幕間 ~西方戦線 <1>
胸糞わるい描写や血なまぐさい戦場描写があります。
ご注意ください。
なお、本編とリンクしていますが、読まなくても影響はありません。
あくまでも本編の外側、「そのころ西方戦線ではグランリア大魔法帝国とブリタニカ帝国との艦隊決戦が行われた」と一行ですむ帝国と隣国との戦争を書いているだけです。
今回のテーマは艦隊決戦
ちょっと戦記物風味でお送りします。
・グランリア大魔法帝国 西方蛮族懲罰艦隊〝真・無敵艦隊〟 ~ケルト海北方
「数は集まったようだな、やつらも。予想通りだ」
恐れたようすもなく、グランリア大魔法帝国海軍 西方大提督アンリ・ジュングーンは眼前の敵艦隊を睥睨する。
快晴、波はそれなりに高いが、船の安定性を損ねるほどでもなく、周囲はたのもしい味方の艦がそろっている。
なによりも自分は大提督、帝国海軍実働部隊の頂点の一人。常に泰然自若していなければならない立場だと理解していた。
露天指揮所の中央に仁王立ちし、腕を組む。日に焼けた暗紫色の髪に、焦がした小麦色の肌、細身ながら実は筋肉に包まれた長身で壮年の帝国人だ。
顔立ちは惰弱な貴族然としていながら、性格は豪快で、下っ端船員とバカ騒ぎしながら白濁酒を浴びせかける彼は、帝国の下町でも人気者だ。
貴族たちからは眉を顰められ、帝国民の人気が嫌われながらも大提督などやっていられるのは政治的無力な最底辺の騎士爵の次男、そして本人も政治には関心を示さず、出奔して下っ端船員からはじめて20年以上海軍に在籍してたたき上げの下士官になったところで、なにゆえか出自がばれてしまい、むりやり小艦隊の提督に着けさせられた。貴族出身などではよくあることであり、評判が悪いのが普通のなのだが、彼に関しては歓迎した。たたき上げの下士官でやたらに顔が広いことで有名だったのだ。
もちろん艦隊の指揮など採ったことのない彼だったが、初出撃で無傷の完全勝利を収めて以降、10年以上彼が指揮する艦隊は無敗。
本人いわく「手足になってくれる艦が優秀だったからだ」というが、彼に指揮の才能があったのは間違いない。
その後も政治にはまったく興味を示さず、上官の指示には服従をするため、使いやすい駒として扱われ、とんとん拍子に出世して、とうとう西方艦隊大提督に就任させられた。
派閥力学によって持ち回りされる海軍大臣だったが、どの派閥にも所属せず、それなりに有能で、しかも命令には淡々と従う彼は重宝されたのだ。
大提督に就任した本人は、政治的発言と同様にとくになにも云わなかった。
ただ祝辞を云われて、「酒が好きなだけ飲めるのはうれしいな」と云って、その場の雰囲気を微妙にした。
給料のほとんどを酒代につぎこむのだが、その割には本人は安酒呑みで、周囲にふるまってバカ騒ぎをするのが好きなタイプであったらしい。
艦隊提督になるまで、上陸した時から始まる借金取りからの大逃走劇は街の名物になるくらいであったという。
普段はそんな情けない姿が多いアンリ・ジュングーンだったが、今の彼は鋭い目をした冷徹な軍人だった。
彼は索敵魔法に拠る情報と、眼前の艦隊の陣容を眺めて全体像を把握する。
大型の甲鉄船を中心に配置し、大型・中型の帆船が横一線に並ぶ、〝蛮族〟の艦隊。
数多くの砲門を備えた巨大な戦列艦、白煙をもうもうと煙突からあげながら、悠然と進んでくる甲鉄艦、軽快な運動性能をみせる帆船艦隊が一糸乱れずに粛々と航行してくる。
その見事な艦隊行動は彼をして賞賛に値したが、脅威は感じていなかった。
その艦艇数は多い。帝国艦隊が約100隻であるのに対し、敵艦隊は索敵魔法によると142隻を数えた。
魔法帝国艦隊が三本マスト型中ガレオンを中心とした布陣であるのに対して、〝蛮族〟艦隊は大型戦列艦が10隻、煙を吐きながら航行する甲鉄艦が20隻前後、あとは中型・小型艦が多数。
大砲を中心とした遠距離砲撃戦のため、大量の砲門をもつ大型戦列艦や大口径砲を少数搭載して、小火器を満載した甲鉄船が中心だった。
一方で、砲撃魔法士による接近火力戦が主体の帝国艦隊は軽快に戦場を動き回れる中型木造帆船が主体だった。
どちらの艦種も速度は遅くて機動性はなく、魔法による風で自在に航走できる魔法帝国艦隊の敵ではない。常に一方的な勝利を収めるのは魔法帝国艦隊だった。
それにも拘わらず海を隔てた蛮族どもの島を占領をしないのは、不便で大量の投資を必要とする土地を欲しがる者がいないからに過ぎない。
つまり魔法帝国艦隊は辺境警備が主な任務で、蛮族艦隊と交戦するのは、攻め込んでくるためであった。
敵艦隊を撃滅した後に上陸するのはやつらの資産を没収し、艦隊員のレクリエーションを兼ねて〝駆除〟と〝捕獲〟をさせるためである。
