少女と元妹と
構想よりちょっと長くなったので、分割。
後半が久々の戦闘場面です。
だばだばとイヤな汗をかいていく。それはもう滝のように感じられた。
「だめよ、アルテ。ほかの人の迷惑になるから、お店ではおとなしくしていなさいといっているでしょう」
固まっているフェテリシアの横を通り過ぎて、黒髪の少女が黒猫に手を伸ばす。
「なーお」
「あ」
しかし黒猫は一声鳴いてするりと手をすりぬけ、ちりんと鈴を鳴らしてフェテリシアの膝の上に跳び乗った。
「ああっ! こら、アルテ、ダメじゃないっ! ごめんなさい、すぐにどけますから」
「ああ、ちょっと待ってください。大丈夫ですから」
内心ものすごく焦っていても、外面はいいフェテリシアは少女を押しとどめて、黒猫の背中をなでるようにちょっと押した。
すると、黒猫は目を細めてごろごろと喉を鳴らしてフェテリシアの膝の上で丸くなった。
「え?」少女がぽかんとする。
「はーい、いい子ですねー。ちょっとおとなしくしてくださいね」
背中を撫でて、喉元をくすぐると黒猫は気持ちよさそうにしている。
「やんちゃなアルテがあんな……?」
「猫の扱いは慣れていますから」
にっこりと偽りのほほえみを少女に向けながらフェテリシアは答える。
長い黒髪を後ろでまとめ、ぱっちりとした黒い瞳に形の良いたまご型の顔。
とても仕立てのよい白と黒を使った布地に鮮やかなオレンジ色のワンポイントがはいったワンピースに、長袖の深い深紅のボレロ。
そしてなによりも魔法士を示す六芒星の台座にオリーブの葉と輝く星の徽章――これは常時身に付けていなければならない――がペンダントとして胸元にぶら下がっていた。
(ああ、魔法士になったんだ。星三つだから三大属性使いか。その年ですごいことだね)
そして その少女は――フェテリシアに酷似していた。
少女も眼をみはっている。
――いつの間にか、少女を背に隠すように初老の男性が立っていた。
(セバスチャンか。お父様から離れて、専属になったのかな? まったっく気がつかなかった。ボクはまだまだだなぁ……)
膝の上の黒猫を撫でながら、胸中で感嘆する。
「あなた――お名前は?」
「猫を起こしたくないので、座ったままで失礼します。ボクはアーリンソン市の商人マッコイの娘フェティといいます」
偽の名前を告げる。実際にこの商人は実在しており、フェティという名の娘もいることになっている。密かにユネカと取引をしている商人で、アーリンソン市では中堅の商人である。
「商人の娘? 貴族ではなくて?」
「なにをもって貴族様と思われたのかは判りかねますが、ボクは商人の娘でございます。父は注文された日用雑貨などをさまざまな地方に運ぶ商いをしております」
様々な地方に運ぶということは地方貴族との親交もあるということだ。
それはつまり信用と実績がある堅実な商家であるという証明でもある。そうでなければわざわざ注文を受けて運ぶなどということはない。
「……」
少女は黙り込む。フェテリシアはだませるとは思っていないが、公式な身分照会があっても数週間はかかる。それだけ帝国は広く、情報の伝達には時間が必要だった。
「……とても商人の娘とは思えませんでしたわ」
「ありがとうございます。ボク父も喜ぶことでしょう」
「ただ、その一人称はいただけませんわね。なぜボクなのかしら」
「ええ、これはちょっとした――反抗なのです」
「反抗? どのような?」
