過労死寸前の初対面と銭湯に行った
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俺の最推し、思ったより背がデカイんだな。
姫城 誠がちっせぇだけかもしんないけど。
顔面を覆っている両手の隙間から最推しを盗み見して抱いた感想がそれだった。
確か、公式プロフィールによると芹沢真白の身長は172cmだったと思う。
なんでこんなにハッキリと覚えているのかは分からないが、鮮明に思い出せてしまった。
最推しへの気持ち悪い俺の記憶力は一先ず無視することにして、本題に戻ると芹沢先輩は日本の平均男性身長を鑑みるに高身長な部類だろう。
顔と肩が華奢なので小柄に見えるが、こうして実際に目にするとスラッとしたイケメンだ。
「っていうか先輩、プロの事務所に入所してたと思うんすけど、そんな変装もせずに出歩いてて良いもんなんすか?」
「⋯⋯あ」
芹沢真白はAngel*Dollに所属しながらも、大手の芸能事務所にも所属しているプロのアイドルだ。
彼は作中に出てくる学生アイドルとは違い、芸能界の最前線で戦う本物のアイドルという特殊なステータスを持っている。
それ故に、芹沢先輩の声優は業界の中でも大ベテランが起用されていた為、向こうの世界のファンには演者目当ての人も多かったはずだ。
かく言う俺も芹沢先輩に興味を持った最初の切っ掛けは、聞き覚えがありまくるこの声からだった気がする。
そんな魅惑のボイスをお持ちの芹沢先輩は、俺に指摘されたことで何かを思い出したらしく、あわあわと肩から提げていた通学鞄のチャックを開いた。
中を開けた鞄から取り出されたのは、折り畳まれたバケットハットに個包装されたマスクで、それらを身につけた後は仕上げだというように顔の上部を覆うような大きな伊達眼鏡を装着する。
⋯⋯いや、うん。
こういうとこあるんだよな、芹沢真白。
ちょっと抜けているというか、くっそ脇が甘いっていうか。
もはや、呆れた眼差しでお忍びルックに様変わりした芹沢先輩を眺める俺に、先輩も物言いたげな視線の意味を理解しているのか「ははは」と乾いた笑い声を上げる。
「教えてくれてありがとう。現場からこんな所まで来ちゃったけど、誰にも声を掛けられなかったのは幸いだった。ファンに取り囲まれていたら、またマネージャーや聖仁に怒られていたよ」
「⋯⋯お仕事、大変そうっすね」
取り繕うようにカラ笑いしているが、それが失敗を誤魔化す為だけに発せられたものだけではなく、疲れを見せないようにするためのフェイクだと察してしまったせいで、ついそんなお節介じみた言葉が出ていた。
芹沢先輩は伊達眼鏡越しにパチクリと瞬くも、へらりとまた取り繕うに笑う。
「うん、ちょっとね。大変だけど、私のような若輩者を必要としてもらえることは有難いよ」
くるんと上向いた睫毛が覆う目元が弧を描く。
その目元の下に、塗ったマスカラが落ちたのかと疑うほどの真っ黒な隈さえなければ完璧だった。
こういう顔のことを多分、死相が出てるって言うんだろうな。
死相っていうか、もう半分くらいは色々と旅立ってそうな感じもするが。
「先輩って今から明日まで休みだったりします?」
「え?」
「明日は土日っすよ。学生なんで、休みですよね?」
俺は凡人で最推しを前にするとどんな顔をしたら良いのか分からなくなるような情けない奴であるが、このままこの人を見て見ぬふりをするのだけは直感的に駄目だと思った。
芹沢先輩の腕を掴み、ずずいと詰め寄る。
急な俺の接近に先輩は困ったように暫く無言を決め込んだが、少ししてから「明日の夜までは」と小さく答えた。
「夜はお仕事っすか?」
「ううん、エンジュの三年会議があるんだ。まあ、会議といっても聖仁と二人で打ち合わせするだけなんだけど」
おお⋯⋯芹沢先輩がAngel*Dollのことをエンジュって呼んでる⋯⋯。
作中でゲームキャラ達がナチュラルにその略称で呼んでいるのでユーザーの多くも倣ってそう呼んでいるが、なんで『エンジェル』なのに『エンジュ』呼びなのかが気になってるんだよな。
