No.040 転送の魔石
話は少しさかのぼる。
カルルが最近作った魔道具に転送の小箱というものがある。
転送の魔石を小箱の蓋に取り付けたものでてもシンプルな魔道具だ。
この魔道具は、ひとつだけでは機能しない。
まずは転送の小箱をふたつ用意する。
小箱のひとつには、転送の魔石と魔力の魔石を埋め込み魔道回路で繋げる。
そしてもうひとつ転送の小箱を用意する。こちらは、転送の魔石のみを箱の蓋に埋め込んである。
魔力の魔石の魔法術式で転送の魔石のペアリングを行い、動作方式を選ぶと機能する仕組みだ。
では、どういった動きをするのかというと、まず小箱の中に手紙を入れて箱の蓋を閉じる。
転送の魔石には番号が振られていて、魔石に魔力を送り込むと番号が浮かびあがる。
次に手紙を送りたい小箱の番号をイメージすると、小箱の番号がその番号に変わる。
あとは"送る"と念じると番号が振られた別の小箱に手紙が転送されるという魔道具だ。
転送の魔石と魔力の魔石が埋め込まれた小箱が親となり、ペアリングした小箱が子となる。
動作方式を選ぶことで、親の小箱と子の小箱の間だけ手紙を転送できたり、子の小箱から親の小箱を経由して別の子の小箱へ手紙を送ることもできる。
通信手段の無いこの世界では、ほぼリアルタイムで意思の疎通ができる画期的な魔道具である。
ごく少数だが魔術師の中には、念話という魔法を使える者が存在する。
念話の魔法は、短距離であれば人と人が会話をすることができる。
念話ができる魔術師が親となり、会話を中継することもできる。
ただ、この念話の魔法は会話ができる距離がとにかく狭く、目で見える範囲程度の距離しか届かない。
また、遮蔽物が多いダンジョン内や街中や森の中では会話が途切れて使い難い魔法だ。
カルルが創った魔道具の転送の小箱は、手紙の様に軽いものしか送れないものの、遮蔽別が多い場所でも問題なく手紙を転送できる。
カルルは、この転送の小箱を何のために作ったのかというと、飛空艇を売った先との連絡のためである。
既にカルルは、3ヶ国に飛空艇を納入した。
そこで問題となるのは、飛空艇が故障したり事故を起こした時の修理を誰がいつ行うのかだ。
現にアーリア王国の飛空艇が、ジュダルグート王国の飛空艇の攻撃を受けて破損している。
カルルが飛空艇の修理の依頼を受けるために、定期的に各王国を訪れるのは非効率である。
営業を兼ねて顔見世をするというのは大切だが、飛空艇創りというのはとにかく時間がかかる。
いくら飛空艇が空を飛んで速く移動できるとはいえ、各王国の国土は広くそうそう移動してばかりもいられない。
なので飛空艇を売った関係各所にこの転送の小箱を配り、必要な連絡は手紙でやり取りできるようにしたのだ。
転送の魔石は、神殿遺跡で入手した知恵の魔石のメニューを見ていた時に偶然見つけたもので、最初はあまり必要性を感じてはいなかった。
だが、錬金術ギルドのグランドマスターと話をしている時に、売った飛空艇の修理の連絡を誰がどうやって受け付けるのかという話になり、何か魔石で解決できないかと探していた時にたまたま見つけたという訳だ。
カルルは、アリーア王国の東の端にこの小箱を置き、アーリア王国の東の端から転送の小箱で手紙を送ってみたが、問題なく手紙は送られていた。
アリーア王国には、南北にグルズ山脈という大きな山脈があり、この山脈を超えて手紙を転送することはできないと考えていたが、思った以上に優秀な魔石であった。
ただ、この転送の魔石には、カルルの知らないワードが存在した。
それは、魔法術式を見ていた時に見つけた"中継先:惑星防衛システム"という項目だ。
カルルには、この"惑星防衛システム"が何なのか分かららず、知恵の魔石でワード検索を行ってみた。
知恵の魔石には、魔石のレシピだけが掲載されている訳ではなく、各魔石の機能や使用例が文章で簡単にではあるが掲載されている。
その文章を検索すると、この"惑星防衛システム"というワードが少数だが出てくる。
それらのワードにこんな記述があった。
"惑星に落下する恐れのある隕石の探索、並びに惑星に衝突する隕石の破壊を目的としたシステム"。
"惑星の衛星軌道上に存在する24基の対彗星迎撃システム"。
"1000年前に構築された対彗星迎撃システム"。
カルルには、何のことやらさっぱりであったが、転送の魔石は"惑星防衛システム"を利用して手紙を送っていることだけは理解できた。
カルルは、この転送の小箱を以下の7ヵ所に配布した。
・アーリア王国のエミル国王陛下
・アリーシュ王国のフローラ国王陛下
・アーリア王国に屋敷を構える両親
・ハイリシュア王国の錬金術ギルドのグランドマスター
・薬草栽培用飛空艇の操術師ソフィア
・魔道トイレを制作する錬金術師ハンス
・魔道ストーブを制作する錬金術師フーゴ
配布した転送の小箱は全て"子"の役割で、カルルが"親"になる転送の小箱と手紙のやり取りができる仕組みにした。
この転送の小箱を最初に配ったアーリア王国のエミル国王陛下は、カルルがこの小箱の説明をした時に何か思いついた様子で、カルルに小箱のセットを要求してきた。
内訳は、親の転送の小箱1個と子の転送の小箱10個を1組として計3組であった。
