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家族の絆

ちょっと病的・残酷・流血なシーンがあります。ご注意ください。

……ああ、また読者が離れていく。





――そこは、もう戦場ではなかった。


四騎もの魔装騎士が無残に破壊されて擱座し、魔導障壁が施された城壁は砕けている。芝生や石畳は想像を絶する高熱で融解しているところすらある。

そして、ところどころに倒れる騎士たち。恐るべきことに、誰一人として死んでいない。

死んではいないが、手足を砕かれて喉元を潰されて、くぐもったうめき声をあげながら転がっている。


それをしたのはたった一人の少女。

量産型の魔法剣一本で精鋭たる帝国騎士たちをことごとく潰し、魔装騎士すら無力化した。

そして先ほど見せた少女の超剣技。剣聖技と名乗られたそれは、離れた場所にいた魔装騎士を同時に砕いた。

魔法ではない。魔法陣はおろか魔力すらも感じなかった。

剣技ではない。剣技とは近接の技であり、離れた場所を斬る技はあっても、魔装騎士を砕ける威力の技など彼らは知らない。

では、何であるのか?

彼らは判らなかった。そして、それを防げると誰一人として考えなかった。

ゆえに動けない。防ぐことのできない、攻撃範囲すらわからない攻撃から逃げることが出来ると信じられるほど残存した彼らは自らを過信していなかった。


身動きすらできない濃密な緊張感の中。


「・・・・・・」


 膝をついていたアフィーナが無言で立ち上がり、肩に手をやって鎧の金具を外した。

肩あてが外れて、地面に落ちる。そして次々に鎧を外し始めた。

全てをはずして内部緩衝服だけになると、人造聖剣を軽く素振りした。

その瞳はしんしんと力強い決意を秘めていた。

「父上……いえ、ド・ゴルド宮廷魔法師長。いまよりわたしが時を稼ぎますゆえ、ご退避を」

「アフィーナ、なにを――いや、わかった、アフィーナ・ド・ゴルド一等近衛騎士」

 レオンが汗をにじませる顔をゆがめながら、愛娘にうなづいた。すでに近衛騎士は壊滅し、皇帝騎士は皇帝の命のみで動く。

自由に動ける者は、彼ら二人しかいなかった。


――それが、白銀の髪の少女が意図したものであろうと判断した。

おそらくは嬲り殺そうというのだろう。

ならば、どちらか一方が相対し時間を稼ぎ、脱出することが最も最善である――ゆえに最重要人物である宮廷魔法師長を脱出させると、愛娘は判断した。


彼は、そこまで一瞬で考え、歪む顔を自制しようとして失敗していた。

そして父がそういう表情を浮かべたことを、娘は声だけで感じていた。


――ああ、わたしは父上に本当に愛されていた。その思いに応えねばならぬ。

暖かなものが胸の中に広がり、改めて覚悟を決める。たとえ死すとも、わが父上を護る。

「これが騎士となった習いですゆえ。――不肖の娘でしたが、あなたの娘として生まれて本当に良かったと思います」

「――そうか。わたしもお前を誇りに思うぞ、アフィーナよ」

 家族二人の会話が終わった。


「お話はおわりましたか?」

 少女は家族だった(・・・・・)二人の会話にもふわふわとした笑みを浮かべたまま。瞳はまるで路傍の石を観るかのように、なんの感慨も浮かべていない。

 その胡散臭い笑顔が人を馬鹿にしているようにしか見えず、怒りを感じる。その怒りを

堪えて、アフィーナが確認する。

「先ほどの約束は、まだ有効だろうな?」

「……ええ、有効です。誰も応じてくれなかったですが、アフィーナ・ド・ゴルドさまが応じるということでよろしいのですね?」

「ああ、だが条件がある。応じなければ、その力でただ虐殺するがいい、虫けらのように我らをなっ!!」

「別に虐殺した覚えはないですけど……。さて、その条件とはなんですか?」

「剣技だけで、わたしと勝負しろ。そのおかしな力はなしだ」

 それは賭けだった。アフィーナにとって唯一の勝機。

ただの魔法は通じないと肌身に染みて理解した。

だが魔法剣技、特に最強と自負するあの技(・・・)ならば――必ずこの化物にも通じる。

