No.070 成層圏
飛空艇が空を飛ぶために使用される魔石として浮遊の魔石と飛空の魔石がある。
浮遊の魔石は、字の如く飛空艇を浮かせる魔石だ。
対して飛空の魔石は、飛空艇を飛ばすための魔石である。
なぜ飛空艇には、このふたつの魔石が必要かというと、浮遊の魔石は飛空艇を空中に浮かせるためだけの魔石であり、横方向への移動には不向きなのだ。
そして飛空の魔石は横方向への移動は得意だが縦方向への移動は不得意だ。
お互いの魔石の利点と欠点を補うために浮遊の魔石と飛空の魔石は対となって飛空艇に使われている。
飛空艇には、浮遊の魔石3個と飛空の魔石3個が使われており、魔石が破損した場合の予備と安全を考慮してこの数の魔石が使われている。
これらの魔石を搭載した飛空艇が到達できる高度は1500m程度で速度では250km程度が限界とされる。
飛空艇に乗っている人の数や積載物の重量も影響するため、一概にこの数値になるとは限らないがこの値が概ねの最高値となる。
カルルの飛空艇はというと、新しい魔石を試す実験艇として運用しているため、浮遊の魔石5個と飛空の魔石5個を使い、高度5000mと速度は300km近い性能を発揮する。
ただし、カルルの飛空艇も搭乗者数や積載物の影響を受けるのと、魔石数が増えると相応の魔力を消費するため、緊急の場合を除いてこの高度や速度を出すことはあまりない。
カルルは、惑星防衛システムで重力の魔石の錬成を依頼され、数多くの魔石を創り出したが魔石錬成により重力の魔石を錬成する能力は今でも健在である。
さて、カルルは飛空艇の1階の床板を外すして飛空の魔石3個と重力の魔石3個を入れ替え、魔力の魔石の魔法術式を再設定して飛空艇の飛行に重力の魔石を取り入れた。
カルルの当面の目標は、この星を守る惑星防衛システムが居るという星の外へ行くことなのだが、どうしたらそこへ到達できるのかが全く分っていない。
いま分かっているのは、星の外はかなりの高度まで飛ばないと到達できないといくことくらいだ。
まずは、その場所に行くための知識と魔石の入手と飛空艇の改造が急務となるが、その第一歩が重力の魔石で行くことができる高度の確認と、その場所がどういった所なのかの確認である。
「それでは、高度20000mに向かってゆっくり上昇していこうか」
「高度20000mって今までの高度の4倍の高さよ。本当にそんなところまで行けるの?」
「まあ、やってみてダメなら諦めよう。でも、そうなったらこの星に落ちてくる隕石で僕達の命も終わりだけどね」
「そっ、そんなあ」
カルルの言葉に思わず悲鳴のような声を出してしまうアリス。
「それでは皆さんに支給するものがあります。これを着てください。サイズは少し大きめに発注したので多少ブカブカだと思います」
カルルが用意したのは、防寒具一式でフード付きコート、パンツ、手袋、靴カバーの4点。
「何だか凄く暖かそうな服ね」
「まるで冬の雪山で着るような装備だが」
ハンドとパトリシアは、カルルが収納の魔石から取り出した4人分の防寒具を見て驚いた様子だ。
「魔力の魔石で調べたんだけど、高度20000mの気温は、氷点下60度近くに達するみたい。この飛空艇にはふたつの魔道ストーブがあるけど、飛空艇が雪山に墜落することを想定して、事前に魔道具屋さんに特注で作ってもらった防寒具なんだ」
「氷点下60度って、そんな場所があることが信じられないわね」
アリスは、この星に氷点下60度に達する場所があること自体を信じていないようだ。
「カルル殿は、飛空艇が雪山に墜落することを想定していたんですか?」
「うん、3000m級の冬山なら氷点下20度から30度くらいにはなるって聞いたから、そんな雪山の上を飛んだ時に事故に合っても凍死しないようにと思って」
「なるほど、飛空艇で空を飛ぶというのは、そういったことも制定しないといけないのか」
カルルが飛空艇の事故を想定して準備をしていたことに思わず納得するハンド。
飛空艇は、ゆっくりと高度を上げながら今までの最高高度である5000mを超えていく。
