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芹沢:姫城誠が齎す変化

 正式にAngel*Dollに加入した姫城 誠に加入手続きについてや今後の予定等を話し、もう遅いからと彼を先に帰した後のこと。


 まだレッスン室1に居残っている二年生・三年生の四人はパイプ椅子に座ってスマホと睨めっこしていたり、床に大の字で伸びきっていたりと好きな体勢で寛いでいた。


 かくいう芹沢も、パイプ椅子に腰掛けて手元のスマホを覗き込んでウンウン唸っている最中だった。


 所属している芸能事務所からのスケジュールと、Angel*Dollのスケジュールが幾つかドッキングしているために、どうにか擦り合わせられないかと頭を抱えているのだ。


 白蘭高校及びAngel*Dollの方針としては、個人の仕事が最も優先順位が高い。


 しかし、Angel*Dollのリーダーとなって、はや四ヶ月が経った芹沢としては、学生アイドルとしての仕事も全うしたい気持ちがある。


 プロアイドルと学生アイドル、どちらも全力で取り組みたいと宣う度に、目の前にいる聖仁からは「強欲過ぎない?」と苦笑されるが、自分をここまで引き立ててくれたAngel*Dollと漸く到達したプロアイドルという立場を天秤に掛けることは出来そうもなかった。


 宿願叶ってアイドルになった芹沢としてはアイドルとして求められ続ける限りは、どうしても期待に応えていきたい。


 その思いはもはや、信念といっても差し支えない程だ。


「夏休み中の出演依頼、かなり来てるね」


 ハクステに登録されているAngel*Doll用のアカウントに入っているジョブ一覧をスクロールしていると、八月以降の依頼票がずらりと列をなしており、思わず声に出してしまう。


「有難いことにね。夏祭りのゲスト出演と遊園地の特設ステージの出演、あとは北上ラジオの出演に地方紙のインタビューが三件⋯⋯真白はどこと被ってる?」

「今の所は夏祭りと遊園地かな。この二件は申し訳ないけど、フェスに出なくてはいけなくて」

「嗚呼、ここ二つは盆前だったな。これくらいは俺と二年で回せるから大丈夫」

「⋯⋯聖仁、休暇日ちゃんと設定してる?」

「真白にだけは言われたくないよ。ちゃんと八日は取るようにしてるから」


 ニッコリと眼鏡越しに虎南から微笑まれた芹沢は胡乱げだ。


 コンタクトレンズの限界が来たからと本日のアイドル業務を終了した虎南は、オフ用の黒縁眼鏡を装着して本格的に事務モードに移行している。


 この事務モードに突入している時は、特に休憩については口酸っぱく言ってやらねばならないと芹沢は心得ていていた。


 放っておくと限界まで自分を追い詰める癖があるこの同期は、警備員が覗きに来る日が変わる直前までノートパソコンを叩いてることがよくあるからだ。


「やっべ〜。俺、下手したら今年の【夏休み前フェス】、マコちゃんに前列取られかねへんくね?」


 一方、三年生組が夏休みのスケジュールについて話し合っている間も床で大の字に寝転がっていた逆浪が突然、突き動かされたように騒ぎ始める。


 というのも、姫城誠の加入試験時のパフォーマンスを見て、少しばかりの危機感を抱いたらしい逆浪は、件のニューフェイスが帰宅した後にエンジョイ行進曲を一通り踊ったのだ。


 結果、記憶の中にある姫城のパフォーマンスと己のパフォーマンスを見比べたことで、より抱いていた危機感が加速したらしい。


「何寝惚けたことを言ってるんですか。()()()()()ではなく、()()()()()()()ですよ」


 そこへトドメとばかりに現実を突きつけたのは、逆浪のクラスメイト兼同期でもある古坂だった。


 いつの間にか衣装室から作り掛けの新衣装を持ち込んでいたらしい古坂は、細かい箇所の装飾を手縫いしながら、逆浪へと醒めた視線を送っている。


「透も見たでしょう。羽が生えているかのようにステップを踏み、かと思えば時間停止したかのように動きを止めた見事な舞いぶりを。そして、最も評価すべきは此方を慈しむかのように、けれども無邪気ともさえ思えるエンジェルスマイルを終始、湛え続けたことです。素晴らしいエンジェルでした」