「お答えする前に、どうぞそちらへおかけください。いつまでも貴族様を立たせておくのは失礼ですので」
片手で空いた席を指し示めす。格式のあるレストランでも、オープンテラスの席では貴族との相席を奨めても失礼にはあたらない。
「――なぜ貴族だと?」
執事にひかれた椅子に腰かけながら少女が尋ねる。
「執事の方もいらっしゃるようですし、お召し物も素敵ですから。よくお似合いですね」
当然の事実を指摘した。老執事は少女のすぐ脇に立ち、フェテリシアからの視線をすぐに遮れるようにしている。本来は背後に控えるのだが、あきらかに警戒している。
しかし商人の娘はそんなことは知らないはずなのでフェテリシアもわざと反応は示さない。
「……セバス」
少女が声をかけると、初老の執事が一礼して流れるようにすっと下がる。
(うわー、すごいなぁ……動線がわからない)
その動きを見てフェテリシアは驚嘆する。まるで体心が振れていない。脚をどのタイミングで動かしているのかわからないレベルだった。それは一流の証左。
大貴族の執事は護衛も兼ねるとはいうけれど、それでも武術を極めた者はおそらくほとんどいない。
帝国では魔法こそが至高で、武術のような体術はあまり重視されない。
魔法騎士と名乗っていても、遠距離砲撃魔法が苦手というくらいのカテゴリー区分けでしかないのだ。
その中でド・ゴルド家ではなぜか剣技などを重視しており、アフィーナやフェテリシアは帝国唯一の剣術であるイスーンシー流を学んでいた。末の妹であるノーフェリは、いまひとつ運動が苦手のため、体力づくり以上のことはしていなかったが。
彼女たちの父レオンも意外なことに剣術免状持ちである。もっとも真面目に通って二十代半ばでようやく中免状持ちであるから、その才能はあまりないと理解していた。だから宮廷魔法士にふさわしくなるためにひたすら魔法技術に邁進したそれなりの努力の人である。
ちなみに彼女たちの母親は研究熱心なあまりに独自の魔法体系を作り上げてしまい、実家の家業に影響を与えかねないと勘当されてしまった経歴をもつ。家業として古来から営々と積み上げてきたものを完全否定した彼女を、技術を継承してきた一族が容認するわけにはいかなかったのだ。
彼女自身も自覚があったのか、怒るわけでもなく受け入れて、しばらく帝国各地にある古代遺跡で暴れまわっていたが、どういうめぐりあわせか、レオン・ド・ゴルドと結婚、家庭に落ち着いた。
普段は柔和な言葉で躾に厳しいだけの母親だが、訓練になると厳しい訓練を課す夜叉となる。
あれ、これって要するに厳しいだけじゃないか?
閑話休題。
そういうわけで、ド・ゴルド家は代々宮廷魔法士を輩出する家系のわりに武術にも理解がある。
さらにフェテリシアは、ミズホで人類が営々と築き上げた武術の真髄の一端にも触れていた。
それらを実演できる者が居たのだ。
本人はしょせんコピーだから、本当の意味では真髄ではないけどねと笑って云っていたが、その洗練された技だけでも、なにげにバトルマニアなフェテリシアには眼福だった。
その彼女の眼からしても、執事の動きは凄いの一言だった。体術だけなら近衛騎士をはるかに上回っていると感じたのだ。
元実家に居た頃、自分に勝てる者なんてそうはいないと思っていたけど、身近にこんな人がいたなんてまったく気が付かなかった。世の中は広くて意外と狭いなぁと彼女は思った。
(そういえば、あのときも手荒にはされたけど、ケガはしていなかったな。気を使ってくれたのかな?)
