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メンカラを打診された

「では、一通りの顔合わせも終えましたので、今月と来月の予定についてお話しますね」


 全員の自己紹介が終わると、いつの間にかノートパソコンにケーブルを繋いでいた虎南先輩がテレビにハクステの画面を映していた。


 Angel*Dollの管理者用アカウントでログインしているらしく、そこからスケジュール表を引っ張り出してくる。


「上級生には既に連絡済で、それぞれ振ったお仕事を為されていると思います。追加分はありませんし、もし追加があったとしてもキャパを超えますのでお断りするつもりです。多分、Z:climax辺りに話が行くんじゃないでしょうか。

 一年生達は事前に配布したスケジュール通りにダンスレッスン、ボイトレ、合同練習などをこなしてください。金額や予定の都合上、外部トレーナーだったり、上級生だったりとバラつきがありますが、一定以上の質は保証しますので真面目に取り組んでくださいね」


 トレーナーに選出されているのは、主に二年生だ。


 最後の週に一回だけ虎南先輩の日があったが、大体は古坂先輩や逆浪先輩だった。


 恐らく、海嘉先輩のエッジ雑技団への出張が終わった六月からは彼もこの中に入ってくると思われる。


「今月の月末ライブは、上級生のみで公演予定です。先月、先々月と辞退していましたので、これが今年度最初のライブとなります。久しぶりに俺達の顔をファンの皆様にお見せする機会となりますので、舞台上では無様な面を晒さないように気をつけてもらえれたらと」


 虎南先輩が操作するマウスポインターの先が、最終週の土曜日を指す。


 日付の中に表示されている『月末定期ライブ』の赤文字は素っ気ないのに、その文字を見据える先輩達の顔は少し固い。


 会議室内に緊張の糸がピンと張り巡らされる中、果敢にも挙手する男がいた。


 虎南先輩は男──古坂先輩を一瞥して、発言を認めるように手を差し出す。


 発言を許可された古坂先輩は僅かに首を傾げると、この重苦しい沈黙を破った。


「その件ですが、月末ライブに参加するということは、これまでの辞退理由でもあった『警備上の不安』を解決、()しくは改善案の目処が立ったということなのでしょうか?」

「えぇ。其方の目処が立ちましたので決行に踏み切っています。誹謗中傷に余念のなかった皆様への司法処置が粗方終わりましたし、今回はボディーガードとして強力な助っ人も招いています。まあ、少しばかり荒っぽいことになるかもしれませんが、多少荒療治になった所で良い薬になるでしょう」


 明らかに不穏そうな一文が最後の方に添えられていたことで室内の温度がマイナス三度くらい下がったような気がしたが、前述の内容も気になりすぎて腕を摩っている場合じゃない。


 虎南聖仁、炎上の鎮火に法律も駆使してたのかよ⋯⋯!?


 この辺の詳細はメインストーリーでも軽くしか描かれていないし、深掘りされてもジメジメした内容にしかならないだろうからと気にも留めていなかったが、そこまでの手段にまで至っていたとは。


 誹謗中傷の司法処置っていったら、開示請求とかそういうのだよな。


 プロデューサーこと北白川やその他の教師が率先して手続きを進めているのだろうが、虎南のプライドの高さを考えると多分、そこそこ加担しているだろうし。


 ⋯⋯今更だけど、コイツ本当に18歳だよな?


「承知しました。当日は万全の体制で挑みます」


 急に虎南先輩の年齢が信じられなくなったりする中、古坂先輩が納得したこともあり、予定の共有が再開される。


「それから来月の予定なのですが、ブライダル会社からCMの依頼がきてるんですよね。恐らく、真白目当てなんでしょうけど、地元の中小企業ですので上級生で引き受けます。

 また、幾つかの老人ホーム、保育園や幼稚園等のご贔屓さんからのご依頼には基本的に都合のつく俺と二年生で行脚します。真白も予定が空いてましたら、適宜参加してください。

 地方紙からの仕事は原稿提出程度の物であれば真白、インタビューといった体が縛られるものは俺が受けます。

 基本的に一年生は、夏休みまでの間は基礎練に励んでください。夏休み以降は扱き使いますので、徹底的に技術と体力を身につけてくださいね」


 やっぱり、虎南 聖仁は18歳じゃないのかもしれない。


 滔々と読み上げられる怒涛の予定の嵐に、よくもこれ程のスケジュールを一人で管理しているなと目を剥きそうになる。


 仕事をこうやって振ってるってことは、他のメンバーの予定も粗方把握しているってことだろ?