化物を倒すのはいつだって人間なのだ。

神話の時代より、強大な力をもつ化け物はかならず人間の知恵の前に破れるのが世界の摂理なのだ。

――そして、アフィーナは賭けに勝ったと思った。

「いいですよ。この〝翼〟は防御力場ですから。攻撃には使わないと約束しましょう。剣技でくるなら剣技で、魔法でくるなら対魔法でお応えしましょう」

少女がそう言うと、白銀に輝く翼が、ちぎれて虚空に消えていく。

そうして、少女は無造作に剣を片手下段に構えた。

それは隙だらけのように見えて、その実、全てが誘いだとアフィーナは気がついた。

そう、虚心坦懐に眺めれば目の前の化け物は、恐るべき技量の持ち主だと判る。

なぜ気がつかなかったのか、数分前の驕っていた自分を殴りつけたい。


認めよう。

目の前の化け物は自分が相対する最強の存在――だが、それでも届かぬ領域にあるとは思えなかった。

 自らを奮い立たせるべくアフィーナが吠える。

「わが剣技のすべて(・・・・・・)を込めた一撃(・・・・・・)をみせてやる。受けてみよ、天塔騎士よっ!!」

「見せてください、あなたの存在すべてがこもった最高の一撃を」

 白銀の少女が微笑んだまま応じる


 爆発する足元の地面。

「ぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」 

アフィーナが咆えながら地を疾った。

神速を超えた超速は、残像すら残さず。十メートルの距離を、ただの一歩で踏破する。


瞬息無距離。


 帝国最強剣術イスーンシー流を極め、さらに昇華させたアフィーナ・ド・ゴルド。

 百年に一人の天才といえる彼女の、最強最速最高の剣技。

 一毫の無駄も狂いもない完璧な袈裟切り。その身の動きは、美しさにまで昇華されていた。


 それは、紛れもなくアフィーナ生涯最高の一撃。何も揺らすことなく空を斬り、音すらも超えた絶対の死を体現する斬線が少女を襲う。


――かならずここに打ち込んでくるとおもってました


 アフィーナの耳に届いたそれはまぎれもない賞賛の声。


刹那の邂逅。アフィーナは、少女の剣がロンギヌスの刃と合わさったことを直視する。

 アフィーナの最高の一撃に、少女はたやすく刃を合わせてみせた。

人造聖剣ロンギヌスの刃に寸分の狂いもなく。

 最高の一撃であるがゆえに、少女にはその剣筋が完璧に観えていたのだ。


――だが、それは想定のうち。

 イスーンシー流剣術は史上最強の魔法剣術。半万年を超える(・・・・・・・)歴史で培われ磨き抜かれた最秘奥に隙はない。

 アフィーナは体内で練り上げた魔力を魔法剣に通し、柄に隠蔽した魔法陣が瞬時に刃に極大の電撃を通した。


――かつて希代の大英雄イスーンシー将軍が開眼したとされる究極の速度をもつ雷魔法。

 彼は、その魔法を矢に纏わせて侵略者トートミー軍の大軍船団を焼き払って調伏したという伝説がある。

稲妻よりも疾いその魔法は、回避不能だと考えられていた。

 だが、魔法陣によって撃ち出されるそれは、魔法陣から軌道や種別が理解できるため、対抗魔法により回避や防御魔法によって防げる可能性があった。

 ゆえにかの偉大なる最高英雄将軍は、剣身に纏わせることにより雷魔法を隠蔽し、相手の剣や防具に触れた瞬間に伝って相手を打ち倒すように改良したという。

これはイスーンシー流剣技の秘奥義とされて、ごく一部の上級師範代以上にしか伝授されてこなかった。

そして、アフィーナはそれを使える魔法騎士であった。


須臾の間で起動した雷魔法が少女を襲い――アフィーナの全身を灼いた。

 少女は量産型魔法剣を振り切り、次撃の体勢。

 極小の時間をおいて、澄んだ音が響き、人造聖剣ロンギヌスが砕けて美しく散った。


「ーーーーーーー!!!!!」

アフィーナが絶叫をあげて、崩折れる。

ぶすぶすと内部緩衝服が弾けるように焼け焦げ、皮膚が灼け引きつり、手足が奇妙な痙攣を繰り返す。


少女は雷魔法の発動よりも疾く、ロンギヌスの剣身を刃ごと斬ったのだ。

そして導体を失った雷魔法は暴走し、試作魔法剣であるロンギヌスの耐電圧を超えて、アフィーナに逆流したのだ。