もう聞くことはできない。
は存在自体が抹消されている。
存在しない人間のことを聞くことなどできない。
たとえ聞いたとしてもとぼけられるだろう。
――思えばこの老執事には自分の理不尽な要求はいつものらりくらりとかわされて、通ったためしがなかった。そういう老練な人だったと今更ながら気が付いた。
本当に、自分は子どもだったんだなとフェテリシアは思う。
そんな胸中の複雑な感慨を表には全く出さず、彼女はにこにこと偽りの笑顔を見せている。
「……わたくしは、ド・ゴルド家のノーフェリと申します。このたびは我が家の猫がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
すっと頭を下げて謝罪の意を表明する。
「おやめください。こちらも特に被害があったわけ――」
「にゃー」
いつのまにか立ち上がっていた黒猫がぱくっと白身魚を食べて一声鳴く。そしてがつがつと食べ始める。
「……」
「……」
無言で黒猫をみつめる少女たち。
「……すみません。そちらの料金はこちらでお支払いたします」
「……そうしていただけるとありがたく思います。これだけおいしそうに食べられてメインディッシュも本望でしょう」
黒猫はきれいに皿の上までなめて、にゃーと鳴き、またフェテリシアの膝上にうずくまってごろごろと咽を鳴らす。
「ああ、もう、この子ったら、はしたない……」
「猫のすることですから、そう怒らずに。満腹になって眠たいみたいですね。もしお時間があるようでしたら、猫が起きるまでお待ちしますか?」
フェテリシアがアルテの艶やかな背を撫でながら問いかける。たぶんもう二度と触れることのない彼女の柔らかな毛並みを楽しみながら、席を奨める。
正体が露見する危険度は高い、というかおそらく彼女は気づいているだろうけども、――なにせ自分とほとんど同じ顔だ。これで偶然の一致だと思うなんて、どこのお花畑脳だろうか?――ここで無理に追い払うのも不自然だからだ。攻撃をされない限り、しらを切ればいい。
フェテリシアが であったなんて証明することなど、もはやできないのだから。
「ええ、まだ時間はありますし、わたくしも少しお話をお伺いしたいわ」
「それは光栄です。貴族様とお話をさせていただける機会などそうそうありませんので」
「そういっていただけると嬉しいですわ。……もうしわけありません、このたびは我が家の猫が粗相をいたしまして」
「こちらこそ貴族様のかわいい猫に勝手に触ってしまいまして、申し訳ありません。ボクも猫を飼いたいのですが、旅をするものですからなかなか難しくてですね。こうやって猫に触れることは久しぶりです」
優しく背中を撫でつける手に猫はうっとりとしたのか、大きく欠伸をして目をつぶる。猫の様子を見て、ノーフェリは目を見張る。そこまでリラックスをした様子を見たことがないからだ。
「驚きましたわ……その子、なかなか家の者になつかなくて。わたしにはよく懐いているのですが、本当に不思議ですわ」
「なんででしょうかね。普段はあまり動物には好かれないのですけど」
動物は、直観が鋭いためかフェテリシアにはあまり近づかない。理由は不明だが、たぶん人間とは違う感じがするのだろう。野良猫や犬は近づくと逃げていくので、ウソを付くのはリスクがある。
同じ天塔騎士でもウェンリィぐらいになると自分から近づくことは出来るのだが、それでも動物が自分から近づくことはまずない。
「あら、本当ですか? アルテの様子からすると相当になれているように見受けられますけど」
「それは昔にたいへん努力しまして。今から思うとなぜそこまで情熱を注いでいたのかよくわからないのですけど」
「あら、そうでいらっしゃる?」
白々しい会話だと双方が認識していた。
だが、どちらも表面的には互いにそれを悟らせない。
フェテリシアはにこにこと笑顔を固め、ノーフェリもまたころころと表情や仕草を変えて周囲に本心を見せない。あるいは本心と思わせる。
