虎南先輩の秘密を知ってしまった
『聖仁へ お誕生日おめでとう! ママより』
咄嗟に、俺は眠っている虎南先輩に目を向けた。
仰向けに眠っている先輩からは寝息すらも聞こえてこないが、被っている布団が上下に動いていることから生きては居るらしい。
差し当たって、画空聖架のCDを発見したことはバレて無さそうだ。
知られなかったことが確認できて、知らずに止まっていた息が漏れる。
しかし、これは⋯⋯完全に俺が見ちゃ駄目な奴だよな。
母親がアイドルだということは桜羽の加入試験の際に明かしてはいたが、それが誰かまでは言ってなかったわけだし。
言わなかったってことは多分、このことは隠しておきたい事柄の筈だ。
CDブックレットの位置を正してからケースを閉じ、山積みになっているケースの一番上に置き直す。
そして、直ぐにスチールラックの前から離れて、先輩のベッドの傍へと退却した。
この後はどうしようかと所在なく先輩を見下ろす。
部屋の換気は済んだし、散らばっていた紙達は集めた。
あと出来そうなことと言えば、食器類で溢れかえっていた流し台を片すことぐらいだろうかと思考を巡らせていると、下方から僅かに呻き声らしきものが聞こえてきた。
もしかしてマスクが苦しいのかと、ベッドの傍にしゃがみ込む。
「おか、あ、さん」
ハッキリとではないが、聞こえてきた言葉に動きが止まった。
先程までの意味を成さない音とは違って、此処には居ない人への呼び声に顔が強ばる。
今、先輩が見ている夢ってまさか⋯⋯母親の夢なのか。
魘されるようにして身を微かに捩る先輩は、装着したままの眼鏡が邪魔そうに見えた。
枕に当たる度に浮く眼鏡を見かねて、起こさないように気をつけながらゆっくりと顔から引き抜く。
取った眼鏡の下から現れた閉じた瞼の下に並ぶ二つの涙ぼくろを見て、思わず先程見た画空聖架が脳裏に浮かんだ。
言われてみれば、画空聖架と先輩は確かに似ている。
若干垂れ下がっている目元は転写したように瓜二つだし、口角の上がり方や鼻梁が通っているのに主張があまりない鼻も、母親譲りなのだと分かるくらいにはそっくりだ。
まだ完全に確定したわけでは無いが、十中八九の割合で虎南先輩は画空聖架の息子なのだろうと二人を結びつけて考えてしまうくらいには血の繋がりを感じる。
『俺はね、真白みたいな志でアイドルをやっている訳じゃないんだ。腹を痛めて産んだ子どもすらも放り出した母が、夢中になっていた景色を見てみたくて此処に入学した』
以前に先輩は学生アイドルをやっている理由についてこう語っていた。
つまり彼女は、虎南聖仁が白蘭高校 アイドル科に入学した理由の一つを担っているということになる。
ということは、虎南先輩が学生アイドルになったのは──亡くなった母親と同じ土俵に立つためということなんだろうな。
あまりのヘビーすぎる先輩のバックボーンに、目の奥が痛くなってくるのを感じる。
プリアイ運営、どんだけ鬼畜なんだよ。
これはもうアイドルゲームのシナリオというよりかは、芸能界を舞台にした愛憎渦巻くドラマの脚本だと言われた方がしっくり来るわ。
「う、うう⋯⋯」
先輩の唸るような呻き声が再び聞こえてきて、何かに抵抗するようにこちらへと寝返りを打った。
あどけない寝顔は普段携えているプリンススマイルではないせいか、年相応に見える。
ただ、辛い夢に囚われてしまっているらしく、眉間には深い皺が刻み込まれていた。
手に持っている眼鏡を背後にある卓上テーブルに置いて、掛け布団から出ている先輩の片手を両手で包む。
熱が高いこともあって、僅かに汗ばんでいる先輩の手には一切の力が入っておらず、俺の手が握り返されることはない。
こうしたからといって、先輩の悪夢が晴れる保証はない。
だが、先日の俺は白星に宥めてもらったことで一時的とはいえ、悪夢から抜け出すことができた。
だから、一縷の望みでしか無いが、虎南先輩も早く風邪が見せる辛い夢から脱出できれば良いなと祈りを込めて、手を握り続ける。
すると、俺の願望が見せた幻かも知れないが、先輩の表情が心なしか和らいだように見たような気がした。
◇◇◇
