No.041 錬金術ギルド総会
カルルは、アリーア王国の国王陛下から追加で受けた戦闘型飛空艇20艇と早期警戒型飛空艇3艇の納品を終えた。
さらに損傷した飛空艇5艇と通常型飛空艇5艇を戦闘型飛空艇に改造する作業も終え、長めの休暇でも取ろうとアリス、ハンド、パトリシアと相談をしていた。
そころが、カルルが創った魔道具"転送の小箱"に錬金術ギルドのグランドマスターから手紙が届いた。
小箱から手紙を取り出し開けてみるとこんなことが書かれていた。
<錬金術ギルド総会を開催する。必ず出席しな>
実に完結に書かれた内容であった。
カルルは、錬金術ギルド総会というものがあること自体知らなかったのでハンドとパトリシアに手紙を見せるとこんな言葉が返ってきた。
「そういえば、もう総会の時期か」
「今年は、グランドマスターの護衛ではないので楽でいいですね」
錬金術ギルドから派遣された護衛のハンドとパトリシアは、実に和んだ表情で微笑んでいる。
「あの、おふたりは錬金術ギルドの総会に出たことがあるんですか」
カルルの質問に笑顔のふたりが振り向き、カルルにこう告げる。
「いつもグランドマスターの護衛として出席してました。護衛といっても雑務を任されるので目の回るような忙しさでした」
「俺達護衛なのに事務仕事なんて向いてないんだよな。それなのにあのばーさんこき使うんだ。酷い話だろ!」
ふたりともグランドマスターへの恨み節がかなり溜まっているようだ。
「そういえば、カルル殿は、どの部門に所属しているのですか」
「部門?」
「錬金術師ならマイスター会員だから、どこかの部門に所属しているはずよね」
パトリシアの言葉にカルルは頭を傾けながら、自身が持つ錬金術ギルドの会員の証を見せる。
「えっ、嘘!」
パトリシアが思わず手で口を隠した。
「一般会員だ。本当なのか!」
ハンドもギルドの会員証を見て驚きを隠せずにいる。
そう、カルルが持っている錬金術ギルドの会員の証は一般会員だ。
つまり錬金術ギルドで魔道具を買う時に季節によって割引が効くだけの会員でマイスター会員ではない。
錬金術ギルドのマイスター会員とは、魔道具を作り錬金術ギルドを通して各支部の店頭で魔道具を売る会員のことだ。
カルルの創る飛空艇も魔道具も錬金術ギルドの店頭に並んだことはなく、全て王国軍や国王陛下から直接注文されて創っていた。
「パトリシアさん、ギルドの部門について教えてもらっていいですか」
「そうね。錬金術ギルドには錬金術師が生産する魔道具によって部門が分かれているの。攻撃魔道具部門、防御魔道具部門、能力魔道具部門、生活魔道具部門、薬師・回復師・治癒師部門ね」
「最後の薬師・回復師・治癒師部門で薬師がポーションとかを作るのは分かりますが、回復師と治癒師は薬は作らないのでは?」
「薬師・回復師・治癒師部門だけちょっと特殊で、人を治療する職の人達をまとめているの」
「攻撃魔道具部門と防御魔道具部門は、攻撃魔法用の魔道具と防御用の魔道具を作る錬金術師が所属しているのは分かりますが、他の部門は何を作っているんですか」
「能力魔道具部門は、ステータス向上などの魔道具ね。例えば筋力向上とか脚力上昇とか肉体強化系の魔道具を作る錬金術師が所属しているわ」
「剣士や盾職には、必要な魔道具ですね」
「生活魔道具部門は、冒険者にはあまり関係はなくて、例えば・・・カルルが作る飛空艇でいうと、魔道トイレとか魔道ストーブとか、夜の街を照らす魔道ランタンなどを作る錬金術師が所属するのがこの部門ね」
「ああ、言われてみれば確かにそうですね」
