第二話
砂化現象のおかげで毎日地形が変わる。地図は意味をなさなくなり、人は危険と隣り合わせの場所を進むことを強いられるようになった。
明日は生きているかわからない。その状態が人々の精神を摩耗させる。安寧を得るために、人間たちは集団を形成する。
しかし、ネイルにとって毎日地形が変わることは、新しい発見があるというワクワク感だ。それだけで突き進む彼女は、周りにとったら危険な人間に映るだろう。
「よいしょー!」
車体が段差を越えて宙を飛ぶ。着地と同時に全身へ大きな振動がぶつかった。
笑みを漏らして、砂の地面を突き進む。まっさらな大地に、車輪の線を作る。
「えーと、確か目的のコロニーは……と」
地図を開いて、バックミラー下に貼り付けた。
赤く大きなバツが書かれているのは、今の砂化現象の中心地だ。
いくら防御シールドを貼ったとしても、防ぐことができない場所。できる限り、立ち寄るべきでない場所だ。
「今回はおっきいねぇ……」
いつもは飲み込んだとしても村一個分くらいだ。しかし、今回はその三倍以上の広さだ。
物資不足気味の小さなコロニーなら、外側の区域に触れただけで死活問題に陥る。
ただ、例外は必ずいる。
「……なるほど」
外の景色を見て、ネイルは納得するように頷いた。
砂が降り積もる中で、ネイル以外の車輪の跡がある。それはこの世界では、とても異常な事態を現している。
砂が降り積もる中、跡が維持できるのは長くて一時間だ。その中でくっきり残るというのは、ネイル以外の人間がつい最近通ったということだ。
もちろん、ネイルの他にコロニー間の物資運搬を担当している者はいる。知り合いも何人か知っている。
しかし、ここで今活動しているのは、ネイル一人のはずだった。
ため息をつく。狙われたなと確信する。
直後、風と砂の音を割るように、爆音がなった。数台の車が、砂の中から出てくる。
ジープに、鉄板やら棘やらを貼り付けている。明らかに他の車にぶつかるのを想定して改良されている車だ。
『あーあー! そこを道行くネイルくん! 今回こそ、物資を渡しやがれください!』
リーダー車と思われる一際大きな車。そこに取り付けられた拡声器から聞こえる少女の声が、空気を震わせる。
ネイルはため息を漏らしながら、車に積まれた車外の拡声器につながっている通信機を手に取った。
「何回やられたら懲りるのカンナ!」
『お前にやられた借りを返すまでだボケ!』
「そっちから仕掛けてこなけりゃ、何もしないってのに!」
ネイルを取り囲む車たちが、完全に逃さないと物語っている。エンジンの音が動物の威嚇のように聞こえた。
右手についた一台が、こちらに突っ込んでくる。ネイルが急加速すると、その攻撃はスカって仲間に直撃した。
二台が絡まりつつ、砂の上を転げ回る。
『一号車! 二号車ー!』
カンナの悲鳴が砂塵を押しのけて響き渡る。
ネイルは内心、囲みが甘いからだと突っ込んだ。
『おのれー! 良くも仲間たちを!』
「いやいや、こっちは避けただけで何もしてないっての!?」
『うるさーい! まだまだ勝負は終わってなーい! 良いから、物資をよこしやがりください!』
毎回毎回ぶつかるたびに思うのだが、本当にうるさい連中である。
そもそも、ネイルにこだわらなければ、彼女は略奪者として名を売れていただろう。そこら辺の運び屋相手ならば負けないほどの地力はある。
『お、親分! 一号車と二号車から救助要請が!』
『うるさいうるさいうるさーい! 私たちはネイルを追うの! 救助は五号車に任せればいいの!』
『へい、親分!』
つくづく思う。砂漠の世界ではこういう人間が生きていくんだろうなって。そう思うとネイルは笑みが漏れてきた。
『こうなったらファイアーストームアタックよ!』
『な、なんすかそれ?』
『火炎放射器よ火炎放射器! 物資が少し焦げるくらいなら許すわ!』
後方からの熱気が強くなる。カンナが乗っている車から炎が伸びていた。
しかし、ネイルの関心は別の方向に向いていた。
ガラスを打ち付ける砂塵が濃くなっている。砂化測定用にボンネットにつけていた旗の端が、侵食されるように消えていっている。
まずいなと、眉間にしわを寄せる。思った以上に砂嵐の回る速度が早い。このままでは、第一危険域から第二危険域に突入してしまう。
「カンナ、今は争ってる場合ではないよ!」
『そんなこと言って、騙されないわよ!』
そりゃそうだと心の中で舌打ちする。
ネイルが気づいたのは天性の砂読みからくる直感だ。
今回の嵐の特徴は、規模が大きい割には変化が微小だ。こういった場合は、気がついたら迷い入っていたということが多い。
──仕方ないか!
ネイルが急ブレーキを踏む。後方から炎を出しながら追いかけてきていたカンナの車とぶつかる。
『な、何するのよ!? あんた、焦げたいの!?』
「衝撃に備えて! 死んでも、責任取らないから!」
音が消えた。すべてが包みこまれるように闇に包まれていく。
視界の端では、カンナの仲間たちの車両たちが止まっていた。
巻き込まれたのは、ネイルとカンナの車。あとは心配しつつも追いかけてこないだろう。
小さく息をつく。口から出たのは、白い水蒸気だった。