エミル国王陛下は、王城の主計局と各省庁の主計局に転送の小箱を置いて各部署に利用する許可を出したが、当初は誰も使わず埃を被っていた。
それが省庁間での連絡がほぼリアルタイムで行えることが分かると、転送の小箱を使う部署が増え、手紙を送る者による長い行列ができる事態となってしまう。
この世界には、郵便というものは存在するが手紙を送っても数日はかかり、場合によっては郵便配達人が盗賊に襲われ手紙が届かないことは日常的に起きていた。
転送の小箱は、大量の書類を一度には送れはしないものの、数枚の書類であれば距離など関係なく送ることができる。
それは、このアーリア王国にとって通信革命の始まりでったが、この転送の小箱が王国中に広まるのはもう少し先の話であった。
・・・・・・
飛空艇に乗せられた転送の小箱(親)には、度々手紙が送られてくる。
頻繁に手紙を送ってくるのは、アーリア王国のエミル国王陛下とアリーシュ王国のフローラ国王陛下のふたり。
たまに手紙を送ってくるのは、錬金術ギルドのグランドマスターだ。
カルルが薬草栽培用飛空艇の操術師として雇ったソフィアからは稀に手紙が送られてくる程度だ。
ソフィアの手紙の内容は、貴族の老齢のご婦人向けにグランドマスターが始めた若返り治療の成功率が100%だという報告だった。
以前にカルルが聞いた話だが、治癒師と薬師の間で一生に一度でいいから手に入れたい薬というものがあるらしい。
それは"若返りの薬"、どんな病気でも怪我でも治す"エリクサー"、そして死んだ者を生き返らせる"蘇生の薬"だ。
カルルは、自家製ハイポーションと飛空艇を使い、体内の魔力を強制的に循環させる治療法で難病を治癒させたり若返りを促す治療法を発見したが、これは錬金術ギルド内でも秘密となっている。
さて、カルルの転送の小箱には、アーリア王国のエミル国王陛下とアリーシュ王国のフローラ国王陛下から頻繁に手紙が届くのだが、このふたりは元々ペンフレンドで手紙のやりとりをしている。
カルルをアリーシュ王国のフローラ国王陛下に合わせたのもアーリア王国のエミル国王陛下の紹介状があったからに他ならない。
このふたつの国の国王は、ペンフレンドだけあってかなり仲が良い。
そして時を同じくしてこのふたつの王国の国王から同じ申し出があった。
ふたりで直接手紙のやり取りをしたいと。
カルルとしても毎晩のように送られてくる手紙の返信に苦慮していたので、願ったりかなったりだ。
さっそく、ふたつの王国の国王同士が手紙でやりとりできるように専用の転送の小箱を設置した。
しばらくすると、カルルの元へ送られてくる手紙の数も減り、落ち着いて飛空艇創りや魔石錬成に注力できる環境となった頃、ふたつの王国の国王からカルル充てに手紙が届いた。
内容は、ふたつの王国間で相互防衛条約を結ぶ準備をしているので協力して欲しいいという内容だった。
カルルとしては、飛空艇を創り、魔道具を創り、それを購入してもらえるなら問題はないのだが、錬金術ギルドからカルルの護衛として派遣されたハンドとパトリシアの意見は違った。
「ふたつの王国が相互防衛条約を結ぶということは、他方の国が攻められた場合、両方の王国が敵国と戦うということになる。そうなれば軍事バランスが崩れて周辺諸国を巻き込んだ大きな戦争になる」
「もしかして両国とも国境紛争で頭を悩ませている対ジュダルグート王国を見据えての相互防衛条約なのではないかしら」
ハンドとパトリシアは、カルルの前で相互防衛条約について論戦を繰り広げているが、カルルが協力できることなどたかが知れていると、あまり興味を示さなかった。
とはいえ、ふたつの国が結ぶ条約の話ともなれば、国の大臣がお互いの国を訪問しながら条約の詳細を詰めていくことになる。
そこで使われたのがカルルの飛空艇だ。
お互いの王国の国境にある施設に双方の高官が集まり条約の詳細を詰めていく。
施設の周囲を守る兵士の数や空を守る飛空艇の数も相当数に上る。
さらに会議がある度に施設周辺の宿屋は高官達の定宿となり貸し切り状態だ。
カルルが創った早期警戒飛空艇は、会議場周辺を常時飛び警戒にあたる。
そして相互防衛条約がふたつの王国間の議会で承認された日、双方の王国で祝賀会が開催された。
相互防衛条約のきっかけは、カルルが創った転送の小箱により両王国の国王が意思の疎通を十分にできたこと。
そして条約の詳細を詰める会議において、実務者や大臣を運んだのもカルルの飛空艇だ。
両国の国王は、カルルの尽力に敬意を表し、勲章を贈ることを決定した。
だが、そんなことなど知らずに今日も魔石を錬成し飛空艇創りに明け暮れるカルルであった。
◆飛空艇の外殻と躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:63
1000艇まで残り937
◆カルルが創った飛空艇の内訳
・飛空艇試作一号艇
・飛空艇試作二号艇 ※両親が使用
・飛空艇試作三号艇 ※カルルが使用
・早期警戒飛空艇(試作艇)
王女殿下軍向け飛空艇
・アリーア王国・王女殿下陣営向け飛空艇 30艇
・アリーシュ王国向け飛空艇 30艇
・ハイザバード王国軍向け飛空艇 30艇
錬金術ギルド用飛空艇
・グランドマスター用兼、商談用武装型飛空艇
・薬草栽培兼治療用飛空艇




