無能な娘、女神になる
私は静かな子どもだった。よく言えば控えめ、悪く言えば地味でおとなしく、誰の記憶にも残らない影のような存在。
父は王国随一の頭脳を持つ宰相。けれど娘の私は……まあ、ちょっと数字が読めるだけの平凡な女の子だった。
「アヴェリン、この国の王子の命令だぞ? さっさと俺の靴を舐めるんだ」
そう言って笑ったのは、第一王子のレオポルド殿下。
完璧な容姿に、格式ばった態度。だが、私にだけはひどく意地悪だった。
私の料理に虫を入れたのも、靴に泥水を入れたのも、舞踏会でドレスの裾を踏んで転ばせたのも彼で間違いない。
……そんな事が一度や二度じゃない。むしろ“日課”のように続いていた。
だけど、誰も彼をとがめない。
「長男だから」「王子様だから」「冗談で済むから」――全部、私が悪いことになった。
(それでも、私は……)
私は、ずっと夢を見ていた。
いつか、誰かに必要とされる日が来るって。
選ばれない人生でも、ほんの一瞬でも――誰かの“特別”になれたらって。
だけどまさか、本当に“選ばれる”日が来るなんて――
***
「女神が……彼女に?」
「宰相の娘だぞ? そんな、あの無能の……!」
「神託の光が降りたのを、我ら全員が目撃したのです」
空が割れ、女神の光が王都を照らした朝。
選ばれたのは、王族でも騎士でもない、私――アヴェリン・ド・レイヴェンコートだった。
王家に伝わる〈選定の儀〉。
次代の王を決めるとき、神は“ひとりの女”を選び、神託の力を授ける。
その女は“女神の代行者”として、王子の中からたった一人を王に選び、残る者には――死刑を宣告する。
その役目を、私が。
「そんな……私が……!?」
逃げる間もなかった。
体は光に包まれ、髪は銀に染まり、瞳には蒼い神火が宿る。
無能と呼ばれた少女は、その日、“神の花嫁”になった。
***
「──女神の代行者、アヴェリン・ド・レイヴェンコートに申し上げます。
次代の王位継承候補、五人の王子を順にご紹介いたします」
重厚な玉座の間。玉の階段の前に並ぶ、五人の王子たち。
彼らの誰かを選び、残る四人に死を命じなければならない。
けれど、私を見つめるその目は、誰一人として同じではなかった。
第一王子:レオポルド・ヴァレリアンド(22歳)
「くっ………」
傲慢で、横暴。王族の威厳を盾に、誰にも逆らえない立場にある男。
でも私は知っている。
彼の“威厳”は仮面で、その下には、弱者をいたぶって笑う最低の性根があることを。
その彼が今は苦虫を噛んだような顔をしている。
あの頃の事を……私は絶対に、忘れてなんかいない。
第二王子:ケイラン・ヴァレリアンド(20歳)
「やれやれ……元から王位になんか興味ないのだけど……選ばれないと死刑とは……ね」
飄々としていて掴みどころがない。だけど、龍を斬り伏せた伝説を持つ、国最強の剣士。そんな実力を持ちながら一切働かない彼に国王も手を焼いていたようだが、まさか王位にも争いにも興味がない自分が巻き込まれるとは思っていなかったのだろう少し困った表情を浮かべている。
第三王子:ジュリアン・ヴァレリアンド(18歳)
「まさかアヴェリンが女神の代行者になるとは……」
騎士団長を務め、民からの信頼も厚い。
金髪碧眼の爽やかさを持ちながら、勇猛果敢かと思えばどこか控えめなジュリアン。そんな彼は当然小さい頃の私の憧れだった。というよりは国中の女の憧れだった。
第四王子:エルリック・ヴァレリアンド(16歳)
「……アヴェリ……ン……」
内気で無口。けれど誰よりも努力家で、知識と知恵を深く蓄えている。
同い年という事もあって子どもの頃、一緒に読書室によくこもった思い出がある。
その頃から、ずっと変わらず、優しいまなざしで私を見てくれる。
この人だけは、傷ついた私を慰めてくれていた。
第五王子:マイロ・ヴァレリアンド(15歳)
「女神様に選ばれなくても僕は最初から気づいていましたよ。君は特別な人だって事は」
末っ子のマイロ王子は、私より年下。
けれど、ふとした言葉や行動に妙な大人びた余裕がある。
つい先日も私のピンチに駆けつけ助けてくれた少年。――それが彼だった。
***
一人を選び、四人を捨てる。
私はその選択をしなければならない。
けれど、彼らの中に“恋”が生まれ、
そして“裏切り”が芽吹くのも、そう遠くはなかった――。