No.021 王国の錬金術師
「国王陛下は、なぜあのような子供を寵愛されるのか!」
アリーシュ王国の新国王となったフローラと先代の国王から仕える大臣が集まる御前会議の場で声を荒げ目の前の机に拳を何度も振り下ろすのはグスターク農務大臣だ。
彼は、次期国王選定の儀に際して兵を集め、諸侯を説得して周った生粋の王太子ジョルア派である。
そんな彼がやり玉に挙げているのは、新国王が特別扱いしていると周囲がぼやく錬金術師のカルルのことだ。
「少しばかり魔道具が作れるからといって、国王陛下付きの特別顧問などという役職を与えるなど、お気がふれたと思われても仕方のない行為ですぞ!」
すると新国王となったフローラは、声を荒げる農務大臣のグスタークの顔に鋭い眼光を飛ばしこう言い放った。
「農務大臣は飛空艇が作れるというのだな。よく言った。なれば明日までに1艇作ってみせよ!」
新国王の強い口調に思わずたじろぐ農務大臣。
「カルル殿は、まだ子供だが既にアリーア王国では、飛空艇軍の創設に関わった実績がある。さらにあの者は、詠唱を必要としない魔道具を大量に作れるのだぞ。その様な者を私の側に置いて何が悪い!」
「我が国は、ジュダルグート王国との国境紛争が未だに終わっておらぬ。最新の飛空艇があれば上空援護も容易い。それだけでも兵士の士気は上がる」
農務大臣と新国王との論争に割って入ったのは、商務大臣だ。
「私からもよろしいかな。飛空艇を使った都市間の物流網を構築できれば、我が国の経済規模は数倍に跳ね上がるという試算が出ております。この件について陛下のお考えをお聞きかせ願いたい」
さらに割って入ったのは保険大臣である。
「あの少年は、薬作りにもたけておると聞いております。共の女性の魔力病を完治させたという話もあります。さすがに全てを鵜呑みにするのはどうかとは思いますが、諸侯のご子息にも魔力病で苦しんでおられる方も多い。なれば、王国病院での臨床試験ののちに治療を広めて行きたいところです」
農務大臣は、居並ぶ大臣が新国王側についたことに苛立ちと焦りを覚えたが、分が悪いことは明白である。
やむなく自席へと力なく座りはしたものの、その拳は力いっぱい握られたままだ。
「各大臣の声は最もであると思う。だが、カルル殿はまだ幼い。我ら大人がこぞって子供を頼って責任を押し付けるのは、さすがにいかがなものか」
新国王の言葉に大臣達からおもわず笑い声が漏れ聞こえる。
「ここはひとまず各大臣からの提案を聞きどれだけ予算が必要か考えようではないか。異議のあるものは挙手を!」
そこで農務大臣のグスタークが手を上げかけたが、この場に居並ぶ大臣に異議を唱えるものは、誰ひとりとしていない。
ガクリと項垂れる農務大臣の肩を軽く叩いたのは隣りに座っていた産業大臣だ。
「グスターク殿、今はこらえていただきたい。いずれこの国は大きく発展しますぞ。それを諸侯のひとりとして見るのか、大臣として大きく発展させるかはあなたの手腕次第でずぞ。上手く利用するのが経験豊富な大人としてのやり方ではないですかな」
農務大臣の耳元で囁かれた言葉には、産業大臣の思惑が見え隠れしていた。
この会議に首席した大臣達の心の底は誰も覗けない。
それは新国王の心の底も同じである。
・・・・・・
カルルは、国王付きの特別顧問という肩書を拝命した。
さらに飛空艇部隊は、飛空艇軍となり王国軍を管轄する陸軍大臣の管理下から外れ、国王陛下直轄軍となった。
カルルは、次期国王選定に際して飛空艇と飛行魔法を用いた空挺部隊の運用案を提示した事で、飛空艇軍の特別顧問という肩書きも拝命している。
先代の国王陛下から大臣として職務を遂行している諸侯からしてみれば、国民でもない子供がいきなり国王陛下直属の顧問、つまり相談役ともなれば納得できるはずがない。