「この部門の中で最も売り上げがあって人気があるのが攻撃魔道具部門ね。攻撃魔法用の杖とか魔法剣などを作るから、錬金術ギルドの花形部門なの。この魔道具の一部は、冒険者ギルドや商業ギルドとか街にある個人経営の魔道具店にも卸しているの」
「えっ、そうなんですか。僕は、商業ギルドや冒険者ギルドと仲が悪いからなあ」
「そ・・・そうだったわね。でもグランドマスターから何も言われていないから大丈夫よ」
「そうだとよいのですが・・・」
「次に売れ行きがよくて人気があるのは防御魔道具部門ね。盾や防具に防御魔法を付与した魔道具を作っている錬金術師が所属する部門なの。攻撃魔道具部門の様に派手な魔法ではなくて地味な魔法を使うから、いまいち人気が無いの」
「なるほど。よく分かりました。でも僕は一般会員なのでどの部門にも所属してませんよ」
「そうなのよ。でも飛空艇の売り上げを考えたら・・・」
そういってパトリシアは、言葉を止めた。
「そういうことか。だから手紙に書いてあった <必ず出席しな> ということなのね」
そういってパトリシアは、カルルの顔を見てこう続けた。
「恐らくだけど、錬金術ギルドに部門が増えるわよ。だからグランドマスターは、カルル殿に総会に出てほしいのね」
「部門が増える?」
「総会に出れば分かるわ。そうなると今年の総会は荒れるわよ!」
パトリシアの言葉にハンドも頷く。
「だろうな。どの部門でも飛空艇の売り上げは欲しいはずだ。ましてカルル殿は、攻撃魔道具も防御魔道具も作る。それだけではなくポーションも作るし治癒も行うとなれば・・・」
「錬金術ギルドの部門全体に関わる問題よね。どの部門も売り上げの争奪戦になるわね」
ハンドとパトリシアのふたりは、なぜかニアニアとした表情を浮かべてカルルの顔を見つめている。
「何だか凄く嫌な予感しかしないです」
カルルの言葉に思わず笑い声を上げるハンドとパトリシアであった。
・・・・・・
カルル達は、錬金術ギルドの総会の会場へとやって来た。
カルルと護衛のハンドとパトリシア。それにアリスの4人だ。
アリスは、錬金術ギルドの会員となりカルルの護衛という名目で総会に参加する。
会場は、あまり広いとは言えないが錬金術師と思しき100人を超える人達が集まっている。
会場に入ると、テーブルと椅子が各部門毎の列に分かれて配置されていて、そこに各部門に所属する錬金術師達が座る。
会場の入り口に貼られた案内には、各部門の配置が記載されていて、その中の右端にこんな文字があった。
<飛空艇部門>
各部門の席の順番は、最初から決まっていて売り上げが高い者ほど最前列で、売り上げの低い者ほど最後尾になる。
最も錬金術師が多い攻撃魔道具部門には、50人以上の錬金術師が座っている。
そして右端の飛空艇部門には、カルルを除くと2人が座っていた。
飛空艇部門と書かれた右端の列の最後尾にそれとなく座るカルルだったが、その光景を見たひとりの男が走り寄ってくるとこう告げた。
「カルル殿は最前列に座ってください」
そう言ったのは、魔道トイレを作る錬金術師のハンスだった。
「あれ、ハンスさんお久しぶりです」
「カルル殿、飛空艇部門の最高位はカルル殿です。そのカルル殿が最後尾に座ると私達の立場がありません」
仕方なくその言葉に従うカルルだったが、椅子に座るもうひとりの錬金術師の顔にカルルは見覚えがあった。
魔道ストーブを作る錬金術師のフーゴだ。
「カルル殿、お久しぶりです」
以前のボロボロの服とは見間違うほどの正装に身を包んだフーゴにカルルも思わず目を見張る。
「私達も生活魔道具部門から飛空艇部門に移れといきなり言われて困惑しています」