控えている老執事は、気が付けばいつ注文したのか、香茶を入れ替えたりしている。
注意すべきなのはこちらの方だなと、フェテリシアは改めておもった。
きっと、耳に挟んだ会話を深く静かに分析しているのだろうと。
★★★★
遮音魔導技術が施された魔導機関式リムジンの車内は静かだ。遮音魔法を発動して、車内の音は絶対に外に漏れなくなる。
防諜対策をして、ノーフェリはようやく口を開く。
「尾行はつけているわね?」
「手の者を付けております」
打てば響くような老執事の回答にも感慨もないのか、ノーフェリは座席に背を預けて、窓の外を見ている。
「どう思った?」
「この老骨には少々荷が重いですな。冷や汗が止まりませんでした」
そういいながらも老執事の表情は変わらない。
「そういうことを聞いたのではないの。なら気が付かなかったのね」
「なににでございましょうか」
老執事はよどみなく返す。内心を悟らせることなどしない。
彼はいついかなる時でも沈着冷静にあり、主に仕え、時には諌めなければならない。
ノーフェリは憎々しげに顔をゆがめて云った。
「あれは、まちがいなくあれよ」
「……あれとはなんでしょうか?」
老執事は慎重に確認する。見当はついていても、仕える主人が言い出すまで待つ。
現在の主人にはあまり小賢しいところを見せないほうが苛立たせないと心得ていた。
「五年前に放り出した生ゴミよ。この前出た生ゴミもたぶんあれと戦って敗けたんだわ。いったいどこでそんな力を手に入れたのかしら? とっくに死んだと思ってたのに」
ぎりっと奥歯を噛みしめ、指の爪を噛む。かわいい顔が歪み、黒瞳の奥にイラつきが見て取れる。
「……」
老執事は何も云わない。前方を見据えて運転に注意を払っている。
「せっかく目障りだった脳筋が生ゴミになったていうのに! なんでまたあのゴミがでてくるのよっ!」
ノーフェリが激昂して座席のクッションを叩く。ぼふんと間抜けな音がして、アルテがびくっと驚く。しかし、自分に向けられていないと思ったのか、また丸まる。
音も猫も気に入らない。ますます苛立って悪態をつき始める。さすがに猫にぶつけるほどおかしくはないようだった。
そうなると、しばらく止まらないことが判っているので、老執事は静かに待つ。
「そうだわっ!! あれを捕まえて吐かせましょう。どうやってあんな力を手に入れたのか」
いいことを思いついたとばかしに、ノーフェリが顔を輝かせて叫ぶ。
すでに予想していた老執事は、諦観した。
「ノーフェリ様。さすがにそれは難しいと愚考いたします」
「どうして? 天塔騎士とはいえ、生ゴミを一匹捕まえるだけじゃない。お前と、部下たちならば出来るでしょう。必要なら母様にも助力を請えばいいわ」
「ノーフェリ様、それは――」
老執事が絶句する。それは、ド・ゴルド家が総力を挙げるのに等しい。
「異論は聞かないわ。当主であるお父様よりあなたたちの主とされたのは誰かしら?」
「ノーフェリ様です」
自分の強さしか興味がなかったアフィーナには向かぬとレオンはノーフェリに家の諜報部隊を率いさせることを決めた。
剣を好んだ長女よりも親のひいき目を覗いても魔法士として優秀なノーフェリのほうが好ましかったというのもある。レオン自身は宮廷魔法師長の座はノーフェリに継がせることになるだろうと考え、長女もまたそれを了承していた。彼女は魔法士としても一流だが、それでも宮廷魔法師長になれるほど上達するとは彼女自身も思っていなかったのだ。
ただ当主の座はアフィーナが継ぐことにしておいた。
帝国では長子相続が基本であるうえに、魔法騎士として優秀なアフィーナをわざわざ排除する理由がなかったためである。
ノーフェリに諜報網を継がせることに決め、10歳の〝魔法適性の儀〟直後から当主レオン自ら手ほどきを始めた。
姉たちに負けずに優秀だった彼女は、一年ほど前から実務の一部も任されるようになった。
