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帝国技術院にて

5000ユニークアクセス突破記念ということで投稿。


ちょっとアレな超展開入ります。

ようやく物語の歯車をひとつすすめます


――彼女は知らない。

圧倒的な力があろうとも。

いかなる敵に打ち勝つ力があろうとも。

虫けらにも等しい者に足がすくわれることがあることを。

無力だと思い知らされることがあることを。

まだ彼女は知らない。




――冷たい石畳にぺたぺたと柔らかい足音が響く。

堅い装甲ブーツが石畳を叩く音が複数。じゃらりじゃらりと硬い鎖の音。

 枷と鎖で手足を結ばれたフェテリシアは、石造りの巨大な回廊を歩いていた。

 周囲には近衛騎士が1個小隊8人が取り囲み、首輪に繋がれた鎖は先導している女騎士――アフィーナ・ゴルドが持っている。


回廊の両脇は中庭になっており、夜の帳に包まれていなければ、美しく整備された薔薇の回廊が見える事だろう。

回廊は柔らかい光に照らされている。

 華麗な装飾が施された石柱ごとに魔石式ランプが設置され、回廊の隅々まで柔らかく照らし出している。


 先導していたアフィーナの足が止まった。

 目的地にして、回廊の始点となる巨大な扉がそこにあった。

 豪壮で細緻な意匠を施された巨大な扉は、全高10メートルはあるだろうか。

 あまりにも巨大な扉は、とても人間が動かせるような大きさではない。

 今まで歩いてきた回廊もまた同じだけの高さがあり、それはまるで巨大な何かが歩けるように造られていた。


(ま、もちろん魔装騎士に決まっているけどね)

 フェテリシアは任務の終着点が見えてきて、少しほっとしていた。

 普通に忍び込めばいいものを、なぜか帝国人の先導による正規ルートで確認するように指定されていたのだ。


 国際司法裁判における証拠採用に必要だからと説明されていたが、意味はよくわからなかった。国際司法裁判ってなんですかときいても、天塔騎士は誰も知らなかった。


 それはさておき、もちろん普通に見させてくれといってもさせてくれるわけがない。

 なので一度捕まって、そこに連行されるように仕組まなければならなかった。


(――よく考えなくてもおかしいよね? なんで捕まんなきゃいけないの? いや、ほんと意味が判んないんだけど。なんで捕まって痛ぶられなきゃいけなかったんだろう?)


 いくら再生治癒能力が高いと云っても、痛いものは痛いのだ。わざわざ痛い思いをしたがるほどマゾじゃない……。

思考が脱線してきているのに気付いて、停める。

 上層部批判するとあとが怖いと骨身に沁みていた。主に精神的に、おまけで肉体的な意味で。

 なにせあの〝剣聖〟ですら絶望的な逃走を試みるくらいだから。いつも捕まってひどいめにあっているのをフェテリシアはよく観ていたから知っていた。


それはさておき、任務だ。

 外部で騒動を起こして、誘拐された人たちの救出作戦を行う。

 同時にテキトーに戦力を間引いて、重要施設の稼働率を上げて物流などを観測する。

特別な〝材料〟が居なくなり、とある重要機器の生産が停止、困った彼らがフェテリシアを〝使用〟するように仕向ける……


もちろんフェテリシアは反対したのだ。そんなのうまくいくわけがないと。

だが――


天塔騎士という超人類は、彼らからすれば一級の素材に見えるから。

だから必ず利用や研究を考えるはずだよ、心理人類行動歴史学的に――という、鶴の一声で作戦は決まった。


 普通に考えても穴だらけの作戦プランなのだが、上層部が立案・承認したので拒否が出来るわけもなく。フェテリシアはしょせん下っ端、名もなき戦闘員Aと立場は同じだから。

それって、権力の乱用じゃないの?とフェテリシアは思う。

風が吹けば桶屋が儲かる的な三段論法にすらなっていない作戦――だが、なぜか彼女はここに居た。

作戦予定通りに。予想状況からほとんど外れていない。



(……なんか、ボクだまされてない?)