そんな俺の些細な質問は、また今度改めて聞くとして。
聖仁⋯⋯多分というか絶対、虎南 聖仁のことだな。
Angel*Dollの三年生は、原作軸の今だと芹沢先輩と虎南 聖仁の二人きり。
俺が知っているあの男ならば、万が一明日に先輩がバタンキューしてしまったとしても咎めたりはしないはずだ。
「先輩、寮長に今から帰省の申請出来ます?そんで通ったら、俺と一緒に銭湯行きませんか」
「⋯⋯姫城君って、見た目によらずトリッキーなんだね」
それはアンタには言われたくないんだけどなと思わなくもないが、ここは何が何でも提案を押し通したい。
俺はニッコリと出来るだけ美少年に見えるように笑顔を作って、「行きましょうよ〜。でっかい風呂っすよ? 終わった後は牛乳で乾杯して、ウチでピザパしましょうよ〜」と駄々をこねまくった。
◇◇◇
夜になる前の男湯は、現場上がりの土方のオヤジや近所に住んでいるじい様方がいるくらいであまり混雑していなかった。
銭湯に来るのが初めてだという芹沢先輩をエスコートして待望の大浴場に突撃すると、冠雪を被った富士山の壁画が俺達を出迎えた。
店の外観通り、皆が想像するような庶民的な銭湯の内装ぶりに密かに興奮する。
浴場へ入ってきた俺たちを見ておっちゃん達が僅かに目を丸くしたが、足元を見て興味をなくしたように元の体勢に戻っていく。
何と勘違いしたんだろうな、あのおっちゃん共。
まあ、先輩も俺も男らしくない顔をしているから仕方ねぇけど。
空いていた洗い場に設置されたシャワー前に陣取ると、軽く体と辺りを清める。
粗方の準備を終えた俺は、早速とばかりにわしゃわしゃと犬っころを洗うように洗髪した。
大分、この体にも慣れてきたが、やっぱりこの無駄に長い襟足が面倒くさい。
何度か切ってやろうかと企んだこともあったが、結局鏡を見ると似合ってるんだよなという感想に行き着くので、仕方なく見逃してやっている。
「姫城君は見た目と違ってかなりヤンチャだね。折角綺麗な髪をしているんだから、優しく洗った方がいいと思うんだけど」
隣で一緒に髪を洗っている芹沢先輩はあんなにせかっちな歩き方をするくせに、洗髪する手つきはめちゃくちゃおっとりしていた。
やっぱり、髪の手入れとかすっごい気を使ってたりするんだろうな。
「こんくらいしっかり洗わないと、汚れが落ちた気がしないんすよ」
「そうか⋯⋯。確かにそう言われるとそんな気もしてくるね」
言いながら芹沢先輩の動きが止まったので、「先輩は大丈夫ですよ。汗とかかかなさそうだし」と世迷言でフォローする。
俺としてはこんな乱暴に髪を洗う先輩はちょっと解釈が違うので、今のままでいてほしい。
すると、何がツボを押したのか先輩が急に肩を震わせて笑い出した。
大口を開けて楽しそうに笑う激レアな先輩の姿に、置いてきぼりを食らっている俺の目が点になる。
「あ、汗くらいかくよ私も。姫城君はこんなにフランクなのに、たまに、わ、私に夢を見ているんだな」
あはははと爽快に爆笑する先輩に、「そりゃそうだろ」と思わずツッコミを入れる。
俺はAngel*Doll推しの真白担当なんだぞ。
まあ、先輩のリア恋勢に比べたらまだまだ序の口だろうし、人によってはニワカに感じるくらいの熱意かもしれないが。
だが、俺だって相手が男とはいえ、最推しに夢くらいは見る。悪いか。
その後、プルプルする先輩があんまりにも洗い終わるのが遅かったので、俺は付き合っていられないとばかりに先輩を置いて先に湯船を堪能することにした。
日本に湯舟文化があって本当に良かったと、心の底から思う。
シャワーで風呂を済ましても、全然入った気がしないからな。
湯船に肩まで浸かってのんびりすることで、一日の終わりを漸く実感出来る。
「風呂に浸かってると、もう一生分の幸せを堪能したって気がしません?」
「大袈裟すぎる気もするけど、姫城君が言いたいことは分かるよ」
「マジ、今この瞬間だけなら世界平和とかも余裕で願える気がします」
芹沢先輩と肩を並べて、二人ではぁ〜とオヤジくさい息を吐く。
しかし、自分の行動を改めて冷静に俯瞰すると、とんでもないことを仕出かしているな。