偵察と称して勝手に上陸する小艦隊もあったが、よほどの被害を受けない限り黙認されていた。
海戦はここ数年、年に一~二回に落ち着いてきた。そして、蛮族どもは沿岸部に街を造らなくなり、いつもの資産没収を行うには、かなり奥地まで行かねばならず、艦隊員から不満が出始めていた。
また、陸軍が数年に一度行う大規模演習が開催される年でもあり、海軍全体にちょっとした不満が出始めている。
大規模演習とは名ばかりで、実際には近隣の蛮族の都市を攻略し、略奪・捕獲しているのは公然の秘密であったのだ。
――陸軍ばかりが優遇されるのはいかがなものか。われら海軍とて、日々を海賊どもとの戦いに投じているというのに。
実戦が多いにも関わらず、旨みが少なくなった海軍士官たちは歯ぎしりしながら陸軍の連中を羨んでいたのだ
かくして士官たちが勉強のため参加している「戦略研究会」で、一部の若手士官たちが海賊の親玉たちへの懲罰をかねた艦隊派遣の計画を作成し、あろうことか顔見知りの帝国議会有力議員に直接持ち込んだ。
国内流通を一手に牛耳るその議員と一族は、商売の良い機会だと議会に根回し、若手議員から「懲罰を与えるための大艦隊派遣」を提唱させた。それは約2/3の賛成をもって可決され、魔法帝国皇帝に奏上された。
皇帝はしばし目をつぶり、静かに息を吐きながら深くうなづいた。
ここに大侵攻計画 通称「西方蛮族大懲罰計画」が決定された。
海軍大臣は責任者として西方艦隊大提督アンリ・ジュングーンを起用した。これはへたに派閥の息がかかった人間を据えると、自派閥への利益ばかり優先させることを恐れた結果、どの派閥にも属さず、しかもごり押しが可能な人間を選んだためである。
大提督就任式典にて、指揮杖を皇帝自ら手渡された彼に、言葉が掛けられた。
「やるのならば、大魔法帝国の名に恥じぬ規模にてやるがよい。汝の思うがままに」
それは、彼に事実上の自由裁量権が与えられたということだった。
また銀盆に乗せられた招待状が下賜される。
これは皇帝陛下との茶会の招待状で、指揮杖を与えられた者に対する伝統行事であり、非常に栄誉なものであった。
にもかかわらず、後日茶会にのぞみ、退室してきた彼の顔は、非常に厳しいものであったという。その理由については、彼は一切何も語ることはなかった。
事実上の自由裁量権を得たアンリ・ジュングーンは、実に100隻にも及ぶ艦隊を編成した。
これは帝国が所有する中型以上の戦闘艦艇のうち、実に六割を動員することを意味する。
これに伴い大量の物資が帝国西方へと動きだし、さらには一攫千金を夢見て若者の志願が続出、艦隊出港地である湾岸都市ヴォールドでは一種の熱狂状態になっていた。
景気よく金がばらまかれて労働者がぞくぞくと集まり、パンやワインがふるまわれる。
造船所では艦船の整備で満杯になり、近隣の都市の造船所もまたうれしい悲鳴をあげている。
あまりにも乱痴気騒ぎになり、沿岸都市部が浮かれている。これでは蛮族どもにも情報が伝わってしまう。
それでは奴らにも戦力を整備する時間を与えることになり、余計な被害が出かねない。
そのことを懸念する副官に諜報の懸念を伝えられたアンリ・ジュングーンは笑いながらこう答えたという。
「こうやって情報を流せば、やつらも戦力を集めるだろう?」
敵戦力を一か所に集めて殲滅することを彼は構想していたのだ。そのことを理解した副官は静かに頭を下げた。
そうして四か月をかけて艦隊を整備した彼は、ついにヴォールドを出港する。
出港式典の余興と称して、艦隊を沖に整然と整列させた。綺麗に飾られた100隻にも及ぶ大艦隊。
その圧倒的な陣容に帝国の武威を感じた市民たちは熱狂した。これだけの艦隊が負けるはずがないと。
そして、街の広場に並んだ今回はじめて艦隊に乗り組むことになる若者たち――二か月にもおよぶ過酷な訓練を経て精悍な顔つきになっている。――と大勢の市民を前に、アンリ・ジュングーン大提督は艦隊の名前を発表した。
真・無敵艦隊。
それは古代史における大海洋帝国がつけた最強の艦隊の名前を継いだものだった。
その力強い名前に、誰もが勝利を疑わなかった。
かくして、総艦艇数108隻 乗組員5万人を超える巨大艦隊が出撃した。
最初の目標地点はブリテン島南部――
★★
露天指揮艦橋で、魔法で強化した視界で蛮族達の艦隊戦力を算出する。
数は多いが、総合戦力については自艦隊には劣る。そう結論づけた。
数も必要だが、やはり総合火力がものを云う。
魔法帝国艦隊の火力は通常の三倍を用意している。敵側艦艇の性能が変わらないとすると、敵側もまた最低でも三倍の数を揃えなければいけないのだ。
しかし、実際には1.5倍を超える程度の数で、実際には小型艦や火力が劣る甲鉄船の比重が大きい。それだけでも魔法帝国側に有利だった。
