あまりにも性能差があり過ぎて、戦いにすらなっていない。

 凄惨極まりながら、血のひとつも落ちない戦場で、人外化け物のねこみみメイドと帝国最強魔導師が激突している。

 一方には激突している気はないが。


「ちょ、少佐! いくら再生するからって、一般人相手にやり過ぎです!」

「いいのにゃ、こういうおバカちゃんはきちんとプライドをへし折っておかないとだめなのにゃ。とはいえ、めんどうだにゃぁ……」

 フェテリシアの指摘にねこみみメイドはそちらを向いて答える。


「ぉおおおおおっ!」


 好機とみたか、獣のように咆えながらエールゼベトが突貫するが、ねこみみメイドは見もせずにゆるやかに身を逸らして壊れた槍を避け、エールゼベトの腹部にちょんとおしりをあてる。


「ぐげぇえええっ!」


 エールゼベトが血を吐きながら錐もみ大回転で宙をふっとんで地面に叩きつけられ、爆裂した内蔵が再生する。

 四つん這いになり腹部を押さえながら激しく呼吸をする。


「ぐぶぅ……げぇ……」

「ああーもう、めんどくさいにゃ、よく咆える雑魚ほどうっとおしいものはないにゃ、別に敵対しなければ無視してやるのにつっかかってくるにゃ、こっちは許可無く殺せないから気を遣うのにゃ、そこらへん判って欲しいのにゃ」

 ぶんっと手を揮うとエールゼベトの直近の地面が爆発する。真空打ち(ソニックブレード)の乱舞――しかし、エールゼベトにはかすらせもしていない。

ふっとばされたエールゼベトが、こわれた人形のようにぐしゃりと落ちる。

「――判ったにゃ? 静かにしてるにゃ」

 威圧。強大無比なプレッシャーがエールゼベトに冷や水を浴びせ、理性を回復させてしまう。

 青ざめて、後ずさる。

「あ、ひぃぃいいっ!!」

「判ったかと聞いているにゃ。まったく、ババァの汚い悲鳴を聞く身になってほしいにゃ。心底からどーでもいいにゃ、いまいそがしいんだから邪魔はしてほしくないにゃ、ぴちぴちローティーンの柔肌がワチシを待ってるのにゃ。邪魔してほしくないのにゃ、邪魔してほしくないのにゃ、大事なことだから二回云うのにゃ。理解したかにゃ? 理解したかにゃ?」

ねこみみメイドは、あいかわらずエールゼベトを見てはいなかった。

関心のない瞳は微量の苛立ちが含まれている。


「あ、あ……ああ……」


 エールゼベトの思考がぐるぐるとまわる。武人としての冷静な思考。

極めた槍術も究極の魔法たる“聖域(サンクチュアリ)”も、絶対的な信頼を置く最強武装《神像巨人》も。

彼女を形作っているあらゆるものが、積み上げてきたもの全てが――こいつらには何一つ通じない、届いていない。


 そして、あの瞳。そこにものがあるとしか思っていない。

エールゼベトなぞ、歯牙にかけぬどころか興味も持っていない。

帝国貴族が、家畜を見ているのと同質の色。

それはつまり殺そうと思えばいつでも殺せるとということだ。なんの感慨もなく。


「ひぃぁああああっ!!!!!」


 エールゼベトの恐怖の底が抜けた。

足腰の立たぬまま逃げ出すように退りつづけて、頭を振っているノーフェリとぶつかってもんどりうって転がる。

そうして目に入った者にすがりつく


「あ、あ……ひ、はぁ、あああああっ! た、助けてっ!」


 四つん這いでフェテリシアの脚にすがるエールゼベト。


「あ、あなたを捨てる気なんかなかったのよっ! ほんとよ、ウソじゃない、わたしは反対してたのっ! だって、あなたは最愛の娘だものっ! 見捨てるわけがないじゃないっ!」