2階の操術室から魔石ガラス越しに見える外の景色には、青い海の上に白い雲海が広がり、さらにその上には青く澄んだ大空が広がっている。
「この辺りの景色は、いつもの見慣れた感じね」
「そうだね。空と雲と海が広がる美しい世界だね」
「そういえば、前に雲海が広がっていた場所で飛空艇のバルコニーに出てみたけど、ただ白いだけで面白いところじゃ無かったわ。雲海ってもっとロマンチックな場所だと思ってたのに」
「ははは、確かに雲海の上を歩けたらっていいなって考えたこともあったけど、僕も飛空艇を創って空を飛んでみたら濃い霧が延々と広がっている感じだよね」
操術席に座るカルルとアリスが呑気な会話をしながらも、飛空艇は徐々に空の上へと駆け上がっていく。
「ちょっと寒くなってきたね。魔道ストーブの温度を上げてくる」
カルルはそう言うと飛空艇の2階と1階の壁に取り付けた魔道ストーブに魔力を送り込み、温度を30度まで上げて飛空艇内の温度がこれ以上は下がらないように調整を行う。
だが、飛空艇の内壁には結露した水滴が既に凍っている場所があり、飛空艇内は場所により氷点下になっていることが分かる。
小さな梟に姿を変えた暗黒龍は、カルルが着込んだ防寒具のフードの中で暖かそうに寝ている。
「知恵の魔石に書いてあったけど、僕の飛空艇にも断熱材というものを入れないとダメかな」
カルルがそんな独り言を言いながら梯子を上って2階の操術室へ戻ると、アリスが状況報告をしてきた。
「高度10000mを超えたわよ。外気温は・・・えっ、外気温・・・氷点下40度ですって」
「だろうね。1階の内壁に付いた水滴が凍ってたから、もし外に出たら凍死するね」
カルルは、そんなことを言いながら笑っていたが、アリスもハンドもパトリシアも防寒具に身を包みながら内心冷や汗をかいていた。
飛空艇は、さらに高度を上げていくと外の景色が今までとは異なり、まるで別世界を思わせる様相を見せる。
「高度15000mを超えたわよ。速度は500km・・・あれ、速度も今までよりも速くなってる」
「重力の魔石は、飛空艇の外側に重力の壁を作って、そこから外向きにどの方向に重力を振り向けるかを制御するって知恵の魔石に書いてあったけど、僕には何のことかさっぱり」
「カルル殿、その重力の魔石というのは、どれくらいの速度を出せるのですか。あの巨大な惑星防衛システムを空高く飛ばすことができるのを見れば、かなりの速度を出せるように思えるのですが」
アリスとカルルの会話に入ってきたハンドが、重力の魔石について疑問を投げかける。
「ええとね。例えば僕が話している声ってどれくらいの早さで伝わるか知ってるかな」
「いえ、声が伝わる速度なんて考えたこともないです」
「声というか音が伝わる速度は、地上だと時速換算で約1200kmなんだって。これも知恵の魔石に書いてあったんだけどね。それでこの飛空艇に取り付けた重力の魔石がどれくらいの速さで飛ぶかなんだけど、音の速さの6倍以上で飛べるみたい」
カルルの回答に思わず絶句するハンド。
「でもね。そんな速度で飛んだら飛空艇の強度が足りなくてバラバラになると思う。だからそんな速度では飛ばないよ」
「重力の魔石とは凄いものですね」
「これからこの星の外に出て惑星防衛システムへ行くことを考えると、この飛空艇では役に立たないと思うから、新しい飛空艇が必要になるかもね」
飛空艇の魔石ガラスから見える外の景色は、既に今まで見たどんなものとも異なっている。
「カルル。高度20000mに達したわよ。速度は500kmを維持。外気温は氷点下57度だって。もう極寒を超えているわね」
アリスの報告が今回の目標である高度20000mに到達したことを告げた。
飛空艇の魔石ガラス越しに見える世界は、下半分が青く空なのか海なのかも分からない青い世界で、上半分は昼間で太陽が出ているにも関わらず真っ暗な世界が広がり、黒と青の境界にはうっすらと白い雲のような靄が広がり、青く輝く空がぼんやりと光を放っているように見える。