蛮族どもが最近よく出撃させてくる甲鉄船についても、彼にすればあんな鈍重な上に、魔法攻撃を受け止めることもできない装甲になんの意味があるのか理解しかねていた。
高速機動性能と火力の集中こそが海上戦の真髄であると、経験豊富な総提督は理解していたのだ。
ゆえに風系統の魔法で自在に船を操り、集中魔法砲撃で敵を葬り去る帝国海軍が敗北することなどないと固く信じていた。実際に、大海戦ではそうやって勝利してきたのだ。
ゆえに今回の彼の仕事の大半は、これだけの艦船をそろえ、航行させて戦場に到達させたところで終わっている。あとは状況の変化に合わせて大まかな命令を下すだけで良い。
すでに戦列を整え、号令をまつ分艦隊指揮官へ、指示を出す。
「偉大なるグランリア大魔法帝国、我らが真・無敵艦隊に、区々たる用兵など必要ない。蛮族どもの艦隊を……すりつぶせ」
今回の艦隊は魔法火力が充実している。
選別して二か月間鍛え上げた志願者たちは、体力づくりのほかに中距離火力の火焔弾と、防御障壁を徹底的に教え込まれていた。
操船についてはベテランがいる。火力と防御力の充実と、ベテランの邪魔にならぬように、新人には単純なものを極めさせようとしたのだ。
生き残れば、実戦経験者として次のステップへと進めればいい――単調な訓練の意義を教官たちに問われて彼はそうつぶやいた。従来はとにかく怒鳴り殴りながら身体に叩き込んでいく方法だったが、彼はそうではなかった。必要なら苛烈に行ったが、決して理不尽な理由ではそれを行わせなかった。
その方針に基づく促成教育された砲撃魔法士は、攻撃用魔法二種と防御魔法一種と極めて少ない魔法だけながらも一流に近い錬度で扱えた。彼らが一隻につきおよそ10人が乗り込むことにより、従来の攻撃・防御担当魔法士たちの負担を減らしながら火力を倍増させることに成功した。
実戦経験豊富なベテランが操船し、砲撃魔法士が規定の三倍以上いるという充実した火力は、帝国内でも最強といってよい精強無比な艦へと育った。
そのような艦隊と激突したブリタニカ帝国艦隊は悲惨だった。
もともと各地からの寄せ集め艦隊である。錬度もばらばらで、艦種ごとの編成もされていない。
連絡に齟齬をきたすことから、再編成が出来なかったのだ。つまり小艦隊が寄り集まっただけともいえる艦隊で統一された指揮もされていないようだった。各艦隊がばらばらに、勝手に動き回り、相互支援すらまちまちに対応する有様だった。
そんなものは強力な指揮統制のもとに鍛え上げられたグランリア大魔法帝国艦隊の敵にすらなれなかった。
風を自在に操り、自由な機動をとれる魔法帝国艦艇にブリタニカ帝国艦隊は翻弄され続けた。
分断され、各個撃破の憂き目にあって、次々と沈められていく。
砲撃魔法士の放つ砲撃魔法は、最新の甲鉄船の装甲すらあまり役には立たなかった。
むしろ木造船のほうが反対側まで撃ち抜かれて爆発せずに沈みにくいほどだった。
あまりにもあっけなく沈んでいくブリタニカ帝国艦隊に、帝国人たちは徐々にタガが外れていく。
だんだんとお遊びの様に艦艇を攻撃し始めたのだ。
沈まないように威力を絞った魔法弾を大量に浴びせて、あてた数を競い始めたり、多種多様な魔法の練習台にしたいり。
中には波間に浮かぶブリタニカ人たちに向けて、同じようにより多くの魔法弾を浴びせてしなかった数を競ったりもした。下士官はおろか、上官たちも特には止めなかった。
さすがに上級士官は参加しないが、下士官たちなどは賭けを始める始末だった。
もともと帝国は捕虜を認めない。反抗したものは徹底的な懲罰を与えることで見せしめとする。
男は皆殺し。女は捕まえて奴隷、いや〝喋る家畜〟という扱いにするのが一般的だ。
稀にいる魔法を使える者を確保した場合は、優先的に帝国技術院に回される。
だが、海上戦ではまた様相が異なる。
艦船の乗組員はほぼ全員が男なのだ。
ゆえに艦船を撃沈した後は、〝ゴミ掃除〟となるのだ。
「おーい、前方に大型の破片があるから、爆破してくれ」
「いや、爆破するとあいつらの汚い破片が飛び散るから焼き払うぞ。《焼却せよ》」
予備砲撃魔法士が、呪文を唱えると魔法陣が出現し、焼却範囲を指定。
破片に掴まっている男たちの憎悪と憤怒に燃えた目が魔法陣を睨みつけて、血反吐を吐きだしながら叫ぶ。
「何度死んでも、いつか我らの息子や娘が、子孫が必ずや滅ぼす」「呪われよ、帝国人共め」
〝蛮族〟の呪詛を帝国人たちは嘲り笑う。
「ぎゃはは、なんか動物がしゃべってるぜ。生意気にも人間さまの言葉のようにも聞こえるなぁ、おい」
「はっ、空耳だろ、空耳。動物が人間様の言葉をしゃべるわけがない。それは、我らが太神様が許されるはずもない、気のせいだよ」
