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甘い真実と銀の君


 王宮の一角、陽光が差し込む小さな応接室。


 アヴェリンは、第五王子マイロとの初めての対話の場に臨んでいた。

 彼女は緊張しながらも、女神の代行者としての威厳を保とうと努めていた。


「アヴェリン様、お会いできて光栄です」


 マイロは優雅に一礼し、にこやかに微笑んだ。

 その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かく、アヴェリンの心を和ませた。


「こちらこそ、マイロ殿下。お時間をいただきありがとうございます」


 代行者とはいえ相手は王子。アヴェリンは丁寧に応じた。


 マイロはアヴェリンの隣に座ると、自然な仕草で彼女の手に触れた。隣に座っただけでも心臓が飛び出そうになったのにいきなり手を触れられ身体中がこわばる。


「緊張されていますか? 手が少し冷たいですね」


 その言葉とともに、彼はアヴェリンの手を優しく包み込んだ。

 アヴェリンは驚きと戸惑いを感じながらも、手を引くことができなかった。彼女はこれまで、男性と親しく接することがなかったため、マイロの自然なボディタッチにどう反応すべきか分からなかった。そっと触れていた指が徐々に蛇のようにアヴェリンの指に絡みつく。


「あなたのような方が女神の代行者に選ばれたのは、きっと意味があるのでしょう」


 マイロはアヴェリンの目を見つめながら言った。その瞳は世界中の財宝探検家が舌を出して欲しがる宝石のように綺麗で、見つめられるとその中に吸い込まれてしまうようだった。


「その美しさと優しさは、まさに女神のようです」


 アヴェリンは顔を赤らめ、視線を逸らした。


「そ、そんなことは……」


マイロは微笑みながら、アヴェリンの髪にそっと触れた。


「この銀色の髪も、神秘的で素敵です」


 アヴェリンは照れながらも、心の中で少し怒りを覚えていた。社交辞令にしてもあんまりだ。自分がいけていない事なら自分が1番わかっている。

 死にたくない気持ちも王位につきたい気持ちもどちらもあるのは当然だ。でも美しいとか素敵だとかこんな思ってもない事をペラペラ言えるマイロに幻滅せざるを得なかった。


 彼女はふと、自分の能力「虚妄の香」を思い出した。鼻をつまみながら匂いを嗅ぐことで、相手の言葉が嘘かどうかを見抜くことができる。


 今朝、侍女がついた嘘を嗅いだ時は雨の日に部屋で干したシーツの臭いがした。この能力は嘘が強いほどキツイ臭いが鼻に漂う。しかしそれを覚悟しアヴェリンはさりげなく鼻をつまむとマイロの言葉の真偽を確かめようとした。


 すると、甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。それは、まるで春の花畑にいるような心地よい香りだった。


(……嘘じゃない……?)アヴェリンは驚きとともに、マイロの言葉が本心から出たものであると気づくと顔を真っ赤にしてバッとテーブルに視線を落とした。


 マイロはアヴェリンの反応を見て、優しく微笑んだ。


「あなたのその照れる姿も、かわいいですね」


 アヴェリンを覗き込むようにマイロは顔を寄せ微笑む。目を合わせないようテーブルの一点を見つめるアヴェリンを見て少し寂しそうな表情を浮かべるとマイロは顔をあげ立ち上がった。


「本当、僕はついているのかいないのか。こんな状況じゃ何を言っても信じてはもらえないでしょう。遊び人の戯言………生き残る為の嘘………まあこんな状況でもない限り……こんな事をあなたに言えなかったのも事実ですが」


 それを聞き、その言葉に意図を理解しようとするもよく意味がわからない。ただ1つわかる事はマイロ王子が自分に言った言葉は嘘じゃないという事。

 あんな褒め言葉、家族にすら言われた事がないのにその言葉が真実だなんて、こんな容姿の整った男性にそれを言われて嬉しくない乙女がいるだろうか。


「わ、私は信じますよ。マイロ王子が言って下さった言葉が嘘じゃないって」


 アヴェリンは顔を赤らめながらも、真っ直ぐにマイロを見つめて答えた。


 マイロは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを返した。


「ありがとう、アヴェリン様。あなたのような方にそう言っていただけるなんて、光栄です」


 彼の言葉には、これまでの軽やかな調子とは異なる、真摯な響きがあった。その誠実な態度にアヴェリンの胸は少し高鳴った。彼女の心に、静かに、しかし確かに、何かが芽生え始めた気がした。


 しかし、同時に彼女は自分の立場を思い出す。


(私は女神の代行者。感情に流されてはいけない。冷静に、慎重に……)


 アヴェリンは深呼吸をして、心を落ち着けようとした。


 アヴェリンは頷き、少しだけ微笑んだ。


「では、またお会いできる日を楽しみにしております」


 マイロは立ち上がり、丁寧に一礼すると、部屋を後にした。


 大きな扉の閉まる音が静かに響く。

 アヴェリンは深く息を吐き、胸に手を当てた。


(あの香り……本当に嘘じゃなかった)


 鏡に映る彼女の頬はまだ赤く染まっていた。


(これからの対話も、きっと一筋縄ではいかないだろう。でも、私は……)


 アヴェリンは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。


(私は、女神の代行者として、真実を見極める)


 彼女の瞳には、確かな決意と、ほんの少しの期待が宿っていた。


 

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