――彼女は知らない。

 心理人類行動歴史学とは、気の遠くなるような量の人類行動データを下に、とある状況・環境下にとある人物を置くとその先の状況や行動が決められていくという非常に胡散臭さ極まったエセ科学っぽい何か的な学問である。

 この学問の画期的なところは統計学的確率を計算するのではなく、欲しい未来結果から状況と行動を逆演算して、適切な状況と人材を配置するという点だ。つまり疑似的な未来決定を実現しているのだ。


未来予測ではなく未来決定へと到った理論学。

 それを戦争や紛争の絶対的制御に適用して、静かに人類を見守り続ける超国家機関〝ユネカ〟――遥か古来から連綿と続く組織だ。

その歴史は、現存するどの国家よりも遥かに古い……。




 巨大な扉の前には、すでに十数人の集団が先に居た。

「来たか」

 重々しく告げたのは、宮廷魔法師長レオン・ゴルドだ。華麗な装飾が施された正装姿は、フェテリシアが幼い頃によく見た姿のそれと寸分違わなかった。

「遅れまして申し訳ありませぬ、レオン・ゴルド宮廷魔法師長閣下」

 女騎士が軽く頭を下げて、遅参を詫びる。そして、この場での最高位者に恭しく礼をする。

「妃殿下。アフィーナ・ゴルド、ただいまお側に戻りました」

「ええ、アフィーナ。ご苦労様」

 カーラ皇姫はにこやかな笑顔でアフィーナをねぎらう。

フェテリシアは我関せずとばかしに立っていると、アフィーナが激高した。


「さっさと跪いて感謝の念を捧げぬか、このクズがっ! まったく、下餞愚脳な輩はまともな礼儀もないのだからな」

 アフィーナがフェテリシアの膝裏を蹴り、姿勢を崩したフェテリシアの頭を抑えて石畳に叩きつける。もの凄い音が鳴り響き、かすかに血が流れた感触がして少女は顔をしかめる。


「アフィーナ一等魔法士よ、あまり手荒なことをするな、使えなくなるかもしれぬではないか」

「は、申し訳ありませぬ!」

 女騎士は頭を垂れて、静かに謝る。

 フェテリシアの身のことなど誰も気にもかけない。むしろ血を見て不快げに顔をしかめる者や侮蔑の表情を浮かべて見下ろす者しか居ない。

彼らにしてみれば、少女などただの生物でしかないから。傷つけたくらいで騒ぐほどのこともなく。

カーラ皇姫も音に少しびっくりしたくらいで、美しい笑顔はひとかけらも崩れていない。その瞳からわずかに漏れる憎悪にフェテリシアは気がついていたが、彼女は別に気にしていない。

なんでそこまで理不尽な憎悪を抱けるのだろうかなぁとせいぜい思うくらいだった。


「では、妃殿下。参ります」

「ゴルド師長、よろしくお願いします」

 魔法師長が開門せよと大きな声をあげると、重々しい音とともにゆっくりと大扉が外へと開いていく。

薄暗い夜のとばりに包まれた回廊に溢れ出る光。

「ここが、グランリア大魔法帝国を護る要の場所、帝国の威を体現する帝国技術院の最秘奥でありまする」

 声に導かれるように巨大な扉がゆっくりと開いていく。


 その中は、予想していたフェテリシアでさえもかすかに息を呑んだ。


 そこは50メートル四方はある巨大な部屋だった。石造りではなく、武骨な鉄骨がむき出しているが、壁はモルタル作りで窓一つない。吸排気ダクトが縦横無尽に天井をはしり、つり下げクレーンが何台も天井にある。

最新の魔石照明で明るく照らし出された床は滑り止めのためか、細砂状の表面を持っている。

そして、部屋の中にはいくつもの巨人が立ち並び、騒音と共に様々な人間が辺りを動き回っている。


 巨人は艤装中の魔装騎士だ。

 外見となる第二次装甲ではなく、内骨格の上に組み付けられた金属動力筋肉が剥き出しのものや、それを覆う一次装甲が組み付けられた生産途中の騎体や、完成寸前で動作点検が行われている騎体がある。