「・・・・・」


 フェテリシアは無言。エールゼベトは必死にたたみかける。


「あのクズ男が指示したのよっ! そ、そうセバスチャンが手配して――私が知った時には全て終わってたのよっ!!」

 この場にいない人間に責をなすりつける。その態度にもフェテリシアは何も反応しない。

エールゼベトはさらに続ける。

「わ、私じゃないのっ! ノーフェリとか……そ、そうよっ! あの出来損ないとノーフェリがやったのよっ! だから、あれを好きにしていいからっ!! わたしは反対したのよっ!!」

 ノーフェリを指差して、叫ぶ。

「え……?」

 ノーフェリが唖然とつぶやいた声にぴくんとねこみみが動くが、誰も気が付かない。

 唖然としているノーフェリを放っておき、あまりにも最低なことを口走ったエールゼベトは止まらない。

「あれのことが憎いでしょうっ!? あれなら好きにしていいわっ! なんなら殺したって構わないっ! だ、だからお願い、わたしのことは見逃してっ! 私の最愛の娘よ、貴女の本当の母親を助けてちょうだいっ!!」

フェテリシアはまったくの無言。ただ見下ろしている。


「ね、ねぇ、助けてくれるわよ、ねぇ……?」

「……いったい誰に問いかけているのですか?」

「それは、もう、最愛の私の娘たるあなたに決まっているじゃない、なにを云っているのかしら?」

「……名前を云わないと誰を呼んでいるのか判りませんよ」

エールゼベトは一瞬口ごもりながら。

「え……えと、あ! そ、そうっ! 私の最愛の娘メリーベル!」

「……」

 フェテリシアは無言。まばたきひとつせずに、表情もかえずに彼女を見つめている。

その意味を悟りエールゼベトは一瞬で青ざめる。

「っ!!! あ、あら? ち、ちがったかしら――!?」

「あ、そ、んな、ごめんなさい、ごめんなさい、許してっ! 私は貴女の本当の母親だから、許してくれるよねっ!!!」

 エールゼベトは必死に許しを請いながらフェテリシアの腰までしがみつき、そしてするりと彼女の細い首に腕をまわして、引き抜いた隠しナイフを頸動脈に突き付ける。

 ナイフの刀身には魔導文字が煌々と光っていた。


「――これで貴様らは攻撃できまいっ! 形勢逆転だっ!! さぁ、こいつの命が惜しくば、」

しかし、奴らは聞いちゃいなかった



――時は少し遡る。

「か、あさま……」

 蒼白なノーフェリだけが母親を呼んだ。それは憐憫か、それとも己の運命を案じたのか、自分でもわかっていない。

 びくぴくんとねこみみが動き、ぎゅるんとそちらを向く。


「――あ、やば……」


 無表情だったフェテリシアが少し焦った声を出し――。


「にゃんとっ! そんなところに美少女がっ!」


――遅かった。


「え……?」


 母に見捨てられて放心していたノーフェリがつぶやくと、不意に背後からぐわしと抱きしめられた。


「にゃぁ、なんかフェスそっくりにゃぁっ! かわいいにゃっ!」

 瞬間移動をしたねこみみメイドが頬をすりすりする

突然のことにノーフェリは硬直して声も出せない。


「ちょ、少佐っ!!  まってっ! ノーフェリは、まだ14才だからっ!!」

「14才だとぉおおっ!!!! むっふーーーーーー! た・ぎ・っ・て・キターーーーーーーっ!」


あ、なにか間違えた。


 フェテリシアは致命的なミスをしたと気づいた。


ごめん、ノーフェリ。ボク、致命的に間違えたみたい……

 フェテリシアが元妹に謝る。こころのなかだけで。


「ぴちぴちのお肌っ! さらさらの黒髪っ! ふが、っぶふっ!! さわやかなにほひ~っ!!」


 はぁはぁと息を荒げながらくんかくんかするねこみみメイド。手つきがどことなくそれらしくいやらしい。

ノーフェリは、いま感じているのが恐怖なのか、安堵なのか、それともなんなのか、まったくわけがわからない。


「よし、お持ち帰りにゃーーーーっ!!」

「ちょっと、少佐っ!! なに全部放って帰ろうとしてんですかっ!」