白星が大量に作ったお粥を鍋ごと持って戻ってき、桜羽が若干疲れた顔をしてランドリーバッグとアイスノンをを持ち帰ってきた頃にはすっかりお昼は過ぎていた。
実家では料理当番も担当していたこともあるのだと豪語するだけあって、白星が作ってきた卵粥は非常に美味そうな見た目をしていた。
『味もバッチシだから!』と自信ありげな作り手の主張を信用し、虎南先輩には少しばかり起きてもらい、お粥を腹の中に納めてもらう。
そもそも先輩の舌は普通ではないため味については心配する必要はなかったのだが、よそわれた分は完食していたので問題はなかったのだろう。
常備薬を服用した後は、玄関で会った時よりもしんどそうにしていたので念のために熱を測ってもらうと、38.5分まで上がってきていた。
このレベルになってきたら解熱剤を病院に処方して貰った方が良いと思うのだが、マップアプリで近所の病院を調べてみたところ、生憎と寮からの最寄りの病院は車で20分の距離にしか無かった。
流石にタクシーに突っ込んで連れて行くとしても、この距離はしんどいだろうという結論に至り、俺達はもう暫く静観することに決めた。
そして冷えピタを張った先輩が、タオルの巻かれたアイスノンを敷いた枕の上で再び寝入った後、取り敢えず看病する側も腹を満たしておこうという流れになり、残りのお粥を三人で分け合うことにした。
「そりゃあ、災難だったねー。ってか、食堂って外に洗濯機あるくね?竹田のおばちゃんはコインランドリーに何の用だったんだろ?」
「食堂のクロスを洗濯しに来たって言ってた」
「あ~、食堂のクロスのサイズだったら家庭用の洗濯機はちょーっと厳しいか。まぁ、長話に付き合ったことで次におばちゃんが配膳の時は何か融通を利かせてくれるかもしれないし、きっと何か良いことあるって!」
「うん」
小休憩を取っている俺達の専らの話題は、コインランドリーに行ってから暫く帰ってこなかった桜羽についてだった。
見た目通りに優しい味がする卵粥を口に運ぶ桜羽の目には疲労の色が濃く、心なしかハイライトすらも消えているように感じられる。
虎南先輩の大量の洗濯物を抱えてコインランドリーへと向かった桜羽は、洗濯物を洗濯機に入れている最中に食堂のおばちゃんこと、竹田のばあさんに鉢合わせてしまったらしく、それから乾燥が終わるまでの間は井戸端会議に引きずり込まれていたらしい。
あんまり知らない人との一時間超えの世間話は普通にキツいよな。
しかも、お孫さんの話と町内会の愚痴が殆どだったらしいし。
そりゃあこんな死んだ魚のような目にもなる。
小休憩がてら竹田のばあさん孝行をしてお疲れの桜羽を励ます会に興じていると、臀ポケットに入れているスマホがバイブした。
しかも、何度もバイブしていることから通知ではなく、着信のようだ。
誰から電話が来たのかと小首を傾げつつ、スマホの画面を確認するとそこには『芹沢先輩』と表示されていた。
恐らく、虎南先輩の容態が気になって掛けてきたのだろう。
お粥を囲んでいる二人に断って席を立ち、廊下へと出てから電話に出る。
「お疲れ様です。姫城です」
『お疲れ様、芹沢です。昼休憩になったから電話を掛けてみたんだ。聖仁の様子はどうだった?』
電話口から先輩の声と共に、鳶が高く鳴いている声が聞こえてくる。
どうやら今回の紫水旅団の出張先は、かなり辺鄙な田舎のようだ。
「それなんすけど、思ったよりも熱が高いですね。さっき、ご飯を食べてもらってから測ってもらったんすけど38.5分まで上がってきてたんすよ。俺としては病院に掛ったほうが良いかと思うんすけど、ちょっと病院も遠くて」
『ちょっ、ちょっと待って!?もしかして、今、聖仁の部屋にいるの!?』
「そ、そうすけど⋯⋯」
『部屋の中、凄いことになってなかった?』
「ああ、それはまぁ」
『やっぱり荒れてたんだ⋯⋯。それなのに誠君たちを入れたんだね。やっぱり君たちは凄いよ』
実際は『入れてもらった』というよりかは、『押し入った』という表現の方が正しいのだが、別に訂正する必要性は感じられなかったので口は閉じたままにしておく。
そんで、先輩は虎南先輩の片付けられない性格を知っていたみたいだ。
