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スカウトされちまった

 週末明けの授業ほど、眠たいものは無い。

 特に興味があまりない授業ならば余計に。


「いいか、お前達。先生らは口を酸っぱくして『異性間交友には気をつけろ』と言うが、別にお前達の交友関係を制限している訳では無い。白蘭の校則やアイドル科の規則に恋愛を禁止する項目は無いからな。それどころか、ウチは各アイドルチームに過度な制限をチーム生に課すことすら禁じている」


 殆ど頭が落ちているクラスメイト達に囲まれて、滑舌良く教壇で教鞭を執っているのは毛量のある巻き毛が特徴的な北白川先生だ。


 そう、ここ1ーAのクラス担任である。


「ならば何故、お前達に気をつけろと言い続けるのか。姉川、アイドルはどうやって稼いでいる?」

「ひゃ、はい! えっと、お客さんに購入してもらったチケットやグッズの売上です」

「⋯⋯ほう。お客さん? お前の売上に貢献してくれているのにえらく他人行儀なんだな」

「違います! 俺のファン達です!

「まあ、良い。回答に辿り着いたので良しとしよう」


 頭が傾いている2/3の代表として選ばれた斜め前の席にいる姉川が、薄氷の上をなんとか渡りきったようで担任から解放される。


 授業の殆どを微睡んでいた姉川は、無事に正解を言い当てたことに安堵したらしく、胸を撫で下ろしていた。


 あのオスカ〇先生、巫山戯(ふざけ)た格好しているくせに授業中めちゃくちゃ怖いもんな。


「お前らを支えてくれているのはファンだ。ファン達が労働して得た稼ぎを使ってくれることで、お前達に初めて賃金が発生する──こんなことは耳が痛くなるぐらい、テレビやネットで聞きかじっていることだろう。そして、アイドルとして当事者になったお前達ならば、『アイドルだってただの人間だ』という反発心も勿論生まれたことだろう。

 実質、その反発心は間違ってはいない。お前らはアイドルという職業に就いた、ちょっとばかり芸が出来る人間だからだ。子孫を残そうとする本能がある限り、恋愛等好きにしたら宜しい。

 ただ、もう一度言う。お前達のファンはお前らに付加価値を見出してくれてお金を使ってくれている。そして、その付加価値にはお前らの誠実さも含まれているのだ。それらが損なわれた時、ファンはあっさりとお前らを見捨てるぞ。

