無象固形遺失物
無象固形遺失物
『夕凪』
丘の上の公園に、もう見慣れてしまった顔ぶれがそろう。
これは同窓会。“公園”しか接点を持たない者達の、同窓会。
「もう皆すっかり大きくなっちゃったねぇ」
最初に口火を切ったのは、頭に2つ髪留めをつけた少女、南川里奈だった。
「そりゃそうだろ、あれから7年もたったんだ」
「でも皆、そんなに変わらないよねぇ」
ははは、と乾いた笑いがこだまする。
それから僕達は4つ並んだブランコの椅子にそれぞれ座った。
「久しぶりだなあ、ブランコ」
ポニーテールの少女、長谷川夏科がほっそりと呟いた。僕がまあ、そりゃそうだろうと言うと、彼女はそうだねと微笑んだ。
「おいおい、二人で盛り上がるなよな」
体格の良い少年、静瓦大吾は恨めしそうに僕を見る。
「なんだ、やきもち焼きだな」
「うっさい!」
大吾は体格こそいいものの、気早い人間ではなかった。どちらかといえば温厚で、暴力を振るうなんてことはほとんどなかった。けれどそれが、仇となるなど、誰が思っただろうか。
公園の真ん中。小高く作られた砂の山が、風に吹かれて崩れていく。
「……やっぱり、ここに来ると、思い出すよね」
夏科はうつむいて、呟く。それに同調するかのように、みんな黙りきってしまった。そんな中、僕は重たい腰を上げ、みんなの方を振り返り、言う。
「なあ、……行かないか?」
流れる沈黙。大吾が顔を上げた。「あの場所って、あそこか?」
僕は頷いた。あそこには、7年分の思いが詰まっている。僕としても、皆としても行きたくは無いだろう。
けれど、行かなければならない。行かないと、7年の清算が出来ない。
「……行こうよ、みんな」
珍しく里奈が先導するようなセリフを言った。これも7年の成長だろうか。
全員が立ち上がる。そして、この広い公園の片隅。
僕らの秘密基地へ、歩き始めた。
何も変わっていなかった。そりゃ当然の話しで、誰も気味悪がって近づかない。放置されきってすっかり腐ってしまった秘密基地は、今にも倒壊寸前だった。一本のキープアウトの線をくぐり、静かに過去へ手を触れる。7年前が、鮮明が蘇ってくる。押し寄せるのは、後悔と、憎悪。
「……別に、私たちはもう怨んでないよ」
訂正するかのように、夏科は言った。彼女はいつも、優しそうな微笑みを浮かべる。あの日も、そんな笑顔でいた気がする。
「あいつ、今何してんだろうな」
秘密基地を見上げながら、大吾がこぼした言葉が僕にのしかかる。彼のその後は、僕しか知らないのだろう。その彼は今は首都圏のどこかで暮らしているらしい、ということを僕は7年の調査の末ようやく発見した。彼は今、至って平和に、何事も無かったかのように、時間の流れを生きている。
僕らは線の内側で、7年の埋め合わせをした。どこで、何が起き、誰が、どうなったか。皆の“知っている”を合わせて、“知らない”を塗り替えていく。
やがて空白が全て塗り替えられた時、辺りはすっかり夕凪に包まれていた。
「……もう、こんな時間なのか……」
僕は立ち上がり、線を再びくぐった。
「もう、行くのか?」
大吾が名残惜しそうに僕を見た。僕は頷いて、砂利道を歩く。
「また、ここに来るの?」
里奈の問いかけに、僕は答えない。いや、答えられない。
この先どうなるかは、僕にも分かりえない。そして選択によっては、もう二度と戻って来れなくなることだけは明確に理解できた。けれど、それが果たして正しいのかどうかは、分からない。
「……私たちの望みは、そんなに重たいことじゃないよ」
いつの間に線をくぐってきたのか。暗い僕の背中から、彼女が優しくハグをした。その温もりは靡く冷たい風のせいで分からないが、ただ一つ、彼女、いや、彼女達の願いだけが深々と、僕の心に積もる。
僕は彼女のか細い腕を握った。そして、刹那の間隙の後に、それを解いた。それから振り返ることも無く、重い足取りを更に進めた。
「……忘れないでね」
ハッとして振り返る。いつの間にか、彼らはその場から消えていた。……彼らも帰ったのだ。夕方までには帰らないと、家の玄関の扉が閉まってしまうから。
赤々しい光を背中に受けながら、僕は一人、思った。
忘れないことと、彼女達の思いを引き継ぐこと
それがただ一人生きた人間の義務であると。
-Fin-