この分だと芹沢先輩もそういった意外な一面があるんだろうなぁ。
最推し故に知りたいような、知りたくないような複雑な心境だ。
そんなオタクの複雑な感情を知り得ない当の芹沢先輩は、俺の保身によって勘違いしたまま思い悩むように唸った。
「それで、熱はいつも通り38度まで上がっているか。インフルとかではないと思うけど、誠君の言う通り病院に掛ったほうが良いだろうね。やっぱり寮長にお願いして連行して貰ったほうが良いか⋯⋯」
芹沢先輩も虎南先輩を病院に連れて行くことを『連行する』って言うんだな。
ってことは、あの渋りようは俺達に遠慮してとかではなく、ただの病院嫌いの線が濃厚か。
今日だけでも、俺の中にある虎南聖仁像がかなり音を立てて崩れ去っている。
ただこういうガキっぽい一面に遭遇するとその時は吃驚する一方で、18歳らしい部分もあるんだなと安心もするんだよな。
なんていうか、まだ高校三年生なのにああもしっかりしていると、ストイックすぎて息が吐けているのかって心配になってくる。
先輩も二つ下の俺に思われたくは無いだろうが、多分『俺』自体は彼等よりも年齢が上の可能性が限りなく高い。
プリアイをしていた前世のことに関しては全く思い出せていないのだが、ここ一ヶ月の行動や思考回路を見るに社会人にはなっていたと思う。
だから、まだ学生である彼らについつい年上ぶってしまうことは多分やめられない。
芹沢先輩が寮長にメールでも打っているのか、スピーカーから聞こえてくるタップ音を耳にしていると、不意にピンポーンとチャイム音が鳴った。
予定外の来訪客に、自ずと視線が外へ向く。
電話の向こう側にいる芹沢先輩にもチャイム音が聞こえていたのか、「ん?」と声を上げていた。
チャイム音からして、この部屋の前にいることは間違いない。
虎南先輩の同級生が不調を知って、見舞いにでも来たのだろうか。
押し掛け後輩である俺が突然やってきた客の対応をしても良いのかと逡巡していると、部屋のドアが開いて白星が中から出てきた。
白星は流し台の前で電話している俺を認めると、来訪者の名を告げる。
「北白川先生、来たっぽい」
北白川先生?
思わぬ来訪客の正体について首を捻る俺の白星は小走りで駆け抜けて、玄関扉を開ける。
開いた玄関扉の向こうからは、白星が言った通りにいつものオスカ〇ヘアを乱した北白川が現れた。
「お前らがついてくれてたんだな。セージは?」
「ちっす、先生。先輩なら今、薬を飲んで寝てますよ。熱が全然下がらなくてしんどそうっす」
「そうか。邪魔するぞ」
開口一番、先輩の体調を尋ねた先生は忙しなく靴を脱いで廊下へと上がってきた。
俺達よりも強引に押し入ってきた先生に気圧されて道を譲ると、彼は真っ直ぐに桜羽と先輩がいる部屋へと入っていく。
部屋内へと踏み入るや、軽く周りを見渡した先生は、先輩が寝ているベッドを見つけると迷いない足取りで近寄る。
そして、まだ寝付いたばかりの先輩の傍にしゃがみ込み、軽く先輩の顔横にあるベッド上を叩いた。
「セージ。起きられるか」
「⋯⋯ぷろ、でゅーさー?」
先生の呼びかけに応えて、虎南先輩の瞼がゆっくりと開いていく。
瞼の裏から現れたいつもは知的な光を灯している桃色の目が今は熱で潤んでおり、焦点があっていないのかぼうっとしているように見えた。
「お前に頼まれていた委員会の代理が終わったぞ。元気になったら議事録を確認しておけ」
「ありがとう、ございます」
「そんで今から病院に行くぞ。下に車を回してきている」
「だいじょうぶです。寝てたら治りますので」
「馬鹿者。風邪を軽く見てると痛い目を見るぞ。拗らせると新人達のデビューライブに影響するのが分からないのか」
北白川は流石、教師なだけあってピンポイントで虎南先輩のツボを押すのが上手い。
先輩は痛い所をつかれたとばかりに眉間に皺を寄せて、少しばかり悩むような素振りを見せた。
俺達が言ったときは違う反応に、つい『おお⋯⋯!』と声を上げそうになる。
色々と考えを巡らせるように先輩は暫し宙を睨んでいたが、結局は責任感が勝利したようで渋々とベッドから身を起こした。
「分かりました」