 ちょっとスーパー高校生過ぎないか。


 実は25歳くらいで、学生アイドルに拘りすぎるあまりに高校十年生をしている可能性の方が断然高くなってきた。


「ですが、学内行事は別です。来月の月末ライブは一年生も参加してもらいます。所謂、お披露目ライブというものですね。本日、採寸したとのことなので、ラフの一次締切は四日後の18時までとします。製作の締切は来月の25日18時にしましょうか」

「わーお、とうとう一週間すら貰えんようになってもた⋯⋯」

「透は俺の目の前で描いた方が捗るみたいですし、実質一週間みたいなものだよ」

「え、もしかして俺、三日ぐらい先輩の部屋でかんき⋯⋯じゃなくて、缶詰になるんすか」

「透次第かな」


 医者から病名を告げられた患者並みに逆浪先輩の顔色は真っ白になり、告げた医者側の先輩はキラッキラの百点満点のプリンススマイルを炸裂させている。


大変に分かりやすい上下関係ぶりだ。監禁だと口走りたくなる逆浪先輩の心情もよく分かる。


 今度は逆浪先輩が助けを求めるように同級生達を見やる。


しかし、その表情は先程の海嘉先輩と違ってかなり逼迫していた。


 だが、やはりそこは仲がいいのに、助け合い精神には難がある二年生トリオ。


 縋られた古坂先輩と海嘉先輩は息を合わせて満面の笑みになると、キュピンと星が飛び出さんばかりにサムズアップした。


 期待を裏切らない薄情さっぷりに、逆浪先輩の紙のような顔色が絶望に染る。


「こんの裏切り者ぉぉぉぉ」とか弱い逆浪先輩の絶叫が俺達の所まで届くが、宛先の二人は勿論ピクリとも動かない。感嘆したくなるほどのスルーぶりだ。


 しかし、追い討ちを描けるように虎南先輩はまだ喋り続ける。


「ちなみにこれに加えて、月末ライブまでに新入生のグッズを用意出来ればなとも思うんだけど。どうかな?」

「⋯⋯多分、デザイン自体は描き上がると思いますけど、工場のおっちゃんにどつき回されるかなぁ〜って」

「ふむ⋯⋯やっぱり厳しいか。じゃあ、タオルやリストバンドみたいな色と名前を変更するものぐらいなら何とかならない?」

「あーそんくらいやったら、なんとかなるんじゃないすかね。この前、『新メンバーのグッズ案早めに寄越せ』ってメール来とったし。プロデューサー、月曜日の午前っていつでも空いとる?」

「ああ、大丈夫だ。もし、急遽授業が入ったとしても自習にする」

「⋯⋯やったら、アポ取っときますね。多分、工場内に入ると思うんで、汚れても良さそうな上着持ってきてください」

「了解」


 教師としてそれはどうなんだということを誰もが思っただろうが、Angel*Dollの用事を優先させてくれるということなので無益なツッコミは飛び交わなかった。


 誘った逆浪先輩が、少しだけ釈然としていなさそうだが。


 打てば響く軽快な先輩達のやり取りを耳にしながら、俺は再度思った。


 ──もしかしたら、Angel*Doll自体がもう高校生とは随分掛け離れた存在なのかもしれないなぁと。


 グッズの打ち合わせとはいえ、工場と直接やり取りし、アポを取って出向くとか最早そういう仕事をしている社会人でしかないんだわ。


 ゲームのキャラクターだから云々込みだとしても、さっきのやり取りは運営会社の日常過ぎる。


 彼等はもし、学生アイドルを卒業して一般人の道を歩むことになったとしても、きっと仕事の出来る社会人として重宝されることだろう。


「伝達事項は以上です。その他、不明点などありましたらお伺いします⋯⋯うん、無さそうだね」


 この学生とは思えない会議が漸く終了するらしい。


 妙に疲労感を覚える頭が終わりを感じ取って、拍手喝采している。


今日はもう早く寝ような、俺。


 今にもうげーと伸びをしたくなる衝動を抑えていると、締めの挨拶をするためにか、再び芹沢先輩がその場から立ち上がったのが見えた。


 胸の前で拳を握って、少しばかり険しい顔をした先輩に片眉が上がる。


 今頃になって緊張しだしたとか、そういうことは無いだろう。


 何をそれほどに思い詰めているのかが分からず、首が傾く。


「今月からは本格的に始動することもあり、聖仁や二年生の負担がかなり大きくなるだろう。もし、不調があれば絶対に隠さず、素直に報告して欲しい。君達に頼りっぱなしになっている私が言える義理では無いが、外注という手段もあるし、ライブも代打を立てるという道がある。ご贔屓様先で行うライブ、月末のライブ⋯⋯どれも楽しいものにしよう」