「最近ほんま、兄ちゃんにそっくりになってきたよな⋯⋯」


 瞬間、古坂の眼鏡が怪しく反射する。


 寸分違わずに古坂の地雷をぶち抜いた逆浪に、芹沢は目元を覆いたくなったが時すでに遅し。


 迎撃準備が整った古坂の口からは、大量の言葉が放射された。


「なんですか、ノンエンジェルさん。そもそも透は体幹が弱いんですよね。体の軸が柔らかすぎるんです。あと重心に左右差があるのも問題ですよね。あんまり左右差が広がると、肩の位置も斜めになっていきますよ」

「ぐっ!そう言うシュウちゃんやって、ちょっと体が固すぎるんやない?たまに足とか上がりきってへん時あんで!!」

「それに関しては現在、トレーナーからヨガをご教授頂き矯正中です」

「うぐぐぐぐ」


 古坂お得意の正論マシンガンに、逆浪の勢いが徐々に弱くなっていく。


 しかも、迎撃体制のみならず、どうやらお小言モードにも突入しているらしい古坂は、良い機会とばかりに徹底的に逆浪の甘えを指摘するつもりのようだ。


 こうなってくると先が長い。


 Angel*Dollの裏番である虎南の次に怒らせると不味い古坂を宥めるべく、芹沢は仲裁に入ることにした。


「まだ今のところ、フォーメーションは二年生を前列にする気ではいるよ。振付上、前後交代なんかはあるだろうけど、初期位置は君達を先頭で考えている。やっぱり、数人の前でパフォーマンスするのと、大勢のファン達の前でパフォーマンスするのとは勝手が違うからね」

「や、やんな〜!流石、真白さんは考えていることが違うわ!」

「でも、それはそれとして透君はもうちょっと体力をつけようか。もし、今年の一年生の肝が据わっていて、上級生以上に上手なら考え直すことも有り得るから」

「う、うい〜す!」


 だが、芹沢もただ古坂の怒りを鎮めるためにフォローをするだけではなく、しっかりとフィードバックもしていく。


 古坂の説教をBGMにするのも遠慮したいが、逆浪のおおらか過ぎる短慮ぶりも懸念事項の一つではあるからだ。


 Angel*Dollのリーダーである芹沢は、穏やかな物腰と紳士的な一面でも人気を博している、誰もが認める心優しい青年であるが、アイドルに関連する事柄に関しては厳しい。


 自他共にアイドルに求める水準が高く、典型的な理想型である芹沢だからこそ、Angel*Dollのリーダーに抜擢されたのだろうと界隈で囁かれているほどだ。


 しっかりと釘を刺された逆浪がこれ以上の話はやぶ蛇になると、「そういえば」と話を強引に別方向へと持っていく。


 古坂の眉間が再び「この阿呆は分かっているのか」とばかりに山を築くが、話を逸らしたくて必死な逆浪はなんのそんのとばかりにスルーだ。


「真白さんもよくあんなダイヤを見つけたっすよね。どこで拾ってきたんすか?」


 今度は芹沢が、ギクリと顔を強ばらせるターンらしい。

 逆浪が新たに提供した話題は、ニューフェイスである姫城誠との出会いについてだった。


 姫城誠とどの様に打ち解けたのかは、プライベート用のSNSで繋がっている皆にはすっかりバレているのだが、実はまだそれ以上のことを何とか有耶無耶にしている芹沢である。


「えっと、えがを商店街かな。北上ラジオ局の近くに古い商店街があるの、分かる?」

「あ〜、西成にありそうな感じの商店街すね。紫パーマのオバチャンがおる服屋とか、古めかしい銭湯があるとこの」

「うん。あそこでちょっとね」


 まるで犬猫を拾ってきたような言い草の逆浪に苦笑しつつ、芹沢は言葉を慎重に選んで答える。


 若干言い淀んでしまったがバレてはいないだろうかと、恐る恐る逆浪を盗み見すると、それ以上は追求する気がないらしい逆浪がすっかり床で伸び切っているのが見えた。


 どうやら、好奇心よりも疲労感の方が強いらしい。


 これ以上は話を掘り下げられないだろうと安堵した芹沢は、小さく息を吐く。


 ピザパーティーの一件はSNSに投稿したことで、ほけほけと見知らぬ後輩の家に着いていってしまったことがバレてしまったが、今の所まだ余罪は発覚していない。


 もし、あわや交通事故になりかけたことや、初対面の人間と銭湯に行ったことまでバレてしまったら、目の前でノートパソコンを打っている同期から大目玉を食らうことは必然だ。


