No.026 冒険者と飛空艇の戦い
錬金術ギルド会員である錬金術師達が工房を構える工房街。
王都からは少し離れた場所にあり、近くには村も街も無く、王国軍の兵士を呼んでも来るまでに数時間を要する辺鄙な場所だ。
低い城壁で囲まれ、門は錬金術ギルドの警備隊が守りを固めてはいるとはいえ、冒険者ギルドの様な大組織ではないためか、ギルド支部も警備隊の兵士の数も質も高いとはいえない。
そんな工房街の門の上に立っているのは、冒険者ギルドの裏の顔ともいえる暗部の構成員6人。
いずれも冒険者ギルドの冒険者でAランク以上の強者ばかりだ。
門の外には、商業ギルドの女性職員2人が馬車の中で、事が終わるのを待っている。
職員は、カルルを拉致して商業ギルドの施設に連行する役目を担っている。
対して錬金術ギルドの戦力といえば、門を守る警備員6人と錬金術ギルドのグランドマスターの護衛4人のみだ。
警備員は、冒険者のCランク程度の能力しかなく明らかに見劣りする。
グランドマスターの護衛4人は、冒険者のAランクに匹敵するものの数に劣る。
カルルがハイリシュア王国の錬金術ギルドに来た日から、グランドマスターの護衛として付き従っているのは、男性で魔法剣士のハンドと女性の魔術師パトリシアだ。
2人は、元々冒険者ギルドに所属していた冒険者だったが、冒険者ギルドからの強制クエストに要人暗殺の案件が増えたことで将来を危ぶみ錬金術ギルドへ鞍替えをした経緯がある。
そしてもう2人は、双子の少女ライラとレイラ。
歳は15歳でとある貴族のもとで暗殺術を叩き込まれた異色の存在だ。
両手に短剣を持ち、黒いローブに身を包み短剣を構える事もなく、ただ棒立ちで佇む。
その護衛の4人の後ろには、錬金術ギルドのグランドマスターが立つ。
カルルとアリスはというと飛空艇の2階にある操術室に入り、カルルは操作卓の上に置かれた魔力の魔石に手を置き、魔道砲の設定を変更しているところだ。
アリスはというと、いつでも飛空艇を飛び立たせることが出来る様に準備をしている。
カルルは、いつものように独り言をいいながら魔道砲の設定を変更していく。
「魔道砲の設定変更、魔法強度は1。発射間隔は連射。連射間隔は秒間20・・・」
魔道砲の設定を終えたところで飛空艇の窓から外を見ると、飛空艇の前では戦いが始まろうとしていたた。
カルルは、門の上に立つ冒険者ギルドから派遣されたであろう6人に鑑定魔法を使ってみると、男性剣士2人、女性魔法剣士1人、男性魔術師1人、女性魔術師1人、治癒士1人という布陣であった。
最初にひとりの魔術師がステータス向上系の魔法を連発して、全員の腕力と脚力と速度向上を行う。
もうひとりの魔術師は、全員に物理防御と魔法防御を付与していた。
対して錬金術ギルド側はというと、魔術師が全員に魔法防壁と物理防壁を付与。
魔法剣士が腕力向上、速度向上を自身に付与。
双子は、一見何もしていない様に見えたが、存在そのものが曖昧に感じると存在を認識できなくなった。
鑑定魔法は、双子が隠蔽魔法を使っていることを示していた。
「あれが隠蔽魔法なんだ。僕の飛空艇にも欲しい」
冒険者ギルドの暗部の剣士2人と魔法剣士1人が門の上から飛び降りると、錬金術ギルドの護衛4人が並ぶ列へと高速移動で詰め寄る。
錬金術ギルドの魔法剣士と双子も同時に剣を振り上げ対峙する。
そこに魔術師の雷撃が重なり戦場が形成された。
双方の剣士には、互いに魔法防御がかけられているため、どちらも雷撃によるダメージは無い。
ただ双子には反射魔法が付与されていたため、雷撃を放った魔術師に攻撃魔法ははね返っていく。
双方の魔術師とも防御魔法を付与しているため、攻撃魔法によるダメージは皆無だ。
冒険者ギルドには、もうひとり魔術師がいる。
雷撃魔法が終わったと思えば、今度は炎魔法が放たれた。
錬金術ギルド側の魔術師は、たったひとりである。
冒険者ギルド側の魔術師ふたりによる魔法攻撃に対峙するには、さすがに防御に徹するしかない。
その光景を見ていたカルルは、水魔法の腕輪に魔力を送り込み、工房街の門の上に立つふたりの魔術師の頭上に直径20mを超える水の球体を作り出した。