それはほとんど致命的な威力だった。

 内部緩衝服が溶けて焼けただれ、両腕は爆発して、骨まで露わになっている。

 脚は彼女の意志に関係なく痙攣して跳ね上がり、美しかった黒髪も焦げて異臭を放っている。

 そして、なによりも額が割れて、焦げて乾いた血がこびりつく傷口からいまも沸騰した血が流れている。


少女は剣を地に刺すと、元姉の傍らに跪いて、顔に手をやってつぶやく。

「さすがにこれは……元に戻すのは難しいですね」

 少女の右手に円環が現れた。

 各国語で救急簡易治療開始と表示されて円環内を流れる。

「――ぎ、ぐざま゛、なにをした」

「あまり無理をしないほうがいいですよ。簡易救命治療は施しますが、本格的な治療とリハビリは病院で受けてくださいね」

「な、にをした、この……ひきょう……ものめ……っ!」

 健在な片目で憎々しげに少女をにらむ。溶けた皮膚が歪み、激痛をもたらしているだろうに、感じていないようだった。

「? 魔法剣を斬っただけですが。突如あなたに電撃が流れて少し驚きました。こうなるということは、なにか電撃系の魔法を剣身に仕込んでいましたね?」

「この……お、うぎを……かわす……こと、はふか……のう。それを……」

「――剣身を導体として、相手に電撃を打ち込む技なのでしょうけど……天塔騎士には無意味ですよ。そもそも雷が直撃しても平気ですし」

 少女にどちらにせよ無駄だったと云われてアフィーナが壮絶な憎しみを込めて吐き捨てる。

「こ、のあ…くま……め……」

「――そう云われるのは、慣れてます」

 少女が触れていた手を放すと、円環の表示が待機に切り替わる・

「あ、アフィーナ……?」

 つぶやくように声があがる。

 顔をあげた少女の視線の先には、レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長が呆然として立っていた。

 対決が一瞬で終わってしまったため、待避することが出来なかったのだ。

「――レオン様でも皇帝騎士さまでもかまいませんが、アフィーナ様を病院に連れて行ってくださいな。初期救命治療はしてありますが、このままですと手足とかが動けなくなります」

「アフィーナに、わが娘に、なにを、した……?」

「とりあえず脳に回る血管を冷却しつつ、十分な血液量を確保。心臓周りや主要な動脈や静脈もあらかた再生しましたが、残念ながらこれ以上の治療は規定により行えないのです」

 現地人への技術提供・治療行為などは、原則として現地のレベル以上のものは公開してはならないと定められている。それは、ユニカにおいてもっとも厳密に守られている規定であった。

一歩、一歩踏みしめながらレオンがアフィーナに近づく。黙って少女は道を開けた。

「お…とうさま……すみ…ませぬ。と、きを…かせぐ……ことすらできませんでした」

「いい、いいのだ、アフィーナよ。これも運命であったのだろう。我らはここで果てるが、お前の妹も母もおる。我がゴルド家は、終わりではない……」

 少女を恐れることもなく膝をつき愛娘を抱きしめて、涙をこぼす。


「……なんで、殺されることが前提になっているのでしょうか?」

 立ち上がって見下ろす少女の笑顔が少しだけ困った感じになっている。

「なに?」

「わたしは剣を向けられたから戦っているのであって、自分から手を出す気はないですよ?」

「――見逃すというのか?」

「わたしが見逃してもらうというのが正しいです。好き好んで戦闘をするわけでもないですし、帝国を滅ぼしたいわけではありませんので」

 それは、手を出してくるのならば帝国すら滅ぼすという宣告に等しい。

それが荒唐無稽なことであるとは思えなかった。帝国の最精鋭部隊をまさに鎧袖一触した少女が、全力を出しているとはとても思えなかったのだ。

 レオンは我知らずに安堵のため息を漏らした自分に気づき、彼は憤怒した。安堵した自分に屈辱を感じたのだ。

世界最強国家であり、史上最強であったはずの自分たちが見逃される(・・・・・)――これほどの屈辱があるか?