「だな、だな、ほーれ焼けて焼き豚になれ、まずそうだけどな」
呪文を唱えると、海上を炎が走る。
海面を漂うブリタニカ人達は憎悪に満ちた目のまま、悲鳴一つあげずに灼かれていく。
生きながら灼かれるという苦痛を上回る憎悪。
「は、あんな気持ち悪いものが食える訳ねーだろ。つーか焼きすぎで黒こげだぜ、ぎゃはははっ!!」
そういった光景が各所で広がり始めたころに、ようやくブリタニカ艦隊が撤退を始める。それまでも後方へと下がりつつ、粘りづよくグランリア艦隊と砲戦を続けていたがここにきて、完全に反転し、全速力で逃走を開始した。
真・無敵艦隊は追撃戦に移った。ケルト海を北上し、テオ岬の東端を望む島々を縫って逃げていくブリタニカ艦隊をがむしゃらに追っていく。
アンリ・ジュングーンも特になにも云わない。
夕方になり、これから暗くなる時間帯だが、勢いに乗る今の艦隊ならば夜戦となっても充分に勝てると踏んだからだ。
その一方で、隊列を崩さぬように小艦隊ごとに縦陣を組ませて、並走させるように下命する。
夜戦は、なるべく単純な陣形である方が効果的だからだ。
しかし、分艦隊長達はただ勢いに任せて敵艦隊の追撃を続けていく。
敵艦隊は逃げた。すでに戦意もなく、我らに負けた敗残を恐れる必要などどこにもない――。
そう考えたからだ。中には露骨にそう云って、水に落ちたイヌを叩けと下命して全力で追想をする小艦隊もあった。
アンリ・ジュイグーンはため息をついて、統制できるものではないなとなかば指揮を放り出した。
★☆
それに気が付いたのは、右翼外周にいた快速フリゲート艦だった。
「なんだ、あの小艦隊。いまごろ戦場にとう着かよ、わざわざやられにきたぜ」
10隻ほどの艦隊が、全速力とわかるほどの白煙を煙突からあげながら帝国軍艦隊に向かってくる。
半島や小島などの影に隠れていて発見が遅れたのだ。
しかし、その程度の艦隊では相手にもならない。帝国軍艦隊は100隻を超える迫る大艦隊なのだ。
蛮族どもの主力艦隊が逃走している以上、あの艦隊が今突入してくる理由は、おそらく足止めを狙った捨石艦隊だろう。
狙いもタイミングも悪くはない。だが、運が悪い。わが最強無比の真無敵艦隊右翼にその程度の小艦隊で突入してくるとは、死ににくるようなものだ。さっさと逃げればいいのに……
大魔法帝国軍右翼第四小艦隊旗艦の提督は不敵に笑って命令した。
「どちらにせよ、殲滅するからな、同じことだが。右舷13時の方向よりきたる敵艦隊を迎撃すると司令部に伝えろ!」
通信担当魔法士に状況と今後の行動を連絡して進路を変更する。たかが十隻の艦隊など軽く一ひねりし、さっさと終わらせて女と勝利の美酒だっ!と叫んで、乗組員を鼓舞する。
火力をあげる敵艦隊を近づけさせる。魔法攻撃は距離が遠くなるほど減衰が激しい。
複合詠唱の魔法でも距離2000を超えると極端に威力がなくなるのだ。ゆえに帝国艦隊の基本戦術は高速機動で翻弄しつつ一気呵成に敵陣に跳びこみ一斉魔法砲撃を行うという距離1000メートル以下の超至近戦だ。
だが、今は周囲に小島や岩礁があり、あまり高機動力を発揮できない。そのため待ち戦術を選択した。
とにかくまっすぐに突っ込んでくるのだ。逃がすことは無いだろうと艦隊指揮官は判断した。
距離4000……3500……3000……
普通なら大砲を討ってくる蛮族艦隊は不気味に沈黙している。
戦闘指揮官が、防御魔法の準備をさせる。至近距離からの一斉砲撃を狙っているのかと考えたためだ。
距離2000……1500……1000
一列縦陣で前進していたグランリア艦隊が一斉に取り舵を取る。三点回頭で敵艦隊に右舷を見せ――
「種別〝中規模火炎弾〟 距離1000 方位14時 斉射三連っ」
各艦の攻撃担当魔法士が一斉に火炎弾を三斉射する。ほぼ水平射撃となった火炎弾膜が楔陣の敵艦隊に殺到する。
ブリタニカ艦隊が張っていた防御魔法をあっさりと貫いて、着弾する。
黒鋼の装甲が爆破し、大量の破片が飛び散った。
大破したかと思いきや、そのまま何事もなく前進していく。お返しとばかしに発泡、大量の砲弾がグランリア艦隊に降り注ぐ。すぐさま防御魔法が張られたが、いくつかが着弾し、舷側を破壊した
「は、蛮族ごときが俺らにたいこうしてんじゃねーよ、バカが」
「種別〝中規模火炎弾〟 距離500 方位15時 斉射三連っ」
号令のもと、火炎弾が三斉射、ブリタニカ艦隊が被弾し、また大量の破片がまき散らされる。
帝国の砲撃魔法士が嘲り笑う。
「なんだ、あれ。一向に沈む様子がないが……装甲が剥がれているのか?」
「まるで玉ねぎの皮むきをしているみたいだな」
