シェル編 7
アフターワールドは物々交換制です。通貨はありません。
ただし物々交換に出せるのは宝飾品と、
誰が使っても同じ効果が出る回復アイテムだけです。
宝飾品は装備としても効果があるものもあります。
他の装備品は、一部に装備効果を付加する宝石がついていることもありますが、
例えばその宝石部分だけを交換に出しても、価値はありません。
住人との値切り交渉などはいくら脅しても一切できません。
シェルが映画かアニメで見たことがあるような、
木製の大型客船らしい。
まるで海賊船みたいだ。
何という映画やアニメや、海賊船だったかまでは、
全然浮かんでこない。
「船に乗ったことは?」
カーンはシェルを見上げて、
首を横に振った。
「私も初めてだよ。
多分な」
青空の下、畳まれていた白い帆が風を受けて膨らむ。
青くて広い海が、シェルの視界に迫ってくる。
人の少ない甲板に出て、
遠ざかる港を見送ったあと、
セルスは真顔で振り向いて、カーンに教えた。
「その人を守りたいなら、
船内にいて、
この辺の怪物の情報があったら教えに来て。
俺は甲板とその人から離れられない」
「一緒にいたほうが安全だろう」
「ダメだ。
怪物は必ず外から船を襲う。
中では人からの害しかない。
俺言ったよね?」
セルスは二人しか守れないと言った。
セルスはカーンに目を戻した。
「人に話を聞いて回ってよ。
シェルのためならしゃべるくらいできるだろ?」
「うん」
シェルが黙ってしまっている間に、
カーンは走って階段を下りていった。
「私はそんなに軽率なことをしたのか」
船に乗ったときから、セルスは一切笑まない。
「したかもしれないし、
してないかもしれない。
俺ができるのは、
俺とあんたの安全性を上げることだけだよ」
シェルにできることは、何もない?
「船上でも、
魔法はイメージに左右されるだけか」
「うん。
ただ、怪物には属性耐久力みたいなものもある。
出現場所が海だから火に強いとは限らない」
シェルは、
海に目を向けるセルスを、
風になびく髪を手でよけて横から見ていた。
他にできることを考えて、下も向きながら、周囲も見渡した。
カーンが急いで戻って来た。
「ソルって港から、船が出ないって。
沈むからだって。
セイレネスが歌うからだって」
シェルも知っているような設定が、
ここでは現実にあるらしい。
「魔法は効かないのか」
「サイレンが語源のよくいるやつだね。
歌って魔法が使えないだけじゃ、船は沈まない。
人を惑わすんだよ。沈むようにね。
ソル近くの海域をこの船は通る。
噂があるなら必ず出会う。
どうやって船にいる人間全員を歌から守る?」
シェルが追い詰められた顔をしたから、
セルスは肩をすくめて身体と顔の力を抜き、腕を組んだ。
「俺だって犠牲はないほうがいい。
時間はある。考えよう」
シェルは、
考えた。
「ネストで、
この船の船内の壁を厚くする。
音を遮断できるように。
私たちは……」
「俺たちには何も要らない。
魔術師は精神攻撃に耐性があるんだ。
よくある沈黙や混乱なんていう状態はない。
剣士の俺にはあるけど、これがある」
セルスは胸元を開けて、
紫色の透明石がついたネックレスを指した。
昨夜は暗かったから色まで見えていなかった。
「アメジストか?」
「呼称は紫水晶だから、そうだね。
精神防御のお守り。
で、ネストで音の遮断で、
戦闘は俺だけ?」
足りない、
のだろうか。
もう、海域が迫っている。
セルスは右肩にかけているリュックを開けて、
手のひらに収まる箱を取り出した。
その箱を弄ぶセルスは急に笑んでいるから、
シェルは戸惑う。
「何なんだ?」
セルスが見せた箱の底には、
シェルの左手の甲の、
中指の付け根に位置しているのと同じ記号があると、
シェルもわかった。
わかったが?
「シカラムス。
これ持ってそう言って。
風の守護神が風の魔術師の命令を聞いて、
一回だけ敵を片付けてくれる」
……。
なんとかの魔法のランプみたいに?
「セイレネスを先回りして、
倒してくれでいいのか」
「怪物の名称までわかってて、
攻撃対象があんたに設定されてれば効くアイテムなんだ。
ただし、全部って言ってね」
セイレネスを全部。
集団らしい。
「わかった」
シェルは箱を受け取って、
息を吸った。
アフターワールドでは、大抵の住人は冒険者に協力的です。
住人と仲良くなるメリットは、
助けると使用頻度の高い便利なアイテム報酬がもらえることがあること、
世界や場所、イベントについての情報入手ができることです。
デメリットは、
発展イベントはダンジョンより危険性が高い場合があること、
イベントに失敗するなどで住人を規定数以上死なせてしまうと、
アフターワールド全体の暗黙のブラックリストに乗せられ、
最悪町に入れない事態になることです。