神の力を知るのは私だけ
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神託の光に包まれてから、何かが変わったのはわかっていた。
心の奥底で、確かな感覚が芽吹いている。
言葉にならない“力”――
けれど、それは私だけに与えられた、秘密の力。
(誰にも言わない。これは、私だけのものだから)
神に選ばれた少女。だけど、それは“役割”にすぎない。
選ばれるだけなら、まだよかった。問題は――
私は、“神の力”を本当に手に入れてしまったのだ。
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一つ目の力――言霊の律。
試しに、城の侍女に腕を組んで命令してみた。
「……床に寝転んで、ニワトリの鳴き声を真似してください」
「コケコッコー!」
即座に、彼女は優雅に寝転がりながら全力で鳴いた。
(やばい……ほんとに効いてる……)
この力は、命令された者が“絶対に逆らえない”。
どれだけ身分が上でも、地位が高くても関係ない。
だからこそ私は、使いどころを選ばなければならない。
乱用すれば、誰よりも恐れられる“支配者”になる。
(でも……もしあのレオポルド王子相手なら使う……かも)
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二つ目の力――審神の眼。
この目で下した“選択”は、神意と見なされる。
つまり、私が「この人は有罪です」と言えば、それが女神観点からの識別となり“正解”になってしまう。
どれほど不合理でも、どれほど感情的でも、私の判断が“真理”になるという恐ろしい力。
(……この力があれば、きっと私はもう誰にも踏みにじられない)
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三つ目の力――虚妄の香。
鼻をつまんで匂いを嗅ぐ。
ただそれだけで、“相手の嘘”がわかる。
騙そうとしても無駄だし、ごまかしても意味がない。
王宮のような嘘が飛び交う世界では、これ以上に便利な力はないかもしれない。
「アヴェリン様、お召し物、とてもお似合いですよ」
言った侍女の言葉を聞き、私は鼻をつまみながら小さく匂いを吸う。
(嘘ね)
……まあ、鏡を見れば分かるけど。今日は寝不足でボロボロだった。
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そして四つ目の力――聖女の吻。
唇を寄せるだけで、相手の傷を癒やす。
ほんの軽い接吻でも、重傷者を起こす奇跡の力。
試しに、飼っていた小鳥の傷をキスで癒したとき、羽ばたいて飛び立った姿を私は一生忘れないだろう。
(ただしこの力は……人前では絶対使えない。いろいろな意味で)
回復の力があるとは思えないほど、“見た目”がロマンチックすぎるのだ。
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この力を知っているのは、私だけ。
だからこそ、誰も私を本当には恐れていない。
神に選ばれた存在でありながら、まだ王宮の人間たちは“私の力”を軽く見ている。
(いいよ、それで)
知られないほうが、ずっと都合がいい。
いざという時まで、私は“無能な女神”を演じていればいいのだ。
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「アヴェリン様、会議の場にて王子殿下がご発言を」
「……誰の?」
「レオポルド殿下です」
ああ、また、私に対する嫌味か皮肉だろう。
だけどもう、あの頃の私じゃない。
黙って、耐えて、笑うだけの存在じゃない。
(――私は女神だ。女神の名のもとに、選ぶ権利を得た)
次の会議。王子たちとの“最初の対話”が始まる。
誰を王に選ぶのか。
その選択を誤れば、四人が死に、国が傾く。
だけど、私の心はひとつだけだった。
(復讐でも恋でもない。私は、“真実”を見極める)
まだ誰も知らない。神の力が、私の中にあることを――。
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