No.002 残骸と屑魔石
真夜中に女神と名乗る女性が枕元に現れてからは、以前に増して積極的に魔法を使い始めたカルル。
畑の周りに作った土塁の高さを増し堀を深くしてさらに魔獣の侵入を防ぐ対策を強化していく。
畑を広げると共に土塁と堀も延長した。
畑仕事と土塁の拡張が終わると、カルルは畑のすみで土魔法を使って小さな壺の様なものを作り始める。
はた目には小さな壺に見えるが、カルルはあの日に見た飛空艇を土魔法で再現するという行為を延々と繰り返していた。
作っては壊し作っては壊すを繰り返す。そして壺の大きさは徐々に大きくなり、カルルがしゃがんで入れるくらいになっていた。
だが所全は土で作られた壺だ。釜で焼き入れを行った訳もない土の塊は、雨が降れば簡単に壊れるし、転がれば簡単に凹む。
これでは、飛空艇を形作るなど夢のまた夢でしかない。
そんな時だった。面白いものがあると父親が家から少し離れた場所へとカルルを連れ出した。
家から1時間ほど歩いた森の中に大きな壺の様なものが佇んでいる。
「父さん。あれってもしかして・・・」
「飛空艇だ」
カルルの目が途端に輝き出す。
「中を調べたが魔石は無かった。恐らくここに落ちた時に魔石は回収されたんだろうな」
カルルが恐る恐る飛空艇の中に入ると、飛空艇の外壁も躯体も殆ど損傷はないものの床は剥がされ魔石らしきものは残っていない。
少し薄暗い飛空艇の中には、枯葉が溜まり草やコケが生えていた。
注意深く飛空艇の中を探っていくと飛空艇は1階と2階に分かれていることに気がつく。
1階は、10人程度の大人が座れる椅子が並べられている。
飛空艇の中央の床は剥がされていてそこには小さな穴がいくつも空いていた。
「その穴に浮遊の魔石と飛空の魔石が埋められていたはずだ。その魔石の中央の穴に魔力の魔石が埋められていて、そこから伸びているのが魔道回路だ」
カルルの父親は、子供の頃に飛空艇助手をしていた経験から、飛空艇の何処に魔石があったのかを知っている。
「魔道回路は、床から壁沿いを伝って2階に向かっているのが分かるか」
カルルは、床から壁の中を伝って2階へと進む魔道回路を手でなぞっていく。
「あそこに梯子がある。そこから2階を見てみるか」
親子で梯子を上り2階へと上がると、1階よりも狭く大人だと屈まないと進めないほど天井は低い。
「とーさんには、ちょっと狭いがカルルの身長だと丁度いい高さか」
飛空艇の2階へと上がると、椅子とテーブルがありテーブルの上には、何かを埋め込んであった穴がある。
「ここに魔力の魔石が埋め込まれていたはずだ。この椅子に座って魔石の上に手を乗せて魔力を込めると、飛空艇は空へと舞い上がるんだ」
カルルの父親は、椅子に座ると何か懐かしむような表情を浮かべる。
子供の頃に飛空艇助手として働き、いつか自身で飛空艇を操る事を夢見ていた少年はもう11才の子供の親になっていた。
結局、国は戦争になり飛空艇に乗ることは叶わなかった。
カルルは、飛空艇の2階の構造やテーブルと椅子の配置、テーブルの上にあったであろう魔石の位置、そこから繋がる魔道回路の配置を目で追いながら記憶していく。
あの日の夕暮れに見た小さな飛空艇は、小さな壺にしか見えなかった。
だが、目の前にあるのは本物の飛空艇だ。
カルルは、一部ではあるが飛空艇の構造というものに触れる事で、自身が作りたいと思う飛空艇がどういったものなのかを実際に理解する事ができた。
これは、カルルにとって思いがけない収穫であった。
・・・・・・
昨晩からの雨が朝になっても降り続いている。
さすがに雨の日は、畑の手伝いは無い。
父親は、昨日から街に買い出しに出ていて、明日にならないと戻らない。
カルルは、床の上に座り瞼を閉じて体内の魔力の流れを感じながら体中から溢れ出る魔力を効率良く循環させるように鍛錬を繰り返す。
この世界の魔術師には、魔力病という病が存在する。