 一昨日から説教漬けの芹沢としては、ここは何が何でも隠し通したいところであった。


「どうかした?真白」

「い、いいや。なんでもない」


 疚しい気持ちが視線に滲んでいたのか、ノートパソコンを相手にしていた虎南が画面に目を向けたまま視線の意味を問うてくる。


 それを誤魔化していると、芹沢の様子が引っかかったらしい虎南がとうとう画面から視線を上げてきた。


 照明を反射して光る眼鏡のレンズにドギマギしつつ、芹沢は何か丁度いい他の話題はないかと脳を搾った。


「その、だな⋯⋯聖仁があそこまできじ⋯⋯誠君に頼み込むのが意外だったなって」

「そうかい? 俺はAngel*Dollに誠は必要だと思ったから、ああまでしたまでだけど」


 虎南が下の名前で呼ぶというものだから、つい自分もと姫城の名前を呼ぶことにしたのだが、未だに舌には馴染んでいない。


 そんな芹沢とは違って、すっかり『誠』呼びが板についている虎南は、何か自分の対応に問題があったかと言いたげに首を傾げている。


(問題は、無い。結果だけを見たら何も)


 虎南は加入を反対していた姫城の能力を知り、柔軟に意見を変えて加入を認めてくれた。


 それどころか、侮ったことを深く謝罪し、気に食わないなら虎南が出来る限りの交換条件にも応じると歩み寄りさえした。


 そんないくらでも譲歩しようと引き下がっていく虎南を、芹沢は複雑そうな面持ちで見守っていた。


 芹沢の知る虎南は合理主義だが、同時に矜恃(きょうじ)の高い少々偏屈な男でもあるからだ。


 そのため、Angel*Dollに必要だと判断すれば勧誘くらいはするだろうなと思っていたが、まさかあそこまで手を尽くして姫城を招こうとするとは芹沢とて思わなかった。


 きっと見知らぬ誰かは、その虎南の清濁併せ呑む姿勢を『成長した』と評価することだろう。

 これが大人になっていくことなんだと。


 しかし、芹沢は手段を選ばなくなった虎南の姿を見た時、非常に複雑な気持ちを抱いた。


 そして、自分の知っていた誇り高き虎南 聖仁はもう二度と帰ってこないのだと知り、無性に切なくなった。


(昂汰⋯⋯お前は、聖仁の矜恃さえも曇らせてしまったよ。こんなことを望んだ訳じゃなかっただろうに)