 だが、お前らはまだ学生アイドルになったばかりの雛だ。だから先生らは分かりやすい言葉を使って、くどいくらいに言う。男女関係に気をつけろってな」


 刹那、タイミング良くチャイムが鳴った。


 授業の終了を知らせる区切りが校舎内に響き、北白川先生は片手を挙げて日直に号令を促す。


 日直の号令に従って、起立・礼をしながら俺は先程のコンプライアンス授業を振り返る。


 北白川先生が言った、『子孫を残そうとする本能がある限り、恋愛等好きにしたら宜しい』という言葉が俺には上手く飲み込めなかったからだ。


 記憶を思い出して、まだ一ヶ月も経っていないからだろうか。


 俺には恋愛というものが分からない。


 だから正直、アイドル生命を脅かしてまで踏み切ってしまう人達の気持ちが理解できないのだ。


 俺は朝からスマホに入っていた、とあるメッセージを思い出して、暫し悩む。


 そして、結局分かんないやつが無い頭を絞って考えたところでどうしようもないなという結論に至り、観念して前の席に声を掛けた。


「なあなあ、柳村は恋人とかいたことあんの?」

「なあに?藪から棒に」


 前の席の住人であり、俺の一番の喋り友達である柳村が、授業で使っていた筆記用具を仕舞う手を止めて振り返る。


「俺、いたことないと思うから、恋人とか出来たらどんな気持ちなんだろうなって思って」

「うーん?姫城君はありそうだけどなぁ」

「いや、女子って俺みたいな奴の横には並びたくないんじゃね?」

「おいお前ら、コンプライアンスの授業を受けた後に先生の前で堂々と恋バナすんな!こっそりしろ、こっそりと!!」


 教壇の方から鋭いツッコミが飛んでくる。


 このままHR(ホームルーム)へと突入するため、北白川先生は皆の支度を待っているらしい。


 あんまりモタモタしていたら更なる追撃が飛んできそうだなと思い、俺達は顔を見合せてから大人しく通学鞄の中にノート類を詰めていくことにした。


 ちぇっ、この話はまたHR終わりだな。

 柳村が逃げなきゃいいけど。


「姫城、お前の自信すっげぇのな。どんだけ自分の顔の評価が高ぇんだよ」


 帰りの支度に勤しんでいると、斜め前の席に座っている、最後に担任から当てられていた姉川が茶化すように言ってきた。


 コイツとはよっ友くらいの関係なのだが、たまにこうやって気安く声を掛けてくれる。


 俺は奴の茶化しに乗ってやろうとキメ顔を披露し、親指で自慢の美少年フェイスを指す。


「この顔だぜ? 俺が女装したとこ想像してみ。いけんだろ」

「うわぁ、無駄に似合いそう」


 姫城誠の美少年フェイスを鼻にかけてみると、姉川が複雑そうな顔になった。


 心做しか、話を聞いていたらしい他のクラスメイト達も微妙そうな顔をしていた。


 彼等のその表情に『なんだ、その顔は』と言いたくなるが、ぐっと堪える。


 まぁ、誰も言葉にはしないが、納得してしまうんだろうな。


『俺』は兎も角、姫城誠はかなり女顔寄りだから。


「俺の顔のことは良いんだよ。そんで柳村はいたの?そーゆー子」

「えぇ、戻しちゃうのその話」

「戻しちゃうねぇ、柳村の昔の女の話」


 姉川と茶番劇を演じている間に帰り支度が済んだので、同じく支度を済ませて蚊帳の外の人間のようなのほほんとしている柳村をもう一度引き摺り込む。


 まさか、まだこの話を俺が続けるとは思っていなかったらしく、柳村は珍しくおっとり笑顔を崩して、微妙に顔を引き()らせている。

 こういう困った顔も様になるんだから、美人とはつくづく罪な生き物だ。


 柳村は、うーんと言葉を濁すも、何か言わないと俺が引き下がらないと見てとって、観念したように口を開いた。


「⋯⋯秘密、かな」


 そう言って、コテンと首を傾げて柔らかく微笑む柳村。


 期待を裏切らない慎ましくも小悪魔な返答に、俺を含めた周囲のクラスメイト達が机に突っ伏す。


 最近、段々と分かってきたが柳村がこういう顔で笑う時は誤魔化したかったり、煙に巻こうとしている時の顔だ。


 だが、そうと分かっていてもつい乗ってしまう。

 何故なら、乗ってしまっても良いかなとさえ思わせてくれるような顔の良さだからだ。


「Excellent!柳村、お前の容姿で変に交際した経験が無いと言い切るのは無理があるだろうし、寧ろその容姿で異性の心も掴めない男として、悪いギャップを生む恐れがある。ファン心理というものは奥行深いものだからな。その切り返しならば、よりお前が持つ非現実感を補強するだろう。実に素晴らしい対応だ」

「ありがとうございます。先生の授業が分かりやすいんですよ」


 そんで担任は全然HRに移らないなと思っていたら、こっそりと俺達の会話の行き着く先を見守っていたらしい。


 この人のエクセレント、久しぶりに聞いたわ。


 北白川先生も【プリズム☆アイドル】に出ていらっしゃるんだよな。⋯⋯かなりチョイ役だけど。


 ゲームでガチャキャラを育成している時に上手くいくと、『Excellent』と言うためだけに登場するのがウチの担任だ。


 だから、名前すら用意されていない、フレーバーでしかなかった担任のことをユーザー達は『エクセレント先生』、若しくは略して『エク先』と呼んでいた。


 そんなエクセレント先生が、まさか柳村や桜羽の担任だったと知った時はかなり驚いたもんだ。


 しかも、北白川とかいう見た目通りの名前だったのも吃驚だった。


 メインストーリーや期間限定ストーリーでは一度も出てきたことがない設定だった筈なので、この世界だからこその奇跡なのか、はたまたいつかのアップデート時にお披露目される設定だったのかは定かでは無い。


 担任はボリューミーオスカ〇ヘアという個性的な見た目をしているから、いつかは本編に絡んできそうな感じもあったけどな。


 そんなことを考えながら、受け持ちのクラスメイトが優秀だと知り満足した北白川先生は、「HRを始めるぞ」と声を張上げた。




 ◇◇◇




 最後のHRが終わって解散になると、前にいる柳村が横座りに座り直したかと思うと、此方へと顔を向けてくる。


「ねぇ、姫城君」

「ん?どうした」


 柳村が椅子の上に横座りになって話しかけてきたということは、何か改まった話をしたいのだろう。


 浮かばせようとしていた腰をしっかりと椅子につけて、俺も話し込む体勢になる。


 しかし、柳村がしっかり話したい内容ってなんだろうな。


 生憎と、俺には内容に心覚えがない。


「俺、今日の放課後、Z:Climaxの集団オーディションなんだよね」

「あ! とうとう応募したのか!」

「うん。受かると良いんだけど」

「絶対受かる。お前、ゼックラ顔だし」

「なにそれ。初めて聞いた」


 柳村の決意を知り、急にテンションが高くなった俺と違って、柳村はこそばゆそうに笑っている。


 だが、いつも通りのゆるふわテンションであるが、こうやって話してくれたということは、柳村もそこそこは緊張しているのだろう。


 俺がどれだけ言葉を連ねても、やっぱり心の底は安心出来ないだろうが、俺はお前が受かることは知っている。


 しかし、そうか。

 此処から、Z:Climaxの柳村 犀佳が始まるのか。


 この世界では彼が一番話しやすい前の席の住人なこともある一方で、これから世に羽ばたいていく人気アイドルのはじまりに立ち会ってしまったことも相まり、なんだかしみじみと感傷めいた気持ちに陥る。