あの芹沢真白を風呂に連れ込み、最終的に家にまで持ち帰ろうとしているんだぞ。
この所業が前世にいる彼のファンに知られたら、俺はジャンヌ・ダルクの如く燃やされることだろう。二次元のリアコもおっかないのが多い。
でも、悪ぃな、皆。
芹沢先輩なら俺の横で、緩みきった顔で顎まで湯船に浸かりきっている。
彼方に向かって盛大にドヤ顔を披露するも、勿論反応は返ってこない。
ただ猛烈に、記憶の中にうっすらとある奴等にマウントを取りたかっただけだ。
「湯船に浸かるなんて久しぶりだ。最近はシャワーばっかりだったから」
俺が一人遊びをしている傍らで先輩はすっかり緩みきってしまったのか、このままお湯に溶けてしまいそうな程にぐでんぐでんになっている。
一応、先輩には銭湯に来る前にスーパーの焼き芋を腹に詰めてもらってるから大丈夫だと思うが、あんまり長湯しないように気をつけないとな。
この隣ですっかり腑抜け切ってる先輩は、朝から何も食べてない程の不摂生の上に不眠まであるらしいから、湯あたりなんか起こしたらそのまま倒れてしまいそうだ。
本当にこの先輩ときたら、まだ花の高校生なのに生き急ぐにも程がある。
もし、あのまま先輩を放っていたら軽バンから助けたとしても、再び死神にあの世へとヒアーウィーゴーされてしまっていたかもしれない。
「幸せだなぁ。今なら、何もかもを許せそうな気がするよ」
不意にポツリと芹沢先輩が呟いたその声は、出会ってから滑舌よく喋る先輩にしては、あまりにも頼りなくてか細いものだった。
競歩のスピードで急ぐように歩いていた先輩を見た時と同じざわつきを感じた俺は、つい意味を問うてしまう。
「芹沢先輩みたいな人でも許せないことがあるんすか?」
「それはどういう意味なんだろう。私だってそりゃあ、許せないことの一つや二つはあるさ」
「例えば?」
「それは⋯⋯そうだね」
軽口の応酬の途中で、芹沢先輩は不自然に言葉を途切らせる。
出会って一時間程度の俺には話しにくい内容なのか、途端に芹沢先輩は口を噤んでしまった。
あのやり取りの流れのまま、有耶無耶にしても良かっただろうに。
目を伏せて考え込んでしまった先輩を見つつ、密かに溜息を吐く。
俺はプリアイユーザーとして先輩の事情を知っているので、先輩が何を思って噤んでいるのかがなんとなく分かる。
だが、だからといって不如意に立ち入ろうとは一切思わない。
ここで秘密にされるのであれば、俺はちょっとした違和感を覚えた程度に留めることで手を打つ気でいる。
そんでもう、先輩から切り出されるまでは絶対に聞き出そうとはしないだろう。
正直、俺に話したからなんだって感じでもあるしな。
芹沢先輩の問題は、話したくらいでどうにかなるようなそんな簡単なものじゃないことは分かっているし。
だから、芹沢先輩は黙秘権を行使し続けてくれたって全然構わないのに──そうはしないらしい。
徐に強い光を宿した眼差しで向き直った先輩は、閉ざしていた唇を開く。
「姫城君は、今も⋯⋯Angel*Dollに加入したいと思う?」
そして、今の俺に言われると大変困る質問を投げかけてくる。
学生アイドルになる覚悟も未だにつかず、けれども普通科に転科するには学力も足りないから、仕方なくアイドル科に居続けることにした俺に。
思わず、顔を顰めそうになる。
さあ、この問にどう答えるべきか。
突然出現した難問を前に、俺は胸中で腕を組んで首を捻る。
芹沢先輩がどんな答えを求めて聞いているのかは、ゲームで予習済みの俺には分かってしまっている。
実際、Angel*Dollのメインストーリーに似たようなイベントがあったしな。
シーンも流れも全然違うが、主人公であるマネージャーに対して芹沢先輩が『君は今のAngel*Dollをどう思っているのか』って唐突に聞いてくるやつだ。
その時はまだ芹沢先輩の事情を知らなかったのだが、出現した選択肢が『凄く良いアイドルチームだと思います』・『最推しです』という似たようなものだったので、テキトーに前者を選んだような記憶がある。
まさかこれが、芹沢真白編の導入になるとは思わなかったんだよなぁ。