 固い芹沢先輩の声に、そうかと胸中で零す。


 この人はメンバーの過労を心配しているんだな。


 自分が絶賛経験中ということもあるだろうが、過労がどれ程、人を追い詰み、心を鈍らせるかを理解したからこその注意だと思う。


 あれからも忙しくしていそうな芹沢先輩も該当者でしかないのだが、この前よりかは隈も薄くなり、顔色も良くなっているので、恐らく工夫して休みを多く取るようにしているんだろう。


「それ、真白さんにだけは言われたないな〜」

「本当ですよ。けれど、確かに根を詰めすぎるのも良くないですからね。しっかりと就寝時間は確保しますよ」

「そうそう!最悪、授業がありますし!」

「だから貴方はいつまでたっても補習ばかりなんですよ」

「海嘉。あんまり点が低すぎると夏休みが無くなるからな」

「うっ⋯⋯激・夏休み補習って最長何日でしたっけ?」

「盆以外だからMAX25日くらいじゃないか。俺らは休みだろうと学校にはいるからな」

「さようなら、俺の夏休み」


 海嘉先輩は潔く夏休みを諦めた。


 惜しむように目を眇めている彼に、逆浪先輩と白星がアホほど爆笑している。


 確かこの二人も補習が捩じ込まれるほどの学力だった筈なのだが、妙に他人事のようだった。


 プロデューサーを含む残りの先輩達が如何ともし難い表情で、Angel*Dollの偏差値を引き下げているだろう三人を見詰めている。


 流石の三年生といえども、メンバーの学力向上までは手を尽くせないし、そもそも面倒を見る義理もねぇもんな。


「では、本日は解散。誠だけ少し伝えることがあるから残ってもらっていいかな」


 虎南先輩はアホ共に構ってられないとばかりにとっとと集会の終了を告げた。


 しかし、まだ俺にはボーナスステージが残されているようで居残りを命じられる。


「分かりました」


 早く帰りたいのが本音だが、帰ったからといって別にやることもないので素直に承諾し、浮かばせた腰を落ち着ける。


 残ることになった俺以外は早々に会議室を出払っていき、室内には俺と三年生、プロデューサーだけとなった。


 Angel*Dollの上層部だけが残った空間に自分が混じっていることがどうにも落ち着かない。


 そわそわと誰かが喋り始めるのを待っていると、皆が退出している間にメッセージの返信をしていたらしい芹沢先輩が触っていたスマホを置いて、話し掛けてきた。


「誠君、お疲れ様。昨日の今日だけど、今の所ウチはどうかな?」

「お疲れ様です。今のところ、皆さんには良くしてもらっていますので、快適に過ごさせてもらってるっすよ」

「そっか。私の個人的な見立てだけど、誠君は上手く馴染んできていると思うよ。ちょっと変わり者が多いけど根はいい子達ばかりだから、きっともっと仲良くなれるんじゃないかな」