「にゃはははははっ! この世全ての美少女はワタシのものぉおおおおっ! ザーッツ・コレクトぉおお!」

「聞けよっ、おいっ! あ、ちょっ少佐ぁあっ! その子はノーマルなんだから、そういうのはダメです、少佐っ!!」

「だいじょうぶにゃ、誰だって最初はノーマルにゃっ! しかしやがて目覚めるのにゃっ!」

「ダメな方に目覚めさせてどうするんですかぁあああっ! ちくしょー、これ外れないぃいいいっ!!!!」

フェテリシアがじたばた暴れるが、びくともしない鎖。

「ちょっと、ウィルっ! これなんとかできないっ!?」

『残念なながら無理です。機能がロックされています。まともに動くのは会話通信機能だけですネ~HAHAHAっ!』

「ちょ、やくたたずぅうううっ!!」

『無茶云わないでください』


 真面目モードが三分と持たないのだ、こいつらは。



「貴様らぁああああっ――!?」

 あまりにもヒドい無視されっぷりに激昂したエールゼベトはフェテリシアに魔導ナイフを突き立て――

視界がぐるんと回る。彼女の目に飛び込んでくるのは、無表情の“最愛の娘(笑)”と目を見張っているノーフェリ。何が起きたのか理解できない。

どういうことか、身体が宙を舞っていた。

くるくると回転しながら地面にたたきつけられて、エールゼベトは初めて吹っ飛ばされたことに気が付いた。


フェテリシアの横にいつのまにか老人が立っていた。

「……立ち上がって大丈夫? まだ安定していないんじゃない?」

「動くのに支障はございません。お心遣いに感謝いたします」


フェテリシアは心配そうに気遣うと、彼は礼を述べる

 のんびりと会話を交わす元娘と老執事に、エールゼベトは怒鳴る。


「セバス、なにをしているっ! 動けるならば時間を稼げっ!」

「なぜでございましょうか?」


 老執事は不思議そうに首を傾げ、つまんでいた魔導ナイフを何気なくハンカチにくるんでポケットにしまう。


「このウスラバカがっ! 主を助けるのが従者の役目だろうがっ! そんなことも理解できないのかっ!!」

「それはむろん従者の役目ではございますが、エールゼベト殿は主ではございませぬゆえ」

「なにを云っているっ! 黙って従えばいいんだ、このバカモノがっ!!」


 エールゼベト殿と老人は他人行儀に云った。その意味が彼女には理解できていない。


「エールゼベト殿には長きにわたりお仕えいたしてきましたが、この身は免じられました。ゆえにもはやエールゼベト様にもゴルド家にもお仕えしておりませぬ」


 老執事が深々と礼をする。


「なにを云っているか、ならば命じるっ!! 再び私に仕えよっ!」

「それは叶いませぬな」

「なにぃっ! きさま、誰に向かってものを云っているっ! お前らは黙ってこのエールゼベトに従えばいいんだ――」

「従者を免じられた者には主を選ぶ権利が生まれます。これは帝国貴族法にも明記された条項でございます」

従者に選ばれぬ主は貴族たり得ぬ――形骸化した法だが、いまだ有効だった。

実際には従者は死をもって免じられることがほとんどのため、適用されることはほとんどない法だが。


「そして私どもは命を救われた恩義をかえさねばなりませぬ」


 フェテリシアに向けて、深々と頭を下げているセバスチャンの後方に、いつのまにか十数人の黒装束の者達が膝をついて頭を垂れていた。

彼らはセバスチャンを頭とする私兵。彼が私的に雇い、鍛え上げた集団。

ゆえに、彼に是非もなく従う。

諜報活動に従事する彼らの所属など、ゴルド家の誰も気にしたことなどなかったのだ。


「あなた様は、敵である我々の命を奪わず、気絶させるにとどめた。私に至っては命まで救っていただいた。このご恩は、返さなければなりません」


その言葉はフェテリシアに向けていた。


「……べつに、恩に着なくてもいいよ。ボクだって昔にかわいがられたことくらい覚えてるから」

「気にされることはありません。我々が勝手に仕えるだけでございます」

