兎装少女堕ちた
ちょっと文章がくどいです。
また後半は流血表現があります。ご注意ください。
夜の帳が降りた皇都を紅い少女が翔ける。
《ウィル、状況!》
《30秒前から通信タイムラグを意図的に発生、複数回線から偽装情報をアップロード中》
母娘を左肩に抱えた少女は背面を狙う直射魔法砲撃を振り向きもせずに裏拳で弾く。
砲撃は夜空を駆け昇り、弾いた拳から血飛沫が飛び散る。
グローブはとっくの昔に千切れ跳び、灼けた皮膚が巻き戻るように高速再生する。
サイレンの鳴る皇帝城の各所から光源魔法が大量に打ち上げられ、周囲は真昼のように明るくなる。
「対応早いなっ!」
皇帝城を囲う内壁を駆け上がりながら、フェテリシアは感心したようにつぶやく。
感知した魔法波動領域、人や魔法装置の警告表示がバイザーや網膜投影に投影された俯瞰地図上に多層表示。帝国側の未警戒領域が急速に減少していく。
すでに交戦なしで脱出できるルートはない。
「いたぞ、あそこだっ!」
「目標は第一郭西C-4内壁を駆け昇っている、照明魔法を打ち上げろ」
「対人掃討魔法攻撃に限定、撃て、撃てっ!」
大量の魔法弾が追いかけてくる。それらを真空切りを乱発して迎撃。
「っぅ!!」
いくつか魔法弾が直撃、ボディースーツを貫通し、体内でさく裂、肉片をまき散らす。
NMフィールドの展開がされていないボディースーツなど、多少頑丈な衣服でしかない。魔法攻撃にはほとんど無力だ。
母子を抱えているフェテリシアは回避もままならない。全力機動をおこなうと彼女たちの身体が持たないのだ。
《AMATERASUからの質問信号! 偽装報告32種を返信》
ウィルが報告する。フェテリシアはなにも答えない、その余裕がない。
慣性重力制御に事象演算領域の大半を使われて、周囲情報の解析すらままならなくなりつつある。
フェテリシアが緊急事態モードに入ってから既に2分。
その警報はキャリア、〝アマノウキフネ〟を通して、周回軌道通信衛星を経由して本部まで送られている。強力な暗号化、解除暗号化鍵を別に送信する、経由を複雑にして時間をかけるなどありとあらゆる遅延策を施したとはいえ、それでもタイムラグは20秒がいいところだろうとウィルは試算していた。
それが2分を経過してやっと質問応答。予想よりはるかに遅いとウィルは感じていた。
相手は〝世界を創生する〟とまで云われる超級量子演算装置。
同等の技術で製作されているとはいえ、そもそも天塔騎士補佐用人工知性でしかない自分に太刀打ちできるはずがない。
――手を抜かれている?