「姫城君も何処か受けたら教えてね。俺、君が何処に行くのか結構楽しみなんだ」


 だが、柳村のその言葉を受けて、俺は少し動きを止める。


 そ、そうか。

 柳村は俺の行く先も楽しみにしてくれてるのか⋯⋯。


 そういや、初めてコイツと話した時もそんなことを言っていたような気がする。

 あれは社交辞令とかではなく、本心だったらしい。


 そんな俺の一瞬の異変を目敏く見付けた柳村は、おや?と言うような顔付きになる。


「もしかして、何処受けるか決まった?」

「そ、うだな」

「えー!? どこどこ!?」


 珍しく柳村が大きな声を上げて、ずずいと俺に詰め寄ってきた。


 こんなテンションぶち上げではしゃぐように語尾を弾ませる柳村は初めて見た。


 あまりの急な変化についていけず、目が点になってしまう。


 柳村 犀佳って、こんな男子高校生みたいなはしゃぎ方、出来たんだな。


 いつも一歩引いた所で穏やかに笑っている所しか見たことがなかったので、友人の意外な一面を覗き見たような心地だ。


 様子の違う柳村を前にしていると、どう切り出そうかと悩むよりも早く、するっと行先を告げていた。


「Angel*Doll。今朝にハクステ開いてたら、スカウトメール入ってて⋯⋯」

「姫城君、エンジュからスカウト来たの!?」

「ばっか! そんなでっかい声で言ったら他の奴らに⋯⋯」


 慌てて柳村の口を覆うも、時既に遅し。


 クラス中の奴等が、否、クラスメイトを誘いに来たB組の奴等までが動きを止めて俺達に注目していた。


 一拍程の奇妙な間が流れて、柳村が俺に口を覆われながら両手を合わせて頭を下げてくる。


 かなり深々と頭を下げるものだから、俺は奴の口元を覆っていた手を外して、いいよいいよと肩を叩いた。


 ま、いずれはバレることだったし。


 俺だってあのAngel*Dollにスカウトされたって友達から話されたら、同じような反応を取るに違いない。


 だから──別に気にはしないんだけど。


「おい、姫城。お前、Angel*Dollにスカウトされたってマジなんか?」


 気付けば、俺と柳村の席一帯はクラスメイトやA組に来ていたB組の連中にすっかり取り囲まれていた。


 円になるようにして包囲されている俺達。


 左隣にいる桜羽が興味無さそうに通学鞄を背負って教室の出入口へと向かっていくと、その一点にいる生徒達だけがそそくさと退いていく。


 桜羽はデカくて無口だからか、ちょっと他のクラスメイトからは怖がられている。


 でも多分アイツ、絶対興味が無いんじゃなくて、皆の邪魔にならないように席を空けてくれただけなんだと思うけどな。


 見た目は端正な巨人だけど、実際は心優しい妖精みたいな奴だから。


 その証拠に、入院生活を送っていた俺に郵便物まで届けてくれるし。


 円陣から解放されて、とっとと教室を後にする桜羽を羨望の眼差しで眺める。


 俺も桜羽の後に続きたいなという気持ちを抱いて現実逃避出来るのも、しかしわずか数秒のことだった。


「詳しく話してもらおうか、なぁ?」


 俺の机の上に手を置いて、まるでやのつく自由業の人みたいなことを言う、俺と同系統の顔をしている美少年クラスメイトこと姉川。


 彼から漂う切迫感には逆らえず、俺はコクコクと頷いた。


「芹沢先輩から17時半に呼び出しくらってるから、それまでな」


 だが、一応タイムリミットは申告しておいた。



※ちょっとキャラクターが多くて覚えきれない人のためのコーナー


北白川きたしらかわ』⋯⋯『普通科への壁が高かった』で語り手に普通科に転科することの厳しさを説き、何なら『記憶喪失系学生アイドルとして売っていけば?』とアドバイスしたアイドル科教師の鏡。ゴージャスな巻き毛をお持ち。


桜羽庵璃さくらばあんり』⋯⋯『起きたら満身創痍だった』で入院中の語り手に郵便物を持ってきた左隣のクラスメイト。180cm以上の長身を持つモデル顔で、両親が著名な俳優。


柳村犀佳やなぎむらさいか』⋯⋯『普通科への壁が高かった』で語り手にすっげぇ美人と評されていた前の席の住人ことお色気魔神。ふんわり笑顔が特徴的。


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