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無象固形遺失物

作者: 岸理徹
掲載日:2011/10/02



    無象固形遺失物




『夕凪』






 丘の上の公園に、もう見慣れてしまった顔ぶれがそろう。

 これは同窓会。“公園”しか接点を持たない者達の、同窓会。

「もう皆すっかり大きくなっちゃったねぇ」

 最初に口火を切ったのは、頭に2つ髪留めをつけた少女、南川里奈(みなみかわ りな)だった。

「そりゃそうだろ、あれから7年もたったんだ」

「でも皆、そんなに変わらないよねぇ」

 ははは、と乾いた笑いがこだまする。

 それから僕達は4つ並んだブランコの椅子にそれぞれ座った。

「久しぶりだなあ、ブランコ」

 ポニーテールの少女、長谷川夏科(はせがわ なつか)がほっそりと呟いた。僕がまあ、そりゃそうだろうと言うと、彼女はそうだねと微笑んだ。

「おいおい、二人で盛り上がるなよな」

 体格の良い少年、静瓦大吾(しずがわら だいご)は恨めしそうに僕を見る。

「なんだ、やきもち焼きだな」

「うっさい!」

 大吾は体格こそいいものの、気早い人間ではなかった。どちらかといえば温厚で、暴力を振るうなんてことはほとんどなかった。けれどそれが、仇となるなど、誰が思っただろうか。

 公園の真ん中。小高く作られた砂の山が、風に吹かれて崩れていく。

「……やっぱり、ここに来ると、思い出すよね」

 夏科はうつむいて、呟く。それに同調するかのように、みんな黙りきってしまった。そんな中、僕は重たい腰を上げ、みんなの方を振り返り、言う。

「なあ、……行かないか?」

 流れる沈黙。大吾が顔を上げた。「あの場所って、あそこか?」

 僕は頷いた。あそこには、7年分の思いが詰まっている。僕としても、皆としても行きたくは無いだろう。

 けれど、行かなければならない。行かないと、7年の清算が出来ない。

「……行こうよ、みんな」

 珍しく里奈が先導するようなセリフを言った。これも7年の成長だろうか。

 全員が立ち上がる。そして、この広い公園の片隅。

 僕らの秘密基地へ、歩き始めた。





 何も変わっていなかった。そりゃ当然の話しで、誰も気味悪がって近づかない。放置されきってすっかり腐ってしまった秘密基地は、今にも倒壊寸前だった。一本のキープアウトの線をくぐり、静かに過去へ手を触れる。7年前が、鮮明が蘇ってくる。押し寄せるのは、後悔と、憎悪。

「……別に、私たちはもう怨んでないよ」

 訂正するかのように、夏科は言った。彼女はいつも、優しそうな微笑みを浮かべる。あの日も、そんな笑顔でいた気がする。

「あいつ、今何してんだろうな」

 秘密基地を見上げながら、大吾がこぼした言葉が僕にのしかかる。彼のその後は、僕しか知らないのだろう。その彼は今は首都圏のどこかで暮らしているらしい、ということを僕は7年の調査の末ようやく発見した。彼は今、至って平和に、何事も無かったかのように、時間の流れを生きている。

 僕らは線の内側で、7年の埋め合わせをした。どこで、何が起き、誰が、どうなったか。皆の“知っている”を合わせて、“知らない”を塗り替えていく。

 やがて空白が全て塗り替えられた時、辺りはすっかり夕凪に包まれていた。

「……もう、こんな時間なのか……」

 僕は立ち上がり、線を再びくぐった。

「もう、行くのか?」

 大吾が名残惜しそうに僕を見た。僕は頷いて、砂利道を歩く。

「また、ここに来るの?」

 里奈の問いかけに、僕は答えない。いや、答えられない。

 この先どうなるかは、僕にも分かりえない。そして選択によっては、もう二度と戻って来れなくなることだけは明確に理解できた。けれど、それが果たして正しいのかどうかは、分からない。

「……私たちの望みは、そんなに重たいことじゃないよ」

 いつの間に線をくぐってきたのか。暗い僕の背中から、彼女が優しくハグをした。その温もりは靡く冷たい風のせいで分からないが、ただ一つ、彼女、いや、彼女達の願いだけが深々と、僕の心に積もる。

 僕は彼女のか細い腕を握った。そして、刹那の間隙の後に、それを解いた。それから振り返ることも無く、重い足取りを更に進めた。

「……忘れないでね」

 ハッとして振り返る。いつの間にか、彼らはその場から消えていた。……彼らも帰ったのだ。夕方までには帰らないと、家の玄関の扉が閉まってしまうから。

 赤々しい光を背中に受けながら、僕は一人、思った。


 忘れないことと、彼女達の思いを引き継ぐこと


 それがただ一人生きた人間の義務であると。




-Fin-

 

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