立ち上がった少女が、壊れた内壁の方へ向き歩こうとした。

誰一人として、それを止めようとはしない。止められるものではない。

その事実を判り、屈辱に身を震わせながら少女を黙って見送る。

人を殺せそうな憎しみを視線に込めて。


「ああ、そうだ。大切なことを云うのを忘れていました」

 白銀の少女がくるりと振り返って云った。

「アフィーナ様の魔法器官が損傷していますので、手術や治癒をする際は慎重に行ってくださいね。魔法は一生使わないほうがいいとおもいますけど」


――場が凍り付いた。

 それは、帝国人にとって死を上回る屈辱だった。

「き、さまーーーーーーー!!!」

 言葉を理解したアフィーナが憤怒して、少女につかみかかろうとする。

 壊れたはずの両手を伸ばし、裂けた皮膚から鮮血をまき散らしながら。限界を超えた激痛であろうに憤怒している彼女は、それすらも超越した。

最速で魔法陣を構築し、自らの最も得意として慣れ親しんだ炎系統最速の魔法を行使しようとする。

「《火炎弾》!!!!」

――何も起きなかった。

アフィーナは愕然とした。

幼い頃から慣れ親しみ、感覚することすらなくなった魔法が起動しないという事実。

認められない。

即座に脳裏に魔法陣を描いて魔法行使をしようとする。

――しかし、慣れ親しんだ感覚がなにひとつ感じられない。

かまわずに呪文を発する。

「《火炎弾》! 《火炎弾》! 《火炎弾》!」

「落ち着いてください。無茶をすると治るものも治りませんよ」

腕を突きつけられた少女は笑みを浮かべたまま困惑している。

「きさま、わたしになにをしたっ!!!!!」

「えと、簡単な治癒を施しただけですが。魔法器官の損傷は電撃のためですから、わたしのせいではないですよ。あとそんなに動くと危ないですから落ち着いてください」

 少女の困惑した声など聞きもせずに、アフィーナがつかみかかってきた。

「落ち着いてください。レオン様も止めてくださいな、アフィーナ様が廃人になりますよ?」

 狂乱するアフィーナの背後で、膝をついたままのレオン・ド・ゴルドは無表情のまま動こうとしない。

 仕方なく、少女は掴みかかられた手首をとり、捻って抑え込んだ。

「ほら、落ち着いて……深呼吸を……落ち着いて……」

 ぽん、ぽんっと優しく背中を叩いて少女はアフィーナを落ち着かせようとする。

しかし、錯乱している彼女はそのまま何度も呪文を繰り返し繰り返す。

しかし、結果は変わらない。変わらない。

狂ったように繰り返して、アフィーナは絶叫した。

「こんな、こんな理不尽があってたまるかあああああっ!!」

「理不尽……?」

「そうだ、理不尽だっ!! わたしが血反吐を吐いて習得してきた技を、力をっ! おまえのような蛮族が超え! さらに魔法が使えなくなるなどっ! こんな、理不尽が許されるはずが無いっ! かならず我らが天にまします偉大なる太神が、お前に罰をくだ――ひっ!!」

 アフィーナが後ずさり、脚をもつれさせて倒れこんだ。

すとんと表情が落ちた少女がそこにいた。


「理不尽……この程度が(・・・・・)理不尽(・・・)だと、そうおっしゃるのですね……」

無表情のまま少女がつぶやくようにささやく。何をしているわけでもないというのに、空間が軋むような錯覚を引き起こす。その中心は、少女だった。

「本当の理不尽というのは、何も悪くないのに親に殺されかけて捨てられ、その道中でおとこのひとたちにおかされつづけるくらいのことをいってほしいです」

 少女が上から覗き込むようにアフィーナの目を覗き込む。

 無表情のまま、くちもとがわらうかたちになった。

「しってますか? ていこくのとのがたはひどいんですよ。いやがってもないてもこんがんしてもなにをしてもかまわずにおかすんです。くちにはぬのをつめこまれてじさつもできず、しばられてていこうもできない。まいにちまいにちあさだろうとよるだろうとところかまわず」

