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No.010 渓谷の砦

王女殿下の軍勢は、投降してきた王太子モーブの軍勢の殆どを自軍に編入したが、部隊の再編に時間がかかるということで先に進めずにいた。


とはいえ、何もせずに暇を持て余す訳にもいかない。


カルルの両親はというと軍議に参加しながら飛空艇を操る操術士と飛空艇から攻撃魔法を放つ魔術師の訓練に忙しい。


カルルはというと、飛空艇創りは既に20艇に到達しており、周辺諸国の中では最も飛空艇を運用しているのでは?と言われる程の規模になっていた。


あまり創りすぎても運用できないため、操術士の訓練の状況を見ながらの調整が必要になる。


両親から聞いた話では、次の戦場はグルズ山脈のボバ渓谷にあるグワンド砦の攻略となる。


険しく狭い谷底にある砦で、砦に向かう渓谷沿いの道は狭く大群で進むことなどできない場所だという。


狭い渓谷を飛空艇で飛ぶにも、操術士に成ったばかりの者にそんな狭い渓谷を飛ぶ技量はない。


飛空艇頼みの王太子エミルの軍勢にとっては頭の痛い砦攻略となった。


となるとカルルやカルルの父親の様に飛空艇の操術に慣れたものが砦の攻略を行う流れになる。


カルルは、飛空艇創りも一旦落ち着いたので、砦をどう攻略するかを考えていた。


・・・・・・


カルルには、母親の様な広域殲滅魔法などという高度な攻撃魔法は使えない。


かといって父親の様に魔法剣で派手な魔法も使えない。


カルルが使える攻撃魔法といえば、土魔法くらいだ。


それも煉瓦を作って飛ばす。


土塀を作って飛ばす。


石を作って飛ばす。


飛ばすと言っても大きなものを飛ばすことはできず、魔獣1体を殺すのがせいぜい。


土魔法とは、とても地味な魔法なのだ。


それでも今までは、動物や魔獣相手であれば十分であった。


だが、数百数千の兵に対してはさほどの役には立たない。


さらに砦や城を攻略するとなると何の役にも立たない魔法なのだ。


それでも何か役に立つ事はできないかと、飛空艇の前で悩んでいると。


「カルル殿、いったい何を悩んでいるのですか」


そう声をかけてきたのは、王太子エミルの軍に所属する女性下士官のカレン准尉だ。


彼女は、士官学校を卒業して王太子エミルの領地を守る守備隊に配属されたが、間もなく国王の崩御によりこの内戦を戦うことになった。


准尉という階級は、士官学校を卒業した者に与えられる階級で士官として最も下に位置しており現場では見習いといった階級になる。


今は、できたての飛空艇が正しく動くかを試験したり、戦に赴く飛空艇の手配を担当していた。


「次の作戦で渓谷にある砦を攻略するみたいなんだけど、攻撃魔法を使っても攻略するのは難しいみたいなんだ」


「ああ、あそこのグワンド砦ですか。あそこは難攻不落と言われた砦ですからね」


「カレン准尉さんは、砦のことは詳しいの?」


「詳しくはないですが、士官学校の時に訓練で行ったことがあります」


「渓谷に馬車で通れるくらいの道があるんですが、敵が道を進んで来ると渓谷の上から大きな石を落すと聞いています」


「とても単純で簡単な方法ですが、道を進む敵兵や馬車には絶大な威力を発揮します」


「例えばだけど落ちてくる石を魔法で防御すれば防げそうだけど」


「防御魔法が使える魔術師が少ないのと、石と言ってもかなり大きくて重いので強力な物理防御魔法でないと防げないんです」


「物理防御魔法か。そういえば、砦には防御魔法ってあるの?」


「あります。普段は使っていませんが、敵襲があると魔術師部隊が物理防御魔法を砦の全面に展開します」


「全面?砦の上は?」