 その周囲に組まれた足場を上り下りして、忙しく動き回る多くの人間。その一人一人はみな魔導工学を学び、実践する魔導技師たちだ。


 扉の内側に整列していた魔導技師たちが恭しく頭を下げ、老齢の工房長がカーラに挨拶をする。

「このたびは妃殿下にご観覧いただき、誠に光栄にございます」

「ええ、すこしお邪魔をするわ」


《ウィル、データはとれてる?》

《はい。映像と音響解析から三次元モデルの構築中です。周囲音声からの解析も進めています》

《人の配置や移動パターンもね》

《はい》

 ウィルと機密回線でやりとりをしながら、アフィーナに引きずられるように奥へと歩ませられ、巨大な幕が吊された工場の一角の前に来た。



「こちらでございます」

 工房長が合図をすると、壁際につり下げられていた巨大な布が引かれて左右へ分かれる。


「おお……っ!」

「まぁ……」 

 それは白銀に輝く新型魔装騎士。帝国人たちが感嘆の声をあげるほど、それは美しかった。

まだ艤装中のそれは、他の騎士と比べて一回り大きく、そしてしなやかそうな細身でありながら鋼の強靱さを合わせ持つ美しい機体だった。

 従来の魔装騎士は鈍重そうに見えるくらいの重装甲が特徴だが、この騎体は違う。

 魔装騎士はもともと人間に近い体型であるが、それは、より手足が長く、しなやかに細く絞られていて、とても疾そうだった。

 優雅な意匠をほどこされていて、兵器でありながらまるで芸術作品のようだ。

「こちらが、このたびロールアウトいたします、最新鋭にして最高傑作となる新型魔装騎士〝真なる朧影騎士〟ハイエント・シルエット・ドールでございます」

 誇らしげに工房長が紹介する。

 剣聖が騎乗する漆黒の朧影騎士〝ミステリック・ウィドウ〟の外見を参考にして、開発された新型魔装騎士は、従来騎と比較して格段にスマートで人間のような体型をしていた。

 その性能もまた飛躍的に向上している。

 新規開発された魔導機関を二基搭載し、従来の1.8倍以上の出力。また有機金属製人工筋肉の配置を見直し、無駄を削り重要部分の筋量を増やすことで、重量を軽くしつつ従来以上のパワーを持つにいたった。

 従来機を優に凌駕するそのパワーは、魔装騎士をまとめて二騎持ち上げることが可能なほどだ。 


 そして、なによりも人間に近くなった体型を包む曲面を多用した装甲は曇りなく磨き上げられてまばゆく輝き、、美しい意匠と相まってまるで神の化身のごとき神々しさがあった。


