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普通科への壁が高かった

 GWが終わった翌週の午前8時。

 朝から駆け込んだ職員室には各学科に所属する教員の殆どが詰めており、ざっと見ただけでも50人以上はいるようだった。


 流石、私立高校。

 主な五教科に加えて実技四教科を担当する教師の他に、アイドル科や俳優科等の特殊な学科で行う授業を担当する教師もいるので、普通の高校の倍以上はいそうだ。


 職員室内では喋っている教員はおらず、誰も彼もが黙々とパソコンに向かって作業をされているようで、タイピング音ばかりが響いている。


 そんな僅かの緊張が張り巡らされた職員室内にて、俺の目の前にはオスカ○のようなご立派な巻き毛の持ち主である男性教師が一人、くるくると指に巻いて手遊びしている。


 キャスター付きの椅子に深く腰かけて、毛量に似合った派手な顔で俺を見上げた彼は一息に言った。


「普通科への転科は定期・期末試験での学年順位が上位20位以内の上、転科試験を受験して合格出来れば翌月から移ってもらうことができる」

「⋯⋯その学年順位というのは学科別ですか?」

「いや、校内の学年別だな」


 あ、終わったわ。


 容赦ない男性教師──実は担任教師──の言によって、俺の企みは木っ端微塵になった。


 一週間ぶりの登校早々、俺は生徒専用アプリ【ハクラン☆ステーション】の校内マップを駆使して職員室までに辿り着き、久しぶりの再会を果たす担任に普通科への転科について質問するというカチコミを行っていた。


 しかし、普通科への転科の条件はご覧の通りだ。


 白蘭高校 普通科の偏差値は市内でも60越えの進学校ぶりで、そもそも入試試験をパスして入学するのも大変なレベルだったりする。


 (ちな)みにアイドル科の偏差値は45。


 こちらは実技試験と面接が重視されるので、筆記試験は+α程度の扱いだ。


 要は顔が良ければ馬鹿でも入れる。


 同じ校内でも、此処まで偏差値に差が出る学校は珍しいだろう。


 そりゃあ確かにアイドル科の生徒が同級生だからといって普通科に転科してきたとしても、この偏差値の開き具合だと授業もロクに受けることは出来ないだろうけどよ。


 俺自身の学力がどの程度の物なのかはまだ分からないが、多分偏差値60越えのエリート達の中で二十位以内に入れるような頭はしていないと思われる。


 はぁ〜〜〜〜。


 俺はへなへなとその場に崩れ落ちる。


 (しり)を上げて情けなく床に突っ伏す俺に、手慰みに巻き毛をクルクルし続ける担任はヤレヤレとばかりに首を振った。


「姫城、お前は確か一時的に記憶が混濁しているせいで健忘症を患っているのだったな。つまり、記憶喪失というやつだ。そんで入試面接の際のあのアイドルに関する熱意をすっかり忘れてしまったお前は、尻尾巻いて普通科へ逃げようとしているわけだな」


 すげぇ、先生。


 こんな巫山戯(ふざけ)た格好で高校教諭やっているのに、俺の複雑な男心を見事に見抜いている。


「さすが、先生っすね。俺の情けない気持ちをよく分かってらっしゃる」

「まあ、記憶を失くしているのにアイドル活動しろっていうのも酷だよな。しかし、ふむ⋯⋯記憶喪失系アイドルとはなかなかに新しい。折角なんだから、それを売りにしていけば良いんじゃないか」


 しかし、やはり担任も教師とはいえ、そこはアイドル科のクラスを受け持っている教師だ。

 ()()向けのアドバイスではなく、()()()()()()向けのアドバイスをしてくる。


「先生、そこは普通、メンケアをするところじゃないんですか。というか、事故って記憶喪失になった俺に営業のアドバイスをするって鬼すぎません? 営業の上司でももうちょっと寄り添ってくれますよ」