 こうやって芹沢先輩と腰を据えて話すのは、かなり久しぶりな気がしてくる。


 昨日の加入試験の時も話はしたけど、あの時はバタバタしてたもんなぁ。


 通算しても先輩とはまだ三回しか会っていないのに、こんな感傷を抱いてしまうのはきっとゲーム知識のせいもあるんだろうが。


 本題前の前振りだろう世間話が一区切りつくと、芹沢先輩は逡巡するように瞬きを一つした。


 机の上に置いて重ねられた両手には、ぐっと力が入っている。


 一体、今から何を言われるんだと、見ているコチラが緊張してきそうな先輩の固い態度に不穏な空気を感じとっていると、意を決したように口を開いた。


「それで本題なんだけど──君のメンバーカラーのことで私から頼みがあるんだ」

「⋯⋯メンカラっすか?」


 先輩のあまりの深刻さとは裏腹に、本題が先程まで話題に上がっていた『メンカラ』のこととあって拍子抜けする。


 なんだ、メンカラのことか。


 芹沢先輩があまりにも覚悟を決めたような態度をしていたから、何かしらのトラブルでも起きたのかと勘ぐってしまったわ。


 しかし、メンカラ関連の頼みってことは、俺に使って欲しい色があるとか、多分そういうことなんだろう。


 希望の色がない俺にしてみたら、逆に色を指定されるのは有難いことでもある。


 変に悩まずに済むし、時間も短縮出来るからな。


 だが──俺の予想が当たっていたのは半分だけだった。


 芹沢先輩のお願い事は、俺が考えている以上にもっと踏み込んだことであったのだ。


「うん。誠君にも好きな色があると思うから無理強いはしない。けれど、もし、色にあまり拘りがないのであれば、私は誠君に水色を使って欲しいと思っている」

「水色⋯⋯」

「うん。その色はね、昂汰が持っていた色なんだ」


 思わず、息を飲む。


 色を指定されることは良い。


 全く問題は無いし、何なら水色なんて明るい色を貰えるのも光栄だ。


 しかし──色の前任者が少し前にトラブルを起こして脱退したばかりの小早川昂汰ということはかなりの問題だ。


 現在、その色はAngel*Dollのメンバーやファンにとっても、タブー色のような扱いになっているのは想像にかたくない。


 つまり、芹沢先輩は触れてしまったら爆発確定の起爆剤を新入生である俺に持たせようとしていた。


 それがどれ程酷なことかをリーダーである芹沢先輩はよくよく分かっているだろうに、なぜ俺にその話を持ってきたのだろうか。


 彼の真意が分からず、確かめるように森林を彷彿とさせるような緑眼を見詰め返す。


 しかし、夏の山奥のような深い緑の目は強い決意の光を宿すのみで、読むことは出来なかった。


「いずれ、いつかはこの色を持つ新メンバーが誕生する。それが昂汰が去ったばかりの今である必要なんて全くないだろう。寧ろ、今代の新入生が引き継いだことで、ファンの感情をかなり揺さぶることになるに違いない。良くも悪くもファンが抱く誠君への想いも複雑になってくると思う」


 また暴走機関車モードに突入してしまったのかという懸念もあったが、それは杞憂でしかなかったようで、芹沢先輩は現状をしっかりと認識していた。


 俺が小早川の色を引き継いだことによって、起きるだろう事柄も予想はついているらしい。


 じゃあ、なんで?──という疑念は、芹沢先輩の吐き出された想いによってあっさりと判明することになる。


「けれど、私はこの色を持つ次のメンバーは君が良いと思った⋯⋯思ってしまったんだ!君なら、この色に負けることなく、それどころかもっと特別な意味を持たせてくれると身勝手にも願ってしまった!!」


 初めて聞く芹沢先輩の大声。


 苦悶に塗れているのに、混じりっけのない綺麗なテノールが部屋内に響き渡る。


 先輩の爆発した感情に晒されながらも、俺は呑気にもこの人が怒鳴ったところで、全然聞き苦しくないんだろうなと、今考えることじゃない感想を抱いていた。


 しかし⋯⋯やっぱり、これは暴走機関車モード入ってるよなぁ。


 あんまりにもすげぇことを言われたせいで正しく言葉が理解出来ていないのか、気持ちが全く追いついてこない。


「これが私の身勝手な願い事だということは百も承知だ。だから、誠君は気にせず断ってくれていい。空いている色は他にも沢山あるのだから」


 予想以上の激重感情をぶつけられたが、先輩はAngel*Dollのフォロワーらしく、最後の最後に選びやすい逃げ道も用意してくれた。


 力なく微笑む芹沢先輩は非常識なことを迫っていると弁えているからこそ、これ以上の言葉を重ねる気は無いらしい。


 ぐっと下唇を噛み締めて、縋るような目を見せないようにと伏せてしまう。


 ほんの数分前までリーダーとして立派に振舞っていた先輩の姿は既に無く、判決を静かに待つ囚人のように身を小さくさせている。


 きっと、こんな弱々しい姿を彼が俺に見せてくれるのは、先に出会った姿がAngel*Dollのリーダーとしてではなく、過労で倒れる寸前の芹沢真白だったからこそなんだろうな。


「誠、コレは本人が言う通り、駄々を通り事した我儘なのだから気楽に断ると良いよ。お前はこんな七面倒臭いことまで背負わなくてもいい。Angel*Dollに属しただけでも昂汰の罪の一部は引き受けさせてしまっているのだから、これ以上を引き受けさせるのは俺達の怠慢でしかない」