「しょうがねぇな、じゃんじゃん打ち込むしかないか。まったく、ヘンなもの作りやがって……」
彼らは気が付いていない。
魔法砲撃は分厚い装甲でも容易に貫通する。だが、不思議なことに二枚重ねた装甲は、どんなに薄くても二枚目の装甲を貫通しないのだ。
実は魔法構成の指定――意訳すると、『その装甲を貫け』と記述されているため、二枚目の装甲は貫けない――文法によるものだと判明しているが、これは同盟技術院の最秘奥とされ、一般には周知されていない。
そこで考案されたのが、今回の薄膜型鱗装甲である。
これは統一規格の薄いパネルを何層にも重ねた装甲である。
パネル同士の間には空気層を挟むことによって浮力を稼ぎつつ、魔法の貫通を許さない積層装甲板。
この小艦隊の艦船は実に八層型積層装甲を四重に重ねており、単純計算で30回以上の直撃に耐える防御力を持っていた。
それは、帝国軍の方からすれば実に異様な艦だった。魔法を大量に打ち込み続けても、なかなか沈まないしぶとい艦艇。だが、爆発はするし、破片も飛び散る上に沈まないわけではない。
反撃もしてくる。だが、やつらはバカの一つ覚えの様にひらすら前進してくる。
ある意味で遊戯的で面白いのだ。
逃げるバカな蛮族の艦を沈めるより、こっちのほうが面白い。やつらの艦なんて、いつでも沈められるしなという彼らの常識が方向性を決定づけた。
帝国軍艦艇同士で密かに連絡を取り合う。
魔法何発で沈めるか――いや、各艦で順番に決められた数の魔法を順番に打ち込んで沈めた艦が勝ち――。数分でルールが決まると、賭けが始まった。
主力部隊の撤退を助ける捨石の艦隊――帝国軍はそう考えた。
こいつらを血祭りにあげてから、また追跡をはじめても充分に殲滅できるという確信があった。
実際に、風を操れる帝国艦隊は、追跡となれば同盟艦隊の二倍以上の速度を出せる。
配下の艦隊提督たちから意見具申を受けたアンリ・ジュングーン大提督は、渋い顔をしながらもその意見を受け入れた。
既に大勢は決していた。敵艦隊の撃沈数が少ないが、まぁよしとしよう。
もともとストレス発散の意味合いが強い出兵であるし、初戦で大戦果を挙げてもまずいと考えたのだ。
彼は政治に関心を示さないのではない。
父親や兄を見て、関わりたくないと思ったから出奔して一兵士になったのに、今では便利な政治の駒扱いになっている。そして、政治的影響力を考えなければならない自分の境遇が嫌だったのだ。
だから、普段は関心を示さないし、皆でバカ騒ぎをするのがが好きだ。そして、海の上では政治など忘れられると思ったのに、結局政治のことを考えている。
「はぁ……亡命でもできる立場だったらよかったが……」
誰もいない提督室で彼はすっかり薄くなった頭を掻きながらため息をついた。
いつのまにやら大提督になっていた騎士の次男坊はこっそりとぼやくことが多くなっていた。
★★★
ブリタニカ帝国艦隊――第一特務攻撃艦隊の艦艇は怒号と血と硝煙と破片に塗れていた。
グランリア艦隊からの高密度の魔法攻撃が続く。
防御魔法は発動するたびに砕かれ、迎撃に小銃やはては拳銃まで持ち出して魔法を撃つ。ほとんどは当たらず、当たっても魔法演算核を射抜けずほとんど意味がない。
艦隊旗艦――H.M.S.エリザベス・サードにまた魔法が着弾し、その巨体を震わせた。
拡張された舷側装甲に当たり、積層装甲がまた一層、貫かれた。砂がまかれた甲板はすでに大量の破片と血がまき散らされ、舷側に並んだ後装式カノン砲も砲弾を撃ちすぎて加熱した砲身が歪んで照準がズレている。
「撃て、とにかく撃てっ! 照準などかまわん、当たらなくてもいい、とにかく撃てっ!」
甲板長が叫び、それでもとにかく装填して撃つ。バケツに組んだ海水を砲身にぶっかけ、強引に冷却しつつ次弾装填。
壊れた撃鉄代わりにハンマーでたたいて着火、吐き出された有毒な燃焼ガスが拡散するのを待っていられずに次弾を装填する。
魔法と違い、大砲の連射性は低い。普通の魔法士なら中規模火炎弾を五秒以内には構築できる。しかし、大砲では砲身の冷却、装填、台座固定、照準といくつもの工程を経て発射されるため、どんなに急いでも15秒以上かかるのだ。
そして決定的なのは、どちらも技能職であるが、大砲は一人では撃つことも難しい。
装甲の隙間、開口している砲門口から魔法が跳びこんで内部で爆発する。火薬にこそ引火しなかったが、爆発とまき散らされた破片で多くの大砲手がケガをする。
「くそ、人数が足りんっ!! おい、後方の6番から12番は放棄して、こっちに人員を回せっ!」
「それでも足りませんぜっ! 死に過ぎてやすっ!」
「根性で何とかしろっ! 奴らに撃ちかえせっ!」