「上ですか。砦は煉瓦か石で作られているので人が動かせる程度の岩が落ちてきたくらいではびくともしません」


「それに山の上にも何ヵ所か見張り台があるので、そこから山を上ってきた敵兵に対して魔法や弓で攻撃します」


カレン准尉の話を聞くとカルルは飛空艇の前に座り込み腕を組みながら唸っている。


目の前には、大小の石がいくつも並べられていて、そのひとつをカレン准尉が手に取る。


「あれ、小石だから軽いと思ったら以外と重いですね」


「その小石には、強化魔法をかけてあるんだけど、作る時に重くなる様にと意識すると重い石になるんだ」


「カルル殿は、土魔法が得意なんですよね」


「うん。土魔法のおかげで飛空艇が創れるからね」


「もしもですが、空の高いところから飛空艇を砦に向かって落したらどうなりますかね」


「飛空艇を落す?」


「飛空艇って攻撃魔法を喰らってもかなり耐えるじゃないですが、空の高いところから飛空艇が落ちてきたら砦も無傷では済まないかなって」


「う~ん。確かに。でも飛空艇は1艇金貨千枚の価値があるからなあ・・・」


「きっ、金貨千枚!」


「それじゃあ無理か・・・」


だがカルルもカレン准尉の話を聞いているうちに何かがひらめいた。


「例えば、僕が土魔法で大きな石を作って砦の上に落とせばどうかな?」


「それなら金もかからないですね」


「ちょっと試してみる」


そう言うとカルルは、土魔法で小さな石を作り、それを徐々に大きくしていく。


いろいろ試した結果、分かったことがある。


土魔法で石を錬成している時は、石の重さを感じない。


今まで石を錬成している時に石の重さなんて考えたこともなかったから分からなかったのだ。


地面に置いた状態で大きな石を錬成しようが宙に浮いた状態で錬成しようが石の重さは感じない。


だが、錬成が終わった瞬間に重さが一気に加わる。


とりあえず何度か試して出来たのが 2m x 2m x 1.5m の大きな石の塊だ。


まるで城の城壁にでも使えそうな形だが、錬成してしまうと持ち上げることも移動させることもできない。


母親から借りた鑑定の魔石で石の重さを調べると・・・推定重量約10トンと出た。


もしこの石を空から砦に向かって落としたらどうなるか?


「カレン准尉さん、ちょっと飛空艇の運用試験に行きませんか?」


「運用試験ですか?」


カレン准尉の主な仕事は、飛空艇の運用試験と戦いで使う飛空艇の手配だ。


飛空艇を創るカルルが運用試験をすると言えば、それは准尉の仕事になる。


カルルは、飛空艇にちょっとした細工をして空高く飛び立った。


今回は、カレン准尉が操術席に座り飛空艇を操る。


そしてカルルがこの飛行の目的を話始めた。


「まず飛空艇で高度4000mまで上昇します」


「飛空艇ってそんなに高く飛べるんですか?」


「通常の飛空艇なら浮遊の魔石3個で高度1500m程度まで上昇できるけど、この飛空艇には浮遊の魔石を6個積んであるから」


「3個で1500mだと倍の6個なら倍の高度3000mのはずですが?」


「ちょっと違う。浮遊の魔石を6個も使えば高度5000mくらいまでは行けるけど、今回の実験では4000mもあれば十分かな。それにあまり上昇しすぎると消費する魔力量は半端ないよ」


鑑定の魔石で高度を計りながら数分で目的の高度4000mに達した。


眼下には、広大な山々と森が見える。


「では、カレン准尉さんはこの場所と高さを維持してください」


カルルは、飛空艇の小さなバルコニーに出ると先ほどまで何度も使った大きな石板を作る土魔法を発動させると目の前に 2m x 2m x 1.5m の巨大な岩が錬成できた。