そんなカルルに国王陛下から飛空艇20艇の追加発注が正式に行われた。
王都から少し離れた場所にある演習場の片隅にある砦で飛空艇創りを始めたカルル。
暇な時間に飛空艇用の魔石創りを行っていたので、1日1艇を創れば20日程で終わる作業だ。
砦の中にカルル達の部屋は用意されてはいるが、飛空艇創りを前倒しで行っているせいもあり、夜遅くまで作業は続けられ、カルルの飛空艇内で寝泊まりする日々が続く。
その夜も飛空艇創りに追われ、日付が変わった頃に夜空を埋め尽くすほどの流れ星が出現した。
「カルル、凄い数の流れ星ね」
アリスは、出来立ての飛空艇の前に立ち夜空を覆い尽くす流れ星を眺めては嬉しそうな表情を浮かべる。
「アリス。こんな日は火球が現れるから気を付けて」
カルルの火球という耳慣れない言葉に首を傾げるアリス。
「火球って何?」
「アリスは見た事ないかな。流れ星よりもっと大きな火の弾が空から降ってくるんだ」
「それが地上に落ちると、山がふき飛んだり森が火事で三日三晩燃え続けたりするんだ」
「えっ、そんな事が起こるの?」
「今日みたいに流れ星の多い夜は、特に注意する必要が・・・」
そう言いかけたカルルの視界に巨大な火の弾が映る。
それもひとつではなく、数えきれない程の数だ。
「アリス、早く飛空艇の中に!」
カルルは、思わず飛空艇の外で夜空を見上げるアリスの腕を掴むと強引に飛空艇の中へと押し込み、扉を閉める。
「あの火球は近くに落ちる!この飛空艇も持つか分からないけど・・・」
カルルの話が終わる間もなく空からいくつもの轟音が響き渡ると、何かが近くで爆発する音が幾度となく繰り返された。
「カルル!」
怯えるアリスにカルルが覆いかぶさり毛布で体を包む。
ドン、ドン、ドンと飛空艇の外壁に何かが当たる音が絶え間なく続く。
しばらくすると爆発音は止み、周囲から砦の兵士達の声が聞こえてきた。
「近くの森と山に火球がいくつも落ちたようだ」
「山火事が起きている」
「周辺の村や街にも火球が落ちたようだ」
漏れ聞こえてくる声から相当な被害になっていることは想像に容易い。
飛空艇の扉を開けてふたりは、外へと出る。
周囲を見渡すと、飛空艇の周りにも大きな石の塊が無数に散乱しているが、飛空艇に被害は無かった。
「外にいて飛んで来た石に当たっていたら死んでたね」
カルルの感情の籠らないその言葉に身震いを感じるアリス。
カルルは、以前に住んでいた家からさほど遠くない場所に火球が落ちたのを見たことがあった。
その火球により山と森が燃え、山火事は三日三晩燃え続けた。
子供ながらにその光景は、心の中に深く刻まれていた。故に火球が現れると何が起こるのかを知っていたのだ。
「カルル殿、悪いが使える飛空艇はあるか?」
背後から慌てた様子でカルルに声をかけたのは、王国軍装備局の主任担当官であるレオン中尉だ。
「それなら、ここにある飛空艇8艇は全部飛べる状態です」
「悪いが緊急事態だ。近隣住民の避難に使わせてもらいたい。よろしいか」
カルルは、即答すると兵士達が飛空艇に乗り込んでいく。
兵士達は、アリスが操術士訓練を行ってきたものばかりで、飛空艇による最初の実戦が災害救助となった。
飛び立っていく飛空艇を地上から見送るカルルにアリスが怪訝そうな表情を浮かべながら話しかける。
「カルルは、救助には行かないの?」
「僕が・・・。だって訓練も受けてないし、そもそも僕はこの国の兵士じゃない。それに、僕はここで飛空艇を創れば、明日以降に使える飛空艇はどんどん増えていくけど、僕が救助に行ったら使える飛空艇の数は増えないよ」
「それに、山火事や森林火災の鎮火には、数日から数週間はかかると思った方がいい。そうなれば兵士を輸送できる飛空艇の数はもっと必要になるよ」
「でも・・・」
アリスは、カルルの冷めた言葉に納得は出来なかったが、カルルの言いたいこともなんとなくではあったが理解もできた。