そのため彼女は現在の状況が、ド・ゴルド家にとって非常に危険なことに気が付いていた。
「このままではド・ゴルド家は衰退する、いえ、場合によったら取り潰しの可能性もある。力を確保する必要があるわ」
呻くように云いながら彼女は爪を噛む。子供っぽい仕草であるが、思考しているときに無意識に出てしまう癖なのだ。
「多少危険だとしても、いま動かなくては。古来から誰も探れなかった天塔騎士の秘密を暴いてやる。そうすれば――」
そこから先は彼女も云わない。
皇帝すらも従えられるという野望を口にするには、今はあまりにも力が足りない。
――父様は現在の役職で満足していて、それを護ることに腐心している。
周囲に隙を見せず、己の地位を、家格を護り次代へとつなげることを考え続けている。
それはそれで正しいし、実践している父様は凄いと尊敬している。
だが、もう一つ考え方があるのだ。
それは、他の追従を許さぬ圧倒的な力を持つこと。――たとえば皇帝をも上回るような。
その可能性を、彼女は見てしまった。
美しく空を舞う緋髪の少女。
城壁上から観たそれは、最終的に皇帝騎士に落とされたと思ったのだが――実際には壊滅させて姿を消したという報告を受けた。
その報告を受けた直後から彼女は行動を開始した。
目標は間違いなく市内に潜伏している。そして、特徴も見当が付いた。
報告にあった父様と目標との会話の報告から、あれの正体は五年前に処分したはずの生ゴミだと確信していた。なんとなく見覚えがあると感じた理由が判り、同時に今現在の顔も大体想像がついた。
――ほぼ間違いなく昔の顔のはず。黒髪でわたしに似た女の子を探せばいい。
そして、ノーフェリ配下の諜報部隊は優秀だ。わずか二日で広い帝都から探し出してきた。
のんきに毎日食べ歩きををしているらしい。
偽物かとも思ったが、諜報部員たちは違うだろうと結論していた。
あまりにも似すぎていると。
実際に確認したセバスチャンもまたあれを偽物だとするならば、想像を絶する医療技術だろうと遠まわしに本人だと報告してきた。
それでもまだ疑って、今日はその確認のために出てきたのだ。
――アルテを連れてきたのは、ちょっとした偽装のためだ。猫を持っていれば周囲は勝手に貴族令嬢の散歩だと勘違いしてくれるのだ。
しかし、予想外のことが起きた。
リムジンのドアを開けた瞬間、いつもはおとなしく腕に抱かれているアルテが跳びだしていったのだ。
そして、わき目もふらずに優雅に歩いて目標の前まで云ったのだ。まるで当然のように。
目標はアルテに気付いてナイフとフォークを止めていた。
そして、決定的な一言。
『――元気にやってたらいいなぁ、アルテ』
間違いない。あれは だ。
その瞬間、ノーフェリに湧き上がった感情は――純粋な憎悪だった。
魔法が使えずに追い出された生ゴミの分際でっ!!
わたくしのド・ゴルド家を窮地に追い込み、潰そうとしている。
あの脳筋が消えて、ようやくこのわたしのものになるというのに。
世界最高の魔法師である父と、天才魔法師の母より生まれた生粋の貴種であるわたくし。
剣に逃げた出来そこないであるアフィーナ、魔法も使えなかった生ゴミなんかとは違う、最高の魔法師となるこのわたしの前に現れた障害物。
それが、あの生ゴミだというなら――潰してやる。
「――いい? わたくしの役に立ちなさい」
「……」
老執事は黙って一礼した。
★★★★
「うん、その発想はなかった」
フェテリシアはあぜんとしてつぶやいた。
レンガ建ての建物に囲まれた路地の奥。ぽっかりと開けた広場で、黒髪の少女が二人対峙している。
同じ顔、いや黒猫を持っている少女は少しだけ幼い顔つきだが、逆に身長は高い。
濃紺の戦闘用ローブを身につけ、黒猫を持ち上げている。
くびねっこをつかまれてぷらんぷらんと揺れている黒猫はにゃーとのんきに鳴き、顔をあらう。
「猫を人質にしてボクの動きを止めるというのは……」