疑問に思いながらも、疑問追求のための思考領域資源はない。
攻勢防壁の展開と強攻自爆プログラム生成、さらに回線監視とマルチタスク進行。
そのすべては、己の主フェテリシアを守るために。
――主フェテリシアは、とてつもなく甘い。
ウィルは常々感じていた。歴代の主の中でも間違いなく最高。
天塔騎士団とは、世界最強にして異常者の集団だ。
その時代において最強クラスの存在、同時に人格破綻者の集団。
〝大巫女〟への恐怖故に集団としての最低限の規律を保っている組織。
絶対服従の誓いの見返りに与えられるのは、世界最強最高の地位と装備と名誉と快楽、力と恐怖――大巫女と星の守護者代理人として、天塔騎士団はその行動全てがユネカの名の下に承認される。
大巫女より禁止された事柄を除いて、彼らは何をしようともとがめられることはない。
禁止事項に入っていなかったとして、一夜で都市を滅ぼした者さえも居る。
呼吸をするようにヒトを斬る者、魔法技術追求の末に自分を改造してしまった者、都市を滅ぼした者、星に挑もうとした者……。
人類の基準を遙かに超える何かであるために、超人類と密やかに云われることもある。
だがむしろ、なにかが欠けているが故に突き抜けたモノというほうが正しい。
そんな欠けた者たちの中に置いて、フェテリシアは極度なめんどくさがりがそれだと思われていたが、それは違うとウィルは考えている。
彼女の欠けは、その度を超した〝甘さ〟。――ただ、それは決して優しさではない。
彼女は誰に対しても同じように平等に甘い。誰かをひいきすることもない。
扱いは平等で、何をされても許す。
「別にいいよ、怒るのもイヤだから」という口癖と共に。
それは裏返せば誰も信用していないのと同じ事だ。――いつ裏切られてもかまわないように。
そう彼女は、自分の専属であるウィルさえも本当の意味で信頼していない。
いまだってそうだ。追い込まれつつある現状とて、ウィルに一言「ルートを切り開け」と命令すればいい。
そうすれば、ウィルは火力支援ができる。そのための天塔騎士補助人工知性だ。
しかし、彼女は命令しない。
ウィルが持たされている火力では、帝都の一角を破壊し尽くし、騎士や魔装騎士を壊滅させることになるだろう。
もともと敵対勢力を殲滅するための兵器である。
当然の結果であるが、フェテリシアはそれをイヤがる。
同じ理由で、彼女は騎士を殺さない。敵を倒せば血路を切り開ける。能力が制限されていく現状でもまだそれは可能――しかし、彼女はやらない。
〝だって、格下のやつら殺すのなんて気持ち悪いじゃない。殺せるのがわかってるのに、そんなの相手に全力揮うなんてかっこわるいよ〟
壁面を駆けるフェテリシアに騎士が二人、交差軌道で仕掛けてくる。どちらも跳躍と空中姿勢制御を駆使して壁を駆けている手練れだ。
その魔法剣の文字が発光して起動状態になり、騎士は無言で剣をなぎ払った。
宙を駆ける黄金色の斬線。魔法に自重を載せた剣技だ。
危険を感じたフェテリシアが駆けている壁ぎりぎりまで背を低くして回避する。
その背を狙うように、強烈な打ち下ろしが見舞われる。手をついて急激な方向転換をした彼女の一瞬前にいた壁に振り下ろされた剣は、壁材を深く抉った。
「っ!!」
皇城を守る内壁だ、強力な魔導皮膜防護が施されている建材をその魔法剣は砕いてみせた。
人間が食らえば、挽肉になったことだろう。
むやみやたらに攻撃魔法を放つことなく、跳躍と空中姿勢制御を同時に魔法運用してみせながら、その攻撃は魔法防護が施された壁を破砕させる。
それら全てが、凄まじい技量を示してた。
(なんだ、こいつらっ! いままでと違うっ)
フェテリシアは内心焦る。明らかに今までの騎士とは質が違う。
そのうえ戦術までまったく変えてきた。攻撃が失敗しようと成功しようと、とにかく一撃離脱に徹しているのだ。しかも二人による高度な連携。それは、受動防御・反撃という彼女の基本戦術とは非常に相性が悪い。
(厄介なっ!!)
