墓前の風は決意を運ぶ
白い花が、風に揺れていた。
アヴェリンはケイランの名が刻まれた白い墓石の前に膝をつき、花を供えると、両手を合わせてそっと目を閉じた。手の中で祈る言葉は、もう形を成してはいなかった。ただ、「ごめんなさい」と「ありがとう」が心の奥で何度も渦を巻き、それらが涙となって胸にたまっていく。
彼を選んだのは自分だ。
彼を殺したのは、自分だ。
女神の代行者として何一つ間違った事はしていない自信があった。それでもケイランを殺した事に納得する材料にはならない。
その事実は、五日経っても何一つ色褪せず、むしろ日を追うごとに、アヴェリンの中でその重みは増していく。
ジュリアンは優しい言葉をかけ励ましてくれるがどこか気分は落ち込んでいて、マイロも気遣ってはくれているが、その目は赤く腫れ、より罪悪感を膨らませる。ルシアナに関しては口も聞いてくれない。すべてが罪を際立たせる。
しかしそんなアヴェリンの気持ちを楽にしたのは意外な人物だった。
墓の奥から足音が聞こえ、アヴェリンはゆっくりと顔を上げた。
背中のマントが払って揺れる。第一王子、レオポルド・ヴァレリアンド。彼女が最も憎んだ男。だが今、その顔には嘲りも軽蔑も浮かんでいなかった。
「……意外な所で会うな」
「レオポルド殿下……」
周囲には、それぞれの護衛と侍女が控えている。レオポルドは肩で風を切り、例の高慢な笑みを浮かべているも、視線だけはどこか静かだった。
「随分と気持ちが落ち込んでいるようだが、何を落ち込む事がある? ……お前は選ばれた者として当然のことをしたにすぎないだろう?」
顔色ひとつ変えず、朝の挨拶でもするようにレオポルドは言った。彼の残忍さからなのか、それとも王子たる信念なのか。しかしその物言いはそれが本当に当たり前の事であり、自分の気持ちが特殊なのかと思えるほどだった。
「…………」
「勘違いするな。慰めているわけではない。だが、俺も上に立つ者として気持ちはわかる。采配には犠牲がつきものだ。お前はこの国のために選んだ。それは立派なことだ。罪悪感なんて、抱く方が間違っている」
レオポルドの言葉は、どこまでも理屈じみていて、感情を伴わないように聞こえた。けれど、その中には確かな「理解」があった。アヴェリンは口を開けないまま、ただ彼の声を受け止める。
「お前の性格を考えるに、好き好んで知った顔の人間に死を宣告したいわけはないだろう。お前は使命を全うしたんだ」
「……でも、私の選択で彼は……ケイラン殿下は……」
「ケイランともあろう人間が恨んでいるとでも?」
レオポルドの声が、墓前の風に溶ける。
「奴だって、龍退治をしたとき、最善の策で龍を葬った。罪悪感は抱いていたが、俺は賞賛している。迷いながらも選ぶのが、真の選定者だ。お前は真剣に我々を見定め、選んだんだ」
アヴェリンは小さく首を振った。だが、その言葉は、心のどこかを確かに支えた。
「仮にお前じゃない誰かが女神の代行者だったとしても、我々のうち四人は死ぬ定め。母国の王子を四人も殺すなんて、誰もやりたがらない。その役目を全うしたお前は――」
レオポルドは少し言葉を切り、墓に一瞥を向ける。
「――胸を張っていい」
アヴェリンの唇が、かすかに震えた。
「……レオポルド殿下は、私が死神に見えませんか?」
するとレオポルドは後ろの護衛達を横目でチラッと見るとアヴェリンに近づき小さな声で呟いた。
「確かに……俺はお前に嫌われている。怖くないといえば嘘になる。だが死神としてではなく女神としてお前に恐怖しているんだ」
その言葉に、毒はなかった。どこか、不器用な称賛のようにも聞こえた。
「ケイランも、過去の罪から解放されて楽になれたに違いない。それにあんな怠け者がこの国の王になった日には国ごと滅ぶわ」
本人の墓の前で不謹慎だと思う半面、レオポルドが冗談めかした事を言ったのが意外でアヴェリンは思わず目を伏せた。
無慈悲といえばそう聞こえるが、レオポルドが言った事はアヴェリンが今1番欲しい言葉であった。欲しかったのは情や慰めではなく、肯定。憎き相手に言われた事は解せないがアヴェリンの心は随分と落ち着きを取り戻していた。
「レオポルド殿下……ありがとう、ございます」
「礼なんていらん。俺は事実を言っただけだからな」
そう言って、レオポルドは墓前に一輪の赤いバラを置いた。
「奴も、こうして静かに眠っている。あとは、俺たちが前を向いて歩けばいい」
そして彼はアヴェリンに背を向けた。
「……アヴェリン。次は俺を選ぶのか?」
「……まだ、決めておりません」
「……そうか………」
風が吹き白い花が揺れる。その風に乗って行くようにレオポルドもその場から立ち去った。
アヴェリンは再び手を合わせ心に誓う。
(もうあなたを選んだ事を後悔しない。それでなければあなたの死を冒涜する事になる。私は逃げない。何があっても最後まで……)