 俺達のやり取りを横槍を入れずに黙って傍観していた虎南先輩が、この段になって漸く口を挟んできた。


 この人は、芹沢先輩の提案には反対なのだろう。


 まあ、常識的に考えてそうだよな。


 アイドルチームの戦略としても芹沢先輩の決断はあまりにも邪道というか、無謀というか──正直、どう見繕っても愚策でしかない。


 俺達の内輪だけで済む話なら『勝手にどうぞ』ってなるんだが、ファンにも大きく関わってくることとなってくるとそうもいかない。


 小早川ファンにしてみたら、もう帰ってくることも絶望的な推しの残滓(ざんし)まで新メンバーに奪われることになるし、他のメンバーのファンにとっても「あの問題を起こして脱退した奴の後釜」というフィルターがどうしても掛かってくる。


 そんな地雷でしかない『水色』を敢えて与えたいというのは、虎南先輩にしてみると俺の身体中にダイナマイトを巻き付けるような凶行にも見えていることだろう。


 ⋯⋯それは、本当にその通りなんだよなぁ。


「少しだけ、考えさせてもらっても良いっすか」


 頭では断るべきだと分かっているのに口をついて出たのは、無駄に時間の引き伸ばしを求めるような言葉になっていて。


 我ながら馬鹿なことをしているなと理解しているが故に、気まずくなって後頭部を搔く。


「それは⋯⋯検討してくれる、ということなのか?」

「⋯⋯自分でもなんでそんな気持ちになっているのかが分かんねぇすけどね」


 愚策も愚策、下手をしたらトドメにさえなりかねない判断だ。


 それの片棒を加入早々、担ぐことになるかもしれないだなんて正気の沙汰ではない。


 けどなぁ、自分でもあやふやとしているんだが、芹沢真白の馬鹿みたいな綺麗事をなんとでも押し通そうとしてくる所が多分、俺は嫌いじゃない。


 それもこれも、芹沢真白担当のせいなのだろうか。


 だとしたら最推しにくっそ弱過ぎないか、俺。虎南先輩のことを笑っていられないぞ。


 芹沢先輩はまだ信じられないとばかりに伏せていた目を丸くしていたが、俺の決断が本当だとやっと理解したらしく、パァっと花開くように微笑む。


「ありがとう。本当に君は⋯⋯俺にとって都合のいい天使なのかもしれないと思ってしまうよ」

「それはちょっと気色悪ぃすね」


 キュート系アイドルの見本らしい先輩と言えども、それはあまりにもあんまりな発言だったので、間髪入れずに叩き落としてしまった。


 いくらAngel*Dollのリーダーだからって、後輩の男相手に天使を用いた褒め言葉をするのはどうかと思う。


「はぁー」


 そんで、芹沢先輩の隣で事務作業をしていた虎南先輩からは、これみよがしの特大溜息を吐かれてしまった。


 手に負えねぇとばかりに、額に手を置いて首まで振っている。


 俺としては、芹沢先輩の同期は虎南先輩しかいないのだから、責任を持ってしっかりと暴走をしないように手綱を握っていてもらいたい限りだ。


「マコ。よくよく考えて結論を出せよ。お前の一進一退にも関わってくることだからな」


 その上、俺には関係ないとばかりに静かにスマホを弄っていたプロデューサーまで諌言(かんげん)してくる。


 まだデビューすらしていないのに、一進一退も何も無いのだが、水色を選ぶかどうかで俺の今後がかなり変わってくることは真実なので何も言えない。


 本当、とんでもないことを頼んできやがったよな。


 若干、芹沢先輩を見る目が恨めしげにさえなってくるが、彼はそんな視線にすら気付いていなさそうなくらいに喜んでいる。


「私は望みを押し付けてばかりだ。自己紹介の時も言ったが、些細なことでもいいから何か困ったことがあればいつでも言って欲しい。でないと、私の借りばかりが積み上がっていくばかりだからね」


 そう宣った芹沢先輩は任せろと言わんばかりに両手を広げてくる。


 カモンとばかりに大手を振ってくるが、まだ加入したばかりなこともあって、悩みっていう悩みもまだ無いんだよなぁ。


 ⋯⋯あ。


「悩みっつーか、お願いごとならあるんですけど⋯⋯」

「本当かい!?勿論、なんでも聞こう! 私に出来ることは限られているが、もし出来ないことでも叶えてくれそうな人を探してくるよ」


 頼み事をされるというのに、妙にハイテンションになる芹沢先輩。


 もしかしたら、こうやって何かと頼み事が無いかと聞いてくるのは、あまり頼られるということが日常的に無いからかもしれない。


 ⋯⋯そういうのは虎南先輩の方が向いてそうだもんな。


「いや、芹沢先輩と虎南先輩なら可能な事なんです。そのAngel*Dollって、まだ新メンバーを募集してたりしますか?」


 まさか自分も呼ばれるとは思っていなかったらしい虎南先輩の手元から、カタカタとキーボードを打っていた音が消える。


 わざわざ作業を中断して、俺へと顔を向けてくる虎南先輩は物凄く訝しそうな顔つきだ。


「足りてもいるし、足りてもいないといった所かな。一応、俺達や二年生の代は三人いるし、俺達の前の代も同期は三人いらっしゃった。ただ、今の状況上、これ以上に人を増やすメリットがあるのかが見い出せていない」