フェテリシアは内心歯がみする。彼らが一撃離脱と牽制攻撃に終始する事を悟って。
驚異的な身体能力を発揮できない今の彼女に対しては効果的な戦術。
撃ち込まれてくるだろう大規模な魔法攻撃を迎撃して撹乱、包囲網を抜ける気であった彼女のもくろみが崩された。
彼らには今まで相手にしてきた近衛騎士のような傲慢さや自己陶酔など微塵もない。身につけている鎧もまた華麗な装飾こそないが、使い込まれた気品が漂う金属と布を組み合わせた最新の魔導鎧。身体の動きをまったく制限しておらず、むしろ筋力や速度を増加している様にさえ見える。
そして顔を完全に覆うフルヘルム。帝国騎士はフルヘルムを着けない。あらゆるモノを見て躱すことが出来るため、視界を制限するものを嫌う傾向があるのだ。
しかし、今の戦っている騎士達は全員フルヘルムを装着して、顔が全く見えない
そして鎧に施された紋章は現皇帝家のものと個別の記号。
その記号――ダイアモンドを見て、彼女はその正体に気がついた。
「皇帝騎士かっ!」
「そうだ、天塔騎士!!」
内壁の上から内壁をするような低姿勢で駆けてきた騎士ツヴァイ=ダイアモンドが剣を切り上げる。それを紙一重で躱すが、左腕は母子を抱えているため、反撃が出来ない。
しかもフェテリシアは地面に落ちないようにするために速度を落とさず、しかも前に進むしかない。故に軌道が読み易くなっていることを皇帝騎士たちは見逃していなかった。
交差した騎士アインス=クラブは勢いを殺さずに離脱。いまのフェテリシアを上回る速さ。
駆け抜けざまに、剣を揮い彼女の右腕を切りつけている。
城壁を駆け上り城壁回廊へ到達すると、フェテリシアへ牽制の魔法攻撃を加えつつ加速。充分に加速が乗ると、また交差軌道に入る。
「!!」
不意に巨大な黒い影が、フェテリシアの側頭をかする。回転して飛翔するV字型のそれは、自然な曲線軌道で方向を転換して再度フェテリシアへ向かってくる
「な、ホーミングブーメランっ!?」
魔導追跡機能付きの巨大なブーメランが二つ、交互に襲いかかる。
それらは目標に命中するまで、執拗に追跡する誘導型魔導武装だ。
魔法弾攻撃とブーメランの波状攻撃の合間を縫って騎士が仕掛けてくる。
同時に二人、前後から。両方を同時には迎撃できない。
「いやらしい攻撃だねっ!!」
「ほめ言葉と受け取っておこうかっ!」
騎士が叫ぶと同時、下方から魔法弾が生成・射出。
位置指定式魔法攻撃。難易度の高い魔法を移動しながら同時にこなせるとは、相当な技量を持つ騎士の証明だ。
(迎撃しきれないっ! なら、加速っ!)
重力制御術式を変更、母娘たちの前方加速への耐性を上げて、超加速にはいり――
「そう動くと思ったっ!!」
「っ!!!!」
超加速した眼前に大量の槍。魔法で空中に固定され、さらに幻影で隠蔽されていた。
移動先を完全に読まれていたのだ。
幻影による隠蔽とて普段の彼女なら気づく。だが、その余裕がなかった。
それでも彼女は超反応。身体を捻って母娘達の進路上にある槍の前に身をさらす。
槍をへし折り、身に突き刺しながら無力化。
「――狂ってる、槍をそのような方法で無力化するとはっ!!」
皇帝騎士ドライ=スペードが叫びながら双剣による十字斬。
「だから、なにっ!!」
空中に残っていた槍を横殴りに振り回す。むろんそんな攻撃に当たる騎士ではない。
だが、速度は鈍る。速度が落ちれば壁に立つことは難しくなる。
「ちぃっ!!」
騎士ドライ=スペードは攻撃をあきらめて、壁を蹴って地面へ加速落下する。
その隙に全身に突き刺さった槍を引き抜いて投げ捨てる。すぐに再生されて止まるはずの出血がなかなか止まらない。
