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神託の影に座す者達



 白亜の神殿に鐘が鳴る。高く、重く、まるで罪を告げるかのような音だった。


 アヴェリンは玉座の間に呼び出され、列席した王族と貴族たちの前に立たされていた。視線が集まる。敬意よりも、好奇よりも強い感情が渦巻いている。それは恐れだった。


 そして玉座に座す老王が、荘厳な声で宣言した。


「女神の代行者、アヴェリン・ド・レイヴェンコートよ。3日後、汝は最初の“選定”を下すのだ。この五人の中より、一人を“不要”と断じよ。命を奪うがために。」


 神官たちが神託の巻物を読み上げる中、アヴェリンは五人の王子を見やった。


レオポルドが一歩前へ出る。衣の袖を揺らし、唇に笑みを浮かべて。


「……三日あれば、俺の“誤解”も解けるかもしれないな。アヴェリン様、どうか冷静なご判断を。」


 媚びたような声音に、場の空気がかすかにざわついた。彼にしては異例の柔らかい態度。しかしアヴェリンは、過去に刻まれた傷の疼きを無視できなかった。

 何を言わないといけないのか、レオポルドを前に困っていると、すぐ隣に人影を感じ視線を上げる。末弟のマイロが口元に余裕のある笑みを浮かべていた。


「この三日間、退屈しない日々になりそうですね、アヴェリン様。」


 年下とは思えない落ち着きと自信に、アヴェリンはわずかに胸をざわつかせた。

 五人の王子。誰もが異なる色を持ち、異なる仮面をつけている。

 儀式的なやり取りが終わると、来賓者は続々と場を離れ、そこにはアヴェリンと5人の王子、数人の侍女がいるだけとなった。

 テーブルと椅子が人数分用意されると、何かを話し合えとでもいうように6人は着席を促された。


 円卓を囲む五人の王子と向かい合う。

 まるで日常と非日常のはざまにあるような交流の席。


 けれど、誰も気安く口を開こうとはしなかった。

会話を始めたのは、やはりというべきか、第一王子レオポルドだった。


「こうして並ぶのも奇妙なものだな。まるで舞台劇の一幕のようだ。さて、代行者殿。今日から三日間、我々を“観察”されるわけだが……友好の証にお茶でもどうかな?」


 皮肉めいた言い回しのくせに、彼は本当にティーポットを手にしていた。

 誰より整った顔立ちは、王宮でもっとも“見目良い王子”と称される。

 けれどアヴェリンには、その笑顔が仮面にしか見えなかった。


「……いただきます。」


 カップを受け取りながら、アヴェリンはレオポルドの手が一瞬、彼女の指に触れたことを見逃さなかった。

 ぞわりと、肌に寒気が走る。


「まったく、お茶会とは優雅なもんだね」


 そう言ったのは第二王子ケイラン。剣を腰に、背もたれにぐったりと身体を預けていた。


「誰を選ぶか、どうせ心の中では決めてるんじゃないの? こんな茶番、意味あるのかな?」


 その声音には、真意の見えない倦怠が滲んでいる。

 レオポルドが小さく笑った。

 実の兄弟であるのにギスギスとした空気にアヴェリンは固唾を飲んでいると隣りに座っていたジュリアンがアヴェリンにだけ聞こえる声でボソリと呟い


「……何か私に、できることはあるか?」


 その声音には真摯さがあった。だが、アヴェリンは言葉に詰まる。彼の優しさばかりに触れていては公平な選択などできはしない。


「……ありがとう、ございます。」


 それだけを返すのが精一杯だった。

 ジュリアンはアヴェリンのその様子を見て、少し寂しさを含んだ困った表情を浮かべると、間を埋めるように咳払いした。


「……落ち着いた話をしよう。アヴェリンを困らせてどうする」


 三男の彼は、誰よりも穏やかな声音だった。

 この状況にこの言葉………しかし打算の色はない。


「…………あなたは……ふさわしくない」


 落ち着いた話を提案して間もなく、突如ぼそりと呟いたその声に、場が静まる。声のする方に全員が顔を向ける。エルリックは俯き尚も続けた。


「あなたが神の名を冠するに値するとは僕は思えません。あなたは人を選ぶ側の人間ではないのです」


 それは反論というより、冷たい現実を告げるような言葉だった。

 アヴェリンは何も言えなかった。

 エルリックはすぐに口を閉ざし、それ以上何も言わなかった。


 代わりに口を開いたのは、末弟のマイロだった。


「でも、それが“神託”なんでしょ? だったら、アヴェリン様は、ただの駒じゃない。選ぶことで、運命を作る側に立ってるんですよ」


 その言葉に、エルリックが顔をしかめた。その代わりにマイロが余裕のある笑みを浮かべ、アヴェリンに視線を向ける。


「だから、どうか僕のことは“正しく”見てくださいね? 三日もあるんだから、急がなくていいですよ」


 レオポルドが、フンと鼻で笑った。


「随分と余裕だな。末弟は」


「だって兄上たちほど、“知られてる弱点”がないから。ね?」


 挑発とも冗談ともとれる口ぶりに、レオポルドが僅かに目を細めた。

 しかし次の瞬間にはまた、にこりと優雅な笑みを浮かべていた。


「では……まずは互いに質問し合うというのはどうだろう? いっそ堂々と互いをさらけ出すほうがフェアではないか?」


「そんな事に意味あるとは思えないけど?」


 ケイランがあくび混じりに言う。


「意味は“作る”ものさ。……そうだろう、アヴェリン様?」


 レオポルドの視線に、アヴェリンは返答に困った。王子たちの間にある緊張。

 彼らは皆、表向きは“好意的”であろうとしながらも、明らかに探っている。誰が危険か、誰が狙われるか。

 アヴェリンは、そんな彼らの中に、自分が混ざっているという現実に、うまく呼吸ができなくなるのを感じた。


 彼らは兄弟。けれど同時に、敵同士。


 そして、彼らの運命は――アヴェリンの手の中にある。


だからこそ。


「……私は、ただの“女神の代行者”ではありません」


 小さな声だったが、その場にいた誰もが耳を傾けていた。


「私は、私の目で、私の心で、見極めて選びます」


 しばし沈黙が流れる。

 ジュリアンはほっとしたように微笑みを浮かべていた。


 何が正しいのかも、誰を信じていいのかも、まだわからない。


ただ、一つだけはっきりしている。


――三日後、私は一人の命を奪う。


その未来を避ける術は、どこにもない。 

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