 俺の願い事の予想がついているのに、虎南先輩はわざと迂遠(うえん)な言い回し方をしてくる。


 ただ、彼は白黒ハッキリつけたい性分だと思うので、こういう言い方をしてくるということはまだ食らいつく余地は残されているということだ。


「誠君は誰を誘おうとしているのだろうか」


 虎南先輩が思惑を巡らせていそうな傍らで、芹沢先輩が真っ直ぐに尋ねてくる。


 俺は既に口に出してしまったにも関わらず、この願い事を口にする段階に差し掛かったところで、不意に迷いが生じた。


 ──この男の加入イベントに、果たして俺なんかが噛んでしまっても良かったのだろうかと。


 しかし、吐いた唾はもう飲めない。


「俺と同じクラスの桜羽って男です。多分アイツ、まだ入るチームを決めていないと思いますし、このままだと⋯⋯」


 本来はAngel*Dollのメンバーであり、白星雪成を同期に持つはずの男を、ゲームにはいなかった存在である姫城こと俺が引き入れようと画策する。


 果たしてそれは、(いたずら)に桜羽の未来を掻き乱すことにならないだろうか。


 だが、主人公がAngel*Dollのマネージャーを断られてしまった今、彼がどうやって加入するのかが分からなくなってしまっていた。


 主人公が他のアイドルチームのマネージャーをしている時も、ライバルチームとして登場するAngel*Doll内に彼は居たので、多分放っておいても何かしらの条件に沿って加入はするんだと思う。


 しかし、Angel*Dollのマネージャーを希望してキャンセルされた主人公を見ていると、どうもこの世界は原作通りに物事が進まないケースもあるのだと知って、俺は嫌な予感に襲われていた。


 この世界がプログラミング通りに動いていない、リアルな世界なんだから、そんなことはごまんとあることは分かっている。


 だが、妙に一致しているキャラクターの特性や立場を見ていると、シナリオを逸脱しすぎるとAngel*Dollの覇道が成就するまでの道程も綻んでしまうような気がする。


 俺が加入したことにより、推し達の未来が不用意に歪められてしまうことは本意では無い。


 寧ろ、異物として加入した以上は──結末が破綻しないように物語を調整するようにという努力義務が生じてさえいると思っている。


「桜羽、庵璃⋯⋯」

「先輩、ご存知なんです?」


 虎南先輩は顎の下に折り畳んだ指を当てると、譫言(うわごと)のように桜羽の名を呟いた。


 何かしら思うことがありそうな先輩の態度が気になって、訳を尋ねるように聞いてしまう。


「一年生のデモは一通り見たからね。彼は一年生の中で、一際華を持っていたから記憶に残っているよ」

「私も覚えている。ダンスや歌はまだ磨く余地があるけど、立ち姿は完成されていた。舞台上を支配出来る子なんて芸能界でもなかなかいないからね」


 流石、アイコンの顔にもなっているだけあって、桜羽は二人からの覚えも目出度いらしい。


 ──なんか、それだけって感じはしねぇけどな。


 虎南先輩は兎も角として、芹沢先輩の声がちょっと上っ面っぽく聞こえる。


 だが、俺の邪推が日の目を見ることはなかった。


 虎南先輩がニッコリと笑って、俺の望み通りの言葉を言ってくれたので。


「彼なら良いでしょう。オーディションを希望するというのなら時間を作ります」


 こうして、俺による突発的な『桜羽庵璃勧誘イベント』が発生した。



※注釈

『ラフ』⋯⋯デザインにおいて、大まかなイメージを捉えたスケッチや下書きのこと。提出時にA案、B案、C案くらいあると個人的には有難い。


『製作』⋯⋯古坂の場合、パターン(型紙)作成〜仕上げまで。


学業と同時並行でのこの短納期は自分ならブチ切れ案件ですが、Angel*Dollはそうも言ってられないので仕方ないね。

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