 胸中で、友に告げる。


 今、何処で何をしているのかも分からない、学び舎を去った親友に告げた気持ちは深々と奥深くに積もっていくばかりだ。


 降り積もるだけで明け渡すことも出来ない想いは、先日の姫城との一件で許容出来るようになったものの、未だに芹沢の胸の裡を占めている。


 ──ただ、蝕み病まなくなったことで、芹沢の精神は少しずつではあるが、上向いてきていた。


 小さな兆しではあるが、緩やかに前を向き始めた芹沢はもう目を伏せることなく、前方に陣取る虎南の顔を見返す。


 罪悪感や贖罪にばかり囚われて俯かなくなったからこそ、芹沢は同期であり友である虎南もまた己と同じように疲労で顔色を悪くしていることを漸く知った。


 眼鏡の縁で隠されたそこにコンシーラーで薄くしてはいるものの、隈が堂々と居座っていることに気付くことが出来たのも姫城にガス抜きしてもらったお陰だ。


 あの時、姫城誠と商店街で出会っていなかったら、きっと知ることが出来なかった。


 それどころか、命を落としていたかもしれない。


 だからこそ、たった一時で大恩人になった彼は、芹沢の目指すアイドル(天使)そのものだった。


 二つも年下で、学生アイドルになったばかりのヒヨっ子だろうが、その光溢れる精神は正に芹沢が追い求めていたもの。


 この出会いを運命の巡り合わせだといって有難がり、まだその(よすが)に頼ろうしている姿は全くもってアイドルらしくないだろう。


 けれど、どうしてもAngel*Dollで人々を幸せにしていく姫城を見てみたいと芹沢はあの一日で思ってしまったのだ。


 そして、自分達をも照らして欲しいのだと。


 こんな軟弱な思いで彼をスカウトしたのだと知ったら、きっと目の前にいる友は鼻で笑うだろうが。


「やっぱり真白は見る目がある。その審美眼は前から信頼していた。まあ、だからといってもう無闇矢鱈に知らない人についていっては欲しくはないな。例え、後輩だったとしても」

「あんな軽はずみなことはもうしないよ。あの時はちょっと判断が鈍っていたんだ」


 姫城誠だからついていてしまったのだと話したところで、虎南は信じないに決まっている。


 現に全く相手にする気配なく、「ほぉ」と同期兼友は真偽などどうでもよさそうに相槌を打っている。


 もう俯いて現状から逃げ出す気は無いが──ただ、やっぱりこの曲者の眼差しから逃げ出したい時もあるなと思う芹沢である。




 芹沢と虎南の話が一段落したその時、不意にレッスン室の扉が開いた。


「お疲れ様でーす。海嘉(うみか)、ただいま戻りましたー」


 部屋内へと入ってきたのは、日に焼けた褐色肌が健康的な大柄な男だ。二メートル近くはありそうな巨体が、少し窮屈そうに首を縮めて入ってくる。

 短く切り揃えた目を惹くピンクの髪にはタオルケットが被さっており、男が動く度に裾がヒラリと翻る。


 大男の挨拶に、四人それぞれも見知った顔を迎え入れるように「お疲れ様」「お疲れ様です」「お疲れ様〜」等と声を掛けていく。


「お疲れ様。今日もサーカスショーの応援だったんだろう。怪我とかはしてない?」


 海嘉と名乗った大男に調子を尋ねたのは虎南だ。


 キーボードから手を離して、すっかり話し込む姿勢になった虎南に男がからりと笑う。


「はい!最近は綱渡りも出来るようになってきましたよ」

「なんだか、このままエッジに編入しそうですね」

「いやいやいや!俺、Angel*Dollから移籍するつもりは全然無いから!!」

「向こうもその考えだと良いんですけどねぇ」

「たかだか罰ゲームでの出張だよ。流石に千裕(ちひろ)さんもそんなことは考えてないって!!」


 何か気に掛ることがあるのか、古坂が胡乱げに海嘉へと突っかかっていく。


 芹沢としては古坂の懸念が分かってしまうので大いに同意したいところではあるが、このままでは話が進まないと再び二年生同士のじゃれあいに割って入ることにした。


「シュウ君も意地悪してはいけないよ。次狼君にはエッジにバトルライブで負けた罰ゲームとして一ヶ月は向こうで頑張って貰うことになっているのだから」


 この如何にもなスポーツマン容姿の海嘉 次狼(うみか じろう)もAngel*Dollのメンバーの一人だ。


 海嘉が出張中のエッジ雑技団から戻ってきたことにより、漸く二・三年生の全メンバーがこの場に揃ったことになる。


 どうして海嘉が他チームのエッジ雑技団に出張しているかについては、天保山よりも低く、浅瀬よりも浅いしょうもない両チームの事情があるのだが、それなりに長くなる為に今回は割愛とする。


「えぇ、少々言葉が過ぎましたね。次狼、失礼しました」

「い、いや、なんか柊矢にそうやって素直に謝られると逆に不安になるんだよな」

「やはり、お前はエッジにでも行けばいいと思いますよ」


 リーダーが仲裁に入ったことにより二人のじゃれあいは一先ずの終幕を迎えたように思えたが、海嘉がいらぬ邪推をしたことで、想像よりも面倒くさい結末に着地したようだった。


 すっかり臍を曲げてしまった古坂に海嘉が「ご、ごめん!ちょっと言葉を間違えた!!」と慌てて発言を撤回するが、もう会話する気はないとばかりに古坂は黙々と運針し始める。


