学生アイドルのソシャゲに転生した
【プリズム☆アイドル】。
ゲームのタイトルはプレイヤーの気を引くためにもかなり大事な要素だと思うのだが、このゲームはキャラクターのイラストとシステム系統に全振りしているせいなのか、なかなかにやっつけ仕事感のあるタイトルとなっている。
かく言う自分も、よくこのタイトルのソシャゲをインストールしていたなと思うほどだ。
だが、アイコンになっている男の子──桜羽のイラストがかなり美麗だったので、多少ゲームタイトルがアレでも手を伸ばしたユーザーは多かったのかもしれない。
プリズム☆アイドル、通称プリアイはスマホが普及して老若男女が扱いに慣れたソシャゲ全盛期の頃にリリースされた学生アイドル育成系音ゲーだ。
しかも、まだ一作のヒット作しか持っていない駆け出しのゲーム会社からリリースされた割には起用された声優陣が軒並み有名人とあって、リリースされて間もなくはゲーム雑誌やブログ等で大変賑わったらしい。
そんな界隈事情は置いておくとして、プリアイは登場キャラである学生アイドルを育成しつつも音ゲーを楽しむゲームなために、キャラクターを愛でるキャラゲーな一面も持ち合わせている。
そのため、声優も豪華とあって、キャラクターの人気も非常に高いゲームであった。
肝心のメインシナリオはスポ根も真っ青な努力・友情・勝利をベースとした青春活劇だ。
普通科に所属する主人公がひょんなことから教師に、アイドル科にある各アイドルチームのマネージャーになって欲しいと頼まれ、アイドルチームのマネージャーになるというもの。
正直、このゲームはメインストーリー自体の評価はそこまでユーザーに高いものでは無い。
あまりにも力技過ぎる導入と主人公の設定は意外にも流され気味で(それよりもメインキャラが目当てな人が多いため)、それとは別にこのソシャゲのシナリオにはもっと深刻な問題があった。
これは恐らくゲーム会社側の問題だと思うのだが、章ごとににシナリオライターが変わるせいで、シナリオに全く統一性が無いのだ。
ストーリー自体は基本的に4つのアイドルチームの√を軸に進んでいくのだが、とあるアイドルチームが賞レースに掛かりっきりになっている頃に、別のアイドルチームは地元のラジオ体操を盛り上げるために、何故か夏祭りのプロデュースまでしているなんてこともある。
しまいには、『青春ってなんだっけ?』というような芸能界の闇が急にぶっ込まれて、延々と鬱展開が続く章があったりもする混沌具合だ。
この多種多様なシナリオ具合は、嵌まれたら楽しいのだが、嵌まれなかった時は正直しんどいものがある。
それでもプリアイは連日、ゲームストアの人気ランキング上位に食込んでおり、新キャラクターが搭載される度にSNSも大いに盛り上がるのだ。
ここまで集客に大きく貢献しているのはやはりシナリオを抜きにしても、美麗なイラストと豪華な声優陣、そして初心者から玄人まで楽しく遊べるゲームバランスのクオリティが保たれているからだと思われる。
──とまあ、色々と語ったが、つまり俺は此処まで語れるほどには楽しんでいたゲームの中に何故か入り込んでしまったようだった。
そんでこの目の前で紙袋を差し出してくる超絶イケメンの桜羽 庵璃は推しではなかったけども、推しグループに所属する学生アイドルの一人である。
しかも、アイコンの顔。
否が応でも意識するというものだ。
俺はカチンコチンになりつつも、なんとか桜羽から紙袋を受け取って中身を検める。
紙袋の中には更にポリ素材のショッパーが入っていて、めちゃくちゃ厳重に包まれているなと思いながらも中を覗く。
ショッパーに入っていたのは幾つかの封筒や葉書だった。
中から取り出してみると、宛名には全て『姫城 誠』と書いてあった。
それらは携帯の明細書だったり、名前の聞いた事もない何かからのバースデーカードだったり、果てには歯医者からの定期検診のお知らせだったりと郵便物に統一性は無い。
ただ、唯一共通している宛名から察するに、もしかしなくともこの『姫城 誠』だなんていうお綺麗な名前が、今の俺の名前なんだろうか。
「それ、寮のレターボックスからはみ出しそうになってたから持ってきた」
「お、おう。ありがとう」
そうだ。
アイドル科は犯罪事件に巻き込まれないようにするために、基本的には学校から少し歩いた所にある寮に入寮する義務があった筈だ。
⋯⋯うん?
そういや俺、そもそも桜羽と同じクラスに所属しているんだっけ。
「俺、もしかして白蘭高校のアイドル科?」
目が覚めて起きたら学生アイドルゲームの世界に入ってて、しかも名前を見る限り俺は多分この世界に転生しており、そんでしまいにはゲームの舞台の生徒になっていた、だと?
そんな頭がイカれてるとしか思えない展開になっていることなんて──果たしてあるのか。
「姫城、交通事故にあったと聞いていたが⋯⋯もしかして記憶が無いのか」
「え!? 俺、交通事故に遭ったからこんなまんしんそ⋯⋯いったああああ!!」
衝撃的な事実の発覚に思わず大声を出した瞬間、腰骨をピキィンと嫌な痛みが貫いた。
途端、顔からぶわりと大量の冷や汗が吹き上がる。
これはいかん。
絶対、いかん奴だ。
ぎっくり腰をやる手前の痛さといえばいいだろうか。
今の俺にはなった記憶が無いが、確実にこれ以上無理をすると痛みが進化することだけはしっかりと分からせられた。
痛みに涙まで滲ませていると、桜羽が流石にヤバいと思ったのか枕元にあったナースコールを押してくれた。
次いで、恐る恐る痛みに呻く俺に近寄ってくると、不器用な手つきで背中を摩ってくる。
「この辺か」と尋ねてくる桜羽に「もうちょっと腰の方」と甘えさせてもらう。
俺のお願い通りに、腰の上を桜羽が摩りなおしてくれる。
しかも、有難いことに力加減が分からないのか、非常にソフトタッチな手つきでだ。
今、ガシガシと容赦なく桜羽に摩られていたら、多分俺の腰骨は逝っていた。
桜羽って、ゲーム通り良い奴なんだな。
出会った時から表情筋はミリも動かないし、口数もめちゃくちゃ少ないけど。
予告無く一方的にやってきたクラスメイトの出現にあたふたしてしまったが、桜羽の優しさがじんわりと心に沁みる。
って、しみじみしてる場合じゃなかった。
そんな事よりも交通事故って、なんだよそれ。
俺、ピッと撥ねられたからこんなに包帯ぐるぐる巻きの打ち身だらけなのかよ!
その辺りをもっと詳細に桜羽から聞きたいところではあったが、如何せん腰の痛みが激しすぎて悠長に喋っているどころでは無い。
暫くしてからナースキャップを被った今どき珍しい姿のナースさんがやって来て、一通り俺の容態を確認した後にPHSで主治医を呼んでくれた。
俺が起きた事で改めて診察をするということで、桜羽にはお礼も満足に言えないまま帰ってもらうことになる。
「お大事に」と小さく会釈して去っていく桜羽に色々と聞きたいことが山ほどあるが、主治医が容赦なく触診という名の拷問に掛けてくるので、俺は一人になるまでの間、延々と断末魔を上げることしか出来なかった。