(再生速度が落ちてきている――)
出力の大半を重力制御に回している上に、傷を負いすぎて再生が追いつかなくなりつつある。そしてさらに悪い報告がもたらされる。
《〝アマノウキフネ〟上位指揮権解除。指揮下より外れました》
ウィルが報告する。同時にアマノウキフネから逆接続が開始。
一瞬で多重通信回線がロックされ、そこから多数の強行偵察ユニットが侵入、ウィルが構築した対逆侵入防壁に取り付き、解除を開始する。ロックされた回線部分の周波数信号を1000分の1へ遅らして処理を遅らせるが、それでも焼け石に水だ。
処理が遅くなるなら、物量で押せば良いとばかしに大量の連鎖処理ユニットが送り込まれて相互連携を開始、簡易的な思考ルーチンを構築。
それに対してウィルは連携の節を破壊する局所破壊戦術ユニットで対抗する。
それらは光の速度での攻防。一瞬の判断が戦局を左右する。
通信回線を介する以上、防衛側のウィルの方が有利なのがセオリーだが、あまりにも敵が巨大だ。
圧倒的な演算力で、閉じられた通信ポートを強制的に解除して回線をロック、侵入を開始する。ポート直後のメモリ領域を超高速揮発させることにより、侵入ユニットを蒸発させるが、それも時間の問題。送られてくる量も質も違う。
本部からの逆接続に手も足も出ない状況に陥りつつあるのに、支援母艦である〝アマノウキフネ〟から逆接続が開始されたのだ。
既にその戦力差は考えるのも馬鹿馬鹿しい。
それでもウィルは絶望的な時間稼ぎをする。一秒でも長く。
フェテリシア自身もまた逆接続・侵入より、機能や権能を次々と奪われていく。
ウィルと比較しても圧倒的に狭い演算領域のほとんど全部を重力慣性制御に食いつぶされながら、残った領域で申し訳程度の防壁を構築し、少しでも時間を稼ぎながら、身体制御演算やフィールド制御、それは本来のスペックの1000分の1以下にまで制限されている。
それでも、本来ならばここまで追い詰められはしない。
とある事をすれば戦局を覆すことなど容易い。――そう、敵を殺せば。
専用装備が機能停止させられていても、彼女ならば素手で殺すことなど簡単だ。真空斬りとて、人に放てば両断できる。
天塔騎士にとって、この状況ぐらいは詰みにはほど遠い。
だが、ここにフェテリシアの足枷がある。――彼女はまだ『殺人処女』。殺した経験がない。
その理由はイヤだから。その一言がフェテリシアにとって全てだ。
それは、甘さや優しさではない。
やりたくないからやらないという傲慢と、そして――恐れだ。
そう、フェテリシアは恐れている。
あまりにも圧倒的な力と、そして歯止めのなくなった自分が。
だから、フェテリシアは自分自身に徹底的な枷をつける。
許可時間制限、兵装制限、そして精神制御。
何段階にも渡る枷により、能力は徹底的に制限されている。
故に天塔騎士八位なのだ。その実力は剣聖にも迫っているというのに最下位。
そこまでしても、まだフェテリシアは恐れている。
自分の中に眠る彼女に。
――そして、その恐れは、現実と成る
騎士ドライ=スペードが城壁上から跳んだ。双剣を構えた騎士は壁を蹴って軌道を修正、フェテリシアと交差する軌道。彼女は蹴り脚の角度を変えて加速方向修正
「っぃ!?」
一瞬の遅滞。彼女背中に魔法剣が突き立つ。
下方から騎士アイン=クラブが、魔法剣を投擲したのだ。
痛覚で加速が鈍ったフェテリシアに双剣の騎士が襲い掛かる。超至近距離での十字切り。
肘と拳で受け止めた。剣の腹だったが、魔法剣の超振動が皮膚や筋肉を千切る。
血飛沫をまき散らしながら再生する腕をひねって双剣を巻き上げようとするが、騎士の反応が早かった