体内を循環する魔力がどこかで滞ると体内を痛めつけ体を蝕しばんでいく。
魔術師の10人に1人は軽い魔力病を患っている。
さらに100人に1人は重い魔力病で死に至るといい、魔術師にとってはとても厄介な病だ。
カルルの両親は、魔法剣士と魔術師である。
両親は、魔力病の事はよく知っているし、冒険者仲間で魔力病で命を落とした者を何人も見てきた経験から、カルルには魔力病予防として体内の魔力循環の鍛錬は、毎日欠かさないようにと言っといっていた。
雨の日は、魔力病が起きやすいという迷信が信じられているせいか、カルルのような経験の浅い魔術師はより鍛錬を欠かさない。
瞼を閉じ平常心を保ち体中の魔力を感じ取り、それを体内に効率よく循環させる。
ポト、ポト、ポト。
先ほどから屋根から雨粒が落ちる音が耳に入る。
カルルが住む家は、お世辞にも立派な家とは言えない"ボロ家"だ。
雨が降れば雨漏りはあたりまえ。
そんな家だから床のあちこちに雨水を受ける壺が置いてある。
ピチャン、ピチャンと屋根から垂れる水滴の音は家のあちこちから聞こえてくる。
ポト、ポト、ポト。
先ほどから屋根から落ちて来る雨音とは異なる音が混じる。
何だろうと思いながらも魔力循環の鍛錬を続けるカルル。
「カルル。それどうしたの?」
母親の問いかけに思わず瞼を開けたカルルは、目の前の光景に思わず目を疑う。
カルルが座る床の上に数十個の透明な石が積み重なり小石の山を作り上げていた。
「何だろう?透明な石・・・かな?でもさっきまで何も無かったよ」
目の前に小山を作る透明な石は、若干いびつではあるがガラス玉といえば信じてしまうくらいキレイな代物だ。
カルルの母親は、冒険者時代に購入した鑑定の魔石を持ってくると、それを使って小山になった透明な石の鑑定を始めた。
「屑魔石・・・だって。えっ、魔石?」
「魔石?」
「屑でも魔石は魔石。簡単な生活用の魔道具に使われるから冒険者ギルドに持っていくとひとつ銀貨5枚くらいで買ってもらえるのよ」
カルルは、自身の目の前に現れた小山になった透明な石を数を数え始める。
「全部で68個ある」
「あら、以外と多いわね。もし冒険者ギルドで1個銀貨5枚で買い取ってもらえたら金貨3枚にはなるわね」
「きっ、金貨3枚!」
カルルは、両親と3人で暮らしている。
主食は、森や山で狩った動物の肉と小さな畑で採れた野菜とパン。
パンを作る小麦や料理に使う塩や香辛料と生活に必要な道具や衣服は、両親が街で購入していた。
それらを購入するためには、年に金貨2枚は必要となる。
領主に払う税金を含めればもう少し必要だが、カルルはほんの1時間程度で金貨3枚の価値がある屑魔石を錬成したのだ。
「カルル。いつから魔石を錬成できるようになったの?」
「えーと。頬が真っ赤に腫れてからかな・・・」
「あら、頬が真っ赤に腫れる病気にかかると魔石が錬成できるのかしら」
母親はそんな話は聞いたことが無いと首を傾げながら疑いの目をカルルに向ける。
カルルは、あの夜に女神と名乗る女性が現れた事を両親には話していない。
疑いの目を向ける母親の目から視線を背けると、母親がおかしな事を言い出した。
「この屑魔石だけ違うわね」
カルルが数を数えるために床に並べた屑魔石の中にひとつだけ緑がかった透明な魔石がある。
形も他の魔石に比べると真円に近くてとてもキレイなものだ。
母親が改めて鑑定の魔石でその魔石を調べると・・・。
「浮遊の魔石・・・」
鑑定の魔石が出した鑑定結果は、そう告げていた。
◆飛空艇の外殻や躯体を作る魔法
・土魔法
◆飛空艇を創るために必要とされる魔法
・強化魔法
・固定魔法
◆魔石を創るスキル
・魔石錬成
◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など
・浮遊の魔石
・飛空の魔石
・魔力の魔石
・魔道回路
◆カルルが創った飛空艇
飛空艇:0
1000艇まで残り1000