 これには仲裁業といった面倒事をいつも芹沢に押し付けている虎南も苦笑いしている。仕方なく仲裁へと乗り出した芹沢としては偏頭痛がしてきそうな心地だ。


 比較的、他のチームよりも協調性のあるメンバーが集まるAngel*Dollであるが、やはりアイドル等という衆目を集める仕事を目指しているだけあって、大人しそうに見えても持っている個性は強烈だ。


 ムードメーカーであり、空気を読みがちな逆浪 透。


 独特な価値観を貫きながらも、裏方作業に精通している古坂 柊矢。


 爽やかスポーツマンの見た目を裏切らない気のいい兄貴分な海嘉 次狼。


 Angel*Dollの次世代を担う三人組はそれぞれの特性を補い合って輝ける理想的な構成であるが、少々我が強すぎてじゃれ合いが過ぎることもある。


 夏休み前に行われる一大イベントを乗り越えたら、三年生は引継ぎ作業に追われることになる。


 そして、冬休みに入る前に所属しているアイドルチームを引退することが白蘭高校の通例だ。


 つまり、三年生は今、フレッシュな戦力の確保と同時に次世代のリーダーの選定も行っている最中だった。


 三年生が二人しかいないAngel*Dollは幸いにもと言うべきか、リーダーと副リーダーの選定については殆ど方針が決まっている。


 しかし、次世代の形が決まっていようとも、今のAngel*Dollは火達磨案件を抱えているばかりに舞台の用意が整っていない。


 しかも、その火達磨は同期が残していったブツだ。


 芹沢と虎南としては、必ずや自分達が居るうちにカタをつけておきたい。


 それには、小早川 昂汰の友人としての義理を果たすためという、私情も多分に含まれているが。


「次狼、エッジはどう? 罰ゲームとはいえ、得る物はあったかい?」

「いや〜、こんなこと言うのもどうかと思うんすけど、やっぱりプロのサーカスやパーフォーマーとよく仕事してるんで、彼奴らのソツのなさは勉強になります。特にセキュリティ意識の高さは学校一じゃないっすかね。更衣室の利用は十分まで、休憩室ではお相手と一緒の場合はスマホを出さない、コラボの音源は副リーダーのみが所持などなど⋯⋯信用の徹底は凄いです。ちょっといき過ぎな感じもしますが、アイドル科といえどもアマチュアな俺らと良好な関係性を築いてもらうには手っ取り早い手段だなと思いました」

「エッジはウチよりも歴史が浅いとはいえ、劇場型パーフォーマンスを売りにしていることで一番取引先の層が広い。その辺りの立ち回りは脈々と受け継がれてきたんだろうな。今年はアチラも爆弾を抱えているだろうによくやっている」


 ただ単にお助け要因として派遣されているばかりでもない海嘉は、出張先の情報もしっかりと持って帰ってくる。


 向こうの要求で出張しているため、ある程度のスパイ行為は容認されていると考えるべきなのだろうが、見逃されているのであればAngel*Dollとしても有難く享受するのみだ。