騎士は攻撃が失敗した瞬間、魔法剣を捨てて離脱を選択。壁を蹴って遠くへ跳び、そのまま自由落下。
お土産とばかりに光収束砲撃が四つ。
「くっ!!」
フェテリシアは光収束魔法をぎりぎりで避けた。ほつれた髪数本がが膨大な熱量に曝されて一瞬で蒸発する。
彼女もまた苦戦していた。バイザーは一部が砕け、ポニーテールにしていた髪もリボンが千切れて、風に巻かれている。
すでにバニースーツはところどころが破損し、血をにじませている。
右手のロンググローブは斬られて大量の血を流していた。
それでもなお左肩に抱えている母娘はまったくの無傷だ。
「おい、あれを狙えっ!」
支援魔法師たちが指図して、母娘たちを狙う。大量の魔法弾と直射砲撃魔法。
「あんたらはっ!!」
絶叫しながら、真空切りをいくつも放つ。だが、全てを撃墜するには数も圧力も足りない。
真空斬りの壁を突き抜けて母娘に到達しようとする魔法へ、フェテリシアは身体を曝す。
着弾、爆発。
「ぐぅぁっ!!」
肉が抉れ、血が噴き出る。
《NM量不足、治癒再生速度低下。防御NMFの稼働を推奨》
「うるさい。この人たちを最優先」
血がひとすじ、額をたれる。
母子の肉体を守るため、極端な加速が使えない。重力制御の大半をそちらに回しているのもあって、演算領域を圧迫している。
そのためフェテリシアはいつもより格段に落ちる体捌きで、帝国騎士の攻撃をかろうじて凌いでる。
《あと何秒本部の攻撃に耐えられるっ!》
《不明。時間稼ぎもままなりませんっ!》
攻勢防壁の展開――瞬時に七層が突破された。
予定通り空白地帯爆破、それでも生き残った強攻偵察型パケットがさらに防壁へととりつき、ゲートを捜索、乱数解読。
最新の第12世代型量子演算器であるウィルとはいえ、本部にある無限に更新され続けた真の怪物である《AMATERASU》には遙か遠く、永劫の彼方まで及ばない。
非常用無線シリアル通信回線を一本だけ残して、あとはすべてポートをシャットダウン。
こちらから、とにかくデータを送り続ける。その間はあちらはデータを送りつけることができないと判断。
ところが、相手は通信データをリアルタイムで書き換えて通信をさかのぼり、ウィルのメモリ内で攻勢プログラムを作成、ポートを乗っ取った。
いったいどれだけの演算力の差があるのか、比較もできない。
やむなくそのメモリ領域の隣接区域まで物理パージ、電源を落として内側からアクセスすることを出来なくする。
虫食い状態で欠けていく三次元不揮発性光量子メモリ領域群。アクセスするのにいくつものバイパスを経由し、、応答時間が少しずつ延びていく。
それはナノセカンドで勝負が決しかねない超高速電脳戦では圧倒的に不利な条件。
もっともウィルにしてみれば、そんなのは今更なのだ。
ウィルたち天塔騎士専用朧影人形全騎がかかっても、足下にも及ばない圧倒的な演算力、そしてそもそもウィルたちを設計・開発した母たる存在――それが《AMATERASU》なのだ。
最初から結末は決まっている。だが、それでもウィルだけの勝利条件を満たすことは可能だ。
ウィルは、フェテリシアが安全地帯まで逃げるまで、《AMATERASU》をごまかせばいいのだ。
それはあと30秒持たせればいい。
身体能力が落ちて、一撃必倒など望むべくもない彼女では、かろうじて凌いでいるという状況。早急に打開策を立てなければならない。
なんとか撹乱して、キャリアに運び込もうと考えていたが、無理になりつつある。現にキャリアの方向へ少しでも足を向けると攻撃が激しくなる。
この分では、キャリアの周囲もまた厳重な布陣になっていることは容易に推測できた。