「まぁ……すばらしいわ。まるで帝国の武威を象徴するかのよう……」

「姫殿下にそう思われますとは誠に光栄にございます」

 うっとりと見上げるカーラに工房長が恭しく頭を下げる。


《……名前パクられたー!?》

《……不愉快ここに極まれりと云いたいです。なんなんでしょうか、恥ずかしいとか思わないんでしょうか》


 フェテリシア達の内なる会話は置いてきぼりで、カーラ達は会話を進めていく。


「今回はこれのお披露目もありましたが、わが帝国の世界最高技術である魔法演算回路生成をご観覧したいとの要望でありましたので、あちらに準備をいたしました」


 工房の壁際にしつらえられたガラス張りの部屋が指し示される。その前には小さな女の子がぼんやりと生気のない目をして、鎖でつながれている。

 その部屋は一面がガラス張りにされていて、柔らかい光で照らし出された部屋の中が覗ける。

 部屋の床と天井には複雑な魔法陣が刻まれて淡く発光している。

術式を見て滅菌工程のものと解ったフェテリシアは、それが何をする部屋なのか気づいて、微かに拳を握る。


 白衣の男たちが入室して、台車に乗せていた全裸の女を中央の清潔な台の上に固定拘束する。

 拘束された女は微動だにしない。

 うすぼんやりとした表情で、眼は焦点を失い、口は柔らかく開いている。

 手術台の上に拘束された全裸の女を幾人もの白衣を着た男たちが取り囲み、準備をする。

「お母さんっ!!」

 繋がれていた女の子が不意に叫ぶ。

「静かにせよ、これからお前の母は栄えある帝国の礎となるのだ。その愚昧な目に焼き付け、歓びに震えるがよい」

 女の子の声がうるさいと感じたのか、眉を顰めながら騎士の一人が注意するが、女の子はやめない。

「静かにせよと云ったぞっ! 蛮族のガキがっ!」

 騎士が軽く平手打ちをした。軽い女の子はごろごろと床に転がる。。


 フェテリシアは奥歯を噛みしめる。

 あの母娘を助けようと思えば出来る。だが、まだ動くには早すぎる。決定的な証拠を確認しなければならない。彼ら帝国人の会話だけでは不足なのだ。


――だから、彼女たちは見捨てなければならない。


「よく見ておくがよい、あれが貴様の行く末だ。強情にも朧影騎士やキャリアを我らが帝国へ返さぬのだからな。恐れ多くも帝国の資産を私有化したのだ、それにふさわしき罰を与えたかったが、格別の温情により帝国の礎としてやるのだ、光栄に思うがよい」

 無表情にそれを見ているフェテリシアに、宮廷魔法師長が教えてやる。

しかし、彼女は聞こえてはいたが聴いてはいなかった。


「あれにいる蛮族から脳を取り出しまして、薄いシート状に加工しまして魔法構造式を刻み込みます。その際に細胞を一時的に不活性化し……」

 担当の技師の説明が続いている。

 それはただ加工工程を説明しているにすぎなかった。そこに、同類であるはずの『人間』を加工しているという視点がまるで抜けていた。

 当然だ。彼らにとって、蛮族は人間ではないのだから。

フェテリシアは、その会話をただ聞き流した。

 顔には感情を出さず、脳は理解させず、ただ一個の機械として自分を統御しようとする。

 でも、無意識に口に出してしまっていた。

「魔法演算領域の拡張をするために人間の脳を改造して使っているなんて……」

 信じたくなかったと、ぽつりとつぶやいたフェテリシアの声にアフィーナが首を傾げた。

「人間? あれは蛮族、我々の云うことを聞かぬ野生の畜生だぞ?」

 アフィーナは不思議そうに聞き返す。

「――あなたたちの基準では彼女たちは〝人間〟ではないと、そう云うのね?」

 フェテリシアは無感情に問う。

「なにを当たり前のことを。蛮族なぞ、喋る畜生だろう?」

「むしろ喋って反抗する分、家畜にも劣るな。せめて従順であれば、まだ役に立つというのにな」

 隣に居た魔法宮廷師長も当然というようにそんな発言をする。


――まだ、だめだ。行動を起こすな。個人の認識や証言だけじゃ、動いちゃいけないっ!!