直径20mの球体の水の重さは4000トンを超える。
遥か頭上で陽の光を浴びて揺らめく球体となった水の塊。
その下では、双方の剣士が剣を交えて戦いを繰り広げている。
双子は、隠蔽魔法により存在が曖昧になり両手に装備した短剣がどこからともなく表れては、相手剣士が装備した鎧の隙間へと入り込み小さな傷を生み出していく。
双子は、暗殺術を教えられ暗殺者として生きてきたため、剣士の様に正面から戦うことはしない。
隠蔽魔法によりうつろな存在に対して対峙する相手は、思う様に戦えない。
「くそ、隠蔽魔法か。相手を認識しずらいのがこんなにも戦い難いとは思わなかった」
そんな愚痴を言いながら短剣をさばきつつ、自身のスキルである気配探知で相手の動きを、攻撃の直前でかわしていく。
剣士同士の戦いはというと、双方の力が拮抗しているせいか思ったほどの攻撃をどちらも繰り出せずにいる。
まだ戦いは始まったばかりだというのに、双方とも長い戦いに明け暮れている様に感じていた。
「アリス、皆に下がる様に伝えて」
カルルがアリスにそう伝えると、アリスは飛空艇のバルコニーに出て大声で叫ぶ。
「皆、下がって!」
その声を聞きつけた錬金術ギルド側の剣士と暗殺術の双子は、バックステップを踏みつつ飛空艇の前へと集まり、魔術師による防御魔法が展開された狭い空間へと入っていく。
その声と同時に直径20mの球状の水の塊が工房街の門の上へと落下していく。
突然、空から現れた質量兵器は、工房街の門を容赦なく粉砕していく。
門の上にいた冒険者ギルドのふたりの魔術師は、防御魔法によりダメージは食い止めたものの、足場となっていた門の崩壊により地面へと叩き付けられる。
冒険者ギルドの3人の剣士達も慌てて防御姿勢を取ったものの、4000トンの水が頭上から降り注ぐ事態は想定しておらず、ただ地面に四つん這いになり、落下する水の勢いが弱まるのを待つだけとなった。
しかも水の塊は、思ったように流れてはいかない。
それは、この場所が低い城壁と工房の建物に囲まれた場所であるがゆえ、水はけがあまりよろしくない。
そこに4000千トンの水が落下すれば、浸水というよりも水没という表現の方が正しい状態となった。
しばらくして水が引き始めると、冒険者ギルドの剣士3人と魔術師2人は、脚をよろめかせながら何とか立ちあがった。
その5人に冒険者ギルドの治癒士が回復魔法をかけていく。
冒険者ギルド側には治癒士がいる。だが錬金術ギルド側にはいない。
これでは、戦いが長引くほど錬金術ギルド側が不利になる。
治癒士の回復魔法を受けるために集まった冒険者ギルドの剣士と魔術師の5人は、今までに受けたダメージが無かったかのように全回復していく。
対して連記述ギルドの4人は、相手の出方を警戒しているため、ポーションによる回復もできずにいた。
「水魔法による攻撃でこんなことが出来るなんて思わなかったぜ」
「ああ、溺れるかと思った」
まだ地面には、膝の高さほどの水が溜まっていて、思う様な速さで走り抜けることはできない。
だが錬金術ギルドの面々が一ヵ所に集まっている今が好機と、ふたりの魔術師が同時に攻撃魔法の詠唱を始める。
ひとりは雷撃魔法でもうひとりは炎魔法。
さらに3人の剣士がいつでも攻撃に転じられる様に剣を構えている。
冒険者ギルドと錬金術ギルドの戦いも佳境という段階に来たと判断したカルルは、飛空艇内の操術室で静かに言い放つ。
「それじゃあ行こうか。魔道砲・・・発射」
カルルの飛空艇のマストに取り付けられた球体から発射された魔道砲は、1秒に20発の攻撃魔法を放つ。
魔道砲が放たれたのは、冒険者ギルドの魔術師と剣士と治癒士の6人がいる場所だ。
ほんの僅かだが右から左へと魔道砲の球体が向き先を変えていく。
魔道砲から攻撃魔法が発射されたった2秒で魔道砲は攻撃魔法を放つのを停止した。
ふたりの魔術師は、攻撃魔法を放つために詠唱中であった。
3人の剣士は、攻撃魔法が放たれたと同時に切り込む体制でいた。
治癒士は、次の治療に向けて詠唱を始めていた。