完全に包囲されたブリタニカ艦隊に四方八方から魔法弾が降り注ぐ。威力が絞られた火焔弾だが、あまりにも数が多い。
マストが、索具が、装甲が吹き飛び、煙突が貫通して白煙をまき散らす。
それでもなお、その小艦隊は前進する。愚直に、まっすぐとひたすらグランリア艦隊の中心部へと。
ブリタニカ軍甲鉄艦の積層装甲が限界を超え、ついに船体外郭に被弾する。開いた大穴から大量の海水が侵入し、隔壁閉鎖が間に合わず、ついに傾きはじめる。それでもなお、水兵達は抵抗をやめず、大砲を、小銃を、はては爆発物付きの大型ボウガンを撃って抵抗する。
たいした威力ではないが、ちまちまとした被害にグランリア軍は苛立ち、大規模魔法を行使。
飛来した巨大火炎弾が船体を貫通して大爆発を起こす。
船体が二つに割れて、静かに沈みはじめる。
撃沈された艦も抵抗はやめない。甲板が海面下に没するまで砲撃し、乗組員たちは残された艦に手を振りながら死んでいく。
ついに中央の旗艦エリザベス・サードにも攻撃が届き始める。
直撃する火炎弾、吹き飛ぶ甲鉄装甲。艦橋は集中的に狙われ、容赦なく光撃魔法が撃ち込まれていき、次々と装甲が剥離していく。
その内部にある第一艦橋では怒濤の被害報告が飛び交っていた。
「第三艦橋、第二次装甲まで大破! 信号灯を第二次系統に切り替えます」
「メリーランド、"サヨナラ"打電しながら突撃していきます」
「オールドイングランド、甲板下に直撃、航行不能!」
振動に揺れ続ける艦橋。扇形階段状の部屋に金属とも木とも判別できない机と革張りの木製椅子に座った幾人もの通信士がヘッドホンと、机の上に置かれたアナログメータ指揮無線機に大型マイクを使って状況をうけとめ、解析士官がクリップボードとに書き留めながら、最上段の艦隊提督に状況を知らせる。
背後の大型卓では次々とメモが貼られて、厳しい現在の艦隊状況を表示していく。
またこの艦の被害報告も次々と入ってきて、次々と指示が下される。
『こちら第三蓄電池室、有毒ガス発生! 隔壁閉鎖、閉鎖を!』
「まて、乗員は退避したのか」
『はは、バカ言わんといてください。最後まで面倒みますぜ、破損した電池は除去しました、注水を、注水を願います』
副長が決断を迷っていると、艦長が指示する。
「第三蓄電池室の隔壁を閉鎖、注水せよ」
「艦長!」
「復唱せよ、副長!」
「く、はい、第三蓄電池室の隔壁を閉鎖、注水しますっ!!」
『はは、艦長、帝国の奴らをぶっ飛ばしてくださいよ』
「ああ、貴様らの命は無駄にせん。――地獄で会おう」
『第三蓄電池室総員七名! 最後まで修理に従事します!』
ぶつんと通信回線が切られる。
男達は表情を変えぬまま、するどく前方を見続け、己の任務を敢行し続けるのだあった。
そして、ブリタニカ特務艦隊はついにその時を迎えた。
「艦長、周りが敵、敵、敵しか見えません、味方は4隻、敵は60隻以上、撃ち放題だ、ははっ!!」
索敵屈折望遠鏡で艦の周囲を除いていた索敵担当官が哄笑しながら艦長に報告する。
そして、60隻は開戦前に確認した帝国艦隊の60%に相当していた。
提督は決断する。
「みな、よくぞここまで耐えた」
「ではっ!!」
揃った嬉々とした声が艦橋に響く。
「そうだ、反撃に移る。我々の力を、憎しみを、怨念を奴らに叩き込む! ――艦長!」
「了解しました、提督!!!! ――副長! 《多機能火器制御装置》を起動!」
「復唱! 《多機能火器制御装置》を起動! 第一次回路接続せよ」
「了解、《多機能火器盤制御装置》を起動、第一次回路接続」
電源管理官が復唱し、制御盤のレバーを押し倒す。
ばちんと火花が飛び散り、一瞬だけ艦橋内が暗くなる。電圧降下によって照明のいくつかが
落ちたのだ。
突如、艦橋の中心部に色とりどりの光線が走りまわり、映像を結んだ。
空中投影式表示器。発掘されたこの古代航宙艦で生き残っていた数少ない装置だ。
『マルチプルレーザースクリーンおよび多機能火器制御装置を起動しました。以下のエラーがあります』
センサー系統、電源不安定、火器システムリンク……大量のエラーが吐き出される。
発掘された古代の航宙艦は、頑丈な外殻はほぼ無事だったが、機器の大半は取り外されており、残されていたものもほとんどが使用できなかった。
それをブリタニカ帝国技術院が実に百年以上の時をかけて改修し、進水させたのが、この特務戦艦H.M.S.クイーン・エリザベス・サードであった。今日この日のために造られた決戦戦艦。
騒音しかない機関室で報告がされる。
「第一から第四ボイラー圧力最大、蒸気圧問題なし」
「第一および第四フライホイール、定常回転より発電機接続」
「了ー解! 第一および第四発電機にフライホイール接続、動力伝ー達っ!」