「んな訳あるか。金も商談も持って帰ってこない部下に寄り添う上司などいるものか。社会はそんなに甘くないぞ」


 そう言うなり、担任の目からハイライトが消えた。


 我ながら思った。


 この話題、多分先生の地雷だと。


 すんと表情を消した担任からこれ以上社会の闇を浴びないように、俺は「ありがとうございました!」とテキトーに腰を追ってからスタコラサッサと職員室を辞する。


 三十六計逃げるに如かずだ。






 逃げた俺が向かった先は、アイドル科しかない小さな校舎だ。


 普通科がある校舎からは最も離れており、お隣にある棟には『演劇科』や『モデル科』等の他の芸能関連の学科生徒が詰める教室がある。


 俺達、アイドル科だけが隔離されている理由は、ウチの学科が最も異性間交友──つまるところ、恋愛関係のスキャンダルで学校の質を落としやすいからだ。


 学内では、絶対に女子と関わらせないという学校側の意地が透けて見える。


 1ーAの教室に入ると、既に登校していた何人かのクラスメイトが俺の姿を認めて驚いたような顔になった。


「お!姫城、帰ってきたんだな。体調は大丈夫か?」

「おかえりー! 入学早々、災難だったね。マジ生きてたようで良かった」

「授業で分かんないことがあったらなんでも聞けよ。まあ、答えられるかどうかは分かんないけどさ」


 口々に労りの言葉を掛けられ、クラスのアットホームさにほろりと笑う。


 アイドル科を目指しているだけあって皆、気さくで品行方正な子達が多いようだ。


 あと、顔で入学しているだけあって、どいつもこいつもやはり顔が良い。


 姫城、良いクラスメイトに恵まれてんじゃん。


 アイドル科は定員数が50人と少なく、クラスは三年間持ち上がりだと白蘭高校のHP(ホームページ)に書いてあった。


 彼等が三年間、学生アイドルとして切磋琢磨するクラスメイトならば俺としても大歓迎だ。


 声を掛けてくれたクラスメイト達にそれぞれ返事しつつ、担任から転科の相談前に聞いていた席の場所へと向かう。


 教えてもらった席の左隣には、本人が言っていたように桜羽 庵璃がいた。


 ブックカバーに包まれた小説を読んでいる彼へ俺は「よっ」と軽く声を掛ける。


 かなり熱中して読んでいるようなので声は届いていないかもしれないなと思ったが、その心配は杞憂に過ぎなかったようで桜羽は(おもむろ)に小説から顔を上げて此方を見る。


 相変わらず、嫌味な程に整ったご尊顔を俺へと向けて、桜羽はこくんと頷いた。


 こちらも相変わらず、無口なこって。


「あの日は郵便物を持ってきてくれてありがとうな。何もお構いも出来ないまま、帰しちまって悪い」

「気にしなくていい。姫城の方が大変だっただろ」

「確かに。けど、もう殆ど傷は治ったんだ。ナースのおばちゃん達が若いから治りが早いって言ってた」

「うん。元気になったんなら良かった」


 お!ちょっとだけ桜羽の口角が上がったように⋯⋯見えたような気がする。

ほんのちょっと、本当にmm単位の高さだけど。


 言葉通りに桜羽が俺の退院を祝ってくれているのが分かったので、笑みを深める。


 あまり読書中の桜羽の邪魔をしてはいけないと、そこで話を切り上げることにした。


「また今日からよろしくな」と短く挨拶をし終えた俺は、机の中に入れられていた授業内で配られただろうプリント類やテキストを机の上にどさりと置く。


 何日かの授業日はGWと被っていた筈だけど、やはり一週間も休んでいると配布物の量がかなり多い。


 恐らく、まだ新入生に成り立てだからということもありそう。


 提出物と提出する必要のない授業プリント、テキスト類と順により分けていると、前の席の人が登校してきたのか椅子を引いた音がした。


「おはよう。今日から登校だったんだね」


 柔らかで心地よい男声が頭上から降ってくる。


 凄く聞き覚えのある声に促されて、作業を中止して恐る恐る見上げると、そこにはとんでもない美人がいた。


「お、はよう」

「なあに、そんなに吃驚したような顔をして。嗚呼、そうか。姫城君は記憶喪失なんだっけ」

「おう。なんか悪ぃな。申し訳ないけど何も覚えてない」

「大丈夫、気にしないで。大変なのは姫城君の方だし」


 此方を気遣うように微笑んで、柔らかそうなアッシュグレーの長い髪を耳に掛ける美人の破壊力たるや凄まじい。


 骨格も輪郭も、顔のパーツでさえも男らしくシャープなのに、艶っぽいタレ目が全て無に帰している。


 男に掛ける言葉では無いだろうが、幸の薄さが色気へと変換されて滲み出ているようだった。


 異性だけでなく、同性の性癖まで狂わせてしまいそうなこんな男に、本当にアイドルをさせてしまって良いのだろうかと思うほどだ。


「俺は柳村 犀佳(やなぎむら さいか)。改めてよろしくね」


 その名を聞いた瞬間、俺は机に突っ伏したくなる気持ちを()じ伏せて、なんとか笑顔を振り撒いた。


「こちらこそ。よろしくな、柳村」


 こんな序盤によくもまぁ、続々と人権キャラが出てくるな⋯⋯!