「……勝手にして」

「はい、勝手に致します、メイフェーア(・・・・・・)様」

「やめて。今のボクは、フェテリシア、フェテリシア・コード=オクタ、それがボクの名前」

「わかりました、フェテリシア様」


 セバスチャンが深々とお辞儀をする。


「貴様らっ!! ゴミの分際で、主を捨てるかっ!!!! そんな権利があるわけが――」


 エールゼベトが叫ぶ。元従者に見捨てられたことにようやく気が付いたのだ。

憎しみすらこもった怒声に彼らは頭も上げない。エールゼベトのことなどすでに無視している。


「――エールゼベト様。あなたがどう思われていようとも、自分は楽しゅうございましたよ」


セバスチャンの決別の言葉。


「貴様っ!!!」


エールゼベトは錯乱状態でセバスチャンに掴みかかる。それをかわして、彼はエールゼベトに手を添え、一歩を踏む。

凄まじい震脚。

大地を踏み潰す勢いの力は脚から腰、腰から上半身、上半身から腕をあますことなく伝わり、エールゼベトを軽々と宙を舞わせる。

美しいまでの武技に、おもわず見とれていたフェテリシアはふと我にかえった。


「しまったっ! ノーフェリっ!!」


ねこみみメイドにかいぐりかいぐりかわいがられている少女。


「ぬふうふふ、よい、よい! ではないか、よいではないかっ!!」

「……あっ……んぅ……ぁ……ゃぁ……」


 ノーフェリは、眼をぎゅっとつぶってなぜか頬を上気させて、息が荒くなっている。

 

「てめぇえええっ! いいかげん人の妹にをはなしやがれーーーーっ!」

「ひでぶっ!!!」


 いい加減キれたフェテリシアが飛び蹴りをぶちかます。

 にやにやと笑っている(・・・・・・・・・・)顔面に直撃を食らったねこみみメイドが派手に跳ね転がりながら吹っ飛んでいく。


フェテリシアは元妹の肩を掴んでがくがくゆさぶる。


「ノーフェリっ! 気をしっかり持ちなさいっ! 知らなくていい世界なんだからねっ!!」

「……ぁ……お、ねぇちゃん………? ぇ……ぁ……血が………」

「――ああ、ごめんね。服、汚しちゃったね」


 フェテリシアのほとんど千切れかかった両腕からは大量の血が流れている。

それだけではない。騎士服はほとんど吹き飛び、脚も肉がえぐれていて無事な箇所を探す方が困難だった。

機能制限を受けている現状では、肉体再生も遅々として進まない。

鎖を引きちぎった代償――超直感演算による過程を無視した結果実現の影響が一気にかかり、フェテリシアの肉体をズタボロにしたのだ。それは超高速度演算のために肉体の損傷を考えずに演算して計算量を減らしたのだ。動けないほどの大けがの可能性もあったことを考えれば、むしろ幸運な結果とさえいえる。


「フェテリシア、無茶するにゃぁ、もう。こっちで外さなかったら(拘束鎖の解除)身体がばらばらだったにゃ」


 にょるんと姿を現したねこみみメイドが文句をつける。当然のように無傷。


「それも含めて演算してますから」


 ノーフェリを腕の中にかばいながら、フェテリシアは警戒している。


「ほう、わたしの行動まで読んだというにゃ?」

「そんなんじゃない、ただのロジックです。ボクの破壊が目的じゃない以上、ボク自身が自傷行動をとれば逆にフォローに回ると考えただけです」


「ふーん……ま、いいにゃ。ところで、その子が大事なら、ちゃんと守ってやるにゃ」


 眼を細めて鋭い眼光を放つナオミに、背を向けているフェテリシアは気が付かなかった。


「大事だとかそう言うのじゃなくて、目の前でボクが嫌いなことをされるのがイヤなんですっ! それだけですからっ!!」


 彼女の中では、そうだった。

しかし、はた目からはそうは見えない。


「まぁ、そういうことにしといてあげるにゃ」

『そうですね、マスターはそういうところがどうしようもなく甘い人ですから』

「うわ、なんかすっごくムカつく。とくにうらぎりもの(ウィル)