 だが、先程まで淀みなく報告をしていた海嘉が、虎南の独白じみた言葉を聞いた途端、逡巡するように視線を彷徨かせ始める。


 どうにも言いづらそうにしている海嘉の様子に、その場にいるメンバー全員が訝しげな顔つきになる。


 先を促すように送られてくる仲間たちの視線に観念したのか、漸く海嘉が重たそうな口を開いた。。


「あ〜、うん。その爆弾なんすけど、まあまあ面倒なことになっているって言うか⋯⋯エッジ、とうとう次の団長の座を掛けて抗争が起きてるっぽくて」


 海嘉がそう告げた瞬間、部屋全体に重たい沈黙が伸し掛った。


 全員の目からは光すら消えている。一瞬にしてこの場がお通夜へと様変わりした。


 芹沢はもうこれ以上の詳細を聞きたくなかったのだが、目前にいる虎南も同じ気持ちだろうに果敢にも深追いすることにしたらしい。


「それは双子の兄弟喧嘩に巻き込まれているという了見で良いのかい?」

「傍目から見てる分にはそう見えるんですかねぇ。同学年の俺としては各々を担ぎ上げるように双子が小細工してそれを余興にしている感じがします」


 Angel*Dollの火達磨とは全くの別種ではあるが、どうやらエッジ雑技団もそこそこの火種を抱えているらしい。


 それも、ウチとは違って身中の虫が二匹、意図的に火を付け回っているようだ。


「彼奴ら、ホンマやりたい放題やな⋯⋯」

「つくづく同じチームで無くて良かったと思います」


 話題の人物に余りいい思い出がないらしい逆浪と古坂が、頗る嫌そうな顔をしている。


 身中の二匹の虫と同学年な為、色々と思う所があるのだろう。


「まあ、二年生の跡目争いが激化していることもあって、スカウトで入ってきた肝いりの新メンバーのお披露目も六月になりそうっすよ。エヌは分かりませんけど、ゼックラも新入生の確保に苦戦しているようなので、デカイとこは六月に大きく動き出すんじゃないかなと」


 これ以上、エッジ雑技団の闇について話し込んでいても良い事はないとばかりに海嘉が報告の締めに入ってくる。


 それに迷いなく芹沢も乗っかることにした。


「うん。次狼君のその見立ては合ってると思うよ。乃逢(のあ)が今年も()()()みたいな勧誘リストを作ったみたいで添削が大変だったって拓也が疲れていたし」

「⋯⋯()()()()みたいな勧誘リストって、さすが乃逢さんやなぁ。気合いの入り方が天守閣級っすね」

「Z:climaxの副リーダーともなると、そんくらいの熱意は必要になるんだな。すげぇー」

「⋯⋯貴方達はもう口を閉じていただけますか。先輩方に無教養を晒すだけですので」


 芹沢が乗っかったことで、逆浪もリーダーの後に続けとばかりに参加してくる。しかし、知能指数の関係で残念な乗り方をしてしまったらしく、同じく続いた海嘉も巻き込んで難破してしまった。


 偏差値45を遺憾無く発揮してくる同級生達へ、古坂が侮蔑の一瞥を投げている。


 今度の正論マシンガンのフォローは流石にしきれないぞと芹沢が頭を抱えそうになったところで。


「何はともあれ、此方も戦力の補充は出来たね。雪成も誠も逆境を覆すワイルドカードになり得る新メンバーだ。そろそろこの雌伏の時を待つことも終いになる。そうだろ、真白?」


 珍しく虎南が空気を読んで会話に入ってきた。


 しかも、これは──Angel*Dollが新たに動き出す切っ掛けになるだろうリーダーと副リーダーによる、長らく凍っていた時を動かすための口火だった。


「ああ。長く待たせてしまったけど、ファンの皆にもう一度チャンスを貰いに行こう。私達の新しい門出を見定めてもらうためにも」


 Angel*Doll リーダー自らの宣言に、じゃれ合う三秒前だった二年生たちの顔がふっと解けるように綻んでいく。


 三年生達が、やっと動き出す覚悟を決めたのだと知ったからだ。


 たった二ヶ月間、されど二ヶ月間。


 無念と後悔と不安ばかりだった暗黒時代にようやっと光明が差す。


 それは、二年生達にとって待望の瞬間だった。


 三人は万感を噛み締めるようにして、芹沢に向かって応答する。


「もっちろん!あっと皆を驚かせてやんないと!!」

「楽しい舞台になりそうですね」

「うっし!暗くしちゃった分は楽しませてやりましょう」


 遅い雪解けが訪れたAngel*Dollは、再び天下を手中に収めんと動き出す。


 そんな歴史的な一幕はひっそりと、レッスン棟の最上階で無観客のまま行われるのだった。





※註釈

『天保山』⋯⋯海抜4.53mの低級山。人工的な山のため、世界一低い山としては認定されていない。


『直江状』⋯⋯原本が無いため、偽作とも言われているが4mもある冗長な書状。一学年の定員が50名しかいないのにも関わらず、何をそんなに書いてあるのかは不明。


『名古屋城』⋯⋯天守の高さが55.6m程度のシャチホコで有名な日本の城。日本三名城の一つ。


知らない連中が沢山出てきましたが、おいおい出てくるので今は覚えなくても大丈夫です。


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