フェテリシアは覚悟を決める。このままではじり貧で追い詰められる。同じ追い詰められるならば、優先順位など決まっている。
《この母娘を〝アマノウキフネ〟へ瞬間移動準備してっ!》
《無理です、マーカーのないその母娘では基準点が固定できません。また現在のエネルギー残量では、瞬間移動後にほぼ動けなくなります》
《基準点は自由落下状態の補正、エネルギー残量は気にしなくていい、なんとでもなるっ!》
《無茶です》
《いいからやれっ!》
《拒否します、マスターの安全が――》
《ウィル、DC命令発動! 発議者フェテリシア・コード・オクタ国連軍大尉 認証コードUNSF3960J013FC-H-UNECA! 緊急危険回避のため、特殊AI倫理規定23条第3項をパージ、当該目標をUNSBB-A140F6〝アマノウキフネ〟へ空間転送回収の緊急依頼、最優先実行せよっ!》
《了解》
機械のような平坦な声色でウィルが返答する。
「うらぁぁあああああっ!」
フェテリシアは全力で全方位に真空斬りを放った。
「ちぃっ!!」
攻撃を仕掛けようとした皇帝騎士がいったん退く。そして包囲網が崩れたところを彼女は内壁を全力で駆け昇り、その勢いのまま上空へと跳びだした。
風が渦巻き、フェテリシアの髪を髪乱す。跳躍の頂点へ達し、自由落下へと入る。
下方に広がる広大な帝都。
直下に浮かび上がるいくつもの光り輝く魔法陣、陣、陣。
直射魔法砲撃の魔法展開陣。その数優に50超。
一斉砲撃、彼女の視界を光が埋め尽くす。
弾き、受け流し、叩き、潰す。
両手両足は際限なく超高速連撃で霞み、魔法砲撃を迎撃する。
いや、それはもはや迎撃ではない。ただの壁となり、背後で自由落下する母娘を護っている。
光収束魔法砲撃は連射が出来ない。魔法陣の展開に時間がかかるのだ。だが、それは数がいれば問題がない。人数を分けて編成し、順に攻撃すればいい
三つのタイミングで放たれる光撃群は、間断なくフェテリシアを狙う。
さらには空中に跳び上がった騎士が横殴りの光撃。魔法砲撃の十字砲火に、さすがの彼女も対応が遅れ始める。
「ちっ!」
さらに反対側から、騎士が剣を振りかぶって突撃してくる。
砲撃の合間を縫い、さらには騎士アインの砲撃が入る絶妙のタイミング。
空中で姿勢を崩しながらも、指先から放つ衝撃波で大剣の軌道をそらす。
空を切った攻撃に執着せずに、騎士ツヴァイ=ダイアモンドはそのまま宙を蹴って離脱した。
彼らは魔法陣を展開して、空中に足場を造っているのだ。
現象演算領域をほぼすべて使われているフェテリシアは、自由落下しかできず、彼らの立体交差攻撃に翻弄され続ける。
《基準点策定。対象物を〝アマノウキフネ〟へ瞬間移動させます》
《カウントダウン省略、GO!》
フェテリシアが回線に怒鳴ると同時、背後で落ちていた母娘の姿が揺らぐ。
何かを感じたのか、襲撃しようとしていた騎士が軌道を修正して、母娘へ向かった。
「させるかっ!!」
フェテリシアは光撃を蹴って、その反動で騎士の前に滑り込む。
両手は既に迎撃で手一杯。真空切りを放とうとした瞬間に、騎士は豪速の剣を揮った。
「っ!!!!」
攻撃の体勢に入っていた少女は反応が遅れた。衝撃。
少女の左腕が宙を飛ぶ。肩口から斬られたのだ。
少女が吠える。
「ぬぁああああああっ!!!」
「なっ!!」
騎士の反応が遅れた。あまりにも予想外の行動で。そして少女の攻撃をまともに食らってしまう。
少女が斬られた左腕を掴み、そのまま騎士にぶち当てたのだ。
腹部にまともに食らってしまった騎士は、そのまま墜落する。
ほぼ同時に、後方で姿が揺らいでいた母娘が瞬時に消えた。