 少女は葛藤を無理矢理に抑えこむ。


「わたくし、感動しましたわ。あの薄汚い畜生を浄化して、このような頼もしい守護騎士の一部にするなんて。きっとあれらの魂も歓喜に奮えて救われることでしょう」

 金髪の姫が感動にうちふるえて、頼もしい姿の新造魔装騎士をうっとりと見上げる。

「光栄でございます、殿下。では、実際の加工をごらんになられますか?」

「ええ、見たいわ。皇家の者として、それは見なければならないでしょう」

「わかりました。すでに準備は行っております。もしかしたら、見苦しい声が響き渡るかもしれませぬ。その点はどうかご容赦ください」

「ええ、構わないわ。それらが歓喜に耐えかねてあげる声なのでしょう? 見苦しいとは思いませんわ」

「そういっていただけるとあれらにもまた名誉なことでしょう」


 感情はおろか人格すらも凍結して、会話を、音を、視界を、嗅覚を、皮膚感覚を。なにもかも全てを記録していく。

そうしないと、彼女は全てをぶち壊す。任務など関係なく、全てを破壊する。それが出来るだけの〝力〟がある。

逆にそれが恨めしい。そんなものがなければ、ここまで悩むことはない。自分の無力をただ嘆けばいいのだから。

〝力〟には責任がある。ただ心のままに揮うことなど許されない。


「お母さん、お母さん!」

 小さな女の子が傷だらけになっても手を伸ばして叫ぶ。


 ボクは、天塔騎士。

 星の守護者の全権代理人。ゆえに力を揮うときは、正当な理由があってのときだけ。

 今は捜査段階で、疑惑があるだけ。

 その程度で必要以上の力を揮うことは許されない。

 疑惑を確定、決定的な証拠を確認して、初めて力を揮える。

そうでなければ、それはただの暴力、あいつらがやってることとなにも変わらない。


 だから、あの女の子の母親が改造されるのを見守るのが正しい。それは言い逃れのできない決定的な証拠であるから――


 冷徹な論理を心の中で何度も何度も繰り返し叫び、衝動を抑える結界と成す。


「では始めよう。汝は偉大なるグランリア大魔法帝国を護る礎となるのだ。蛮族には過ぎたる名誉、歓喜せよ!」

 筆頭技師が朗々と儀式の始まりを告げた。

「お母さん、お母さん!」

 首輪姿の小さな女の子が泣きながら叫ぶ。

「騒ぐな。なにお前もすぐにあれと一つとなり、我らが魔装騎士の一部となり、帝国を護ることになるのだ。蛮族には過ぎたるほどの名誉なことなのだぞ。喜びに奮えて帝国に感謝をささげて母を送り出すがよい」