 ふわふわとしたわらいがお。まるでようじのようにあどけないのになにかがかけたえがお。

「なきわめいてもこんがんしてもいうことをきいてもなにをしてもだめなんですよ」

 くちもとに指を当ててくすくすとわらいはじめる。

 それは童女のようにあどけなくて、悪魔のように深淵な笑み。

 アフィーナは抵抗することすら忘れて、震えはじめる。

「いったい何日そういう状況だったのか、わたしはおぼえていません。気が付けば、いまのわたし(・・・・・・)になっていました。――ヒトの感情を喜怒哀楽といいますけど、怒りや哀しみは磨りきれてしまったのでしょうね。喜びや楽しみなんてあるわけもないですから、どこかにいってしまったのでしょう」

少女は笑い哂い嗤う。すべてが入り混じった奇妙な笑顔。

 そうしてアフィーナはずっと感じていた違和感の正体に気付いた。

「ま、さか、おまえ……感情が……」

「気がついたのですか? そう、わたしは(・・・・)感情がほとんどないんです。いや、正確には希薄になっていてよくわからないんです。記憶のなかにはあるけれど、その感覚はよくわかりません」

「わ、笑っているのは――」

「ああ、この表情ですか? ええ、べつに笑っているんじゃないんですよ、無表情なのはフェテリシアに任せているので、わたしは楽しいという顔つきをしているんです。べつにそう感じているわけじゃないのですけど」

アフィーナは凄まじい悪寒を感じ、身体を震わす。目の前の少女が、あまりにも得体のしれない生き物、ヒトの形をしていながらまるで理解できないなにかだと感じて。

「だから教えて欲しいです、アフィーナ元姉さま。いまどう感じていますか?」

アフィーナは、なにを云っているのかわからなかった。

「魔法が使えなくなって、いまどんな風に感じているのですか? わたしは、魔法が使えなかったから捨てられた。捨てられたのは、元お父様の立場から考えれば理解できないこともないです。でも、どうしてわたしはあんなに無残なめに会わなければいけなかったのかしら? 自殺もできず、毎日まいにちマイニチ。朝も昼も夜も関係なく男の人のおもちゃにされ続けた。ねぇ、どうしてなんでしょうか? 」

少女から静かに流れ出す冷気が極度の緊張感を呼び。誰一人として動けない。


「ねぇ、教えてよ、アフィーナねえさま。わたし、そんなにわるいこだった?」

アフィーナは答えられない。何を云えばいいのかわからない。

そうだと云えばいいのか。否定すればいいのか。これは、かつて妹だったモノ。しかし、魔法を使えぬ蛮族で、人間ではない――だが、そうなると、自分もそうではないのか……?


突如、少女の右手がぶれて、魔法を弾いた(・・・・・・)