「Excellentだ、セージ。風邪で注射されることは無いから安心しろ」
「⋯⋯別に、注射嫌いって訳では無いですよ」
「嗚呼、でもあのエナドリのゴミ袋を見るに栄養剤を打たれる可能性はあるかもしれないな」
刹那、立ち上がった先輩の体が一瞬だけ固まったように見えたのだが、多分気の所為だろう。
──そうか、注射が嫌であんなに渋ってたのかという思いが俺達三人にたとえ去来していたとしても、此処には馬鹿正直にそれを問えるような勇者は居なかった。
「お前んとこの親父さんにもさっき連絡がついてな。お仕事で少々遅れるらしいが、病院で合流することになっている。今日は実家にそのまま帰ると良いだろう」
「連絡、ついたんですね」
担任の話を聞く限り、虎南先輩はこのまま父親に引き取られて、風邪が治るまでは実家で養生することになるようだ。
寝苦しそうな先輩を見ていた側としても、保護者が傍に付いてくれるなら安心である。
先輩は心配そうな顔つきになっているだろう俺達を視認すると、「世話を掛けたね」とちょっと困ったように笑った。
そして、俺達に軽く会釈をし終えると、肩から通学鞄を提げて部屋を出て行く。
『まさかここまでプロデューサーが親身になってくれるとは、ちょっと意外だったかな』
部屋を後にする先輩を眺めていると、片手に持っていたスマホから芹沢先輩の驚いたような声がした。
芹沢先輩と電話を繋げっぱなしにしていたことを思い出して、慌てて片耳に当てる。
『私達は今回こそ、良い顧問に巡り会えたみたいだね。じゃあ、そろそろ私は撮影に戻るよ。他の二人にもありがとうと伝えてもらえるかな』
「分かりました。お仕事、頑張ってください」
『うん、ありがとう。じゃあね』
何やら芹沢先輩が意味深発言を仰られていたが、今は呑気に言葉の意味を考えている時間が無い。
先輩と電話している間にお粥の鍋を抱えた白星や、食べていた食器を俺の分まで持ってくれた桜羽が廊下へと繰り出していく背を追っていく。
俺達が外に出るのを待ってくれていた先生達と一緒に寮を後にしてからも、足取りの危うい虎南先輩の背を支えながら門前までついていった。
警備員が駐在している堅牢な門まで来ると、直ぐ近くに町中でもよく見るコンパクトカーが停車していて、先導するように先を歩いていた先生が運転席を開けていた。
外見がゴージャスな北白川のことだから、真っ赤なスポーツカーにでも乗っていそうだと勝手に思っていたのだが、どうやら実際の愛車は随分と庶民的な車種だったらしい。
まぁ、私立とは言え、まだ高校教師になったばかりの北白川の懐事情を考えたら妥当か等とどうでもいいことを考えつつ、虎南先輩が後部座席に乗り込むのを手伝う。
「セージ、しんどいだろうから横になっておけ。一年生も今日はありがとうな。家に帰ったら、しっかり手洗いうがいをするように。テスト明けで宿題がないからってあまり羽目を外しすぎないようにな」
運転席でエンジンを掛けた北白川はルームミラー越しに先輩へ声を掛けるだけに留まらず、俺達にもしっかりと釘を刺してきた。
それに各々返事して、これ以上お小言が増えない内にと、とっとと後部座席を締め切る。
俺達が車体から少し離れると、先生達を乗せたコンパクトカーは大通りへと向かって走って行った。
後に門前に残された食器とお鍋を持ったマスク姿の不思議な一段である俺達は、車があっという間のうちに見えなくなったにも関わらず、惚けたように道路のその先を眺めてばかりいた。
「なんか、怒涛の一日だったねー」
「うん」
「虎南先輩、注射嫌いだったんだねー」
「⋯⋯うん」
「俺ら、こんなこと知っちゃって大丈夫?消されない?」
「⋯⋯多分」
否、この二人の場合は魔王の秘密を知ってしまったという事実が今更重たく伸し掛っているらしい。
明日以降の心配をする二人は互いの顔を見せ合っていた。
なんとも小心者な二人に若干の呆れを覚えるも、このまま鍋と食器を持ったまま寮前に棒立ちになっているのも良くないだろう。
今の俺達の姿はひいき目に見ても、鍋とお椀を持った怪しい集団でしか無いしな。
「寮、戻るか」
