第五章 空気を読まないバカップル ー妹、激怒。SNS、ざわつくー
展示会で目撃された美しすぎる姉弟。その姿はSNSで“伝説”と化した──だがその裏で、静かに煮えたぎる怒りがひとり。妹・翡翠の逆襲は、ここから始まる。
その日の夕方、SNSはちょっとした異変にざわめいていた。
ハッシュタグ「#国立美術館」「#エジプト展」が急浮上。中でもとある一組の“異様な姉弟”に関する投稿が爆発的に広がっていた。
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@kamiyo_history
「ミイラの前で保存方法について語り合う男女がいて、完全に学芸員かと思ったら……解説員より詳しくて泣いた。あれは伝説になる(確信)」
@NekoFan88
「姉弟ってマジ?あの距離感で?嘘でしょ??顔近すぎてキス寸前だったぞ???」
@cult_sandal
「ミイラ前でマウント取ろうとした男、姉弟ペアに秒で論破されててスカッとしたw」
@my_sis_is_hell
「俺の姉と変えてくれ!!(ガチ懇願)」
@Bookworm14
「情報求む。姉はケンブリッジの考古学助教授らしい。弟がまたすごい。高校生で“死者の書”即答とかチート」
@tiramisu_shock
「てかカフェで一つのドリンクシェアしてたの見た。どう見ても恋人。姉弟とかいうフェイク信じられん」
@pyramid_luv
「あんな姉が欲しい人生だった……。あ、俺の弟?今朝もパンくわえて遅刻してたわ」
@slumpbrother
「弟君、その立場を交代しないか?」
@artwatcher_tokyo
「展示会の途中で英国人紳士登場、ふつうに英語で喋っててドン引きした。周囲の日本人が石化してた」
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「……はぁ。やっぱり、お兄様は私に何も言わず、姉さまと展示会へ行ってたのね……」
夕暮れの涼子宅のリビングで、スマホをにらみながら翡翠は深くため息をついた。
スクロールする指先は止まらず、次々に流れてくる投稿が怒りに油を注ぐ。
蒼空がなぜ何も言わなかったのか。自分だけ仲間外れにされたような悔しさ。
そしてなにより――
姉さまと一緒にいて、あんなに楽しそうな蒼空を、誰かが見てるという事実が、彼女の中の何かを決定的に揺さぶっていた。
「水無月家、唯一のメソポタミア文明通の名において……!」
立ち上がった翡翠の目がぎらりと光る。
「ここは――ハムラビ法典よ!目には目を、歯には歯を!」
その場に雷でも落ちたかのような気迫。
が、隣のキッチンカウンターからの一言で、部屋の空気が一転する。
「翡翠ちゃん、暴れたらチョコレートケーキは無しだよー」
エプロン姿で鍋をかき混ぜていたのは、水無月涼子。
元自衛官とは思えない、のんびりした口調だが、翡翠の制御には絶大な効果がある。
「……うぅ……わかりました……」
翡翠は唇を噛んで椅子に座り直した。
涼子は手を止めて、二階へ向かって大声で命令を飛ばす。
「悪ガキどもーっ!晩御飯の用意を翡翠ちゃんだけにやらせるな!夕食準備、状況開始!」
二階からドタバタと足音が降ってきた。
「りょーかーい!」
「今行くー!」
息子二人が現れ、手際よく皿を並べ始める。
「遅れたら唐揚げ取り上げるぞ!」
「うぅ、それは困るーっ!」
賑やかで温かい夕食の支度が進むなか、翡翠だけは、静かに怒りを煮込んでいた。
心の中で、次の策を練りながら。
(……覚えてなさい、お兄様。あなたの裏切り、絶対に倍返ししてやるんだから)
スマホには、蒼空と水蓮が太陽の船を前に議論している写真が映っていた。
その画面を睨みつける翡翠の視線は――やはり、姉弟には優しくない。