そして1秒間に20発の魔道砲が冒険者ギルドの魔術師と剣士と治癒士の体を貫いていく。
ひとりの剣士が体中に痛みを感じた。
今までにない痛みが体中を蝕んで行く。
剣を構えながら視線を一瞬だけ防具へと向けると、防具のいたるところから赤黒い血が流れている。
何が起こったというのか、この血の出方から見るに攻撃魔法を連続で喰らったとでもいうのか。
相変わらず膝から下は水が溜まったままで歩くのもままならない状態だ。
その水溜まりに血がボタボタと落ちていく。そう、自身の体からだ。
剣を握る手は震え肩が重い。
「バーグ、治癒士バーグ。敵の魔法攻撃を喰らった。すぐに治療を・・・」
剣士は、そう言いながら振り返ると、そこには膝まで溜まった水の上に浮かぶ仲間達の亡骸が浮いていた。
「・・・そうか、全員が攻撃魔法を喰らったのか。冒険者ギルドの暗部の部隊が攻撃魔法を喰らったことすら分からずに死ぬのか。実に・・・滑稽・・・だ」
剣士は、装備した防具に開いた穴から赤黒い血をたれ流しながら水の中へと力なく倒れていく。
この光景を見て最も驚いたのは、錬金術ギルドの剣士と魔術師と暗殺術の双子だ。
彼らは、水浸しの工房街で背にした飛空艇を見上げる。
その中にいる少年は、巨大な水の球体を出現させ敵の攻撃にクサビを打ち込み、飛空艇の武器で敵部隊の全員を葬って見せた。
尋常ではない攻撃魔法。
尋常ではない飛空艇の武器。
そして目の前に倒れる6人は、冒険者ギルドの暗部の隊員。
冒険者ギルドの中でも裏で暗殺などを専門に行う暗殺部隊。
それを一瞬で倒す11歳の少年。
驚きと恐怖すら感じるその少年は、飛空艇のバルコニーから顔を出すと何事も無かったかのように話出す。
「皆さん、ケガはないですか。ケガをしていたら僕が作ったハイポーションがありますから言ってください」
少年の目にも膝まで溜まった水に流れ出た血が広がり赤い池となった工房街が映っているはずである。
だが、それを見ても全く動じない少年。
そんな少年が錬金術ギルドの一員なのだ。
「カルルよ。飛空艇にこんな武器を隠していたのかい」
グランドマスターの言葉には、感情は籠ってなどいない。ただ事実の確認だけだと言わんばかりだ。
「さっきも言ったけど、飛空戦艦の対空砲だから対人戦等用じゃなくて対飛空艇用なんです。魔法強度を1にしたんですが、やっぱり威力が強すぎたようです」
淡々と話すカルルの表情に笑顔はない。
「さて、この惨状の跡片付けでもするかね。ハンドとパトリシアの2人は飛空艇に乗ってカルルの護衛をしな。行先はグルズ山脈にある薬草園だよ」
「レイラとライラはついて来な」
グランドマスターは、双子を連れ粉々になった工房街の門をくぐり、その先に停車している馬車へと向かう。
馬車は、カルルの水魔法攻撃で半壊しており、馬車を引いていたはずの馬も何処かに姿を消していた。
半壊した馬車の扉を開けると、溜まった水が流れ出しその中には商業ギルドの職員2名が意識を無くした状態で倒れている。
「こいつらの証言があれば、商業ギルドと冒険者ギルドの手口を公にできるね」
グランドマスターの言葉に双子が頷く。
カルルの飛空艇は、グランドマスターの護衛2人と共にグルズ山脈の麓にあるという薬草園へと向かった。
空を飛ぶ飛空艇から下を見下ろすと、馬車に乗った多数の王国軍の兵士が水浸した工房街へと入っていく光景が目に映った。
カルルの飛空艇創りは、場所を変えて始まろうとしていた。
◆飛空艇の外殻や躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆魔石を創るスキル
・魔石錬成
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:73
1000艇まで残り927
◆創った飛空艇の内訳
・飛空艇試作一号艇
・飛空艇試作二号艇 ※両親が使用
・飛空艇試作三号艇 ※カルルが使用
王国向け飛空艇の内訳
・アリーア王国向け飛空艇 30艇
・アリーシュ王国向け飛空艇 30艇
・ハイリシュア王国向け飛空艇 10艇