それも現Angel*Dollの核に纏わる話の冒頭だったなんてさ。
そんで、その曰くある口火を先輩はなんで俺なんかにするんだろうか。
まだ出会って半日も経っていないような同じ高校の後輩なだけで、所属しているチームを推してるらしいっていうことくらいしか知らないだろう俺に。
──こんな所で突っかかっても仕方ねぇか。
そもそも、聞かれたからって先輩が抱えている事情を暴露するとは限らないしな。
『今のAngel*Dollに加入したいと思うのか』か。
此処に居るのが『俺』じゃなくて『姫城誠』だったら、きっとこんなにも迷うことの無い質問だったのだろう。
流されるようにアイドル科に所属している俺と違って、アイツは自分の意思で白蘭高校の試験を受けて入学している。
姫城誠なら、先輩の質問に誠意を持って答えることが出来るだろう。
そしてその答えは、絶対に芹沢先輩の心を軽くする。
しかし、残念ながら、先輩と対峙しているのは『俺』だ。
正解を取るべきか、本心を取るべきかと思い倦ねる。
まだ数時間とはいえ、助けた相手の力になりたい自分もいる。
それに出会う前から、俺は芹沢真白贔屓だ。
最推しには優しくしてやりたい。
だが、仲良くなってくれた相手だからこそ、嘘を吐きたくない自分もいる。
芹沢真白を最推しという枠に当て嵌めた存在としてじゃなくて、高校の先輩として向き合いたいと思う気持ちがある。
どっちを選んだところで、きっと少しばかりの選ばなかった方への思いは残るだろう。
さてはて、どうするべきかと本格的に悩み始めたその時、何にも決まっていないにも関わらず、俺の口が一人でに開いた。
「勿論です。僕はその為に白蘭に入学したんですから」
咄嗟に、自分の口元を覆う。
我が耳を疑った。
けど、確かにさっき聞いたその声は、覚醒してからずっと聞いてきた声だった。
風呂に入っているのに、一瞬にして全身の血の気が引いていく。心臓が警鐘のようにバクバクと嫌な音を鳴らしている。
口元を覆う掌に、より力が入った。
さっき喋った奴は誰だ?
誰かなんて、問うまでもない。
この体の本来の持ち主だ。
急に様子が可笑しくなった俺を前にして、先輩は不思議そうな顔をする。
それもそうだろう。自分の問い掛けに答えた後輩が、急に口元を抑えて静まり返ったのだ。
僅かに様子の変わった俺に先輩は首を傾げたが、それよりも俺の返事の方に意識を向け直したようだった。
「そうか。この状況を知っていても、加入したいと言ってくれるんだね」
芹沢先輩の顔に浮かんだ自嘲の色に、俺は思わず掌越しに「あ⋯⋯」と声を漏らす。
アイドル科の名門校である白蘭高校で常にトップを走ってきた、誰もを魅了するキング・オブ・アイドル、芹沢 真白。
常に浮かべている笑顔は喜びに溢れていて、全身からはアイドルでいられることの幸せを伝えてくる彼。
そんな世の人々が思い浮かべるアイドル像を具現化したような男が、目を伏せて昏く嗤う。
「Angel*Dollは、本当に皆から愛されたアイドルグループだ。どれだけ傷付け、落胆させ、失望させても私達を慕ってくれる人達がいる。それが⋯⋯どれだけ救いであり、罰なんだろうか」
「⋯⋯先輩」
刹那、自嘲する芹沢先輩の眦から、雫が一筋零れ落ちていった。
それはやがてポロポロと珠になって頬を伝い、何度も何度も顎先から湯船へと落下する。
「私は⋯⋯慕ってくれるファンを裏切ってしまった自分やAngel*Dollが許せないんだ。昂汰を止められず、あんな結果にしてしまった。場外にいる知り合いは『たかがアイドルの熱愛報道なんか直ぐに鎮火する。誰だって一回は起こすことなんだ』って訳知り顔で言う。確かにたかが、かもしれない。けど、そのたかがで、どれ程のファンを悲しませただろう。俺が不甲斐ないばかりに⋯⋯昂汰を⋯⋯俺は昂汰のことすら、助けられなかった」
芹沢先輩はとうとう本格的に泣きじゃくり出すと、そのまま細長い指で顔を覆ってしまった。
しくしくと静かに両肩を揺らして泣く先輩に、俺はどう声を掛けたら良いのかがわからず、視線を先輩から外す。
⋯⋯ん?