『なんですか、的確な分析だと思いますが』

「その通りにゃ」

「よし、わかった。いっぱつ殴らせろ」

「脳筋にゃ、脳筋がいるにゃ。まないたのくせにマジ脳筋」

『マスターは、まな板ではありません。垂直なので絶壁と称するべきです』

「よし、命名~絶壁脳筋バカと」

「――ブチころすぞ、おまえらぁあああっ!!」


 怒髪天をつくフェテリシアの背後から、地獄の底からの怨嗟を固めたような壮絶な鬼気が発する。


「ぐぅぁ、く……く、そ! どいつもこいつもっ! ふざけおってっ!!!! 最強の魔導師たるこの私を侮りおってっ!! 魔法が使えればお前らなぞ、敵ではないというのにっ!!」


 蒼白な顔色のエールゼベトが呻きながら歯噛みする。

あまりにも滑稽で哀れな見世物になっていることに、彼女は気が付いていない。


「ほほう、それはなかなか愉快な見解だにゃぁ」


 ねこみみメイドが、なぜかわくわくしたように確認する。


「攻撃魔法が使えれば、お前らなぞ敵ではないわっ!!!」


 エールゼベトはローブに仕込まれた魔導装備を引き抜き、突進する。魔法が使えない以上、選択肢は近接格闘しかない。

 ねこみみメイドは、エールゼベトの決死の覚悟なぞ気にもせず、陽気に宣言した。


「ほほう、ならばそのリクエストに応えるにゃ!!  舞台セーットアップっ!」


“挑戦者現るっ!!”


