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第四章 空気を読まないバカップル ー博識バカップル、展示室で無双するー

学術と浪漫が交差する展示室で、姉弟は空気を読まずに無双する。

――知識と距離感がおかしい博識バカップル、ここに爆誕。

 「だから、太陽の船は単なる副葬品じゃなくて――王の魂を天へ運ぶ、象徴的な乗り物なのよ」

 「うん。現実的な用途より、死後の旅路を担保する“神聖な道具”って感じだね」


 学術的な会話に華を咲かせながら、二人は美術館内のカフェで向かい合って座っていた。テーブルには紅茶とスコーン。だがその距離感はやけに近く、水蓮の指が蒼空の手に重なれば、蒼空は小さく目を逸らして黙り込む。頬がうっすら赤い。


 「あなた、朝まともに食べてなかったでしょ? 昨日もホテル戻ったらすぐ寝てたし……ほら、口開けて」


 「……それ、姉が言うセリフか?」


 「姉だから言うの。あーん♪」


 スコーンをちぎって差し出す水蓮に、蒼空はむすっとしながらも従う。その唇の端に残ったクリームを、水蓮が自分の指でそっと拭い、ついでに微笑む――。


 ――周囲の空気が、一斉に凍りついた。


 ストローを咥えたまま固まる女子高生二人。

 隣の席のカップルは男が眉間に皺を寄せ、女のほうはスマホを置いて、絶句。

 窓際の年配女性は眼鏡を持ち上げ、友人と顔を見合わせながら小声で何かを囁いている。


 「……あれ、姉弟って言ってたよね?」「うそでしょ……」「近すぎない?」


 「キモ……」と中学生男子のぼそっとしたつぶやきが聞こえたかと思えば、その隣の友人が肘で突っついて黙らせる。


 完全に、場が引いていた。


 それでも水蓮は紅茶を口に運びながら、「やっぱりここのアールグレイは香りが違うわね」とご満悦。蒼空は顔を手で隠しながらため息をついた。


 そして午後、2人は展示室へと向かう。目当ては、特設のミイラ展示。


 「この包帯の巻き直し、保存処置じゃないのよ。おそらく死後二度目の儀式ね。アムドゥアトの影響が強い時代の特徴」

 「うん。頭部に香料が残ってる。局所的な再聖化の痕跡だと思う」

 「……って、それ本当に十代の会話か?」


 不意に割って入ったのは、薄手のパーカーにチノパン、足元はスニーカーという春先らしいラフな服装の中年男性だった。手ぶらで歩きながら話しかけてきたその様子は、やけに気軽で馴れ馴れしい。明らかに日本人の観覧客だった。


 「でもねぇ、それ、ただの保存失敗でしょ? 包帯のズレ具合とか、素人じゃ分からないかもしれないけどさ」


 「いえ、それは誤解です」

 水蓮が即答する。

 「包帯のゆるみは“再包帯”の痕跡です。特定の宗教観に基づいて、死後に再処置された例。王族以外でも実施された形跡はあります」


 「それに、頭蓋底に工具痕がない。脳の摘出が初期段階で終わってる。保存失敗なら、そこが最も傷んでるはずです」

 蒼空も静かに加勢する。


 男性は目をぱちぱちさせ、口を動かすが声は出ず――あっという間に撃沈し、その場をそそくさと去っていった。


 それを遠巻きに見ていたスタッフの一人が、控室へ小走りに戻る。そして、展示監修の英国紳士に耳打ちした。


 「Excuse me, Professor Langfort. There’s… a couple near the mummy exhibit, and… they’re causing quite a stir.」

 (失礼します、ラングフォート教授。ミイラ展示のあたりで、ちょっとした騒ぎを起こしているカップルがいまして)


 「Oh? A stir, you say? I suppose I should see it for myself.」

 (ほう? 騒ぎとな? それは見に行かねばなるまいな)


 ネイビーのスーツを完璧に着こなした英国紳士――ラングフォート教授が展示室に現れたのはその直後だった。


 そして、展示の前で英語で話していた水蓮に気づき、目を見張る。


 「You! I know you!」

 (君か! 見覚えがあるぞ!)


 「Professor Langfort?! I didn’t expect to see you in a suit!」

 (ラングフォート教授!? スーツなんて珍しいですね!)


 「As one of the curatorial advisors, I had to dress properly for the occasion.」

 (監修委員の一人だからな。こういう場では相応の装いが求められる)


 彼は微笑み、水蓮の肩を軽く叩いた。


 「I ran into your parents in Cairo last spring. They were as sharp as ever. Your father tried to corner me into a two-hour debate on pyramid acoustics.」

 (去年の春、カイロで君のご両親に会ったよ。相変わらずだったな。お父さんがピラミッドの音響構造について二時間も議論を吹っかけてきた)


 「That sounds just like him. I hope you survived.」

 (父らしいですね。よく耐えましたね)


 「Barely.」

 (かろうじて、ね)


 教授は隣にいた蒼空に目を向け、顎髭を撫でた。


 「And you must be her little brother.」

 (君が彼女の弟か)


 「Yes, I’m Sora Minazuki. It’s an honor to meet you, Professor.」

 (はい、水無月蒼空です。お会いできて光栄です、教授)


 「Likewise. So, how about a small challenge?」

 (こちらこそ。では、ちょっとした挑戦をしてみようか)


 教授は展示品のひとつを指差した。


 「This exhibit holds a version of the Book of the Dead. Do you know what it signifies?」

 (この展示には『死者の書』の写本がある。何を意味するものか、分かるかな?)


 蒼空は一度まぶたを伏せ、すぐに答える。


 「It’s a funerary text designed to guide the deceased through the afterlife. It contains spells, declarations, and vignettes to ensure safe passage to the Field of Reeds.」

 (死後の旅路を導くための葬祭文書です。呪文や宣言、図解によって、葦の原へ安全に到達するためのものです)


 「Excellent. Concise, accurate, and spoken with confidence. You truly are your sister’s brother.」

 (素晴らしい。簡潔で的確、しかも自信をもって話した。まさに君は彼女の弟だ)


 「That’s… a compliment, I think?」

 (……褒めてます?)


 「Absolutely.」

 (もちろんだよ)


 場内のスタッフから拍手が起きるなか、水蓮は満足そうに蒼空を見つめた。


 「ふふ、今夜はホテルで復習ね」


 何気ないその言葉が、後にSNSで彼らの一日が話題になるとは露知らず、博識バカップルの一日は静かに、けれど確実に爪痕を残していった。


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