そして彷徨わせた視線の先では、何故か蚊帳の外のオジサン達がめちゃくちゃ心配そうな顔をしてコチラをチラチラ伺っているのが見えた。
洗い場や電気風呂に炭酸風呂、果てには入ってきたばかりのありとあらゆるおっちゃんやおじいちゃん達が案じるような顔付きをして先輩を盗み見している。
瞬間、俺は外行きのにこやかな笑顔を繕い、案じ顔の観衆に向かって手を振った。
大丈夫ですよ〜と言わんばかりにヒラヒラすると、俺がおっちゃん達を認知したのが分かったらしく、皆揃って顔を背ける。
すまんな、おっちゃん達。
休日前に汗を流しに一風呂浴びようしていただろうところにこんなトラブルを持ち込んでしまって。
リラックスタイムを邪魔してしまったことが申し訳ない。
おっちゃん達に謝罪した俺は、改めて芹沢先輩に向き直る。
別に聞かなくても良かったのだが、先輩もきっとかなり我慢の限界がきていたのだろう。
吐き出してしまうと色んなものが止まらなくなってしまったようで、まだ小さな声で漏らしているらしい懺悔やら怒りやらが聞こえてくる。
だけど、俺は先輩を慰めるための言葉を持ち合わせていない。
こんなにもしっちゃかめっちゃかになっている先輩になんて言葉を掛けたらいいのかが分からず、結局黙ってその場にいることにした。
先輩からゲロって貰った通り、現在のAngel*Dollは大きな問題を抱えている。
それもでっかい火達磨だ。
近寄っただけでも飛び火しそうな厄介極まりない厄ネタな為、校内にあるアイドルチームの殆どが触らぬ神に祟りなしと静観していることだろう。
で、この問題とやらを簡潔に纏めるとこうなる。
Angel*Dollの元メンバーであり、芹沢先輩の同期である小早川 昂汰という男が、今年の三月に熱愛報道をすっぱ抜かれて、現実とネットで大炎上した。
これはお相手も悪かったんだよなー。
確か、小早川と一緒に燃えることになった相手はテレビで見ない日は無いと言われている超売れっ子の女アイドルで、記者のお目当ては間違いなくその女の方だったんだろう。
そんですっぱ抜かれた売れっ子アイドルのお相手として紹介された小早川は、無名の学生アイドルの身ながら週刊誌を賑わせてしまったのだ。
ただまぁ、ここまでなら、まだ熱愛報道を出してしまった、しがない学生アイドルで済んでいた。
否、世間的にはそういう評価なのだが、こと白蘭高校 Angel*Doll内ではそれ以上の評価がつく。
Angel*Doll は白蘭高校がアイドル科を設立した当初からある老舗のアイドルグループであり、歴史はまだ十年程度と浅いが、学生アイドルグループとしてはご長寿なグループであった。
そんな長寿学生アイドルグループのAngel*Dollは設立して以来、色々な騒動は巻き起こしてはいたものの、実は未だに熱愛報道のような色恋沙汰で不祥事を起こしたことは一度も無かった。
つまり──小早川 昂汰はAngel*Dollで初めて女絡みで不祥事を起こしたメンバーということになる。
そして、芹沢 真白はそんな小早川昂汰のいる代のリーダーだった。
恐らく、Angel*Dollが創設されて史上、一番の修羅場を経験したんじゃないだろうか。
お相手の売れっ子女アイドルのファンからも、かなり執拗な嫌がらせを受けたことだろうし。
オタクは男女関係なく、敵に回すとめちゃくちゃ怖いからな。
それらの鎮火に奔走した芹沢先輩がどうなったのかといえばこんな感じだ。
学生アイドルとプロアイドルの二足のわらじ故に私生活も無いような労働状況。
その上、現在は炎上して脱退したメンバーの始末を、グループリーダーとして火消しに駆けずり回っている。
そりゃあ過労死一歩手前まで来ちまうよな。