 いや、確かにアレのメインシナリオでは、彼は初っ端から出てくるんだけどよ。


 俺の反応からお分かりかと思うが、彼もプリアイの主要なキャラクターの一人だ、


 俺の隣にいる桜羽がアプリの顔なのだとしたら、目前にいる柳村はプリアイの一年キャラの中で最も人気を誇るキャラクターとして、コンテンツ外でも知っている人が多い程の知名度を誇る。


 リリースされた年から行われている人気投票では常にTOP3以上をキープし、ゲーム内のみならず現実世界でもユーザーの心を射抜いてきた生粋のリアコ枠──それが柳村 犀佳というメインキャラクターであった。


 俺の席周りはどうやら、人権キャラで固められているらしい。


「そういえば姫城は先輩方からスカウトとか来た?」


 通学鞄を机の上に置いた柳村は、俺との会話をまだ楽しむつもりらしい。


 お上品に椅子の上に横乗りになって、彼は更なる話題を振ってきた。


「スカウト?」

「うん。GWに入る前に撮った課題曲の動画あったよね⋯⋯あ、そうだ。それも忘れちゃってるか。ごめん」

「あ、あ〜先輩方にお披露目する動画の奴のことだよな。撮った覚えはないけど、イベントのことは覚えてる」


 そういや、各アイドルチームのメインストーリーの導入にそんなイベントがあったような気がする。


 一年生はまだ白蘭高校が所有するアイドルチームに所属する前の段階から物語はスタートし、色んな出来事や事情があってそれぞれのチームに所属することになる。


 その色んな出来事や事情の一つに入学して直ぐに課題曲が与えられ、歌って踊っている所を撮った動画を先輩方に見てもらうという加入試験モドキみたいなのがあったはずだ。


 先輩方のお眼鏡にかなうと、向こうからスカウトという形でチームに誘われることもあるようなのだが、ゲームのストーリー内だとこのスカウトシステムが使われている所はあんまり見たことがなかった。


 恐らく物語上、一年生加入イベントは最初の山場にも等しいので、ゴタゴタさせたかったんだと思われる。


「うん、それ。ウチのクラスは誰も来てなかったっぽいんだけど、B組はスカウトされた子が二人いるらしいんだ。だから、姫城君はどうかなと思って」


 へ〜、二人()スカウトされた奴がいるのか。

 否、学年全体で50人は居るはずなので、二人()()か?


 やっぱり、あのスカウトシステムは現実でもなかなかに渋い使われ方をされているっぽいな。


「俺んとこにも来てなかったはずだな。スカウトってハクラン☆ステーションから来るんだろ? そんな通知は無かったと思う。だから、何処にオーディションを受けに行こうか迷い中」