目標地点へと転送されたのだ。
瞬間移動 実行完了
NM残量1パーセント以下、NMフィールド停止
エネルギー貯蓄残量3%未満、NMドライブ出力低下
240分の静止待機状態へ移行
網膜投影された無情な表示とともに、各種機能有効表示が反転して非有効化されていく。
皇帝騎士の攻撃中に詠唱されていた大量の攻撃魔法がフェテリシアに向かって打ち出される。
いくつもの魔法砲撃の光柱が少女へ向かい、その間隙を縫うように魔法弾が雨あられのように打ち上げられる。
拳電弾雨。少女はもはや己の被害など省みない。片腕と、口にくわえた腕まで使って強引に迎撃する。腕を治癒する時間がない。まともに動かせるように神経接続される時間が足りない。動かせない腕など、ただの死重量だ、むしろ振り回して棍棒代わりにした方がいいという狂った判断を瞬時にしたのだ。
損傷などかまわずに、少女は総力を挙げて攻撃魔法を迎撃する。
しかし、数十人からによる魔法攻撃だ。飽和にも等しい魔法攻撃量に押されて次々と被弾していく。
皮膚が裂け、拳が砕け、脚が折れ、全身が灼かれ、そして白煙を上げながら高速再生していく。
「ぁぁぁぁぁぁぁあはははははっ!」
凄絶な笑みを浮かべ、狂乱の笑声をあげてフェテリシアは委細構わずに全身全霊で魔法を迎撃する。魔法攻撃は続き、大量の魔法弾が次々と着弾し、身体を抉っていく。再生すら追いつかなくなる。
被弾の衝撃で、木の葉のように翻弄されながら自由落下する。
そして、魔法砲撃が止み。
地上から大跳躍してくる三人の騎士。
大剣を構え、突撃の体勢。
迎撃の衝撃刃を放つ。今の彼女が出せる最高の威力で彼らに向かう。
突如、騎士達が散開、衝撃刃はむなしく空を切る。
だが、騎士の背後に隠れていた豪速の飛来物。
三人の騎士に気を回していたフェテリシアは一瞬、対応が遅れる。
いや、見えてはいたのだ。しかし、身体の反応が追いつかなかった。
「っ!!!!!」
腹部へ衝撃、貫通。
騎士の背後に強力な魔法弓による強力な矢弾が隠されていたのだ。
フェテリシアの腹部を貫通した鏃が変形する。先端が開き、少女の背中に食い込む。
矢尾につながれた頑丈な鎖の先は、地上でしっかりと足を踏みしめた騎士フィーア=ハート。
鎖を掴み、一気に巻き取った。
「ぐぅううっ!!」
空中で足場もないフェテリシアは、引かれるままに宙を堕ち。
大地に叩きつけられた。
(ぐあ……さ、すがに……)
すでにフェテリシアの身体は無事なところを探すのが難しいくらいにぼろぼろだ。
全身に被弾して、再生も追いついていない。叩きつけられた衝撃で脚も腕も折れ、立ち上がることすらままならない。
上半身を起こし、顔を上げたところで剣が突きつけられた。
彼女を取り囲むように四人の騎士。
背後には魔法陣が浮かび上がり、いつでも魔法弾攻撃が行える体勢。
「ここまでだ。格別の慈悲として、騎士の礼にて葬ろう。潔く散るがよい」
皇帝騎士が一糸の乱れなく剣を構える。その動きには油断も隙もない。
彼らは皇帝直属の騎士だ。個人武芸も超一流だが、それ以上に連携戦を得意とする。
その力は50人の騎士にも匹敵するとまで云われる。
天塔騎士として与えられた機能全てを停止させられ、身体再生すらままならないフェテリシアには、もはやなす術がない。
(ボクじゃここまでか……うん、よくやった、よね……)
フェテリシアは諦観した。
――もう、いいの?
うちのヒロインは腕を斬られるのが必須条件なんだろか?<意識していないで書いてた
これだけ書いて、実は2分間以下の攻防……
もうちょい削った方がいいかなと思いつつ自重しなかった。