「――冗談のつもりだったんですけど……効果があるのならいいのですわ」
猫を持っているほうの黒髪の少女――ノーフェリ。指先にはこれみよがしに雷球が浮かび、不規則に紫電をまき散らしている。
「さて、わかっておりますね。抵抗は無意味。動けばこの猫の命はないですし、そもそも我が家の部隊がすでに包囲していますわ。ああ、探しても無駄ですわよ。見える範囲にはい――!?」
「んー、大丈夫だった、アルテ? って、怖がってないのか。キミは度胸があるなぁ~」
フェテリシアが黒猫を両手で抱え上げて高い高いをしている。
ノーフェリは自分の手をみて絶句した。先ほどまで掴んでいたはずの黒猫が居ない。
ということは、あそこでにゃー鳴いている黒猫は――。
「キミ、まだ実戦経験がないでしょ。圧倒的優位に立ったなら、無駄な口上をしてないで、さっさと攻撃しないと」
アルテを抱きしめてほおずりしながら、フェテリシアは口調だけは厳しく云った。
もっとも猫と遊んでいて表情と態度が口調を裏切っている。
「っ!!」
ぎりっと歯を噛み締めて、いきなり指先を突きつけて雷球を射出する。
それを予測していたフェテリシアは、くるりと回って猫と踊りながら避ける。
「誘導機能がない雷球は、射線を読まれたら当たらないよ。せめて緩急つけるか曲げるくらいしないと。あるいはあなたのお父上みたいに数を増やすとか」
「なめるなぁ、生ゴミがっ!!」
その声を呪文としたのか、彼女の背後に砲撃魔法陣が12個同時展開される。
魔法陣が一斉に光弾を射出、フェテリシアを取り囲むように曲線軌道。
しかし、その程度の数の包囲網では彼女を捉えることはできない。
苦もなく後方へ包囲網を抜けて、逃走……は難しかった。
黒づくめが四人同時に襲い掛かってきたのだ。
空中からは刃渡り30センチを超える大型ナイフをふりかざし、地をなめるような低い姿勢で駆けてくる黒づくめ。
良い連携、その後ろにある狭い路地へ跳びこめる余地がない。
なら排除すればいい。四人とはいえ、ひとりふっとばせば十分なのだから。
(ま、この状況なら撃ってくることも――っ!!!!!)
「ちょっとまてぇえええええっ!!」
黄金色の熱光線砲撃を視界に捉えてフェテリシアは叫んだ。
射線上に黒づくめ達が居るにも関わらず、ノーフェリは躊躇なく魔法砲撃を放ってきたのだ。
フェテリシアは焦って足を止め、魔法砲撃を弾いた。
掌が灼ける感触。保護設定が少し甘かったらしい。
弾かれた砲撃が拡散して石畳を穿ち、周囲に散弾の様に広がって煉瓦壁にめり込む。
それらを回避するために、包囲網がわずかに開いたが、その奥にも気配を絶った者がいることをフェテリシアは捉えていた。
「ち、役立たずどもが。足止めもできないのっ!!」
ノーフェリが舌打ちしつつさらに砲撃魔法陣を展開。数秒かからずに魔法攻撃が開始されるだろう。
味方を巻き込むような攻撃をしてくるとなると、アルテがちょっと危ないな――
すぐに決断。
「アルテ、すこし我慢してね」
「にゃ!」
ひょいっと手首の力だけでアルテを放り投げた。
後詰の二人が、剛速球と化したアルテをかろうじて避ける。
丸まって壁にしゅたっと降り立ったアルテは、そのまます壁を転がるようにすたたっと走って姿が見えなくなる。いまさら猫を追うバカは居ない。
姿勢を崩した黒づくめもまたすぐに構え、フェテリシアに襲い掛かる。
その隙間を縫って包囲網を抜けようとしたタイミングで、大量の魔法弾。
あきらかに空間制圧クラス――黒づくめたちまで巻き込む弾幕。
「ああ、もうっ!!」
踏み込まれる震脚。大地からの反発を剛力に加え、腕に伝えて螺旋に薙ぐ。
――真空竜巻薙ぎ
発生した真空の壁が魔法弾を誤爆させ、黒づくめを吹き飛ばす。
「味方が射線上にいるのに魔法砲撃するなんてっ!! なにを考えているのっ!!」
「味方? そいつらはただの駒よ、命令も実行できない役立たずばかり!! ほんと苛つくわっ!!」