そして重さを感じ始めたと同時に大きな石は、カルルの手から離れて空を落下していく。


間もなくして凄まじい爆音と共に地上の山から大きな白煙が立ち込めた。


「カレン准尉さん、飛空艇をこのまま地上近くまで降ろしてください」


カルルの言った通りに准尉は飛空艇を地上へと降下させ、山の斜面の木々が何本もなぎ倒され地面に大きな穴が空いているのを確認した。


飛空艇を山の斜面近くに降ろし、大きな石板が落下した現場に足を踏み入れる。


「これは凄い破壊力ですね」


「高度3000mから重さ10トンの石を落下させると時速720kmに達するそうです」


「時速720km・・・それがどれくらい速いのかよく分かりませんが・・・」


「僕の飛空艇の最高速度が時速230km程度なので単純計算で3倍以上です」


「う~ん、比較されてもさっぱり分かりません」


准尉の速度に対する理科力は、この世界においては普通である。


それをカルルがなぜ理解しているのか。そちらの方が不思議なのだ。


さて、カルルはこれで砦の攻略はできるのでは?と考え、実際に試してみたくなった。


「カレン准尉さん。これから渓谷にある砦に行ってみませんか。もちろん空の高いところから見るだけです」


カルルの顔がずるがしこい子供の顔をしていたことを准尉は見逃してはいなかった。


「さっきのを砦でやるつもりですよね」


「えっ、何を言っているんですか。そんなこと考えてもいませんよ」


カルルの目が泳いでいるのは、誰が見ても明らかだ。それを准尉も見逃すはずがない。


「そうですか。なら手が滑ったという事にしましょうか」


「手が滑った。確かにそれはいいですね。ならば手に油を塗っておきます!」


准尉は思った。カルルという少年は天然なのかと。


・・・・・・


空の上に浮かぶ雲の中を飛びながらボバ渓谷にあるグワンド砦へと向かうカルルの飛空艇。


山の標高が徐々に上がっていくにつれ、飛空艇の高度を徐々に上げていく。


飛空艇から山々を見下ろすとボバ渓谷が見えてくる。


高度2000m程の高さを飛び渓谷の上流へと向かうとグワンド砦が見えてくる。


砦といっても渓谷を跨ぐ様に巨大な門が立っていて、渓谷を逃れる川と道を上から狙える様な形をしている。


渓谷内で砦が立っている場所は、標高1000mを越えているため飛空艇が近づけば監視塔で見張る兵士に見つかる可能性がある。


だが、カルルの飛空艇が飛ぶ高さは高度4000mで通常の飛空艇が飛ぶ高さではない。


飛空艇は、徐々に高度を上げつつ砦の直上へと近づいていく。


「少し左、もう少し左。そこで止まって」


カルルの指示により微妙な操術で飛空艇を制御するカレン准尉。


繊細な操術がここまでできる人も珍しいとカルルは思った。


それなのに飛空艇の運用試験や手配しかやらせてもらえないとは、軍という組織は実に非効率なのだと考えてしまう。


カルルは、土魔法で大きな石板を錬成し完成したそばから手放していく。


それは、地上へと吸い込まれる様に落下していき姿はあっという間に見えなくなる。


次の巨石の錬成に入った頃に爆音と共に地上で白煙が立ち上がる。


そこに追い打ちをかける様に次々と大きな石板を錬成しては投下していく。


5個目の大きな石板の投下が終わった頃、白煙に包まれた砦がどうなったのかを見極めるため、飛空艇はグワンド砦へゆっくりと降下していく。


そして白煙がおさまった時に見えた光景は、瓦礫の山が渓谷の川を塞いでいる光景だった。


さらにあちこちに赤い肉片の様なものが散らばり、それが人の体の一部であることに気がついたのは、かなりあとになってからであった。


「砦が跡形もない・・・」


「土魔法ってこんな威力があったんですか」


「僕も知らなかった」


「きっと魔法部隊が知ったらカルル殿を欲しがりますよ」


「僕は、飛空艇が創りたいだけで軍の魔術師になりたい訳じゃないよ」


「でしょうね。でも勿体ない。実に勿体ない」


カレン准尉の悔しがる表情を横目に見ながら、飛空艇の捜術席の小さな窓から外を覗き込むふたり。


魔法による攻撃が無いことを確認すると、飛空艇の小さなバルコニーへと出る。


渓谷と並行して走る道に止められた飛空艇のバルコニーから目に入った光景は、惨劇という以外の言葉が見つからないものであった。


カルルとカレン准尉の目の前に広がる瓦礫の山。


それは渓谷の底を流れる川の水をせき止め、水の色をどす黒い赤に染めいた。




◆飛空艇の外殻や躯体を作る魔法

・土魔法


◆飛空艇を創るために必要とされる魔法

・強化魔法

・固定魔法


◆魔石を創るスキル

・魔石錬成


◆飛空艇を飛ばすために必要な魔石など

・浮遊の魔石

・飛空の魔石

・魔力の魔石

・魔道回路


◆カルルが創った飛空艇

 飛空艇:22

 1000艇まで残り978


◆創った飛空艇の内訳

 ・飛空艇試作一号艇

 ・飛空艇試作二号艇


 王国向け飛空艇

 ・アリーア王国向け飛空艇 20艇


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