ハンスとフーゴは、錬金術師ギルドから渡された書類に目を通しながら、状況を理解しようと必死だ。
しばらくすると、会場が静まり返り壇上にひとりの女性が立った。歳は30歳前半で美しいドレスを身に纏っている。
「みんな。錬金術ギルドの総会を始めるよ。この1年間よく頑張ってきたね。錬金術ギルドも少しずつだが売り上げが上がってきてるよ」
壇上の女性が総会の開催を宣言するとそのまま話を続ける。
いつもなら70歳を超えるグランドマスターが立つはずの壇上だが、今年に限ってはグランドマスターの姿はない。
「すみません。グランドマスターはご病気でしょうか」
薬師・回復師・治癒師部門の最前列に座る女性がそう発言する。
「おや、私の顔を見ても分からないのかい。私がグランドマスターだよ」
その言葉に会場にいる錬金術師の全員がどよめきの声を上げる。
「そんなはずはない。グランドマスターは70歳を超える老婆だ」
「そうだ。お前は誰だ!」
そんな言葉が会場を埋め尽くす。
「静かにしな!」
そう大声を張り上げたのは、壇上に立つ女性だ。
「何だいお前達。私がちょっと若返ったくらいで大騒ぎして。私の顔を忘れたとでもいうのかい!」
その口ぶりは、皆が知っているグランドマスターのそれであった。
「ちょっと若返った・・・と言いましたか。その姿はちょっとではないです。70歳の老婆が30歳前半まで若返ったということは、もしかしてギルドは若返りの薬の開発に成功したんですか!」
薬師・回復師・治癒師部門の最前列に座る女性は、グランドマスターの顔を見て驚きの表情を浮かべる。
「半分当たりで半分外れだよ。確かに薬は使ったさ。でもね、薬を使ったあとにちょっとした魔道具を使うと若返るんだよ。今、それで貴族の老齢のご婦人方に治療を施していてね。10人中10人が若返りに成功したよ」
その言葉に薬師・回復師・治癒師部門の列に座る者達が立ち上がると壇上のグランドマスターを囲み、どういう薬なのかやどういった魔道具を使ったのかと矢継ぎ早に質問責めだ。
「うるさいよ!お前ら席に戻りな!」
グランドマスターの怒鳴り声に渋々席に戻る薬師・回復師・治癒師部門の面々。
「体は若返ったけどね、精神面まで若返る訳じゃないんだよ。だからけっこう疲れるんだよ。もっと年寄りをいたわりな!」
見た目は30歳前半に若返ったグランドマスターであったが、精神年齢は70歳を過ぎた老婆である。
若返りは、万能ではないと身を持って知ったグランドマスターは、一息つくと話を始める。
「皆に言うよ。今年から部門がひとつ増えたよ。飛空艇部門だ。今のところ所属する錬金術師は3人だけど売り上げが凄いから部門を分けたよ」
その言葉に攻撃魔道具部門の錬金術師から声が上がる。
「なぜ便器屋とストーブ屋が飛空艇部門に移ったんですか。便器もストーブも飛空艇とは無関係のはずだ!」
そう言い放つ錬金術師に壇上のグランドマスターはこう言葉を返した。
「飛空艇は空を飛ぶんだよ。そして飛空艇の納入先は王国軍だ。任務中に飛空艇を離れることは許されないんだよ。だから飛空艇には魔道トイレが必須だよ。それと飛空艇は高いところを飛ぶから気温が低くなるんだよ。魔道ストーブで飛空艇内の温度管理をするのも必須なんだよ」
「つまり便器とストーブは、飛空艇に必須だから飛空艇部門に移ったということですか。飛空艇で必要な魔道具であれば、飛空艇部門に移れるということですか」
「そうだよ。それ以外に何があるんだい」
グランドマスターの言葉に、それ以上の発言を控えた攻撃魔道具部門の錬金術師だったが、何か釈然としない様子だ。