 騎士がたしなめるが、女の子は聞いていない。

「お母さん、お母さん!」

「騒ぐなといったぞっ! 言葉も理解出来ぬか、この愚かな蛮族のガキがっ」

 云うことを聞かない女の子にイラついた騎士が装甲ブーツのつま先で蹴ったのだ。女の子がふっとんで壁にぶつかってずり落ちる。

 げほげほとせき込みながら床に転がる。

「まったく、これだから蛮族は。分をわきまえぬ下餞な畜生どもめ」

 蹴り上げた騎士が、唾液で汚れたブーツをイヤそうに見ながらぶつぶつ文句をつけ、女のに近づき、足を振り上げた。


――結界が崩壊した。

 無表情を通り越して、感情が抜け落ちた顔。

「あなたたちは――」

 フェテリシアの長髪が揺らめき蠢く。

《だめです、フェテリシアっ!》

 ウィルが叫ぶ。疑似感情しかないはずのそれが、明らかに焦った様子を機密回線に乗せる。

 だが、彼女を停められなかった。

 瞬間、彼女の髪が膨らみ、彼女の裸身に巻きつく。

 髪に巻きつかれた手枷や足枷がほどけるように形を失い、ロングブーツとロンググローブへ。

 胴体に巻きついた髪は形を整え赤いバニースーツとフリルへ。

 顔にはバイザーが現れ、そして頭には紅いうさぎの耳を模したカチューシャ。

 最後に短いポニーテイルになった髪が紅くなる。


「な、なんだ、その恰好は……っ!」

 不穏な空気を感じて、とっさに跳び離れたアフィーナが叫ぶ。


 彼女は知らなかった。

それは皇都を毎夜騒がしていたマジカル・バニーと名乗る少女だった。


「と――」

 唯一その恰好を見知っていた宮廷魔法師長レオン・ゴルドが捕えよと命令しようとした時には、兎装少女はすでにそこに居なかった。


 いかなる動きをしたのか、誰一人として見えていない。

 手術室のガラスが粉になって流れ落ち、室内の技師たちが一瞬で全員が昏倒した。


 傷だらけの女の子を抱えた兎装少女が、女を捉えていた枷を破壊して自由にする。

 母親は意識が朦朧としているのか、焦点が合わない。

 泣きわめいていた小さな女の子は、いきなり風景が変わって、びっくりして泣くのも忘れている。

「さぁ、大丈夫だから、お母さんに強く抱きついてね?」

 フェテリシアがバイザーの透過率を上げて目を見せながら、にこりと微笑んで女の子を促す。

「う、うん……」

 泣きわめいていた顔のまま、女の子は母親の胸にぴたりとくっついた。それを確認すると母親の手足を丸めて女の子を抱え込ませる。

《NMフィールド展開、重力慣性制御術式をこの母娘を中心に展開》

 フェテリシアは母親ごと抱え上げながら、指示を出した。

 本体防御力1360%低下との警告メッセージが網膜投影されるが、一瞬の迷いもなく許諾する。

 この親子の保護を最優先と改めて指示を出す。八軸重力制御開始、障壁展開。さらに生命維持を最優先、危険薬物の分解除去の開始、さらに後催眠暗示をかけていったん意識を奪う。

 これから、おそらく凄惨な光景が広がると確信しているから。そんなものは子どもに見せたくない。

フェテリシアは、自分がまだそう呼ばれる年齢であるにもかかわらずそう思ったのだ。


「――この人たちはフェテリシア・コードの名の下に保護します」

 彼女はバイザーの透過率を上げたまま、視線を見せている。

爛々と紅く輝く眼が帝国人たちを射抜く。誰一人として動けない。


「あと、ここは完全に破壊します。退避を勧告」

「なんだと、ふざけるな! ここは帝国守護の中枢ぞっ!! なにをしている、あやつを早く捕まえんかっ!!」

 工房責任者が警備の魔法騎士たちに命令をする。

慎重に動き始めた騎士たち。背後には皇姫カーラが控えているのだ。

 フェテリシアは部屋の外へとゆっくりと歩み出る。母娘を片腕に抱えて。

 騎士たちが剣を引き抜き、詠唱をはじめようとする。

 緊張が破れようとした瞬間。

 それよりも早く動いた者が居た。

 爆発音が工房の床と壁を叩く。加速をした音。

 流星と化したそれは、フェテリシアめがけて一直線。

 抜刀と同時に刺突の構え、身体強化による力強い踏み込みは、一切の無駄なく力を地面に伝えて身体を超加速をさせる。――アフィーナだった。


「死ねぇっ!!!」

 フェテリシアの身体を魔法剣が貫通する。ほとんど抵抗もなく、みぞおちをわずかにそれて、背中から刃が突き出る。

 血が喉を逆流し、ごぼりと口元からあふれる。

「……首を狙えば、もしかしたら……倒せたかもしれないのに」

 少女は口元から血を流しながらつぶやく。凄絶に嗤いながら。

「なにぉっ! ぬ、剣がっ!」

 フェテリシアは身体を貫いた魔法剣を筋肉で締めつけて固定していた。


緊急警告 !!

