シェル編 5
アフターワールドは、何周しても、
大陸や町、建物の位置や、内部構造は同じパラレルワールドです。
3回この世界自体をクリアしているセルスと、
この世界に来たばかりの初心者シェルとの違いは、
いくらごまかそうとしても、自然と現れてきます。
セルスの持つ地図とコンパスに従って着いたのは、
石を積んだ壁でできた、
凹の字を逆にしたような家々が立ち並ぶ町。
寝静まっただろう各家の扉の外には松明が灯されていて、
夜でも周囲を見渡せる明るさが保たれている。
レンタル屋にムウと呼ばれるゾウラクダを返して、
この町でもっとも大きい、三階立ての建物に、
シェルも入った。
受付でセルスが払ったのは、ルビーの指輪のようにシェルには見えた。
土足らしい。
ベッドは二つあるようだ。
「怪物が宝石を落とすのか?」
ゲームによくある設定だ。セルスは笑いながら、
肩にかけていた荷物をベッドに置いて、
横の棚の引き出しから慣れたようにタオルを取り出した。
「いや、アイテムを探せる場所が決まってる。
ダンジョンに宝箱があるところもある。
砂っぽくて気持ち悪くない?」
言われてみたら、
シェルのショートブーツの中は砂だらけだ。
髪の毛も触ると砂がぱらぱらと落ちた。
「風呂があるのか」
「ない。裏に湖がある。
好きに使えるんだけど、ひとりで行かないでね。
あんた人が良さそうだから心配」
「何がだ?」
「アイテム。
持ってそうな人から盗めばいいとは思わない?
持っていってくれって、
自ら頼ませるような仕方思いつく?」
シェルは、
考えてみた。
「私を捕まえてお前を脅せばいいのか」
やはり、人が良い。
レアものの装備を持ち、
本人もレベル4である剣士を人質で脅して成功する輩は、
今2枚目のタオルを取り引き出しを閉めたセルスには思いつかない。
「そういう事。
見える範囲にいてね。
脱いでもいいから」
「お前は脱ぐ気か」
「上だけね。
たまに露出好きが性別問わずいるけど、
間違いなくまともだから気にしなくて良いよ」
間違いなくまとも?
湖までついていったら、
シェルにも状況が少しわかった。
仲間とひとりずつ入れ替わり慎重に水浴びする者たちと、
仲間とはしゃぎながら水浴びする者たちでは、
後者のほうが装備が、何と言うかセルスのように、
アクセサリーもいくつもあって複雑だ。
シェルのように、初心者の装いは至ってシンプルらしい。
また、確かにいる、
全裸で、ただ個人で水浴びをする者は、
拳だけには装備をつけている。
ナックル?
殴るときに使うような武器だ。
聞こうとしてシェルが見たら、セルスはもう脱いでいたから目をそらした。
また目を戻すと、ひざをついて髪を湖に浸し出した背中には、
背負ったままの剣からはみでるほど、
大きな傷跡があった。
「ふう」
セルスが手で絞った髪を振ると、
細かい模様の彫られた大振りのイヤリングが、
明るい月光を反射して光る。
「魔法では治らないのか」
「傷が深くて魔術師のレベルが低いと、完治しないことがあるみたい」
「そんな怪我をするのが当たり前なのか」
立ち上がり、髪を拭いたタオルで身体の砂も払ったセルスは、
シェルを見ながら服を着だした。
シェルも薄笑いのままの彼を見ている。
セルスはタオルを肩にかけた。
「守るから。
1周目が1番危ない。2周目以降は避けられる危険が多い。
俺は」
「回復魔法とやらを早く覚えさせてくれ。
気づかなかったんだ」
向かい合ったセルスの首には、
シェルが造って壊された土壁の破片で、
少し血の出る傷がついていた。
そんなに、この程度ですまないという顔をされては、
セルスの、調子が狂う。
彼女に合わせる事にした。
「そうだね。
明日市場で探そう」
「そうさせてくれ」
シェルは荷物をセルスに預けて、
彼の横でひざをつきながら手袋を外した。
そうして両手ですくった水で、
少しずつ髪を洗い出した。
その彼女に、気さくに声をかけようと近づく者さえいないように、
周囲を見張っているセルスの髪から、
拭ききれていない滴が落ちていた。
魔術師は魔法石と呼ばれる石を食べることで魔法を覚えます。
石は属性ごとに色が違います。
風が緑、土が黄、水が青、火が赤色です。
魔法石の入手方法は世界の住民と物々交換で買う、
あるいは冒険者同士の譲渡、交換、強奪です。
セルスの言う、アイテムを探せる場所や宝箱内にはありません。