 どこからか野太い声でアナウンスがながれ、ずごごごと大地が震動する。

大地震に立つのもやっとな状態のなか、地面からなにかがせり上がる。

派手な電飾がぴかぴか光りながら、それは完成する、闘技場のような観客席や舞台が


「……あー、悪いクセ(ユネカの)が……」

「な、なにが………」


 額を抑えるフェテリシアに、とまどうノーフェリ。

 セバスチャン達は驚きながらも興味深そうに周囲を見回している。


「にゃーはっはっ! にゃーはっはっはっ!! これぞ劇場化法則世界の真の使い方っ!! すなわち“格闘遊戯舞台”(現実3D格ゲー)!」

舞台の中心部で、なぜか浮かんでいる巨大な月を背景に暗黒舞踏をくねくね踊りながら、ねこみみメイドがどやぁっとした顔つきで宣言する。


どこからか軽快な音楽が流れ、無人のはずの観客席からなにやら大量の人の気配がし始める。


「さーて、今宵の挑戦者(無謀者)は生きがいいかにゃぁ!?」


舞台の端で、膝をついたエールゼベトが呆然としている。


「では、開催宣言~!!」


――唐突にねこみみメイドの気配が変わった。

舞台に冷気が漂い始める。陽気な音楽と派手な電飾は変わらないのに、空気が固体化したかのように冷たくねばつく。


エールゼベトの身体が動かない。まるで凍りついたかのように動けない。身体が動くことを拒否している。


「エールゼベト・ド・ゴルド。汝に機会を与えよう」


それ(・・)は一筋も動かない笑顔のまま、詠う様にして告げる。


「ここにいるのは、剣聖に並ぶ史上最強が一角。いかなる敵をも撃ち滅ぼす神魔滅塵の剣、垓殲の盾、地球最終最後の城壁の担い手――」


それは絶対の宣告


「汝らの云う魔法は使えるようにした。己が最強と自負するならば――」


後ろにやっていた両手を広げ、万感の思いを込めて宣言する。


「全身全霊、最強無比、最高最大の一撃を。最強を名乗るならば、わたしを打倒してみせろ」


威風堂々と屹立するのは、ねこみみを身に着けたメイド服の女。

可愛らしいメイド服が逆に凄まじい威圧感を与える。


「さぁ、汝の全てをもって――わたしに挑め」


 その眼光が、エールゼベトを貫いた。圧倒的な精神的圧力(プレッシャー)が恐慌していたエールゼベトを正気に戻す。


「……」


眼を座らせたエールゼベトがゆっくりと見せつけるように無手で構え、魔法を紡ぐ。

フェテリシアやノーフェリが見つめる中、膨大な魔法陣が構成・圧縮され、そして


「《聖なる剣の軍団マキシマムホーリーブレイズ》」


展開される、大量の武具達

古今東西のありとあらゆる武具が空中に現れ、その刃を、穂先をねこみみメイドへ向ける。


「死ね――」


一本の剣が超加速。視認できない速度でそれは向かう――ノーフェリへと。

ノーフェリは視認できていない、ゆえになにも気が付いていない。

 剣身が割れ、中から現れた光の槍がさらに加速。亜光速にも匹敵する速度でノーフェリを襲う。

人間には絶対に認識できない速度、須臾よりも短い到達時間。

飽和攻撃に見せかけて、目的外の人間への攻撃。エールゼベトは策略を仕掛けたのだ。


こちらの味方だとおもっているモノを殺すことによって、生まれるだろう思考停止の隙。

その隙に最大最速の攻撃を仕掛ける――

ノーフェリなど換えのきく手駒、意外に役立たずだった、失って惜しい者じゃなくない――。

エールゼベトは雷光のごとく加速、その先に展開させた“竜殺しの聖剣”を掴み――


「――ぎゃああああああっ」


 エールゼベトが絶叫をあげて転がった。額を抑えて転げのたうちまわる。

 ノーフェリの前にはいつ移動してきたか、フェテリシアが立っている。やけただれた左手から血を流しながら。

 観えていたフェテリシアが前に出て、超速の弾体を弾いたのだ。


弾体は明後日の方向に飛び去り、地に突き刺さる鎖が巻かれた巨大な剣で跳弾、エールゼベトの額をかすめたのだ。


「バカにゃ、真剣にバカにゃ……」


 もはや呆れをもはや隠さずにねこみみメイドがぼやく。


「真面目にやってやろうとしたのに……」


 ねこみみメイドはためいきすらも惜しんで、ころがりまわるエールゼベトの肩を踏んづけた。


「あんまり動くにゃよ。応急処置してやるにゃ。《治れ》」


 一言つぶやくと、エールゼベトのえぐれた額が、時間が巻き戻る様に、もとの形に戻る。


「ぐぁ…ぐぅ……っ!!」

「しばらく痛みはとれんにゃ。あと脳に損傷があるからあまり無理はできないからにゃ――」


そこで、身をかがめて小声でささやくように告げる。フェテリシア達に聞こえないように。


「これでお前は魔法を使えない。――してきたことの報いだ、絶望を抱いてイきろ」


 エールゼベトはそれを聞いた瞬間、魔法構成を編み上げようとして――失敗した。なにも感覚がなかった。慣れ親しんだ、ねっとりとした魔力の感触、こみ上げてくる高揚感、そしてなによりも全身をしびれさせる全能感。