仕方なくアリスは、カルルの言葉を信じで寝ることにした。
次の日、カルルは明るくなる前から飛空艇創りを始めていて、作業もいつもより数倍は早く行われていた。
本来なら飛空艇1艇を創るのに1日かかるところを昼頃には完成させていた。
「カルル殿、完成した飛空艇はこれですか。早速使わせてもらいます」
レオン中尉が、部下に指示を出し完成したばかりの飛空艇に補給物資を積み込むと空へと飛び立っていく。
昨晩に飛び立った飛空艇もひっきりなしに砦と災害にみまわれた村や街の間を往復して病人、怪我人、年寄り、女性、子供の避難民を次々と運んで来ている。
砦の外には、部隊が使う野戦用の幕が張られ、避難民用の臨時避難所として使われている。
カルルは、そんな光景を横目に見ながら飛空艇創りを黙々と進める。
空は、昼間だというのに暗い。
理由は、砦から少し離れた場所にある山や森から湧き上がる黒い煙が空を覆っているためだ。
「だめだ。火の勢いが強すぎて消火が追い付かない」
兵士から漏れ聞こえてくる話からは、鎮火の目途は立っていないことが伺える。
カルルが飛空艇創りに追われていると、声をかけてきた者がいた。
振り返ると国王陛下の秘書官と数人の兵士が立っていた。
「カルル殿。国王陛下から緊急の用向きです。至急王城へお越しください」
彼らは馬車で砦まで来たそうだが、国王陛下から至急の用向きというので、秘書官達を乗せて飛空艇で王宮へと向かう。
演習場の砦から王城までの所要時間は、わずか10分足らず。
王城へと入ると陛下の執務部室に招かれたカルルとアリス。
「飛空艇創りが忙しいところ申し訳ない」
「飛空艇は、作るそばから避難民の輸送と補給物資の輸送に駆り出されているところです」
「まさか火球が王都の近くに落ちるとは思ってもいなかったが、飛空艇を導入したおかげで避難民の輸送には重宝している」
陛下が感謝を伝えるためにカルルの両手を握りると、思わず顔を赤らめるカルル。
だが隣りに立つアリスはほっぺを膨らませて少し怒った様な表情を浮かべている。
「それでだが、山火事と森林火災が全く衰えない。このままだと火事はさらに拡大する」
「山火事と森林火災を消火できる魔道具・・・が欲しいということですか」
「察しがいい。広域火災を鎮火できる魔道具、水魔法の魔道具を作れないか」
国王陛下は、カルルに火災鎮火用の魔道具作りを要求していた。
「できない事はないと思いますが、僕には水魔法の魔石を創るスキルはありません」
「だが、以前も炎魔法の魔石を作るスキルは無くても騎士隊向けに魔道具を量産してみせたではないか」
「それには、参考にできる水魔法の魔石が必要です」
陛下は、机の上にいくつかの魔道具を並べた。
「水魔法の魔道具は揃えてある。必要なら全部持っていっても構わない。何なら分解してもよい」
「分かりました。試作なら直ぐにでもできます。1日に創れる魔道具は10個はいけます」
「そうか、なら今からとりかかってもらいたい。金は言い値で支払う」
国王陛下の言葉には、国民と国を守るという強い思いが込められている。
「わかりました。早速とりかかります」
カルルは、陛下の強い意志に答えるべく魔道具創りにとりかかる。
◆飛空艇の外殻や躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆魔石を創るスキル
・魔石錬成
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:51
1000艇まで残り949
◆創った飛空艇の内訳
・飛空艇試作一号艇
・飛空艇試作二号艇
・飛空艇試作三号艇
王国向け飛空艇
・アリーア王国向け飛空艇 30艇
・アリーシュ王国向け飛空艇 18艇