「うん。あんまりお粥放置していると膨らんじゃうしね。折角だから、俺ん家おいでよ。今日は特別に昨日の残り物だけどフライドポテトも出しちゃうよ~!」
「お前、ファミレスであんだけ食べてたのに家帰ってからも食ってたのかよ!?」
「夜中に中学の友達とゲームしてたら腹減っちゃってさぁ。冷凍ご飯でもチーンしようかと思ったら、冷凍フライドポテト見つけちゃったからつい揚げちゃった☆」
「夜中に揚げ物するとかマジ考えらんね⋯⋯」
「そー?なんか揚げ物やってると楽しくね?」
白星の理解出来無い独特な感性はさておき、男子高校生としては卵粥だけでは物足りない気分だったので、有難くご相伴に預かろうと踵を返そうとしたその時。
先生達が消えていった大通りから一台のタクシーがやってきた。
この辺りは住宅街になっているのでタクシーが通ること自体は何にも不思議ではないのだが、何故か目が離せず、首を振り向いてまでも見てしまう。
そのタクシーは、俺達の背後で停車した。
ということは、外部に仕事へと出かけていたアイドル科生だろうかと思った瞬間、後部座席から出てきたのはスプリングコートを羽織った冷たい顔立ちの男だった。
ピッチリと七三分けにした黒髪の几帳面そうな男と視線が合う。
「あ!君たち!白蘭生かな?」
男はずっと注視していた俺を不審がることは無く、寧ろ好都合だとばかりに声を掛けてきた。
両隣にいた白星と桜羽も男の声で存在に気付いたらしく、俺と一緒に寮へと向けて歩いていた足を止めて振り返っている。
「は、はい」
「北白川先生と男の子が此処を通らなかったかい?」
「先生なら先程、虎南先輩を連れて病院に行かれましたよ」
「そ、そうか⋯⋯間に合わなかったか」
肩を落とす男を見上げて、もしやと思い至る。
「もしかして、虎南先輩のお義父さんですか?」
「あ、ああ。そういう君たちはあの子の友達かい?」
やっぱり、そうか。
彼こそが虎南聖仁の養父であり、恐らくは画空聖架から先輩を託された人だ。
「俺達、Angel*Dollの後輩なんです。さっきまで先輩に付き添ってて」
「そうなのか!聖仁君を世話してくれたんだね。ありがとう。その、容態とかは」
ずずいと詰め寄ってくる虎南先輩のお義父さんはかなり先輩のことが心配のようで、立て続けに状態について聞かれた。
多分、先輩の疲れから風邪を引きやすい性質は彼の方がよくご存知だろうしな。
俺は芹沢先輩に話したことを虎南先輩のお義父さんにも伝えた。
俺から先輩の状態を聞いた彼は少し難しい顔をしていたが、タクシーを待たせていたことを思い出したらしくハッと後ろへと視線を向ける。
「教えてくれてありがとう。今から病院の方に向かうとするよ。こんなことを言ったら聖仁君は嫌がるかもしれないけど、あの子のことをこれからも宜しくお願いします」
まさか虎南先輩の義父から先輩のことを頼まれるとは思わなかったが、俺達三人は一も二もなく頷いていた。
即決する俺達に少しだけ先輩の義父は戸惑ったように目を見張っていたが、直ぐに笑みを繕って会釈する。
それに俺達も会釈を返し、先輩の保護者を乗せたタクシーがトンボ返りするように大通りへ消えていくのを俺達はデジャブのように棒立ちになって見送った。
「あの人、月曜日にやってる『めっちゃ並ぶ法テラス』でレギュラーやってる虎南樹弁護士だよな⋯⋯?」
「うん。昔、お父さんのパーティに来てた」
「マジか。さっすが伊純家。オシャンティーだなぁ」
「でも、虎南先輩のお父さんってことまでは知らなかった」
二人の話を聞いて、虎南先輩の開示請求に付き合っているのが彼の父親だと察した。
そして、どうして先輩が法学部を目指すことにしたのかも、なんとなくわかったような気もする。
アイドル生命と共に没した母親がいて、認知していない声優の父がいて、引受人である養父はテレビに出るようなタレント弁護士っていう属性のとんでもなさに頭痛がしてきそうだが、何はともあれ今回の一騒動はこれにて一件落着と見ていいだろう。
⋯⋯マジでこの辺のバックボーンの回収を運営はどうするつもりだったんだろうな。
「まあ、先輩の保護者さんまで来たんなら大丈夫だろ。そろそろ飯食いに戻ろうぜ」