――全て、なかった。

それを理解した瞬間、エールゼベトは絶望した。


「あ、あ……殺せーーーーーーっ!!!!」

「バーカ、わたしたちは許可がなければ殺せないんだよ」

 エールゼベトは即座に自分の舌を噛み切ろうとして、意思に反して顎が止まる。


「自分では死ねないよ、そういう風に設定(治療用NMの)したからな。だいたいわたしたちを舐めまくって、敵に回して、楽にしてやるとでも思ってたのか?」


「貴様ぁっ!!!」


 足首を掴んで引きずり倒そうとするが、びくともしない。エールゼベトは錯乱したように何度も何度も魔法を発動させようとするが、なにも起こらない。

せせら笑いながらナオミは顔を離す。


「ま、がんばってくれ、どっちに頑張るかはお前次第だけどな」

「ああああああああああーーーーっ!!」


 エールゼベトが発狂したように叫びながら頭をかきむしりながら振り乱す。

しかし狂うことも許されない。

激しく頭を振り回していた彼女の視界にフェテリシアが映ると、絶叫しながら飛掛かる。


「お前が、お前が、お前がっ!  お前が」


 眼を血走らせたエールゼベトに、フェテリシアは気圧された。

 押し倒され、エールゼベトが馬乗りになって殴る、殴りつける。


「お前が、お前が、お前がっ!  お前が!」


 別に大して痛くない。がむしゃらに振り下ろされる拳は狙いも定まっておらず、血走った眼はなにも見ていない。

 ごしゃっ、ごっ、がぎっ……。

エールゼベトの呪詛とともに打撃音が続く。哀しいまでに効果がないが。


「反撃しにゃいのか?」

「べつに……、なんとなくこの人の気持ちも判らなくもないので」

「何度もお前を殺そうとしたし、今だって殺そうとしてるにゃ?」

「……哀れな人だから。魔法を奉り、それを裏切り、そして裏切られた。本当に哀れな人だから」

「哀れんでもそいつには屈辱しか感じないだろうにゃー」

「そうでしょうね。自己満足ですよ、しょせん」

「わかってるのにやめないんだ?」

「はい、ボクに出来る最大の仕返しです」

 フェテリシアは淡々と答える。

振り下ろされる拳を瞬きひとつせずに見つめ、殴られるがまま。

 ほとんど痛みはない。身体強化のないエールゼベトはまともな拳打ひとつ放てない。


「死ねぇえええっ!!!!」

 ついにエールゼベトはフェテリシアの首を絞めはじめる。喉に指が食い込むが、フェテリシアは顔色も変えない。そんな彼女をエールゼベトは狂気に犯された目で、形相で首を絞めている。まともな思考をしているように見えない。


「お前が、お前が、お前がっ!! 生まれてきたことが間違いだっ! バケモノめっ! くそ、なぜだ、神よ、大いなる帝国の神よっ! なんだ、この仕打ちはっ!! 何かの間違い――!」


フェテリシアは、なにも云わない。

無表情で、ただ元母親を見上げる。


(ああ、この人は、こんなによわかったんだ……)


肉体的にも、そして精神的にも。

魔法が使えないというだけでこの状態だ。

絶対的な強者だと思っていた。

天塔騎士とされた今でさえ、心の強さではきっと上だと思ってた。でも違った。

この人は――歪んだ誇りの上に作った虚構の塔だった。


フェテリシアは、なんとも思っていなかった元母親に憐憫しか感じなかった。

だから、思わず口を開いた。


「殺す殺す殺す、殺してやるぞ、この出来損ない共がっ!!!!」

「――ボクが出来損ないなら、それを産んだ者はいったいなんなんでしょうね?」

「なんだと、出来損ないのゴミの分際で、この帝国最強魔導師にして最高の魔法研究者たるわたくしに向かって――」

「魔法、使えなくなったんなら、蔑んでるその出来損ないとやらと同じでしょう?」

「――な、んだ、と……?」


 エールゼベトの表情がすとんと落ちた。


「出来損ないとかいってるけど、そりゃ帝国の価値観ではそうかもしれないけど、他国では魔法が使える使えないのは才能の有無でしかなくって、区別はあるけど差別なんてほとんどないし……」


