シェル編 8
セルスが持っていた箱に類似するものを、守護神召喚具と呼びます。
魔術師には得意属性があり、得意属性の効果と耐性が高く設定されています。
また、反対属性の効果と耐性は低く設定されています。
相反する属性は、火と水、土と風、の2通りで、
通常の魔術師は相反しない2属性の魔法しか使用することができません。
シェルはすでに風と土と水の魔法を使いこなしている点でも特殊なのです。
「シカラムス」
箱から淡い緑色の光が4隅から一筋ずつ漏れて、
ぱきん! と一気に割れた。
とっさに目を守ったシェルが目を開けると、
白い、狼がいる。
エメラルド色に輝く瞳。
しなやかな肢体。
海風に艶やかに揺れる毛並み。
「風の守護を受けし者よ、
汝の願いを叶えよう」
この世のものではなさそうな生き物に見入りかけていたシェルは、
命じた。
「この先にいるセイレネスとやらを全部、倒してくれ」
「心得た」
狼は、
見えない空中の螺旋階段を駆け上るように宙に浮き、
船の進行方向に消えていった。
箱の残骸が消えたのを見届けたシェルはセルスに、
疑うような顔を向けた。
「私を試したのか」
「まあね。
俺は、俺たち以外を見捨てる覚悟を求めたんだよ。
全員を音から守るなんて真逆の発想をあんたはした。
怪物を知識がある俺だけに任せようとした。
俺を過信しすぎてるよ、
もともと耐性のない俺はそのうち惑わされてた。
生身の人間は自我を失って海に飛び込んでただろうね。
どれだけ危険だったか、
どうやったらよかったか、
想像がついた?」
見捨てる覚悟。
「わから、ない。
これを相手にどうすればよかったと思うんだ」
「船員だけ音から守って、
惑う他の人間全員をいかに行動不能にしながらセイレネスを倒すかが、
このイベントのまっとうなクリア方法だと俺は思う。
でも、
それが今回できたと思う?」
セルスの説教の途中からシェルは、セルス自身も、
海に釘付けだった。
全長30センチほどの、
人間の上半身に鳥の下半身と羽を生やした生き物が、
風に裂かれて海に落ちて浮かんでいた。
その姿と群れをなす習性はセルスが知るものと変わりないが、
見渡す限りその残骸が、
船を取り囲んで、
数え切れない。
最後の一羽が海に落ち、
あの狼が、
シェルの前にひらりと舞い降りるように戻ってきた。
「汝の願い、叶えたり。
汝の心は我の風と共に」
守護神がふっと消えた途端、
セイレネスもすべて消えた。
「お姉ちゃん、
ありがとう」
愕然としたままだったシェルに、
カーンの明るい顔とその言葉は、
お門違いだった。
この先を不安がる顔に変わったと思えたセルスは、
繰り返した。
「守るから。
勝算がなければ必ず止めてる。
弱いうちから人道的に生きようとすると、
肉体的以上に精神的にやられる世界なんだ。
しかもあんたの場合、
怪物の質と量が桁違いらしい。
あんたは軽率なんじゃない、
あんたは人が良すぎるけど、至って普通だ。
だから、
普通じゃなくなった俺に、守らせて。
役には立つつもりだ」
シェルは何も、
セルスから離れようとも、
ずっと傍にいようとも思っていたわけではない。
だってまだ出会って2日目だ。
まだ、2日目なのに、
セルスは真顔で返事を待っている。
「考えておくよ」
セルスは腰に手を当てた。
「同行者選びは慎重が賢明だよ。
まず里親を探して、
装備を探しに行こう。
今日はそれで日が暮れるかな」
「わかった。
宿はどうするか、考えておくよ」
セルスは、
その格好のままうなだれた。
「振られた気分…」
「下りよう」
「うん」
そう言われたらつきあっていたような気がして居心地の悪いシェルは、
セルスに背を向けて、カーンと歩いた。
置いて行かれたセルスは頭を掻いて、
気を取り直して、
紺色の、すとんとした無地のワンピースの彼女に似合う服を考えながらも、
周囲を警戒しながら、後を追った。
出会ってたった2日で、
2人は死に別れる可能性も、共倒れする可能性も高かったことになります。
同じ人には2度と出会えないパラレルワールドを繰り返したセルスにとって、
惹かれた相手への思いを率直に伝えることは急務です。
シェルには、アフターワールドの住人であるカーンのほうが、
普通ではない距離の縮め方をしてくるセルスより、接しやすいようです。