致命的な損傷を感知

危険状態と判断、 緊急反撃を許可

全個人兵装使用可能

使用許可時間 : 666秒


 網膜に表示された緊急許可の表示を見て、フェテリシアは自分の目論見が当たったことを確認した。

わざと攻撃を受けた場合でも反撃・全個人兵装使用自由許可が下りるのかなんて、さすがに聞くわけにもいかなかったのだ。

 口の端から血をこぼしながら、ゆっくりとつぶやく。

「……アフィーナ姉さまなら、こうすると、思った。だって、昔から得意技だったものね、超高速刺突。……ああ、いや、()姉さまか」

「な、なにを云っている、貴様!?」

 剣を捩って引き抜こうと力を込めるが、フェテリシアに突き立ったそれはびくともしない。

 彼女はアフィーナの両手を剣の柄ごと手で優しく包んで、アフィーナの顔を下から覗く。

「ひっ!」

 アフィーナは総毛だった。透過率の上がったバイザー越しに見える朱い目が彼女を捉えて離さない。

 眼は優しく微笑んでいるのに、瞳は感情を宿していない。紅玉を溶かした黒曜石のように無機質な瞳が恐怖を抱かせる。

「ああ……そうか、まだ気がついていないのか。まぁ、しょうがないか。昔とは容姿がだいぶ変わっちゃったからなぁ、五年前とは」

「ご、五年前だと!? ――まさか、貴さ――ぎゃああああっ!!」

 何か気がつきかけたアフィーナが悲鳴を上げる。

みしりぎしっと音がして、両手に激痛が襲う。

 フェテリシアが握り潰しはじめたのだ。


「くそ、魔法が撃てないっ!!」

 アフィーナが邪魔で、攻撃魔法が放てず焦る帝国騎士たち。

 あとほんの数秒を稼げばいいフェテリシアは、彼女を盾としたのだ。

「アフィーナ殿を放せ、貴さ、ぶげらっ!!!」

 後ろから斬りかかってきた騎士を、裏拳一つで吹っ飛ばす。

「決断が遅いよ、ボクはもう攻撃準備が出来つつあるよ?」

 フェテリシアの嘲るような言葉に、彼女を睨み付けた騎士たちは――恐怖した。

 彼女の頭上には、巨大な魔法構造式が展開していた。

 黒い光で描かれた直径10メートルを超える巨大な〝真の〟魔法制御術式。

 境界が揺らぎながら発光する八重の同心円環が互い違いにゆっくりと回転を始め、徐々に分離して円環による層を形作る。

 円環階層間はきらめく銀糸のような大量の線で結ばれている。


NMドライブ稼働率80%、戦闘最大出力に上昇

仮想三次元模造データより効果境界線の策定完了

重力子生成、次元境界壁展開開始

クライン仮想平面への干渉率90%を突破、三次元空間内への浸食歪曲率調整、指定範囲外への影響微小

重要度判定より上位576箇所に照準、仮空体バレルを四次元空間方向より設定

〝汎銀河連盟〟協約・国際連合フェアウィルド条約惑星内戦争協約条項に基づき可視光線による光学照準を開始。



円環陣の銀線が渦を巻いて宙を走り、工房内の様々な場所へ固定され、17カ国語による〝照準固定〟の文字が流れる円環が空中に表示される。

銀線のつながった先を見て工房長の顔から血の気が引く。それらは、すべて工房の重要な場所や物につながっていたのだ。

 それは装甲を鍛え上げる重量級鉄槌であったり、天井のクレーンであったり、有機金属を生成する炉であったり、工具を研ぐ大型グラインダーであったりと、どれもこれもがここにしかない貴重な施設ばかりだ。