 エールゼベトがガクガクと震えはじめ、顔色は血流さえも止まったかのごとく蒼白を超えて純白に。


「だいたい魔法が使えないことなんて帝国以外じゃ大して意味も……あれ?」


 ヘンな雰囲気に気が付いて言葉を切ったフェテリシアの目の前で、エールゼベトがぐらりと傾いた。

ごしゃっとやばげな音をたてて地面と激突し、ぴくりとも動かない。

 上半身を起こして、不思議そうに小首を傾げるフェテリシアの背後から


「……容赦ない追い打ちにゃ~、さすがフェテリシア!」

『止め、刺しましたね』

「姉さま……さすがに引きます」

「え、え、なに、ボク、ボクが悪いのっ!?」


 三人からのコメントにフェテリシアはおろおろする。

おもわずすがりたくなってセバスチャンのほうを見たが、彼は無言で恭しく礼をして視線を合わせない。その背後で、やはり頭を下げる黒装束たち。

――味方がいない。


「ち、ちがう、ちがうよ、ボク、止め刺す気なんて――」

「さて撤収にゃー、片付けるから少し離れてにゃ~」

『コード=サード少佐、機体ロックの解除を申請します』

「ん~、ダメ。回収機回すからしばらく反省にゃ」

『了解いたしました』

「ノーフェリちゃんはどうするにゃ? ここ(帝国)はもう居づらいんじゃないかと思うけどにゃ?」

「え、あの……その……」

「あ、ちょっと、話聞いて……」


 弱々しくフェテリシアが声をかけるが、誰も聞いていない。


「うちに来るかにゃ? 亡命の意思があればうちは問題ないにゃ」

「あ、はい」

ねこみみメイドが一瞬だけ威圧したため、ノーフェリが反射的にうなづく。

「よし、うなづいたにゃ? うなづいたにゃ! おっけー、おっけ、ちょーおっけー! 全権委任大使の権限において、亡命許可にゃっ!」

「ちょ、あの……」

「これにて一件落着!」

「落着してなーいっ――あっ!」

 じゃらららんっ!

 鎖の鳴る音とおもにフェテリシアの全身が鎖巻き状態になる。

 鎖ぐるぐる巻きでごろんと地面に転がる。


「にゃははっ! 確保成功にゃ!」

 おーいえーと不思議なダンスを踊るねこみみメイド。


「え? あ、れ? ――なにこれっ! 演算がっ!?」

「むだむだむだむだっ! いま演算できないようにしてるにゃーっ!」

 ねこみみメイドが、ぶぃっと指をつきだす。


 フェテリシアは気付いていないが、ねこみみメイドはフェテリシアの体表面に形成された通信回線によって直接介入したのだ。

 通信回路を形成するナノマシンを二度の接触によって体表面にはりつけていた。一回目はもちろん顔を蹴られた時、そして二回目はノーフェリを介してである。

ねこみみメイドは別にただ趣味だけで姉妹をからかったわけではないのだ。99%は趣味だが。

フェテリシアがそれに気が付かなかったのは、そもそもこのような使い方が出来ることをが解っていなかったこと、そして二種類のナノマシンがそろうことにより増殖・形成するように条件付けされていたため、自動脅威識別システムでは個別に判定して脅威だと認識しなかったためである。

二種類のナノマシンが連携して通信回路を形成し、それを通じてねこみみメイドは密やかに巧妙に制御システムに介入し、機能制限をかけることに成功したのだ。

この辺りは同等のシステムといえど経験の差が大きく出てしまった。


「美少女二人お持ち帰りぃぃRyyy~♪  むっはーっ!!」

「ぎゃー!」

「っ!!!!」

 ねこみみメイドが鎖巻のフェテリシアを肩に抱え、硬直しているノーフェリを腰抱きにして持ち上げる。

「さぁ、めくるめく幻想の世界へ! |約束された秘密の百合園ゆりんゆりんがいまここにっ!!!」

 二人の少女を抱えたままねこみみメイドがかろやかに跳び、宙を駆ける。


「あ、ちょっと! 少佐、なに、いったいどうやって服脱がしてんですかっ! ちょ、やぁっ!」

「ふはははぁああっ! よい、よいではないか、よいではないかぁっ!」

 ドップラー効果を伴いながら、遠ざかっていくメイドと()姉妹。









「わ、たしは……帝国最強の……」

あとには白髪のエールゼベトが残されていた……。

気が付けば、この四月十日で公開ちょうど一年でした。

……まさか、まだ書いてるとは考えもしなかった。

適当なところで終わらして、思いつき更新するつもりだったのですが、主力ラインになってるし。

パクス・バニーの合間に書くお気楽てきとー娯楽作品のつもりだったのにどーしてこーなった? どーしてこーなった?


なにわともあれ、皆さまの感想に支えられて続けております。

どうもありがとうございました。

今後も楽しんで頂ければ幸いです。

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