「私の体が若返ったのも薬と飛空艇を使った治療の合わせ技だよ。飛空艇は、既にハイリシュア王国、アリーシュ王国、アリーア王国の3ヶ国に100艇近い数が売れたよ。錬金術ギルドが絡んだのはハイリシュア王国向けだけだが、既に4ヶ国から引き合いが着てるよ」
グランドマスターの言葉に、会場にいる錬金術師達からどよめきが起こる。
「カルル。私の前に前に来な」
グランドマスターは、カルルを壇上の前に呼び出すと、カルルに錬金術ギルドのマイスター証を手渡した。
「お前さん一般会員だったね。今日から錬金術ギルドのマイスターになったから肝に銘じておくれ」
「肝に銘じるって何を?」
「お前さん、11歳だが飛空艇をひとりで創れるスキルを持っているんだよ。お前さんがこれからの錬金術ギルドを引っ張るようになって欲しいんだよ。だからマイスター証は <プラチナ> を与えるよ」
その言葉に会場から今日最大のどよめきが起こる。
錬金術ギルドでは、錬金術師が作る魔道具とその売り上げによりマイスター証のランクが決まる。
下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナとなるが、マイスターではさらにプラチナの上がありグランドマイスターという名誉職が存在する。
錬金術ギルドに所属する錬金術師の中でもゴールドのマイスター証を持つものは3人しかおらず、プラチナは、ここ80年ほど出てはいない。
その3人を飛び越えていきなりマイスター証のプラチナを手渡されたカルルは、その価値を理解するには11歳では若すぎた。
「ハンス、お前さんが飛空艇部門の部門長だよ。カルルはまだ11歳だからね。年上のお前さんが飛空艇部門を纏めるんだよ。それからフーゴ、お前さんが飛空艇部門の副部門長だ。心してはげみな」
「「はい」」
ふたりの錬金術師は、席から立ち上がるとグランドマスターに向かって一礼をする。
「カルルよ。飛空艇の注文が来てるよ。数は20艇だよ。これから直ぐに行ってきて欲しいんだがね」
「わかりました」
カルルは、グランドマスターが手渡した飛空艇の注文書を見ると、そそくさと総会の会場をあとにする。
それを見送る総勢100人を超える錬金術師達は、一斉に立ち上がると壇上のグランドマスターを取り囲んだ。
錬金術師達は、自身が作る魔道具を飛空艇部門に売り込むのに必死で総会は、収集がつかない状態に陥ってしまう。
だが、攻撃魔道具部門でゴールドのマイスター証を持つ錬金術師とその取り巻き達は、席に座ったまま何やら悪だくみを始める。
「いくら飛空艇が作れるとはいえ、子供ひとりのために部門を増やすなどグランドマスターも歳を取ったということですな」
「どれくらい能力があるか知らないが、子供が出しゃばってよい世界ではない」
「ここはひとつ、我ら大人が厳しい社会の現実をしっかり教える必要がありますな」
錬金術ギルドの総会は、波乱の内に幕を閉じることになったが、カルルをよくは思わない錬金術師達が何を始めようとしているのかは今後の話となる。
◆飛空艇の外殻と躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:118
1000艇まで残り882
◆カルルが創った飛空艇の内訳
・飛空艇試作一号艇
・飛空艇試作二号艇 ※両親が使用
・飛空艇試作三号艇 ※カルルが使用
王国向け飛空艇
・アリーア王国向け飛空艇 53艇(通常型20艇、戦闘型30艇、早期警戒飛空艇3艇)
・アリーシュ王国向け飛空艇 30艇
・ハイザバード王国軍向け飛空艇 30艇
錬金術ギルド用飛空艇
・グランドマスター用兼、商談用戦闘型飛空艇
・薬草栽培兼治療用飛空艇




