起きたら満身創痍だった
腕が痛い。
腰が痛い。
足が痛い。
特に膝の皿が痛い。
階段から滑り落ちでもしたのかと思うほどの痛みの嵐に目をかっ開く。
視界に映るのは見たこともない真っ白な天井。
あまりにも情報が無さすぎると顔を横に動かせば、ベッドの隣には点滴とロッカーがあり、自分の体を覆っているのは清潔な掛け布団であることが見て取れた。
何処からどう見ても、正真正銘の病院だ。
その上、自分の両腕は包帯でぐるぐる巻きにされており、寝かされている両足も何かに包まれている感覚があるのでそれも包帯なのだろうと判断する。
個人部屋らしき病室に、ミイラ男のようになっているだろう俺──そこから導き出される答えは一つ。
命の危機に晒されるような事件か、事故に遭遇した。
だが、俺にはミイラ男になったと思しき出来事の記憶が頭に全くない。
何ならそう、自分の名前さえも。
そう理解した瞬間、心のキャパが限界を超えて頭の中に様々な感情で溢れ返るが、それをどうすればいいのかが分からずに途方に暮れる。
感情のままに暴れたり、喚こうと片腕を上げたが、途端に骨が軋むような鋭い痛みに襲われて、とてもそれ所ではなかった。
痛い、痛いと顔を顰めて、枕に横顔を沈める。
ナースコールの存在も吹っ飛ばして痛みに呻いていると、コンコンと扉の方からノック音がした。
「ど、どうぞー!!」
口から捻り出した声は、自分で言うのもなんだが男女ウケしそうな好青年ボイスだった。
高くも無く、低くも無く、それでいて人の記憶にしっかりと留まるような特徴的な声をしている。
頭の中で反響している声を聞いてるので、その評価が本当に正しいのかどうかは分からない。
だが、反響していてもそう聞こえるのだから、直に聞く人にはもっと良い音に聞こえているんじゃないかと思う。
俺の歓迎する声を受けて、ガラガラと重そうな横戸が引かれる。
戸の向こう側から現れたのは、レッドブラウン色の如何にもお高そうなブレザー姿の男だ。
俺は思わず、紙袋を提げて入室するその男に釘付けになった。
無造作に見えるように整えられた波打つ黒髪。
掌で覆えそうな小顔には黄金比で配置された各パーツが調和しており、それぞれが控えめながらにも美を誇る。
手足もすらりと長く、戸の高さから測るに恐らくは身長も180cmを超えているだろう。
要はテレビの向こうでも滅多にお目にかかれないようなイケメンが、何故か俺が寝かされていた病室にやってきた。
見慣れない私学っぽい制服はきっと何処かの高校のもので、臙脂色の派手なネクタイと着込んでいる男の顔面偏差値ゆえに、学園ドラマのキャストがそのままやってきたような非日常感が漂っている。
「誰?」
色々と問いたいことはあるが、いの一番に口から飛び出してきたのは素っ気ない誰何だ。
我ながら刺々しいことを言ってしまったなと早くも後悔に襲われていると、男はさして気にもしてなさそうな顔で告げる。
「桜羽 庵璃⋯⋯覚えてないかもしれないけど隣の席」
「隣の席?」
「うん。同じ1ーA。白蘭高校の」
「ハクラン、コウコー?」
イケメンの言うことが正しいのであれば、俺は彼と同じ高校生ということになるのか。
そして、桜羽君と俺は同じクラスメイト。
俺のたどたどしいオウム返しにまだ納得がいってないと思われたのか、桜羽は鞄から財布を取り出して、中に入れていた生徒証を見せてくれる。
そこには証明写真らしく仏頂面の桜羽の顔写真と共に、蘭を模した学校のエンブレムと白蘭高校の名前、それから所属している学科名らしいアイドル科の文字が並んでいる。
アイドル科?
聞き覚えのない、むしろそんな巫山戯た名前の学科があるのか──だなんて感想が一瞬で脳裏を過ぎる。
いや、待てよ。
白蘭高校のアイドル科⋯⋯だよな。
定期的に口に出していたのか、妙に舌馴染みの良い名詞の羅列に頭の上で電球が光った。
刹那、俺のすっからかんだった脳味噌に数多の記憶が蘇る。
「お前、桜羽庵璃か!?」
ついで蘇った記憶に促されるままに荒ぶる感情に任せて、桜羽に向かって人差し指をビシッと突き付けていた。
生徒証まで出して身元を証明したのに、唐突に強く名前を呼ばれて指まで差された桜羽は怒ることもせず、コテンと首を傾げる。
破壊力ある端正な顔に似合わずぼんやりとした仕草を披露した彼は、「うん」とこれまた言葉少なく首肯するのみ。
だが、これこそが桜羽庵璃なのだと、俺は自分が対峙しているイケメンについて納得することが出来た。
白蘭高校 アイドル科所属の桜羽 庵璃。
彼は、国民的俳優の伊純 陽士と桜羽 音呼の間に生まれた超一流芸能家族の二世であり。
また、白蘭高校が所有する【Angel*Doll】というアイドルグループのメンバーの一人で、メンバーカラーは名前からとってピンク色。これには埋まっていなかったカラーを当て嵌めた結果という諸説もある。
何にせよ、俺はコイツのことを知っている。
否、コイツというよりも──【プリズム☆アイドル】というクソダサソシャゲの中の彼のことを。