轟音を立てて回転するフライホイールに巨大発電機の回転軸が接続される。
大轟音をたてて巨大な船体が揺れ、巨大クラッチから炎が発生して消える、熱拡散潤滑油が発火したのだ。
一瞬フライホイールが止まったかのように見えた後に一気に回転数を落としながらも、巨大発電機が稼働を開始する。
「第二および第三フライホイール接ー続!」
再び轟音、船体が揺れる。
巨大発電機が稼働を開始して、莫大な電力を生み出す。
「全発電機、動力伝達。定常回転に入りました!!」
「よーし。全発電機、回転数最大にしろ!」
腕を組んだ発電機関長が怒鳴った。
「了ー解っ!! フライホイール最大回転数へっ!!」
大量の蒸気を噴出しながら往復運動式蒸気機関が巨大なフライホイールを最大速度で回し始める。
発電機関室の騒音と振動が一層ひどくなり、歩くことすらも困難になる。
突如、破裂音が響き、膨大な蒸気が噴出した。近くにいた作業員がまともにくらい、全身に大やけどを負って通路下に落ちる。
けたたましいベルの音が鳴り響き、蒸気圧の低下を警告する。
「バルブ締めろっ!!! 蒸気圧が下がる!」
「わかってまさぁああああ!!」
分厚い耐熱服を着込んだ大男が高温蒸気の中に跳びこみ、服をやけただれさせながら巨大なバルブ栓を締め上げる。
「冷却水っ! 急げ」
怒鳴り声とともに大量の冷却水が作業員にバケツでぶちまけられる。どれだけの高温にさらされていたのか、かけられる端から蒸気が発生する。
敵と交戦こそしないが、ここは命がけの戦場なのだ。
グランリア大魔法帝国艦隊からの攻撃は止まない。積層装甲のほとんどは破壊され、本来の船体外郭が露わになり、次々と魔法が着弾する。
宇宙塵にも耐える船外外郭だ、破壊こそされないが爆発の衝撃は巨体をふるわす。
揺れる艦橋で電源担当官がアナログメータを読みとりながら報告する。
「第一、第二、第四蓄電池室 電圧および充電率正常。第三は予備回線に回しました。エネルギー転換位相変換機の起動条件整いましたっ!!」
「よろしい、エネルギー位相転換機に回路接続せよ」
艦長の命令が下り、復唱される。
「了ー解! 復唱 エネルギー位相転換機に電源回路を接続せよ」
『了ー解! エネルギー位相変換転換機に電源回路を接続』
機関室から復唱が返される。
――機関室
「電源回路を接続する。第一次電源回路接続しろっ!」
巨大なレバーが押し倒され、ばちばちと火花が飛び散る。同時に騒音の中に腹に響く低周波音が混じりはじめる。
「電圧効果なし、波形正常っ!!」
「よーし、第二次回路接続しろ」
回路が接続され、そして甲高い高周波音が騒音の中を響きはじめる。
――艦橋
『エネルギーコンバータに電源の接続を確認しました。エネルギー供給先の指定をしてください』
「『万能感知探査機器』および『自動追尾式等位相収束光撃砲』に回路接続、動力伝達」
武装管理担当官が投影スクリーンをタッチして機能を指定する。
『マルチプルセンサー接続、走査結果をメインスクリーンに表示します』
艦橋の中央空間に現在の状況図が立体表示される。
この艦を中心に周囲10kmにわたって十重二十重と囲むように移動する80隻以上もの艦艇が蠢いている
至近の四隻を除いて、全てが帝国艦隊。
囮となったブリタニカ帝国主力艦隊は射程範囲外に撤退したようだった。
「砲撃目標艦艇を捕捉せよ」
「了解、指定しますっ!」
『敵味方識別信号が確認できません。砲撃目標が味方でないことを確認してください』
「ははははっ! 見渡す限り全部が敵だ、撃ち放題だぜ、ひゃっはーーーーーははははっ!」
砲雷長が哄笑しながらタッチスクリーンで次々に目標を指定していく。
指定された目標上に「LOCK ON」の文字が浮かぶ。
その数84隻。帝国艦隊の80%以上だった。
攻撃兵装の選択は一つしかない。
エネルギー充填中表示のそれを押す。
『《ホーミングレーザー》が選択されました。エネルギー充填中です』
強制発射のボタンをタッチする。
『《ホーミングレーザー》充填率0.1% 強制発射しますか?』
YES/NOの選択が表示。
「艦長っ! 攻撃準備整いましたっ!!」
砲雷長が振り返って叫び、艦長がうなづく。
そして万感の思いを込めて艦長が静かに下命する。
「煉獄に落ちろ、帝国人共。『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃開始せよっ!」
「了解! 『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃を開始する! 偽装解除っ!」
砲雷長の命令により甲板長が外装一斉起爆のスイッチをひねる。
爆発音とともに船体外装を覆っていた積層装甲の一部が爆発した。