そして黒と青の境界に広がる白い靄は横に直線ではなく、微妙に曲線を描いているのが分かる。
「ねえ、飛空艇で海の上を飛んでいると空と海を隔てる水平線って見えるけど、この黒と青の境界って何なの?」
アリスが素朴な疑問をカルルに投げかける。
「そうだね。僕達が住んでいる星のことを惑星って言うらしいんだけど、その惑星は丸い形をしていてその輪郭が見えているんだって」
「この丸い水平線のようなものが私達が住んでいる星の輪郭なんだ。青く光っていてちょっと綺麗ね」
「黒い部分は、星々が輝く世界らしいけど太陽と星の光で星々なんて全く見えないね」
「カルル殿。素朴な疑問なのですが、もし我々がここで外に出たらどうなりますか?」
カルルとアリスの会話に、ハイドが入ってくる。
「えーとね、これも知恵の魔石の受け売りなんだけど、僕達って普段呼吸をしているけど、あれって空気というものを体に取り込む行為なんだって。その空気は高度が上がるほど薄くなっていくらしいよ」
「その空気というのが薄くなると、何か体に異常をきたすとかあるのでしょうか」
「高度20000mだと地上の空気の1割の半分の濃さしかないから、そこの扉を開けてバルコニーに出たら、氷点下60度近い気温と地上の1割にも満たない空気の薄さで、凍死しながら呼吸ができなくて死ぬと思う」
カルルの何気ない言葉に、アリスとハンドとパトリシアがお互いを顔を見合いながら恐怖の表情を浮かべる。
カルルは、操術席の前にある魔石ガラスから見える黒と青の境界線を眺めていると、そこに絶え間なく光る流れ星を見つける。
「へえ、この高度の流れ星ってこんな風に見えるんだ。凄く綺麗だからアリスも見てみなよ」
カルルはしゃいでいるが、アリスとハンドとパトリシアは顔面蒼白で今にも倒れそうな表情を浮かべている。
「窓から見える小さな点は、惑星防衛システムだって。探査の魔石にはそう出てるね。あんな風に等間隔で並んでるんだ。あの点のひとつひとつが全長1kmもある巨大な構造物だなんて信じられないね」
カルルの無邪気な姿を見ていた3人は、お互いの顔を見合いながら誰かカルルを止められないかと身振り手振りで必死に訴えかけている。
「カッ、カルル殿、重力の魔石の検証は済んだと思いますので、そろそろ地上へ戻りませんか。ここは寒すぎて・・・その、体にこたえます」
「あっ、そうだね。高度20000mまでは来ることができたから、今度は防寒具を着なくても大丈夫な飛空艇にしておくね。アリス、高度3000mまでゆっくり降下して」
そこでカルルを諫める言葉を発したのはパトリシアだった。
アリスは、無言で操術卓に埋め込まれた魔石に魔力を送り込み、飛空艇を徐々に降下させると地上へと戻る空路を進み始めた。
高度20000mの世界は、この世界に住む人々の目には触れることの無い壮大な絶景であったが、人が住むことのできない極限の世界でもあった。
そんな世界を無邪気に楽しんだのはカルルひとりであり、他の3人は生きた心地がしない極限の世界であった。
◆飛空艇の外殻と躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:174
1000艇まで残り826
◆カルルが創った飛空艇の内訳
・飛空艇試作一号艇
・飛空艇試作二号艇 ※両親が使用
・飛空艇試作三号艇 ※カルルが使用
◆北ラルバード大陸
王国向け飛空艇
・アリーア王国向け飛空艇 53艇(通常型20艇、戦闘型30艇、早期警戒飛空艇3艇)
・アリーシュ王国向け飛空艇 30艇
・ハイザバード王国軍向け飛空艇 30艇
・フルーム王国軍向け飛空艇 22艇(通常型10艇、戦闘型10艇、早期警戒飛空艇2艇)
錬金術ギルド用飛空艇
・グランドマスター用兼、商談用戦闘型飛空艇
・薬草栽培兼治療用飛空艇
・トーデスインゼル(死の島)救助隊用飛空艇 8艇
・トーデスインゼル(死の島)物質補給用飛空艇 2艇
・遊覧用飛空艇 4艇
◆北コルラード大陸
王国向け飛空艇
・ユグドリア王国向け飛空艇 50艇(戦闘型50艇)