 ハクラン☆ステーションにスカウトの通知が来るっていうのは、【Angel*Doll】か【エッジ雑技団】のメインストーリーで誰かが言ってたはずだ。


 もしかしたら、挙げた二つのチームに加入することになる一年生の誰かがスカウトを受けたっていう話があったのかもしれないな。


 その辺の詳細は超あやふやだけど。


「そっかぁ。姫城君なら有り得そうだったんだけどね。Angel*Dollっぽい顔だから」


 通知は来てないと否定する俺に、柳村は何処か残念そうな口振りで椅子の上に頬杖をついた。


 遺憾無く無意識に色気が繰り出される。


 耐性のない俺はさっと視線を逸らして、考えるような仕草を装いながら宙に視線をやった。


 柳村の言いたいことも分かる。

 白蘭高校の最大手であり、老舗でもあるAngel*Dollは誰もが思い描くキラキラフレッシュアイドルを売りにしているからな。


 中身はともかく、背も162cm程度しかなく、美少年の部類に該当する姫城 誠の容姿は、Angel*Dollのコンセプトにドンピシャなのだ。


 だが、先述したようにAngel*Dollはこの白蘭高校の稼ぎ頭であり、歴史もアイドル科ができた年からある最大手。

 加入するには顔面だけではなく、相応の実力も当たり前のように求められる。


「流石に無理じゃねぇかな。彼処はこの学校で一番の老舗だし、実力派じゃん。雰囲気はそうかもだけど、大手に通用するほどの実力は無いな」


 アイドルは顔面が良ければなんとなるような職業ではない。


 激しいダンスを楽しく踊りながら、声を裏返らせずに最後まで歌を歌いきれなければならない。


 その他にもファンを更に楽しませるような会話力や、歌やダンスといった当たり前の芸だげではなく、多種多様な特技までもを披露できるマルチな能力だって求められる。


 だから、凡人な俺にはそんな器用な真似は出来ないんだけどな。


 これ以上は何も面白い話が出来そうもない。


 それよりも、この段階であの柳村がどう動こうとしているのかが気になった。


「柳村は何処に行くのかとか決めてんのか?」

「うーん、まぁ⋯⋯此処に行くのが合ってるんだろうなって言うところは見つけてるかな」


 流石、アイドル科の優等生。

 自分の適正を既に理解しているらしい。


 俺は柳村がどこのグループに所属することになるのかを知っているが、コイツが現時点で何処を狙っているのかも超気になる。


「良いじゃん。何処行こうとしてんの?」


 ワクワクする気持ちを抑えられず、若干前のめりになりながら先を促した。


 柳村は少しばかり口にするかどうか逡巡(しゅんじゅん)するような顔付きになったが、意を決して話すことにしたらしい。


 なんでそれ程に言いにくそうにしているんだろうと思いつつ、ゆっくりと口を開く柳村の言葉を大人しく待った。


「【Z:Climax】。多分、この系統だろうなって」


 ⋯⋯。


 ああ、そこはちょっと話しにくいよな。


 だって、男が思うカッコイイが詰まっているアイドルの頂点みたいなグループだ。


 男でも惚れてしまうような色気・男気・凛々しさを備えたキラキラフレッシュ路線のAngel*Dollとは対極にいる存在であるギラギラセクシュアリティなのがZ:Climax。


 そこを目指しているって宣言するのは、幸薄そうな美人な見た目を裏切らない奥ゆかしい柳村にはさぞ躊躇(ためら)われたことだろう。


 まあここ、お前がゲーム内で所属しているアイドルチームなんだけどな。


 そう、この男。

 本当に自分の見た目がどう周囲に判断されているのかをしっかり理解していらっしゃる。


「⋯⋯収まるべき所に収まるって感じだよな」


 寧ろ、柳村が加入出来なかったら、今年の一年生は誰も入ることは出来ないとまで言っても過言じゃない。


 ユーザーだったあの世界では、『Z:Climaxの柳村 犀佳』という認識だったほどだ。


「ありがとう。姫城君も良いところが見つかったら教えてね」


 ふんわりというような形容詞がつきそうな笑顔を湛える柳村に、やっぱり自分の中にある性癖が嫌な音を立てそうになっているのを黙らせながら頷く。


 これから彼がどんな風に老若男女の人生を狂わせることになるだろうかと若干遠い目をしつつ、オマケとばかりに親指をぐっと立てた。






※註釈

『Angel*Doll』⋯⋯国民アイドルの長篠 二葉が創設した白蘭高校の最大手。キラキラフレッシュ路線。白い衣装着がち。


『Z:Climax』⋯⋯プリアイに実装されている白蘭高校のアイドルチームの一つ。ギラギラセクシー路線。ファーとかレザー素材の衣装着がち。


『エッジ雑技団』⋯⋯同上のアイドルチームの一つ。名前通りド派手なパフォーマンスが売り。ヒラヒラしたマント着がち。


『ハクラン☆ステーション』⋯⋯白蘭高校 アイドル科生のためのアプリケーション。学校のマップや他の学科生や教師と個人的なやり取りが出来るコミュニティ機能、その他にも既存アイドルチームからのスカウトメールや所属したアイドルチームの仕事票等も閲覧できる。

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