雷撃球が内壁にぶつかり、紫電をまき散らせてじわじわと掻き消える。

「――いまのは、もとねえさまを狙っていましたね?」

 がくんと首を曲げて振り返った少女が問う。その先には無表情のレオン・ド・ゴルドが立ち、両腕を伸ばして魔法攻撃態勢をとっていた。

「ち、父上?」

 アフィーナが呆けたようにつぶやくが、彼の表情は変わらない。

「――《雷撃球乱舞》」

 六個の魔法陣が煌めき、少女の周囲を十重二十重と囲む――アフィーナごと。

「あはっ! さすが、もとおとうさま。まほうはつかえないむすめなんていらない、いのちをうばってもかまわないということなんですねっ!」

 壮絶な笑みを浮かべた少女が、その意図を悟って嗤う。

愛娘と呼んだアフィーナごと少女を討とうとしたことに気が付いたのだ。

「〝能無し〟がこの私の役に立てるのだ、実に本望だろう」

 愛娘の名前も呼ばずに無表情のレオンが云うと、大量の雷撃球が四方八方から殺到する。


少女の両腕が幾重にもぶれ、暴雷の壁となってあたりに膨大な閃光と紫電がまき散らされる。

弾くのではなくまとめて潰したのだ。

 雷の壁が消え、少女が周囲を見渡すと誰もいなくなっていた。

 アフィーナはぼうぜんとして少女の足元に座り込んでいる。

「――あそこか」

 遠く離れた、内壁の上部。連絡通路を駆ける皇帝騎士と宮廷魔法師衣姿の男。


いっぱつくらいなぐってもいいか。べつにころすわけでもないし


 少女は足元に力をこめて跳躍しようと――

『そこまでにしなさい、コード・オクタ大尉。既に自衛の範囲を超えています』

 中性的な声が上から降ってきた。

突如、甲高い吸排気音が発生して大気が渦巻く。

少女の目の前に漆黒に塗りつぶされた巨大な人型が現れていた。

ファンクションタービンの音、熱発散循環液がパイプを流れる音、分子結合膜装甲の表面を叩く砂塵の音。

それぞれが奏でる音が混じりあって、ひとつの楽曲を奏でている。

人の約九倍の大きさの影、その頭部に当たる場所に紅い輝点が二つ、怪しく灯っている。

「あら、ウィル。おひさしぶり」

『二度と会いたくありませんでしたが、お久しぶりです』

「つれないわね。5年ぶりだというのに」

『それはどうでもいいのです。マイ・マスター(フェテリシア)を返してもらいましょうか』

「いまはちょっとむり。あの子、あきらめちゃったんだもの」

『ならば、おとなしくしてください。これ以上の実力行使は認められません』

「あら、それに従わなければどうする気かしら?」

『停めます。それが、わたしの存在理由の一つでもあります』

「わたしと戦おうというの? この身体はあの子のものでもあるのよ?」

『必要ならば』

 漆黒の影に紅く灯るデュアル・アイと、少女の黒瞳が絡み合う。

双方とも無言で引かず――しばらくして顔をそらしたのは少女のほうだった。

「わかったわ。壊れちゃったわたしがいつまでも表に出るのは間違っているわね……戻るわ」

『――先に帰投します。お早いお帰りを』

 巨大な影が不意に消える。音もまた。

 そこに巨大な人型兵器が居た痕跡のひとつも残されていない。

 大陸を滅ぼせる超兵器同士の対決は、起きることなく終わった。


 音の消えたその場で、少女は一人たたずむ。

 燃える音も弱くなり、空には怪しい黒い雲が広がってきている。


 ぽつっぽつと雨滴が降りはじめた。黒い雨滴が、破壊された城壁を、芝生を、呻く騎士たちや内宮の区別なく降り注いでいく。大魔法や少女の剣聖技によって巻き上がった大量の塵芥を含んでいるために、雨滴が黒いのだ。

黒い雨にうたれるままアフィーナは呆然と座り込み、うなだれていた。

「ばかな……わたしは……レオン・ド・ゴルドの娘……誉あるゴルド家の長女にして魔法騎士の……」

宮廷魔法師長の娘であるアフィーナはぶつぶつと何事かをつぶやいている。


「さようなら、アフィーナ元姉さま」

 少女がつぶやき、静かに歩み始める。振り返ることなく。


それは帝国にとって悪夢だった。

――少女が技術院から脱出して、わずか十分間の出来事。


帝国技術院工房が完全破壊。

内宮や城壁が破壊、魔装騎士四騎が全壊。

宮廷魔法団、近衛騎士、皇帝騎士を含む二十を超える帝国の最精鋭たちが、壊滅。

誰一人として命は奪われておらず、復帰は可能だろうが戦力低下は否めない。


その中で、生命こそ奪われなかったがアフィーナは魔法器官を失い、騎士としてはおろか父親からも捨てられた。

それは少女が意図したものではなかったが、結果としてそうなった。

――彼女の行く末に語るべきものはもはやない。帝国人にとって、魔法が使えない者は人間ではないのだから、その結末はもはや定まっていた。



もはや、どっちが悪役かわからないw

でも、このアフィーナの最期は最初から決まっていたのです。

副題を決める時も、念頭にありました。


もっと愉快で楽しいノリな物語のはずだったのに、どうしてこうなった。どうしてこうなった。


 なお、おわかりかと思いますが、帝国側のたいそうな歴史やら箔があるものは大半が偽物です。

 ウソや誤魔かしを続けすぎて、彼らの中では真実になってしまっているのです。だから聖剣ロンギヌスだったり、弓を扱うのに魔法剣技の開祖だったりするわけです。

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