探知範囲内に生物体を確認、効射範囲外設定、重力子歪曲空間障壁を0.05秒間展開設定

IWATO3001宣言ミズホ条約免責条項第21条3項に該当する重力制御兵器の限定使用。

五次元空間粒子加速器圧縮チャンバー内圧力正常、重力子崩壊、磁気単極子生成に成功

制御用NMフィールドの出力90%

五次元ー三次元間バイパス形成完了

射出タイミング自動調整

動作トリガーの入力待機に入ります


 フェテリシアの網膜を次々と流れていたメッセージが止まり、意志の確認を待つ状態に入った。

「起動」

 彼女は視線入力とトリガーワードによる起動命令を送り、最終起動ルーチンへと移行させる。


 頭上では互い違いに回転する円環陣の間に張られた銀糸が捻れていき、空間が歪んで挽き潰されて〝書き換えられていく〟。


それは、古人類の到達した科学技術の極地、現人類が失った真なる〝魔法〟


「魔法構成式を妨害しろ、早くっ!」

 工房長が叫び、幾人もの技師たちが詠唱して妨害魔法を発動させる。

 魔法が空間に干渉しようとして虹色の攻防が繰り返されるが、展開されているNMフィールドに阻まれてなにも効果がない。


「くそ、やめろおおっ!!」

 爆発するような音とともに加速した近衛騎士が突撃。

 フェテリシアはくるりと体を返して、アフィーナの身体ごとそちらに向くと、騎士は慌てて剣先をずらして横へ向きを変える。

「くそ、貴様卑怯だぞっ!!」

「背後から斬るのは卑怯じゃないって云うの? まぁ、いいや。もう用はすんだから返すね?」

 じゃあね、アフィーナ元姉様と小さくつぶやいて、手を放してかるく蹴った。

「ぐぁああっ!!」

 アフィーナは水平に吹っ飛んで艤装中の魔装騎士に激突する。

 装甲と衝突して派手な音を奏で、工房の床にずり落ちる。

 騎士たちが憎悪に奮えた目でフェテリシアを睨みつけるが、彼女はすでに視線を向けてもいない。


円環が広がり、工房全体を覆い尽くす。

銀線もまた捻れ絡み合いながら引き延ばされ、接続点から外れない。

騎士達の顔が恐怖に包まれる。

個人でこの巨大なサイズの魔法構成陣を編むことなど出来ないと知っているからだ。

そんな常識を覆し、いとも簡単に巨大魔法陣を編み上げた彼女が、本物の天塔騎士だという可能性に今更ながら気がついたのだ。


天塔騎士――それは、恐怖の代名詞。

数々の血に彩られた伝説をもつ最古にして最強の戦闘集団。

かの者達に相対して生き残る者など居ないとまで詠われる最狂の騎士団だ。

気まぐれで都市を壊滅、一夜で滅ぼされた小国、地形を変え、軍を一撃で壊滅させる悪魔。

しかも、どの伝説においても一人で成し遂げたとされている。

ただのおとぎ話だと、自分たちのほうが強いとさえ思っていた。

天塔騎士団が実際に戦争をしたというはっきりした記録は残っていないからだ。

ただの張りぼて騎士団だとあざ笑ってさえいた。


しかし、この魔法構成陣を見れば判る。

自分たちにはそのひとかけらさえも理解できない巨大なそれを操る者――伝説は真実だと思い知らされた。

そんな者を敵に回したと、震え上がったのだ。




全設定完了

『四次元空間破砕修復術式』および『重力子歪曲空間障壁術式』の自律稼働を開始

20秒以内に効果範囲からの退避を勧告


フェテリシアの網膜に最終報告が表示。

《OK、ウィルっ! 逃走経路を!》

《データ転送、展開はそちらで》


 攻撃の手がなぜか緩んだ隙を突いて、アフィーナの剣を引き抜き、その辺へ放り投げる。

大量の血が流れおち、少女の半身を赤く染め上げながらも、苦しそうな顔一つ見せない。


「最後の警告――あと10秒でここは崩壊させます、退避しなさいっ!」

 彼女は最終宣告をした。

ついでに攻撃色として魔法陣を紅く発光させる。

もともと警告表示以上の意味はないため、変更は簡単だ。


 すでにカーラ姫もゴルド宮廷魔法師長もいない。アフィーナは魔装騎士の足下で伸びているが、それはまぁ、放っておいてもいいだろう。

 最後まで攻撃をしていた騎士達が逃走を開始する。技師や工房長達も待避をはじめた。 

 すでに自律制御稼働に入った魔法構成式をちらっと見上げて、少女は大きく跳ぶ。

後を追うように大量の魔法弾が撃ちこまれ、着弾と爆発が引き起こされる。

 彼女はボディスーツと皮膚を灼かれながら、意識を失っている母娘を無事な腕で抱え、採光用のガラス窓を突破して、夜の皇帝城へと躍りでた。



――数瞬後、帝国守護の要たる帝国技術院魔装騎士工房はこの世界から完全消滅した。


次回投稿は未定なのはいつも通りです。

さて、夏の祭典の原稿やらねば……

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