「――本気で云ってる!?」
「そいつらなんて、いくらでも補充できるわっ!!」
ノーフェリが駆けながら魔法攻撃を再開する。 誘導魔法弾を射出しつつ、行動範囲を狭めるように熱光線砲撃を放つ。
「それを死んでも足止めしろっ!!」
配下に命令を下して、ノーフェリが砲撃を放つ。黒づくめたちは、直撃寸前に転がるように回避し、フェテリシアが弾く。
さらに背後から来ていた魔法弾を身をよじりながら回避、ついでに黒づくめたちのナイフを蹴り上げた。
体崩しのまま肩を当てて別の黒づくめをふっとばし、さらに別のナイフをさばく。
流れるような動きは全てノーフェリのめちゃくちゃな魔法攻撃の効果範囲を計算し、黒づくめたちに当たらないようにした結果だ。
フェテリシアにとって無駄に死人を出すことは本意ではない。
さらにいえば、フェテリシア本人は殺すことはできないようにされている。
いまも魔法弾に直撃しそうだった黒づくめを屋根の方へ蹴り上げて戦闘不能にする。
フェテリシアは、この戦闘の決着点を全員戦闘不能と決めた。
そうしないと、ノーフェリが街中でも魔法攻撃を放つかもしれないと心配したのだ。下手したら、それを人質がわりにするかもしれないとまで考えていた。
「なんで当たらないのよっ!! だいたい魔法を弾くなんて、いったいどんな魔導技術をつかってんのよ」
ノーフェリは得意の魔法がまるで当たらず、苛立つ。攻撃の手数は多く、フェテリシアを押しているようだが、実際には押されている。
配下の黒づくめを次々と戦闘不能にされ、さらにフェテリシアは少しずつっ後退して逃走の機会を狙っているのがまるわかりだ。このまま配下を失えば間違いなく逃げられる。
「ああ、もうっ!! 死ななければいいわっ!!」
両手を掲げて、大規模魔法を構成する。
戦っているフェテリシアと黒づくめたちの足元に魔法陣が広がった。
「効果範囲魔法っ!? こんな乱戦で!?」
周囲の建物や黒づくめごと効果範囲が指定されていることに気が付いて、フェテリシアは焦った。その範囲には動けなくした者もいる。間違いなく死人が出る。
(ああ、もうっ!! 仕方がないっ!!)
多少の怪我は覚悟して、あの子を張り倒そう――。
フェテリシアが覚悟を決めて動こうとした瞬間、呪文が響いた。
「《重力干渉捕縛》」
全身に凄まじい重みがかかって動きを阻害、思わぬ方向からの加重に膝をついてしまう。
「っ!! ……こ、の魔力は――っ」
足元に翠がかった黄金色を基調とした魔法陣がゆっくりと回転している。
さっきまで展開されていたノーフェリの魔法陣は影も形もない。
発動寸前の魔法を無効化させるには隔絶した技量が必要である。
そう――たとえば、彼女たちの母親のような。
「ノーフェリ。戦闘中は冷静さを失った者から脱落するわ。気をつけなさい」
女性の声が響く。
フェテリシアには聞き覚えのある声だった。
声の方を見上げると、背の高い建物の屋根に女性が一人立っていた。
白と紫紺の生地に最高の位階を示す黄金の縁取りがされたローブ。
身長よりも大きい砲撃槍を右手に持ち、左腕には魔導障壁を幾重にも施された小型円形盾。
風にはためく長い黒髪は先端で結ばれている。
とても50近い年齢とは思えない若々しい作りの顔は、無表情に戦場を見下ろしている。
砲撃槍を身構えもせず、悠然と立つその姿はここに敵などいない。すべて格下、とるに足らぬと見下ろしている。
娘たちが生まれる前より数々の古代遺跡を、魔獣の森を踏破し、戦場で数々の武功を立て、天才戦闘魔法師の名をほしいままにしている女傑。
エールゼベト・ド・ゴルド。
彼女たち姉妹の実の母親だった。
というわけで、かーちゃん登場。
レストランと車中の部分は正直もっと削るorいらないのだけど、ついついノリで書いてしまったので。冗長です……。
次回投稿はちと未定。
さて、モクラム育てますか。
あの謎近未来装備がたまらんっ!!