爆発ボルトによってカバーを兼ねていた装甲版が排除され、灰銀色の本来の船体と、多重集積レンズ砲門が露わになる。
「総員、対閃光防御っ! この放送より10秒間の間、外を見ることを禁止するっ!」
けたたましくブザーが鳴り、艦内放送で危険防止の命令が流される。
短短長と三回ブザーが鳴らされた。主砲発射開始のブザー音。
「『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃 発射っ!」
砲雷長が怒鳴ると同時にタッチスクリーンの兵装パネルを押す。
『エネルギー充填率0.1% ホーミングレーザー攻撃を開始します』
瞬間、膨大な光量をもった光の柱がユリシーズから天に向かって伸び、幾筋もの光の線へと分かれた。
分れた光線は、空中で軌道を曲げ、まるで帝国軍艦中央部に吸い込まれるように命中する。
光の線が消える。
次の瞬間、光の線が直撃した艦中央部が軋みながら上下にずれ、前後に分断される。強度を失った船体が断末魔の叫びを上げて崩壊し、急速に沈没していく。帝国軍人たちの悲鳴と怒号が戦域を覆い、阿鼻叫喚の地獄と化す。
――グランリア大魔法帝国艦隊・旗艦 グラン・イスーンシー
「あ、あれは、あの光は……まさか……伝説の〝神々の光槍〟か! 復活させたというのか、古代の発掘戦艦をっ!!!!」
提督室の舷側窓からの強烈な光を認めたアンリ・ジュイグーンが戦慄と共に叫んだ。
「そうか、皇帝陛下は――」
皇帝陛下との茶会を思い出す。
「ひとつ、ゲームをしようではないか」
個人的な謁見に緊張するアンリに、皇帝はしずかに声をかけた。
「此度の戦、精算は充分にあるはずだな」
「は、はい」
緊張のあまり、出された紅茶の味すらもわからない。そもそも喉を湿らせているのかも。
「お主がきゃつらの艦隊を殲滅し、無事に帰ってきたならばお主の勝ち。その逆、無事に帰ってこれなかった場合は予の勝ちとしよう」
「は、その……」
「勝った報酬は、そうだな、お主を無事に退官させるということでどうかな?」
「……そ、それは」
アンリは目の前の陛下が不気味だった。自分はたしかに大提督であったが、それでも自分のことなど知るはずもないと思っていたのだが、どうもよく知っているらしいと。
自分の望みをこうまで指摘されるとは考えもしなかったのだ。
「予が勝った場合の報酬は、そうだな、予直属の艦隊司令として仕えよ」
鋭い目でアンリを射貫く。そのあまりの鋭さに、彼は。
「――生き残れよ」
――ブリタニカ帝国特務艦隊旗艦クイーン・エリザベス・サード
「帝国軍艦84隻、完全破壊に成功っ!!!!」
艦橋の乗員が一斉に腕を上げて歓喜の声を怒鳴り――提督の怒声が響いた。
「まだだ、まだ残った艦がある。奴らを残らず海底に叩き込めっ!!」
歓喜の渦に包まれていた男達は一瞬でプロの顔に戻り、足音と報告が飛び交い始めた。
30秒後、第二射が天を切り裂いた。
それらは、幾重にも分れて海上に光の檻を築き、グランリア軍残存艦を一つ残らず切り裂いた。
同時に、蓄電池室および発電機室が大爆発し、頑丈な外殻が災いして艦内を残らず灼きつくし、手の施しようのない火災と爆発による開口部の損傷で大浸水が始まった。
総員退艦の命令にもかかわらず、最期までなんとか浮かばせようとしたため、脱出した乗員は400人中わずか16名だったという。
その中に提督および艦長の顔はなく、艦と運命を共にした。
帝国艦隊がことごとく沈められた海域に、主力艦隊が反転して再突入してくる。
波間に浮かぶ帝国人たちを見つけると、ライフル銃や火炎放射器などで尽く葬っていった。
助けを求める帝国人たちには罵声を浴びせてからライフル銃を何十発も打ち込む。
中には魔法を使って艦艇に侵入しようとした魔法士などもいたが、火炎放射器や同盟の魔法使いたちに討ち果たされていく。
運よく甲板に辿りつけた帝国人たちはもっと悲惨だった。
喉を潰されて魔法を使えなくされると、殴る蹴る潰すなどの集団リンチを受け、最後に八つ裂きにされた。その破片は海にばらまかれた。
帝国人たちがしてきたことを何倍にもされて返されたのだ。
それは、何代にもわたって積み重ねられてきた恨みの集大成。祖父母の祖父母の祖父母の代から続いてきた恨みの歴史が、帝国人たちにぶつけられたのだ。
――海は、帝国海軍軍人の遺体や船体の破片で埋め尽くされ、海岸線には数年にわたって漂着物が数多く流れ着いた。
いや、なんか蒸気機関でハイテク動かすのって燃えるよね?
あとホーミングレーザーは波動砲とならぶロマン兵器ですよね-。
ただそれだけのネタです。
それだけで、こんな量書いてしまった……
さぁ、これでまた何人の読者が去ることやら……